90.愛良が行方不明になりました
◇◇◇◇
俺は今、全帝指定の依頼にコス王と来ている。
依頼内容は突然大量発生したウィングドラゴンの討伐。
人間に襲い掛かる様子はなかったがウィングドラゴンが大量発生したせいで、その地方の生態バランスが変動する恐れがあるための依頼だ。
その討伐自体はすぐに終わった。
念のためついてきたコス王の出番などないほどすぐに。
だが、その後が問題だった。
「……もう、限界だ」
「同じく……」
周りに聞こえないぐらいの俺の声を、肩に乗っていたコウモリ姿のコス王が拾って返事をする。
討伐が終わってから、かれこれ3時間ほど。
俺たちは未だにギルドに帰れる目途がたたない。
「それでのー?わしは若い頃のじぃちゃんに一目ぼれしてしまってのぅ。なにせ若い頃のじぃさんは美男子で、さらには強くて最高の男じゃった。そのじぃさんを射止めるために、わしは……」
延々と続く依頼主のばあさんの惚気話。
なぜ依頼達成の報告話から惚気話にまで発展したのか、すでに覚えていない。
いい加減帰りたいのだがそのような素振りをみせると、ほとんど閉じているのと変わらない目を見開いて、血走った目でじろりと睨まれたんだ。
俯いたせいで老婆のしわくちゃの顔の皺の影を濃くし、それなのに目だけは吊り上げて上目遣いに睨んでくるという恐ろしい形相。
思わず口から悲鳴がこぼれたぞ、俺。
「ひっ……」
「わしの話は、それほど退屈かのぅ……?」
「そ、そんなことはありません……」
いやもう本当に夢に出てきそうな形相と地を這うような声だった。
もう恐怖しか感じない。
全力で帰りたくて仕方がないんだが。
ああ……帰りたいって思えば、さらに腹も減ってきたなぁ……。
(カイン……もう転移で帰ったらダメなのか?俺様このままじゃ、このばぁさんの魂刈っちまいそうだ)
(刈れ。……じゃなかった、待て)
コス王からの念話に、つい本音が出てしまった……。
危うく死神王に、(俺たちの精神的な何かをだだ削りしているだけで実際には)何もしていない無害な(はずの)老婆の魂が刈り取られるとこだった。
いや、でも是非刈れと言いたい。
我慢だ、俺。
この老婆は依頼主だ。
無下にもできないし、途中で転移で消えるのも問題だ。
そんなことをしたら、ギルドの評判に関わる。
(……俺様、先に帰っていい?)
(帰る前に握りつぶすが、構わないか?)
(……冗談です。ごめんなさい。俺様握るのやめて!)
何気に俺を見捨てて先に帰ろうとしたコス王を、老婆に気づかれないように握りしめる。
一人だけこの苦境から逃れようとするなんて、俺が許すわけないだろうが。
何勝手に逃げようとしてんだ?
コス王なら喜んで道連れにしてやるからな?
はぁ……腹減った……。
今日の夕食は何だろうな……。
結局ばぁさんの惚気話から解放されたのは、あれからさらに2時間経ってからだった。
つまり、計5時間も惚気話に付き合わされたということだ。
「もう、色々と折れそうだ……」
「俺様、あのばぁさんの寿命前に本気で刈っちまうかと思った……」
本気で疲れた。
途中から意識が遠のきそうになったくらい、疲れた。
というか、泣きそうだった。
何で依頼以外のことで疲れなきゃならないんだよ……。
もう嫌だ。
依頼なんて行かずに、部屋で引きこもっていたい……。
ギルドに寄るのすら嫌だ……。
「もう飯を食ったらさっさと寝る。依頼完了の報告は、親父が帰ってからでいい。もう俺は真っ直ぐ家に帰る」
「さんせー!お嬢の飯、早く食いたい!」
俺の言葉に嬉々として賛成するコス王とともに、直接家の玄関に転移。
「ただいま。愛良ー?」
「ただいまでっす!お嬢、ごはんー!!」
「……愛良?親父?」
変だな。
誰も返事をしない。
一応部屋を覗いてみたが、親父はもちろん愛良もいなかった。
「まだギルドにいるのか?」
いつもなら、この時間なら家に戻ってきて夕飯の支度をしているはずだが……。
まぁ、様子を見に行ってみればいいな。
家から出たくないけど。
飯がないのは困る。
しょうがないから、依頼完了の報告もしに行くか。
とりあえず、ギルドに入って一言。
「……これ、誰がやった?」
床に大量の穴や、首だけ出てぐったりしているギルドメンバーたちの姿。
いやもう何があったんだ。
「落とし穴の時点でお嬢が犯人に決まってんだろ」
「やっぱそうだよな……」
愛良の奴、何気に落とし穴使うの好きだしな。
適当に救出した後はギルドマスターの部屋に行くが、そこにも二人の姿はない。
変だな。
まだルナたちと訓練室にいるのか?
「一応訓練室に行ってみようぜ!お嬢が遊んでんのかもしれねぇし!」
「ルナとラピスがいる時点で、あいつは遊ばないと思うぞ?グレイだけなら遊ぶだろうけど」
ルナに悪影響を与えるようなことはしないだろうし、妙なことをしたらラピスに絞められるからな。
あいつらの友情関係は何かおかしいと思う。
「あ……おにー、ちゃん!」
訓練室に入れば、一番に気づいて満面の笑顔で駆け寄ってくるルナ。
ああ、老婆ののろけ話で荒んだ心が癒される……。
そのルナの後から歩いてきたオカマな親父の姿でまたささくれ立ったがな!!
「あら、カイン。お帰り」
「ああ、ただいま」
親父に返事を返しながら部屋の中を見渡すが、愛良の姿はない。
ラピスは疲れた様子で地面に座り込み、グレイにいたっては床で大の字で寝ている。
ルートだけは、まだ魔力コントロールをしているが。
……まぁ、親父の特訓で何気にきついから。
ルナとルートが元気なのは6大貴族であるため、持っている魔力量がラピス達より多いからだろうし。
「ルナ、愛良がどこに行ったのか知っているか?」
「アイラ……?受付、いた……」
「アイラちゃんがどうかした?」
親父も怪訝に思ったのか、野太い首を傾げた。
一応言っておくと、今日の服は赤いワンピースだ。
肩に乗っているコス王が「うっぷ」と、吐きそうな仕草をしている。
俺は慣れたから、それぐらいじゃ吐き気はない。
心が荒むだけで。
「親父。愛良が家にもギルドにもいない。何か聞いていないか?」
「変ねぇ……アイラちゃんなら帰る前にちゃんと一言念話してくるでしょうし、ちょっと心配ねぇ。買い物かしら?」
「電話をしてみたらいいのではありませんか?」
疲れた様子のラピスも近づいてきて、そう提案する。
それもそうだな。
愛良に渡された魔導具のスマホを取り出して、電話をかける……が。
『ふはははは!我の可愛い妹に連絡を取ろうなんざ、1万年早い!貴様はだからうっかり…「すいません、間違えました」』ブチっ!
ふぅ……。
愛良がいないことに焦り過ぎたんだな。
間違えて鬼畜太子に電話をかけるとは。
奴の番号なんか聞いていないはずだけど、きっと間違えたんだ。
画面に愛良の名前が書いてあるのを確認して、再度電話をかける。
『貴様、うっかり鬱帝のくせに愛良と同じように我の電話を切るとは何事だ!羨ましいではないか!』
……だ・か・ら!!
何で愛良に繋がるはずが鬼畜太子に繋がるんだよ!?
愛良の新しい悪戯か?
だったら本気でタチが悪い悪戯だぞ!?
『小僧、聞いておるのか?』
「……なんでアンタに繋がるんだ?愛良は?」
『ふはははは!愛良はぼっち旅行に行かせたぞ!貴様と二人で旅行なぞ、我が行かせるわけがないだろう!』
「ぼっち旅行?」
なんだそれは。
愛良もそうだが、異世界から来た奴の言葉は時々意味が分からない。
そんな俺の疑問に答えるように、肩に乗ったままだったコウモリ姿のコス王が俺の肩をぺしぺしと叩いた。
(カイン。ボッチ旅行というのは、お嬢一人ぼっちで旅行に行ったってことだぞ。というか、この声って三つ子の長男だよな?絶対強制的にお嬢一人で飛ばされたんだと思うぞ)
肩に乗っかっていたがために電話の内容が聞こえたコス王が、わざわざ念話で教えてくれた。
……はずなんだが。
『冥界神よ。貴様、我をなんだと思っておる』
「ひっ」
……長男は普通に、俺に対してのコス王の念話を聞いていました。
本気で神族の力って、意味不明なんだが。
コス王が演技でもなく、本気でビビって俺の肩にしがみ付いているし。
「……念話が念話の意味でなくなるようなことをしないでくれ。それで、愛良をどこに飛ばしたんだ?」
『ん?なんだ、愛良を追いかけるつもりか?』
「当たり前だ」
愛良一人をこの世界に放り出すなんて、羊の群れの中にドラゴンを放つのと同じだ!
早く回収しないと、絶対に面倒事が起きるに違いない!
そうなる前に、回収しないと!
『貴様、我の妹をなんだと思うておるのだ?』
「……すいません。それより、愛良は今どこだ」
『ふむ……まぁ教えてやっても構わんか。この国にはおらん。というよりも、我が行くよう指示した場所を回るまで、この国に戻ってこれんようにしたぞ』
「アンタ、妹に対しても鬼畜過ぎないか、おい!」
可愛い妹って言う割には、一人で国から放り出すとか鬼畜以外のなんでもないじゃないか。
しかも、愛良は事前にそんなこと言ってもいなかったから、着の身着のまま追い出したってことだろ!?
ボックスの中に金も食材も入れているだろうから大丈夫だとは思うが、それでもやっぱり鬼畜だろ!
思わず怒鳴ったのも、しょうがないだろ!
『甘やかしてばかりでは、親父と同じになるであろう』
「同じにならない方法が別にあったと思うが!?」
『黙れ小僧。愛良に危険なことが起きないように、きちんと設定しておるから問題なぞない。ヒントぐらいやるから、追いかけたいなら追いかけてみるがいい』
その言葉と同時に、俺の真上で空間が開く。
「がっ!?」
開いた空間から落ちてきた本の角が、頭に突き刺さったんだが。
……絶対にワザとだよな。
雑誌のような薄さなのに、俺の後頭部に当たった角が折れてないし、絶対に強化されていたと思う。
なんて地味に嫌な嫌がらせなんだ……。
『今送った本が愛良の行き先だ。ひとつ言っておくが、その本は人間では持つことも開くこともできんからな。せいぜい、愛良に追いつけるように努力するがいい。はっ』ブチっ
……今、最後絶対鼻で笑ったよな。
お前にそんなことできるわけないって感じで。
あの、鬼畜太子……いちいち腹立つな。
「おにー、ちゃん……?」
「アイラはどこに行ったのか分かったんですか?」
「あー……一応……」
ルナとラピスの問いかけに頷きながら、手元に残った雑誌を見下ろす。
人間では持つことも出来ないって言っていたが、俺、問題なく持てているんだが。
なにかあったら問題だから、本当に普通の人間では持つことが出来ないのかルナたちで確かめようとは思わないが……。
あの鬼畜太子に『人間では』って言われたのに持てている俺……複雑だ。
コス王との契約で不老不死らしいから、仕方がないのかもしれないが……まぁいいか。
手がかりは手に入ったことだし。
(親父。愛良がこの国の外に飛ばされた。探してくるから、しばらく留守にするぞ)
愛良の行き先を言えば、ルナたちも心配するだろうから念話で親父にだけは報告。
さすがの親父も、国外に飛ばされたことに対して、眉間に皺を寄せた。
(アイラちゃんほどの子を強制的に飛ばすなんて、何者なの?)
愛良の兄貴。
そういえば親父も一発で信じるんだろうが、さすがに神族のことを俺がむやみやたらにいう訳にはいかない。
というか、下手に言えばあの長男にお仕置きされる気がしてならない。
(……鬼畜太子。理由は本人に聞いてくれ)
俺にあれ以上聞く勇気はない。
二度とあんな触手で襲い掛かられるような目にあいたくないからないからな。
ヘタレとでもなんとでも言ってくれ!
カイ「あ、そういや夕飯……」
コス「お嬢がいない=飯がない……腹減った」
カイ「仕方がない……適当に作るか」
コス「え、カインって料理できるのか?」
カイ「たぶん」
コス「……たぶん?」
カイ「愛良が作っている様子をいつも見ているから、まぁ大丈夫だろ。きっと」
コス「……ちょいとカインさんや?台所の入り口に、『カインは絶対立ち入り禁止』ってお嬢の字で書かれた張り紙が見えんだけど……」
カイ「ああ、前にちょっとやらかしてな。今は愛良がいないし、遅いから店も開いていないんだし仕方ない」
コス「そ、そりゃ旅支度やらなんやらで、夜遅いけどさ……俺様、すげー嫌な予感がする」
カイ「気のせいじゃないか?じゃ、パスタでも作ってくる」張り紙無視して台所に侵入
コス「絶対気のせいじゃない……けど俺様の勘が、台所の中に入ってはいけないと訴えている……」台所の外をウロウロ
カイ「あ、麺が逃げた」
コス「はぁっ!?麺が逃げる!?麺が逃げるって何っ!?」
カイ「逃げ道の空間を固定して……よし、これで逃げられないな。このまま熱湯の中に入れて……」
コス「だから逃げるって何から!?茹でる行為から逃亡したのか!?」
カイ「あ、肉も食いたいな……焼くか」
謎の声「ぎゃぁああああああああっ!!!」
コス「ちょ、カイン!?何の肉を焼いてんのっ!?それ、なんの肉!?生!?まだ生きてんのか!?」
カイ「いや、ハンバーグのつもりだが」
コス「なんでハンバーグが絶叫あげんだよ!?」
カイ「新鮮なんだな」
コス「ハンバーグに新鮮とか意味分かんねぇよ!?つーか、まだ絶叫続いてんぞ!?本気でどうなってんだよ!?」
カイ「確かに煩いな。よし」ガツンガツン!
謎の声「いぎゃぁあああああああっ!!?」
コス「次は何をしてんだ!?何なの、このガツンガツンって音は!!」
カイ「煩いからハンバーグをヘラで切り刻んでいるだけだ。よし、このままミートソースを作ってスパゲッティにかけよう」
コス「逃亡する麺に、絶叫を上げる得体のしれないモノをあわせちまうの!?混ぜるな危険ってやつじゃないの、その物体!?」
カイ「混ぜないとスパゲッティに味がしないぞ?」
コス「お前、本気で食べる気なのか!?」
カイ「?俺は夕食を作っているんだぞ?」
コス「それ、絶対に食えるもんじゃねぇよ!!危険物だよ!!俺様泣きそうだよ!!」
カイ「そりゃ、愛良の飯に比べれば味は落ちるだろうが、食えれば問題ないだろ」
コス「食う以前の問題なんだってことに気づけよぉおおお!!!お嬢ぉおおお!!早く帰ってきてぇえええええっ!!」号泣
……カインさん、料理下手は自覚しているが、危険物を作っている自覚はなし。
台所の神様(愛良ちゃん)を頑張って見つけましょう!
本当に!




