*11
その後、僕とえる君と両親は車に戻り自宅に帰る。
最初はえる君は、える君自身の家に入ろうという気分で、我先に車から飛び出した。でも、そこは僕の家であり、える君の家ではない。
える君は、まだ現実を受け止めきれていないのか。
鍵が上手く開かないことを不思議がっている。
……正直、憐れでしかない。
僕は見てられない気分になりつつも、
目だけはえる君から離さない。
両親はえる君に退いてもらい玄関を開ける。
そして、える君は中の光景を見て、フリーズする。
える君の両親ならいつもここで「おかえり」と言ってくれたのだろう。でも、もう居ない。
える君は現実を思い出したのか、また先程までの無表情に戻り、そのまま立ち尽くす。
もはや、この現実が夢であれと僕は思う。
その後、両親はえる君に今日はこちらに泊まることを薦め、やや強引にも承諾させた。
僕は自身の部屋へと戻ろうとするが、
いつの間にか服の裾に小さな力が加わっている事に気が付く。勿論、える君だ。
える君の表情は、未だ無表情で何を思っているか分からないが、離れたくないようだ。
……正直、自分だって離れたくない。
いつものような抱き付きたくなる衝動を抑えつつも、える君と自室に向かう。
寝間着を取りだし、える君に似合いそうなのも渡す。
簡単な水玉プリントの奴だ、僕と色ちがいの。
二人で風呂に入り、える君はボーッとつっ立ってるだけなので、僕がせっせと洗ってあげて一緒に湯船につかる。お湯が熱いせいか、える君の顔は無表情ながら頬が赤い。
湯中りする前に二人して風呂から出る。
二人椅子を並べて夕食である簡単なものを食べて、
また自室に戻る。そして、最初こそは気が張ってて気付かなかったものに今、気付いてしまった。
部屋の中は暗く、自分の視界は黒色に染まって見えた。
――黒。
自分は思わず全力で部屋から飛び退く。
「あっ……」
すると、突然のことで手を離してしまって部屋に一人取り残された、える君は離れた手を見て一筋の涙を流す。たった一滴。
床に落ちた後には僕は、える君を思いっきり手を握りしめた。
離したこと、離してしまったことを謝罪するように……。
「える君」
「…………」
僕は、真っ暗で何も見えない自室の中、目に力を入れ赤く燃える焔を頼りにえる君の存在を確かめる。
ただ、その焔はいつもの拳大より小さくなっていた。
まるで今のえる君の命を現すように小さくなっていた。
僕の声は、このまま届かないのかな。
える君までもが、消えてしまうのかな。
僕までもが不安に、暗くなってきた。
でも、える君だけでも――。
僕は諦められない。える君に生きて笑顔でいてもらう。
僕は、える君に生きてほしい。笑ってほしい。泣かないでほしい。辛い目に会っても壊れないでほしい。
エゴかもしれないけれど、それのためなら何だってしてやる。
だから、力に、望む、救う力を。
「える君、救うよ。君みょ、自分みょ」
自分はえる君の両腕を掴み、力を込める。
生きて――笑って――。
える君へ願う。力に願う。自分は願う。
変化はなかなか訪れない。でも、緩めるつもりはない。
頭の中でこれが最善だと理解する。
なら込める力を、願う思いを強くする。
生きろ――笑え――。
僕は何度でも、意味がないかもしれないことをやる。何故だかは分からない。ただ助けたい一心で、ただえる君には笑顔で生きていてほしい。
気持ちが、込める思いが、徐々に高ぶりだし、える君を失いたくない。その一点に執着する。僕が代わりに消えても良いと思いながら力を込める。
――もう放っておいてよ……消えてしまいたいんだ……。
もう生きていくには、辛すぎるよ。
そんな事を望む彼の声が一瞬、脳内に響き渡る感覚に陥った。
それは僕の望む返事ではない。
だから、僕は僕自身のエゴを最後まで押し付ける。
「える君、える君。える君!
死を望んじゃダミェーーーー!!!」
僕は高ぶる感情の叫びをあげる。
それと同時に自分の心の中で願う。
どうか彼だけでもお救い下さい。
――神様。