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第245話舞台袖

「かくして数多の苦難を乗り越え、一つの世界が救われた」

 そこは巨大な円卓と、円卓を取り囲むように二十五個の質素な椅子が置かれた木製の小屋だった。

 天井の低さや、明かりとして使われているのが粗雑な蝋燭である事、四方の壁に掛けられているのが麦わら帽子や蓑である事に、設けられた窓の向こうに見えるのが草原や畑、何処となく整った森であることを鑑みれば、小屋の大きさ以外は何処かの農村に在るような貧しい農家の家と言えるかもしれない。


「まあ、残された課題も多ければ、失った物も多く、全員が全員受け入れられる結末では無かったかもしれないがな」

 そんなところに、椅子と言う物を表現するのに最低限必要であろう要素だけを組み合わせた様な椅子に座る形で蘇芳色の衣に茶色の髪の毛、金色に輝く虹彩と縦長の瞳孔と言う瞳を持った一人の少女……『狂正者(サニティ)』は居た。

 その顔には彼女にしては珍しく明らかな笑みが浮かんでいる。


「そうですね。誰もが受け入れられる救いでは無かったでしょう。私の世界の方にも傷ついた魂が沢山流れ着いていますし」

 『狂正者』の右隣に置かれていた椅子が、質素な物からまるで王侯貴族が座るような華美で豪勢な椅子に変わると、そこに『狂正者』をそのまま成長させたかのような、けれど王侯貴族が纏うような豪華な蘇芳色のドレスを身に着けた女性……『(リインカー)(ネーション)』が現れる。

 ただ、その表情は『狂正者』と対照的に明るいものではない。


「ふん。ML9-T1R-Y00世界こと『ミラスト』が滅んで、貴様の世界がパンクするような量の魂が流れ着くよりはマシだろう?」

「確かに、その惨状よりはだいぶ良いのかもしれませんが、だからと言って受け入れられるかどうかとはまた別です」

 二人はお互いの顔を見ずに言葉を交わす。

 それはまるで二人が見ているものの違いを表すような光景だった。


「実際のところ、貴女が介入しなければ『軍』の世界はどうなっていたのですか?」

「滅びるまでのパターンは色々だろうが、結末に大差は無かっただろうな。『軍』が滅び、『ミラスト』が滅び、人間たちが死に、人間たちに好意的な神も力を失い、人間たちを見下していた神々の大半は上手く逃げ延びる。そんなところだ」

「だから、私の所に来た少女が慕っていた少女に干渉して未来を変えた……と」

「まあ、予想以上にスペックが低くて、色々と手は焼かされたがな。だが、未来予測に伴う事象収斂を考えれば、下手に能力が高い人間を使うより良かったかもしれん」

「で、貴女は今回の件で一体何を得たのですか?」

「もう一人の私と言えども、そこまで教えてやる義理は無いな」

「「…………」」

 二人の間に重たい空気が流れ、沈黙が場の空気を支配し、お互いの様子を窺うような気配が発せられる。


「どーでもいいけどさー」

 そんな場の空気を和らげるように、第三者の声が『狂正者』から見て二つ左隣の椅子から発せられる。


「ここー、一応私の領域だしさー、情報交換じゃなくてー、鞘当てをしてるぐらいだったらさー、早い所出て行ってくれるー?」

 そこに居たのは『狂正者』によく似た……けれどとても気だるげそうにしている制服姿の少女であり、座っている椅子はまるで蜃気楼のように揺らいでおり、よくよく見れば少女自身もその輪郭を時折揺るがしていた。


「『無意識(アンカンシャス)』か。丁度いい一つ訊きたい事が」

「無意識の領域で意識的に行動するとか本当にだるいー……いいから早く出て行ってくれないー?もう疲れたー……」

「ちっ。相変わらずだな」

 『無意識』と呼ばれた少女は『狂正者』の言葉を気にした様子も無く、円卓に顔を突っ伏すと、そのまま体を揺らがせて消え去っていく。

 その行動に『狂正者』は思わず舌打ちをするが、いつもの事と割り切っているのか、その表情に特筆するほどの変化は見られない。


「では私もそろそろ去らせてもらいましょうか。貴女が自分の行動の訳を教えてくれないのなら、何時までもここに留まっているのはリスクを大きくするだけですから」

「ふん。好きにしろ」

 そして、『無意識』に倣うように、『輪廻』も数ある椅子の中から質素な一つの椅子を睨むとこの空間から消え去っていく。


「私の目的……か。そんなものは昔から決まっている」

 『狂正者』も『輪廻』が睨んでいたのと同じ椅子を見つめると、この場から去るためにその輪郭を薄め始める。


「貴様は絶対に目覚めさせん。絶対にだ」

 そして『狂正者』もこの場から完全に姿を消す。


 二人が見ていた椅子。

 そこには虚ろな表情で、全身の筋肉を弛緩させ、ただ椅子に座り続ける蘇芳色の質素な衣を身に着けた少女が居た。

The end?

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