69.やったらやり返された
◇◇◇◇
シリウスの恐怖の散歩開始から30分後。
「ぜぇー……ぜぇー……」
「はー……はー……」
俺と愛良は汗だくになって四つん這いになっていた。
なんとか今日も無事に走り終えれた……。
最初の頃は何回もバランスを崩した結果、転倒したまま引きずられたからな……。
まぁ、クソ犬は愛良が転んだ時はちゃっかり立ち止まっていたが。
「が~う~!」
楽しかったんだな、シリウス。
分かったからその巨体で尻尾を振るな。
尻を向けられている俺に対しての風圧が、さっきからすごいから。
さっきから、俺の顔面すれすれを往復しているんだぞ。
あと一歩でも前に出たら、往復ビンタだな。
尻尾で。
……やめよう、嫌な想像は現実になる。
「愛良、次やるぞ」
「あ、はーい。しぃちゃん、危ないからお散歩に行っておいでね」
「がう!」
愛良の言葉に頷いて、音速のスピードでどこまでも広がる白い空間の彼方に向けて走るシリウス。
よし、危犬はいなくなったことだし、これでひとまず安心だな。
次の朝練メニューだ。
「じゃあ行くぞ」
「よし、準備完了!」
俺の周囲にそれぞれの属性魔力の塊を百ほど作って、愛良に向かわせる。
一つに神級魔法一発分ぐらいは込めているから、当たれば愛良でも一応ダメージを食らう。
……本当にかすり傷程度だったが。
神族の頑丈さは異常としか言えないだろ。
神級でかすり傷って、もう無敵だろ。
それでも愛良は、かすり傷を負うのも嫌がるんだが。
それを回避するためには、愛良にぶつかるまでに同じ属性の全く同じ魔力量をぶつけて相殺しなければならない。
初めは愛良も属性を間違えたり魔法量を量ることができない等、まともに相殺すらできていなかった。
まぁ、初めから50はやり過ぎたかとも思わないでもないんだがな。
それでもギルドの高ランクになったからには、さっさとそれに見合うだけの実力を身に着けさせる必要があったから、俺と親父でスパルタでやりまくった。
その結果、今ではこの程度の数なら愛良も相殺できるだけの魔力コントロールを身に着けている。
……そろそろ、次の段階に行っても問題なさそうだな。
「今日はさらに百プラスしてみるか」
愛良が相殺している傍から、さらに追加した属性魔力の塊を百プラスして向かわせる。
「いっ!!?ちょぉお!!?」
いつもの数と気を抜いていた愛良の表情が、面白いぐらい引きつった。
おお……さすがの愛良も、いつものメニューを急に変えると焦るんだな。
「実戦では何が起こるか分からないんだから、それぐらいで焦るな。それぐらい相殺できるだけの魔力コントロールを、お前はすでに身に着けている。焦らず冷静になって判断しろ」
「う~……」
一応アドバイスをしたんだが……愛良に涙目で睨まれている。
……さすがに2倍はやり過ぎたか?
何個か愛良に当たって爆発している。
「……後で絶対にやり返してやるんだから」
爆発音に紛れて不吉な声が聞こえた気がするが……気のせい、だよな?
気のせいと思っておこう。
最初に当たった衝撃で集中力が途切れたからか、残りの属性魔力の塊がどんどん愛良に当たっていっているが、俺は気にしない。
愛良が冷静にならずに集中力を途切れさせたのが悪い。
……悪いんだが、やっぱり明日はプラス50くらいにしておこう。
今も残り50ちょっとを相殺しきれていない様子だし。
「……愛良。予想外のことが起きたぐらいで、冷静さを失うな。その場の状況に応じて判断できるだけの判断力と冷静さを身に着ける必要もあるんだからな」
「むぅ……カインがいるから、別に判断力とか冷静さを私が身に付けなくてもいいじゃん」
傷だらけの愛良に回復魔法をかけてやりながら評価を下すと、不満そうに頬を膨らませる愛良。
あのな……それって、俺が傍にいる時でしか通用しないだろうが。
「お前一人の時だって、必ずあるんだぞ。文句を言う前に学べ」
「……」
むっすー。
そんな効果音すら聞こえそうな様子で頬を膨らませたままの愛良。
おい。
そんなに膨らませていたら、戻らなくなるぞ。
「それじゃあ、カインにはお手本見せてもらうからいいもん」
「は?」
「はい、じゃあ次はカインの番ー」
傷が治った手をパンパンと叩き、俺から離れる愛良。
俺の場合はいつも五百位なんだが……。
愛良の周囲に千を超える魔力の塊が浮いていました。
「やられたら、やり返さないとね?」
愛良の笑顔が眩しい。
「……」
不吉でもなんでもなく、2倍でやり返されました。
……全部相殺できるわけないだろ。
せいぜい八百までだよ、相殺できたのは。
残りは全部喰らったよ。
「で?カインさんや。さっき私に言った言葉、もう一回言ってくれる?」
「ぐっ……」
ボロボロになって倒れ込んだ俺の真横に座り込んだ愛良が、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
しかも、あえて俺が傷を負った箇所を指で突いてきやがった。
心身ともに痛いところを突っ込んでくる鬼畜め……。
「……俺が悪かった」
「ん。よろしい」
俺が素直に謝ったことで気が済んだのか、傷口をいたぶるのを止めた愛良。
やっぱり愛良に対しても明日からは2倍じゃなくて1.5倍くらいにしておこう。
こいつはやられた分、そのままやり返してくる。
しかも俺は愛良みたいに丈夫なスペックじゃないからボロボロで、命がいくつあっても足りない。
いや、まぁ普通の人間より怪我は少ないけどさ。
というか、普通の人間なら死んでるか。
「……ん?」
俺、どんどん普通の人間から遠ざかっているのか?
不老不死な時点でもう人外だけどさ……。
もうちょっと成長はするつもりだけどな。
いつ成長を止めるのかは自由ってコス王も言っていたし、せめて親父の背は抜かしたい。
「カーイーン?何を黄昏ているのー?自分でしないなら、私が回復しようかー?」
仰向けに倒れたまま考え込んでしまった俺の顔を覗き込む愛良。
その手には、ショッキングピンクな色をしたプリン。
「いや、何でもない。そしてショッピリンを取り出すのはやめてくれないか。自分で治すから」
自分に『祝福』をかけながら、ニコニコの笑顔でショッピリンをすくったスプーンを俺の口にいれようとしていた愛良の腕を掴む。
止めをさされてたまるか。
「遠慮しなくていいのにー」
「嬉々とした笑顔で止めをさしに来ないでくれ。ほら、俺は回復したから次やるぞ、次」
「むぅ……はーい」
頬を膨らませながら渋々といった様子でショッピリンを片づける愛良。
……そんなに俺に止めをさしたいのか、お前は。
「カイン?なーに?」
「……何でもない。次、組手やるぞ」
さっさと話しを逸らすために俺の魔武器の刀、無限を構える。
「あ、逸らした」
「気にするな」
俺の命がかかっているんだから、逸らして何が悪い!
鬱帝「愛良が時々鬼畜だ……鬼畜の矯正方法って、あるんだろうか……?」




