72.台所の神様には逆らえない
◇◇◇◇
お嬢の朝食が完成したのとほぼ同時に、空間の歪からボロボロなカインの襟首を咥えて引きずったお犬様が帰還した。
……子犬バージョンなのにカインを引きずるとか、色々おかしい。
うん、だけど神の娘と契約したフェンリルならありえるか。
フェンリルって、主によって能力が変わり過ぎだろ。
特にお犬様は、親馬鹿神が犬好きのお嬢のために特別に力を余分に与えているし。
まだ赤ん坊だけど、もう天界で飼われているフェンリル達以上に強いぞ。
しかも赤ん坊で無邪気な分、こっちはやり返せないのにお犬様は全力だし。
本気で怖い……。
「しぃちゃん、カイン。おかえりー」
「わーうー!」
「た、ただい……ま……」
台所で出来上がった卵焼きを皿に盛りつけていたお嬢が、顔だけ出してすぐに台所に引っ込んだ。
ちゃんと顔を出しておかえりって言うお嬢は律儀な子だな!
偉い偉い!
お犬様はともかく、カインは死に掛けなのに全く気付いている様子ない子だけど!
「しゅ……【祝ふ……」
「あのお嬢ちゃんから預かってたの、食べさしたげるねー」
「ゲフッ!?」
うわ~……。
カインのやつ、自分で回復魔法かけようとしたのに……この空気読まない餓鬼がショッピリン食わせやがった。
てか、いつの間にお嬢からショッピリン預かったんだよ?
お嬢もお嬢で、ショッピリンを渡していたってことは、カインがボロボロになることは予想していたってことか……。
「コス王ー。カインを浴室に放り込んできてー」
炊き上がったホカホカご飯を混ぜながら言うお嬢。
ショッピリンのショックから抜け出せずに、未だに気絶中のカインを放り込んできて、と。
……前言撤回。
やっぱりお嬢はヒドイ。
「コス王ー。早くしないと、せっかく炊き上がったばっかのご飯が冷めちゃうでしょー?カインもさっさと汗流してこないと今日のお弁当、なしにするよ?」
まさかのお嬢のお弁当なし宣言。
お弁当がないということは、貴族ばかりが利用するお高い食堂が嫌いなカインにとって昼飯がないに等しいということ。
育ちざかりのカインに、それはちょいとばかり辛いもんがある。
「放り込まれなくてもすぐに行く!だから弁当は作ってくれ!!」
昼飯抜き宣言に、カインはショッピリンのショックから一瞬で復活して風呂場に走った。
さすが台所を支配するお嬢には絶対に逆らえないよなー。
「ただいま!」
「はやっ!?」
ちょ、待て。
カインの奴、1分経たないうちに帰ってきたぞ!?
ちょいとカイン!?
お前ホントに汗流してきた!?
「お弁当ないのは可哀相だから、彼だけ時間速めてあげたよー。俺ってば優しー」
ニコニコ。
そんな効果音すら聞こえる笑顔で言ったクソ餓鬼。
お前か!
いや、でもよくやった!
「さすが時神!たまにはいいことする!」
「あれ、今このタイミングでばらすのー?」
あ、後で大暴露しようと思ったのに、つい口が滑っちまった……。
お嬢とカインの反応が楽しみだったのに!
「時神だと!?また人外か!?」
楽しみに……していたのに。
カイン……。
なんで驚く方向が違うんだ?
まず時神が地上に降りていることに驚こうぜ。
なんでお前が反応するのは、人外のほうだけなんだよ。
そりゃこの場にいる中で、人間はお前だけだけどさ。
「はい、どうでもいいからさっさと席に着いてー」
「「「え、どーでもいいのか!!?」」」
まさかのお嬢の一言に思わず俺様たち被っちまったじゃん。
なんでお嬢もカインも、時を司る神がこの場にいることに突っ込んでくれないんだよ!
せっかくドッキリしようと思ったのに、俺様寂しい!
そんなこんなで席に着かない俺様たちを見回したお嬢は、半眼になった。
「何?ご飯を温めなおさせる気?」
「「「今すぐいただきます!!」」」
微妙にキレ気味なお嬢に、速攻で答える俺様たち。
お嬢は出来立てほやほやご飯が好きだから、温めなおすのはあんまり好きじゃない。
これは逆らってはいけない。
「じゃあ、手を洗っておいで。20秒以内に席に就けたらお昼にデザートをつけてあげよう」
「洗ってきた」
「はやっ!?」
お嬢の言葉に、一瞬消えたと思ったカインが速攻で現れた。
え、ちょいとカインさん!?
どんだけお嬢のプリンが食べたいんだよ!?
「俺も洗ったー」
「お前もか!」
時神のやつ、自分だけ時間速めてたし!
というか、こいつ昼飯も食うつもりなのか!?
「あ、20秒経った。デザート抜きはコス王だけだね」
うえぇえ!!?
ツッコミ入れてる間に20秒経っちまった!?
「いちいちツッコミ入れてるからでしょ」
「いや、だってツッコミ入れるだろ!?普通は!」
「冥界神が普通を語っていいのー?」
「というか、この場に普通の人がいないし」
「……俺は普通の一般人だぞ?」
「「「え?」」」
ぽつりと呟いたカインの言葉を聞き拾った俺様たち、一斉に聞き返した。
いや、俺様の主ってば何言ってんの?
「コスプレ王にオカマ親父、個性的な帝達に囲まれていて普通にしていられるのが、一番普通じゃないに決まってると思うよ?」
「そうそう。そして何よりお嬢の無茶ぶりに順応してきといて、普通の一般人はないわー」
「つまり、変人に囲まれて普通に生活している君が一番変ってことだねー」
上からお嬢、俺様、時神の3連コンボ。
「変……俺は変なのか……?」
鬱帝の降臨完了だ。
まぁ、鬱っててもお嬢の朝ご飯はちゃんと食べているから放置するけど。
「それで時神君。君はいつまでここにいるの?」
目の前で鬱帝になってるカインを完璧スルーしたお嬢。
うん、もう慣れましたよ。
お嬢のそのスルースキルの高さは。
絶対に元いた世界でも屑勇者やその周辺に色々やられてても、そのスルースキルで乗り切っていたに違いない。
「俺ー?お嬢ちゃんと、冥界神を使い魔にした人間に興味があっただけだからすぐに帰るよー?仕事残ってるしー」
どこまでもマイペースな時神。
仕事……そういや、俺様ってば部下に仕事押し付けたっきりだったなぁ。
まぁいいや。
罰だし。
「すぐ帰るなら、さっさと帰れよ。そしてお昼のデザートを俺様によこせ」
「それは食べて帰るからダメー。今日一日いるくらいは別にいいでしょー?」
「いいよ?その代わり、なんか小動物に擬態してね」
「オッケー!」
「……」
ジメジメとした空気を放っている鬱帝、どうでもよさそうにお弁当を作り始めた世界神の愛娘、そしてその光景を気にせずに飯を食いまくる時神。
……滅茶苦茶だな、おい。
とりあえずは復活するのは遅刻ギリギリになりそうなカインの代わりに、あの四次元ワールド部屋から学校のカバンを発掘しといてやるか。
前と違って手のかかる主だなー。




