8.お家に帰りたいです
とりあえずはギルドマスター室に入って一言。
「帰りたい……」
いやギルドマスターを見た瞬間にね、思わず回れ右したくなったんです。
「あら、こんにちは。あなたがカインが連れてきた子ね?」
「は、い……」
すごく優しい話し方なのに、声がうまく出てこない。
「あらあら緊張しちゃっているの?そんなに緊張しなくても、いきなり交際を反対したりしないから」
手を口元にあてて、ウフフと微笑むマスター。
その仕草はとても上品。
上品なんだけども。
「違うから。こいつと成り行きで契約したんだ」
「そうなの?この子の名前は?」
「あー……聞いてなかった」
え、なんで普通に会話ができるんだろう。
いや、年月の違いだろうけどさ。
とりあえず今は慣れろ慣れろ!!
大丈夫。
深呼吸して落ち着けば、自己紹介ぐらいはできる。
「お前、名前なんて言うんだ?」
「紫藤愛良です。紫藤がファミリーネームで愛良が名前」
「アイラな。俺はカイン・ルディス」
むぅ……。
名前、少し発音が違うんだけどなぁ。
イケメン……カインには、後で直してもらおう。
「私はここのギルドマスターで、カインの義理親、オズワルド・ルディスよ。よろしくね」
「……よろしく、お願いします」
突っ込みたい突っ込みたい突っ込みたい……。
マスターがカインの義理親ってのは、なんとなくだけど予想してたよ。
だけどさ、だけどさ!
なんでその義理親がオカマ!?
O☆KA☆MA☆なの!?
しかも無駄に筋肉もりもりのおっさんが赤髪長髪ってなんかヤダ!
しかも来ている服はピンクのフリフリワンピース!
立派な二の腕が剥き出し!
もちろんお顔はバッチリメイク!
ぶっちゃけ、色々吐いていいですか!?
いや、頑張れ愛良!!
一応この人は主であるカインのお父さん!
あれ、お母さん?
……ま、どっちでもいいや。
どっちにしろ、慣れなきゃこの世界でたぶん生活できない気がするし。
耐えろ耐えろ耐えろ……。
今耐えたらきっと未来は明るいはず。
「じゃあ、愛良ちゃん。カインのパートナーになるわけだし、私のことはお義母様って呼んでね」
「いやいや何で!!?」
あ、無理だった……。
思わず突っ込んでしまった……。
さっきまで耐えたほうだよ、私……。
とりあえず、今は誤魔化さねば。
「すみませんがマスター。私は別に彼と成り行きで契約したわけではなく、彼のうっかりミスで間違って契約してしまったんです。ちなみに、私がここに、というか、この世界にいるのも私の幼馴染のボケナスイケメンのせいでして、私としては今この場にいること自体が不測の事態といいますか、予期せぬ状態でして。できれば元の世界に帰りたいとも思っているので、彼との契約も一時的なものとして扱っていただきたいのです。なので、マスターの呼び方も是非とも『お義母様』ではなく『マスター』と呼ばせてください、お願いします!!!!」
「「……」」
言った……。
言い切った……。
頑張ったよ私……。
もうすでに燃え尽きた感じがしてしょうがないよ。
「……カイン?」
思わず肩で息をしていると、マスターがとても穏やかにカインを呼んだ。
「……はい」
とてつもなくカインの体が震えている。
汗もすっごく流れている。
「さっき、『成り行きで』契約したって言ったわよね?」
「……はい」
「愛良ちゃんは、あなたのうっかりミスって言っているけど?」
にっこりと音を立てるような笑みを浮かべるマスターと、顔を引きつらせるカイン。
「あー……えー……すいまs」
「何パチこいてんじゃこのクソガキぃぃぃい!!!!」
「げふっ!!!!」
わぁお。
マスター、ちゃんと野太い声出るじゃん。
最初からその声でしゃべってよ。
あ、ちなみにカインはおもっきし鳩尾にマスターの拳をもらっています。
ざまぁ…じゃなかった、自業自得です。
魔力ゼロで身体能力を上げることもできないカインを、ひたすら殴り続けるマスター。
「いいか?てめぇの不始末はてめぇで片づけろ」
うん、カインは気絶中で返事できないみたいですよ、マスター。
だけど、怒り心頭のマスターには関係なかったみたいです。
「返事はどうした!!?」
「ぐはっ!!?わ、分かりました!!!」
……なんというか、魔力ゼロ差し引いても、絶対マスターのほうが強いよね。
なんでこの子が全帝?
全帝って、この国で一番強い人って聞いたよ?
「ふ~……愛良ちゃん、見苦しいところを見せたわね。気を取り直してゆっくり……くつろいでいたのね」
「いえいえ、お構いなく」
え?
普通にソファに座って、勝手にお茶入れて飲んでいただけですが何か?
だって、客ほっぽりだして親子喧嘩……というよりリンチを始めたのはそっちだし。
ずっと森の中を歩いていて足が疲れたし。
いや~、にしても本当にこの親子喧嘩という名の息子苛めが見れてよかった。
マスターがしっかり男口調で立派な筋肉をフル活用してくれたおかげで、免疫できたし。
オカマに戻った途端、やっぱり鳥肌がたったのは秘密です。
「それで、私はどうしたらいいんでしょうか?」
「そうねぇ。愛良ちゃん、今いくつ?」
「ちょっと前に16歳になったばかりです」
「あら、カインと同い年なのね」
あ、同い年ですか……。
私よりもちょっと年上だと思ってました。
欧米系の顔って、いまいち歳が分かりにくいです。
「この国は18歳までは義務教育だから、学園に行く手配をするわね」
「あ、どうも」
やっぱり異世界でも学校は行かなきゃダメなんだ…。
あ、でも義務教育なら龍雅も学園に来るだろうし、別にいっか。
龍雅をお仕置きしなきゃだし!
「それじゃあ、この世界に来たとか、よく分からないこと言っていたけど説明してもらいましょうか?」
あ、覚えてたんだ。
ボコるのに忙しくて忘れたかと思ったのに。
「はい!幼馴染が魔法陣っぽいのに吸われるときに、あのヘタレが逃がさないとかぬかしやがって私を巻き込みました!以上!」
「いや、それだけで分かるかよ」
「そう、大変だったのね」
「あれで分かったのかよ!?どんな理解力してんだ!?」
「黙れやこの餓鬼」
「がっ!!」
マスターに突っ込みをいれたカインさん、一瞬で殴り飛ばされていました。
カインって、突っ込みすぎて墓穴掘ってる気がする。
ようは馬鹿。
「マスター。できれば、私が異世界から来たということは秘密にしてもらえますか?私は戦う力なんてない、か弱い女の子なので」
「……か弱い女の子が普通、木に穴開けるか?」
私が説明をしていると、殴られたお腹をさすりながらカインがぼそりと呟いた。
……学習能力がないね、君。
「しぃちゃん、食べちゃえ」
「わうっ!」
「いってぇえ!!いちいちそいつをけしかけるなよ!?」
しぃちゃんに足を噛まれて睨むカインに、私はにっこり笑い掛けました。
「……余計なことを言わなければいいんだよ?」
「……はい」
真っ青になって静かになるカイン。
よし、これでしばらく静かにしてるでしょ。
「それでマスター。秘密にしてもらえます?」
「そうねぇ。城で行われた勇者召喚に巻き込まれたんでしょう?まあ、とりあえずは異世界から来たことは秘密にするから安心してね。戦う力なんだけど、学校に行ったらどうせ授業で戦闘訓練があるから、少しは戦えるようにしておいたほうがいいわよ?物騒なことも多いし」
戦闘訓練……。
平和主義の日本育ちには、学園生活ってつらそう……。
でも慣れなきゃだよね。
「努力します」
「編入するのに1週間くらいかかるだろうし、服とか日用品とか準備をしなさいね。お金ならカインに出さしたらいいから」
「遠慮なく買わしてもらいます」
マスターだったら少し申し訳ないなと思ったけど、うっかり私の人権を奪っちゃったカインなら問題なし。
遠慮なく買ってもらおう。
「少しは遠慮……」
「くぅん?」
「……なんでもない」
私の後ろでカインが何か言おうとしてたけど、しぃちゃんが人間で言う『ああん?』的な声を出したら大人しくなりました。
しぃちゃん、本当にいい子。
「それと、あなたを巻き込んだ勇者なんだけどね?どうやらこの国の王女様が一目ぼれしてしまったみたいで、王宮の最高級の客室でもてなされているみたい」
「………」
私一人で森の中に放り出されたあげく、目の前には獰猛なシルバーウルフがいた状況だというのに?
巻き込んだ張本人はお城でリア中満喫?
はっ……。
ふ・ざ・け・ん・な・よ?
「「ひっ……」」
「きゃん……」
カインとマスター、しぃちゃんが固まったけど、気にしない。
とりあえず、学園に行くまでの一週間で覚えれるだけの魔法を覚えてやるんだから。
龍雅……私を巻き込んだこと後悔しなよ??