82.常識を叩き込みます
エブリの方の面影もないですねぇ……。
◇◇◇◇
気が付けば、姿を消していた愛良とシリウス。
俺は黙っていろと言ったんだが、どこかへ行けとは言っていない。
なのに、あいつらはいったいどこへ行ったんだ……嫌な予感しかしないぞ。
「んー?お嬢ー?お犬様ー?」
「あれー?お嬢ちゃん達いなくなっちゃってるねー?どこー?」
首を傾げながら愛良がさっきまで座っていたであろうモニターの前で首を傾げるコス王と、なぜか魔王の私物と思われるテーブルの下を除く時神。
よし、時神。
その下にいればすぐに分かるということに気づけ。
「……はっ!?もしかして、嬢ちゃんも世界中の幼女様を見に行きたくて出て行ったのか!?」
「「それはお前だけ!!」」
「げふっ!?」
唐突にキチガイなことを抜かした魔王に対して、同時に回し蹴りを決めるコス王と時神。
お前らは遊んでないでさっさと愛良を探しに行ってくれ、頼むから。
「まぁ、この各国に繋がる扉から出た可能性もあるのは確かだし。俺様たちで他の国見てくるから、カインは一回家に戻ってみればいいんじゃないか?」
「そーそー。お嬢ちゃんとしぃちゃん、先に帰ってるかもしれないしー。じゃ、行ってくるねー」
「いてて……嬢ちゃん探しに行くついでに、幼女様たちを拝んで来よ」
「「やっぱりこの変態を縛り上げてからにする!」」
「あぎゃっ!?」
変態魔王の発言に、扉から出ていこうとしていたコス王と時神は素早く戻ってきて同時に決める踵落とし。
変態行動を止めようとしたことは偉い。
偉いんだが、そえよりも愛良(危険人物)を探しに行け。
俺がそう思った直後に、強力な結界を張っているはずなのに轟音を立てて揺れる魔王城。
同時に消えた、城に張り巡らされていた結界。
その事実に、踵落としを喰らって地面に潰れていた魔王が目を大きく見開いた。
「うっそぉおお!!?俺が丹精込めて作った結界が壊された!?」
「てかー、城まで揺れるって、相当なもんじゃ……」
「あー……確実にお嬢だな。カイン、あれ見てみ?」
「……」
コス王が指さす方向にあるのはモニター。
そしてそこに映る愛良とシリウス。
愛良は何か長い筒状の物を肩に担ぎ、不気味なほどニコニコ笑いながら玉座に座り、自称勇者一向に重力魔法のグラビティをかけている。
シリウスは大型犬ぐらいの大きさになって自称勇者の仲間の一人を踏んでいる。
……いったい何があった。
ああ、頭が痛くてしょうがない……。
「うわぁ……お嬢ちゃんが担いでいるのって、まさかのロケットランチャー?異世界マル無視の兵器だねぇ……」
「いやいや、たかがロケットランチャーで俺の結界が壊されるわけないだろ……」
「ありえないことも、お嬢だからありえる!むしろ、お嬢だからこそ結界壊れて当然!」
「……シリウスがレーザービームを放ったのも関係あるんだろうな……」
壁中穴だらけだし、絶対シリウスも関係しているよな。
今現在も、面白半分という様子で尻尾を左右に振りながら人間を踏んでいるし。
その光景を眺めていた時神が、のほほんという様子で微笑んだ。
「なんというか……お嬢ちゃんとあのフェンリル、最強の最恐コンビだねー」
「それは今に始まったことじゃない。あいつらが最強最恐なのは最初からだ」
それこそ、最初に愛良を拾った時から。
何度も何度も、うっかり愛良を怒らせてシリウスをけしかけられたことか。
最近はマシになったとはいえ、未だにシリウスは噛み癖があるんだからな。
「……カイン。一応言って置くけど、お嬢の本来のパートナーはお前だからな?」
「そういや、お前って神様の愛娘を使い魔にした人間だったっけ?」
「そうそー。天界でも冥界でも、その噂でもちきりだよー。いつ世界神様の堪忍袋がキレるかって、他の下っ端神とか天使たちと賭けてるんだー。ちなみに、俺は1年だから、それまではガンバレー」
「俺の命運かかっている事柄で賭け事はやめてくれないか!?」
「大丈夫ー。賭けているのは飴ちゃんだからー」
「よりにもよって食い物かっ!?」
何で俺の人生の賭け金が、飴なんだ……。
そんな情報、聞きたくなかった。
「と、とにかく!城が潰れる前に愛良を連れ戻してくる!」
これ以上、俺の心労を増やされてたまるか!
あいつは後で絶対に叱りつけてやる!
「よしカイン!そんなに死にに行きたいなら、俺様は止めない!心置きなく逝ってこい!!」
「……」
俺の勢いを潰すようなことをあっさりと言いながら激励するコス王。
……俺が死ぬのは決定事項なのか?
「……俺の使い魔なら一緒に来い」
「いやだぁああ!!あのニコニコ笑顔のお嬢には近づきたくねぇえええ!!こーろーさーれーるぅうう!!」
「いいから来い」
主を死地に送るような言動をしたんだ。
喜んでお前も巻き込んでやる。
逃げようとするコス王の襟首を掴んでズルズルと引きずる。
目指すは、愛良が暴れているであろう広間だ。
「ううう……てめぇも一緒に逝くぞ!!ここはお前の城だ!!」
「俺ぇええ!!?巻き添えはんたーい!!時神ヘルプッ!!!」
「変態を助ける趣味はないんだー。ここで静かに傍観しとくから、逝ってらっしゃーい」
懐から取り出したロリポップの飴を咥えながら、朗らかに笑みを浮かべて手を振る時神。
完全に傍観姿勢だな、おい。
まぁいい。
「よし逝くか」
「「いやだぁああああ!!」」
俺だって嫌に決まっているだろ。
愛良を放置したまま、被害がでかくなった後の後始末と天秤にかけて動いているだけなんだぞ。
とにかく、愛良とシリウスは回収するとしよう。
広間へと続く隠し扉を開けば、モニター越しで見たのと変わらない愛良たちの姿。
いや、愛良はなんだか変だな。
笑顔を浮かべてはいるが、大きめな瞳が潤んでいていつ泣き出してもおかしくない泣き笑いだ。
……何があった?
「あー……愛良?」
あの自称勇者と仲間の女は完全に気絶しているし、名前を出しても問題がない。
だから名前を呼んだんだが、愛良は相変わらず涙目で勇者の仲間を睨んでいる。
おいこら。
お前のその睨みに反応して、シリウスがさらに体重をかけようとしているだろうが。
重力魔法がかかっているのも手伝って、あの二人の全身の骨が砕けるぞ。
「愛良、いい加減にしろ」
「……むぅ」
さすがに強めに言うと、バツが悪そうに目を逸らして重力魔法を解く愛良。
それに反応して足を退け、小型犬サイズになって愛良の足元に戻ってくるシリウス。
……まだ愛良が不満そうな顔をしているんだが。
「愛良?」
「……べっつにぃ。あのグラマーなおばさんに『まな板娘』って言われたのなんて気にしてないもん」
愛良がぷるぷると肩を震わせながら口を尖らせているんだが……。
おい、滅茶苦茶気にしてんだろ。
そもそも、お前が魔王の代わりに遊ぶからこんなことになったんだろうが。
いい加減、自業自得という言葉を覚えろ。
それなのに反省の色も見えない愛良は、俺から顔を逸らして不貞腐れたように頬を膨らませた。
「お前な……」
「ぎゃあああ!?頑張って作った広間がめちゃめちゃ!?」
「うわー……お嬢、盛大にぶっ壊したなぁ……」
「「……」」
壊れた広間に響いた絶叫と呆れ交じりの声。
思わず顔を逸らしていた愛良と顔を見合わせた。
広間に入るなり絶句していた魔王とコス王が我に返ったらしい。
半泣きになって愛良に詰め寄ってくる魔王。
「嬢ちゃん!?俺様の城を壊しちゃだめでしょ!?めっ!!」
「いやお前、お嬢のこと何歳の幼女だと思ってんだよ……」
まるで幼子に言い聞かせるように愛良を叱る魔王に、コス王が呆れたように顔を引きつらせた。
コス王、俺もお前の意見に同感だ。
今の言い方は、絶対に幼児に言い聞かせる言い方だった。
ロリコンの変態だが、なるべく愛良から距離を置いとかせた方が無難そうだ。
念のためロリコンをコス王に任せて、愛良を自称勇者たちが気絶している近くまで連行。
「愛良。お前はとにかく反省しろ」
「……」
「お前が勝手に出しゃばった結果がコレなんだぞ」
「………」
俺の言葉を聞きながら、絶対に目を合わせないように視線を逸らしながら頬を膨らませる愛良。
おいなんだ、この『私悪くないもん』と言わんばかりの不貞腐れ具合は。
確実に悪いのはお前だからな?
素直に謝ることすらできないほど性格が歪んでいるのか、お前は。
(性格が歪んでんじゃなくて、素直に謝るってことを知らねぇだけだって。お嬢は神溺愛の愛娘だぞ?デッロデロに甘やかされて育てられたに決まってんじゃねぇか)
わざわざコス王が念話で訂正を入れてくるんだが……。
お前も普通に内心読んでくるのやめてくれないか?
俺のプライバシーはどこに行った。
いや、とにかく今は愛良だな。
「愛良。何か言うことはないのか?」
「……ちょっと、やり過ぎたかなとは思ってます」
「ちょっと?自称勇者とその仲間は死に掛け、人様の家(魔王の城)はボロボロ。それだけしておいて、ちょっとか?」
「……だいぶ?」
俺の言葉に、バツが悪そうに言いなおす愛良。
少しだけ困った様子の表情になって、淡々と話す俺を見上げている。
しかし、それだけだ。
よし、とりあえずこいつのこの性格は今この場で矯正して、人間の常識を叩き込む。
「悪いことをしたとは思っているんだな?」
「……」
「愛良、どうなんだ?」
「悪いことした……です」
「悪いことをしたら謝る。それぐらいできるな?」
「……ごめんなさい」
最後は本当に掻き消えるんじゃないかというほど、小さな声だった。
その言葉と同時に、怪我をして満身創痍で倒れていた自称勇者とその仲間が光に包まれて消えた。
やったのは、俺の目の前でシリウスを腕に抱きかかえたまま項垂れている愛良。
「……おい。何をしたんだ」
「……あの人たちの記憶を覗いたらお城っぽいところがあったから、怪我を全部治して強制転移で送ったの」
「……」
……記憶を覗いた?
記憶を覗いたって言ったのか、こいつは。
どこまで人外の道を歩むんだ……あ、元から人外(神族)か。
思わず視線が遠くなる俺の前から、シリウスを胸に抱えたまま魔王の前に移動する愛良。
「お城壊しちゃってごめんなさい……」
「「うぉっ!?」」
まさか愛良が素直に謝ると思っていなかったのか、魔王とコス王がこれでもかという様子でその場から飛びのいた。
そりゃもう二人して崩れかけの壁に背中から体当たりせんばかりの勢いで。
「お嬢が謝った!?お嬢が謝った!!?」
「何これ何の騙しプレイ!?引っかかったら何のお仕置き!?」
愛良が謝ったことが信じられない様子で頭を何度も打ち付けて壁を破壊していくコス王、顔色を青ざめさせて周囲を見渡す魔王。
お前ら、愛良が謝ったことが信じられないのは分かったが、どんだけ混乱しているんだ……。
そして素直に俺の言うことを聞いて謝った愛良に対して、失礼極まりないぞ。
ほら見ろ。
そんな様子を見せつけられた愛良の目が、冷やかに細められてるぞ。
しかもシリウスを抱いている腕が、ぷるぷると震えている。
そんな愛良の様子に反応して、腕から飛び降りて本来の大きさに戻るシリウス。
「……せっかく謝ったのにそんなこと言う人たち、嫌い!!」
「がうっ!!」
「「ぎゃぁああああ!!?」」
愛良の涙目の叫びと同時に、シリウスが走ってビビっている二人に目がけて突進。
その巨体に体当たりさせれ、見事に城外に飛んで行った魔王とコス王。
……これは仕方がないな。
あいつらが失礼なのが悪い。
ただし。
「愛良、お前が普段から相手が嫌がることをしても謝らないから、あいつらがあんな反応に出たんだ。少しは普段の行いを反省しろ」
「……分かったもん。気を付ける。しぃちゃん、帰ろ」
「わうー」
頬を膨らませながらも頷いた愛良は、小型犬サイズになって戻ってきたシリウスを抱き上げるなり消えた。
残ったのはボロボロに破壊された城跡と、城外にまでふっ飛んで行ったまま未だにピクリとも動かないコス王と魔王。
「あっはっは!余計なことを言うからだよー!ばっかだなー!!」
そのすぐ傍には、いつの間にか時神が二人を木の枝で突きながら爆笑していた。
この状況、俺にどうしろと?
というか、愛良の奴、コス王を迎えに来たという当初の目的を完全に忘れて帰ったよな?
そして、まさかだが……俺は忘れて行かれたのか?
あいつは俺と一緒に住んでいるという自覚がないのか?
……泣きそうだ。
常識人で苦労人のカインさん、愛良の性格矯正に挑んだ結果、不貞腐れた愛良に置いてけぼりをくらって鬱帝まっしぐらー。




