第243話舞台袖
「ふう、危ない危ない。後一瞬でも遅れたらこの世界滅びてたな」
茉波ヤツメの移動研究室の食堂。
『軍』の『原子核分解砲』によって動力が落ち、明かり一つ灯らないはずのそこには、複数の人影と外の様子を映したモニターが在った。
複数の人影の中で先程声を発した青年は、髪は水色、瞳は紫であり、左目の目尻には三つの紫色の三角形が刺青として刻まれていたが、最大の特徴は地肌が見えそうで見えないと言う際どい衣装だった。
そして、そんな青年の口元は、発せられた言葉とは裏腹に明確な笑みが浮かんでいた。
「どう見てもワザとにしか見えなかったンだが?」
もう一つの人影、この移動研究室の主でもある茉波ヤツメがそんな青年の態度に呆れた声を上げる。
が、こちらも声とは裏腹に口元には笑みを浮かべ、じっとモニターに映っている光景……特殊な処理によって映るアキラと『軍』の二人が戦っている溶岩の池を包み込むようにして張られた紫色の半透明な壁を観察しているようだった。
「うんまあ、ワザとではあるな。失敗が見えそうで見えないと言うギリギリのタイミングを狙うのが俺の属性だし、こればかりはしょうがない。で、俺が何をやったのかについては分かるかな?茉波ヤツメ君」
「そうだな……一見すれば結界のように見えるが、切り離しているのは空間と言うよりも時間の方だな。『軍』の力の影響も考慮に入れるとするなら……別の時空間を作り出し、対象をその中に送り込むことによって特定範囲外にまで及ンだ被害や、場合によっては取り込ンだ対象ごと無かったことにする術式。と言ったところか」
「!?」
「おおむね正解。と言ったところだな。多次元間貿易会社コンプレックスの社長として、君のような貴重な人材と取引が出来ることを素直に喜びたいと思うよ」
茉波ヤツメの言葉に彼の護衛としてこの場に居たパッツァが驚きの感情を露わにし、自らを多次元間貿易会社コンプレックスの社長と名乗った青年は踝が服の裾からギリギリ見えそうで見えない所まで上げつつ膝を組み、喜びの感情を露わにする。
「おおむね……か。流石に次元が違い過ぎて合っていない部分もあったか」
が、褒められた当の茉波ヤツメは完全に社長の術式を明らかに出来なかったためなのか、微妙に不満そうな顔をしている。
「ま、『軍』の力の影響で術式そのものが幾らが変質しているからな。それなのに元の術式が割り出せたらそっちの方が驚きだ」
「で、実際の所はどういう術式なンだ?出来れば、教えてもらえる範囲内で教えてもらいたい。でないともうすぐここに来るであろう風見の嬢ちゃンたちを誤魔化す事も出来ないしな」
「そうだな……」
青年の輪郭が一瞬ぶれたかと思えば、次の瞬間にはその全身が丸みを帯び、胸が膨らみ、声も女性だと判断できる程度に高く……つまりは女性になっていた。
勿論、髪の色や目の色は変わっていないが、それでも俄かには信じがたい程の早業による身体変化だった。
「まあ、基本的な機能については君が言った通りだね。これは特定の空間を元世界から切り離し、その範囲外に及んだ被害を無かった事にする術式。ただ、本来ならこれは時間にも干渉して、結界内では条件を満たして解除されるまでに何億時間経とうが、元世界では極々短い時間……それこそ刹那にも満たない短い時間しか発動していないように見えるはずなんだよ」
「なのに見えているのは……『軍』の力によって完全な切り離しが出来ていないから。と言うわけか」
「そうなるかな。いやはや流石と言うべきかなんというべきか。相性云々もあるんだろうけど、やっぱり恐ろしい力だねぇ。かなり細かく分けられたはずなのに、それでもこのレベルなわけだし」
「…………」
茉波ヤツメは社長の顔色を窺う。
が、社長の顔からは何の感情も思惑も読み取れそうに無く、いっそ笑顔を描いた面でも付けているのではないかと思わせるほどだった。
「ただ、悪い事ばかりじゃあない。一瞬で終わるはずの術式が長時間存在し続けている影響で、周囲からの干渉が出来る様になっている。現に彼女たちは中に入って、戦いに介入するつもりだ」
「彼女たち……ねぇ。まあ、御姫様の実力と言うか性格と言うか……とにかくいろんな事を考えたら、仲間が多いに越したことはないか」
「ま、いずれにしてもだ。この戦いについて俺たちがこれから出来るのは、ただ信じて待つ事だけだ。と言うわけで、パッツァ。観察しながらつまむのに良さそうな料理でも適当に頼む」
「りょ、了解しました!全力でもって作らせていただきます!!」
社長の言葉にパッツァは食堂に併設されている調理場に向かって駆けだしていく。
「信じて待つ……ねぇ」
パッツァが調理場に入ったところで茉波ヤツメは社長に鋭い視線を向けながら口を開く。
「そうだよ。何かおかしい点でも?」
「俺は……いや、何も無いな」
「賢明な判断だ」
そして、社長に質問をしようとして……止めた。
この社長は『軍』の能力だけでなく、その由来から今までの事全てを……それどころかもっと根本的な事まで把握しているに違いない。
だがそれ故に、少なくとも今の自分が知ってしまえば、命どころか存在すら危うくなるような情報を自身でも気づかぬ内に得てしまう可能性も有った。
それに気づいたが故に茉波ヤツメは口を噤み……戦いの行方を見守り続ける事を選んだ。
流石に『森羅狂象』がそのまま外に出るとヤバいので対策済みです
02/21誤字訂正