逸話.世界のどこかで1
復活したら何しようかなー。
あの親馬鹿神に嫌がらせしようかなー?
それとも、堕神野郎の子供たちを取り込んで、神王様の所に遊びに行くか?
うーん……けどそれだと遊ぶ前に殺されるか、神王様に。
やっぱり、邪神らしく人間を滅ぼすことにしよう!
あの親馬鹿神が管理している世界をめちゃくちゃにした方が、よっぽど嫌がらせになるしな!
それから色々遊びに行けばいいし!
とりあえず、邪力を漏れ出してこの世界の魔物達の凶暴化してみるか。
急だったら人間たちが驚き過ぎて、あっという間に絶滅しちゃうかもしれないから、少しずつで。
あとは……封印を解くための駒が必要だな。
どっかに落ちてないかなー……。
◇◇◇◇
この世界のどこかで、白髪の人間離れした美しさを持つ一人の男が巨大な門の前に立っていた。
「これが邪神様が封印されている地下道遺跡への入り口ですか……」
たった一人で歩く男は、そう呟きながら中に入ろうと門に手を当てた。
……が。
「……あれ?」
押しても引いても開かない扉。
「お、おかしいですね……邪神様が封印されているのは、もっと奥のはずなんですけど……」
焦りながら額に冷や汗を浮かべる男。
男は気づかない。
門の横に、小さく石碑が建っていることに。
そこに、この遺跡の中に入るヒントが書かれていることに。
「あ、あれー?おっかしいですねー……なんでですかー?」
周りを確認することなく、ひたすら門を開けようと頑張る男。
邪神を復活させようとしているようだが、この男、見た目に反して猪突猛進型のようだ。
とりあえず、邪神が復活するまでは、まだまだ時間に余裕がありそうだ。
◇◇◇◇
その頃、別の場所では―
「邪神?それさえ従えさせれば、世界を一つにできると申すのか?」
広い広間の玉座に座った男が表情なく、呟いた。
それに答えるのは、膝をついて頭を下げる太った男。
「ええ。邪神は復活させた者の支配を受けると言われています。そしてその力は、この世界の神や魔王すらをも凌ぐほどの力だと。邪神を手に入れることができれば、この世界は必ず陛下の者となりましょう」
「この世界を余の者に、か……」
男の興奮した声にも、玉座の人物は表情薄い。
むしろ、興味のかけらもなさそうである。
「陛下、邪神復活のご決断を」
「……好きにするがいい。この国に害がなければ構わん」
「では、さっそく封印場所を探させます」
許可を得たことで嬉しそうに立ち上がって去った男の後姿を見ながら、玉座の人物は初めて表情を見せた。
呆れの表情を。
「まだ見つけてなかったのに偉そうに言っていたのか……」
こちらも邪神を復活させるまで、まだまだ時間がかかりそうである。
◇◇◇◇
さらに別の場所、もとい天界ではー。
「ふふふー♪愛良ちゃん、可愛いなー。もうママにそっくりだよ。愛良ちゃんマジ天使!いや僕の娘だから神族なんだけどね!やっぱり美少女の中に愛良ちゃんの写真が入っていないのは間違っているよね!むしろ、全部愛良ちゃんの写真でもよかったよね!」
人間界の様子を見ることができる大型テレビの前で、変態が一人でニマニマ笑っていた。
その周りには仕事関係のものだと思われる書類が山積みされているが、まったく視界に入っていない様子だ。
「神様、失礼します」
真っ白い部屋の扉がノックされ、書類を持って入ってきた金髪碧眼の美女。
テレビの前に陣取っている変態を見て、美女の顔が般若になる。
「何いつまでも変態オーラ出しまくって仕事ほっぽりだしてやがるんですか。さっさと仕事してください。お嬢様コレクションを破壊しますよ?」
「いやぁああ!!!ミカエルさぁぁあああん!!!?僕の愛良ちゃんコレクション破壊しちゃらめぇぇええええええ!!!」
「それが嫌ならさっさと仕事をしなさい」
「はい!今すぐします!!」
さっきまでのダラケぶりが嘘のように書類に向き合う変態馬鹿親神。
その目の前で、腕を組んで見張る美女。
「最初からそうしなさい」
「はい、ごめんなさい……」
「それより、セラフィム様はどこに行ったか知っていますか?あと、ルシファー様がここ500年ほど見当たらないのですが」
「あ、セラフィムは僕のお使いに行ってるよ。ルシファーは天使のお仕事めんどくさいって言って、500年ぐらい前にまた堕天したよ?」
「あら、そうですか」
それだけしか反応しなかったミカエルと呼ばれた美女。
あまりにも薄い反応に、変態は首を傾げた。
お仕事命のミカエルならキレると思っていたのに、予想していた反応が返ってこないのだ。
「……それだけ?」
「はい。セラフィム様は力は強い方ですが、抜けた所がございますし。ルシファー様はもとからお仕事してくれない方ですから、堕天しても特に仕事には支障はありませんね」
「あ、そう……」
「そんなことより、お部屋の前にこれが置かれていましたが」
美女の手元にあるのはボイスレコーダーとメモ。
メモには『パパへ』という文字。
「愛良ちゃんの字だ!!何かな何かな!?愛良ちゃんから何のプレゼントかなー?」
「ちっ。……とっとと仕事をしてくれませんかねぇ?」
美女の話はとりあえず聞こえないフリ。
まずは目に入れても入たくないほど可愛がっている愛娘のプレゼントが気になってしょうがない。
「とりあえず、再生をポチーっとな!!」
『……パパ、だーいっきらい』
ビリっ!!
あ、思わず書類破いちゃった……。
『仕事しないで娘にちょっかいかける人って、一家の大黒柱失格だよね。あ、もとから大黒柱にすらなれてなかったね!』
「ぐはっ……た、確かに日本で暮らしている時の家計を支えていたのはママだったけどさ……」
『パパ、ちゃーんとお仕事してね?でないと、パパのこと、軽蔑するね!』
そう言い切ったきり沈黙するボイスレコーダー。
それの目の前でプルプル震えながら俯く変態神。
愛娘の言葉に、そうとう堪えた様子である。
しかし、変態神は予想をはるかに超えた変態であった。
「愛良ちゃんに軽蔑の目で見られる……いいかも」
顔を染めてうっとりと呟く変態。
その変態を、汚物をみるかの視線をなげる美女。
「元から軽蔑されているでしょう」
「も、元から軽蔑なんて……」
「されていないと自信を持って言えますか?」
「い、言えるもん!」
一刀両断のミカエルさんに、変態は涙目でどもりながら答えるが。
「いい年して子供みたいに答えないでください。気持ち悪い」
「ぼ、僕、君の上司だよね!?」
「不本意ながら。さっさと代替わりしてくれませんか?」
「やだ!僕まだ若い方なんだから、あと10万年くらいは代替わりしないからね!」
「ちっ。……なら、お嬢様に見直されるように真面に仕事してください」
「はい!愛良ちゃん、待ってってね!!!パパ頑張るからね――!!!」
猛スピードで次々と書類に印を押していく変態。
「はぁ……しばらくはお嬢様をダシに仕事をさせますか」
美女の苦労はまだまだ続きそうだ。
◇◇◇◇
そして、人間界のある部屋。
「……幼女様の写真がなかったら危なかったぜ」
黒髪の男が握っているのは、愛良の小学校の入学式の写真。
冥界神が龍雅から奪い取った写真だ。
「……山は、乗り越えた」
「本気で掘られるかと思ったぜ……」
「俺、もうここ出たいー……」
3人の男がボロボロの状況で息をついていた。
その男たちから離れた壁の隅には、シーツやカーテンでぐるぐる巻きにされた塊が転がっている。
時折海老反りして「ウホッ!」とくぐもった声で言っているが、恐らくあれだけぐるぐる巻きにされていたら動けないだろう。
能力を全て封印されている彼らの涙ぐましい努力が垣間見れる。
「あ、あの嬢ちゃんなんだったわけ……?この幼気な可愛い幼女様がなんであんな恐ろしい性格に……」
「……力封印されて急に阿部さんモドキの部屋に入れられるなんて、予想外もいいとこだよー……」
「お、お嬢だから仕方がない……。というか、調子に乗り過ぎた……。やべぇ……」
ビクビク震える冥界神。
あまりにも震えているその様子に、他の二人にも恐怖が伝染したように背中がぞくりと震えた。
「ちょ、元可愛い幼女様の嬢ちゃんって、そんなに怖いのか?」
「というかあの子、確かここの世界神様の娘だっけー?……ここの世界神って、神王の次の位だよねー?……もしかしてヤバいー?」
「俺様がここまでビビってんだからヤバいに決まっているだろ……。やべーよ、お嬢に殺されるよ、お犬様に食われるよ、ショッピリンで蘇生されて永遠に続くよ」
「「ショッピリン……?」」
二人が不思議そうに首を傾げている。
そりゃショッピリンのことを知らない人にとってはそうだろう。
「俺様、今すぐお嬢に謝ってくる!!」
「……どうやってー?俺たち、能力も魔力も全部封印されている状態……なおかつ、この阿部さんモドキの部屋から出られないんだよー?」
「問題ない!クソ神―――!!!お嬢に謝るからこの部屋から出してくれ―――!!!!今ならもれなくお嬢の手作りプリンが付いてるぞ――ー!!!」
天に向かって叫ぶ冥界神。
実際は病室の天井に向かって叫んだだけのイタイ人である。
しかし、それを上回るイタイ人物はその叫びをきちんと聞き取った。
『ほんとー!!?今すぐ出したげるね!!!ついでに能力の封印も解いとくから、早くプリン送って!!!』
どこで見ていたんだと聴きたくなるくらい、早い返事だった。
そして、さすが一方通行な親馬鹿神。
愛良の設定能力があっさり破られた。
「サンキュー、クソ神!!お嬢のプリン送るけど、ちゃんと食えよ?時間止めてコレクションに加えるとかナシだぜ?」
『……。そんなことしないよ!』
「……おい、今の間はなんだよ?」
『気にしちゃダメ!!早く送って!!ミカエルが戻ってくるから!!』
「へいへい」
たとえこの愛良特性プリンが、コレクションの一部に加わっていても、誰も驚かないだろう。
非常食として貰っていたプリンを天界に送るなり、冥界神は立ち上がった。
「よし!じゃあ俺様帰ってお嬢に土下座してくる!!」
「面白そーだから、ついてくー」
「元可愛い幼女様の麗しい幼女時代の写真があるかもしれないから発掘しに行くー」
冥界神の言葉に反応して手を上げる少年と、幼女な愛良の写真を握り締めたままの男。
単純に面白そうという理由の少年はともかく、男の方は大問題だ。
「よし、お前はついてくるな。お嬢が(キレて大暴れでもしたら俺様とカインが)危険になるから、ロリコンは絶対に来るな!」
内容を省略しながら全力で拒否をする冥界神。
ロリコンを連れて戻った瞬間、部屋は大変なことになるに違いない。
もちろん危険になるのは愛良の周囲のみのはずだ。
「ロリコンのどこが悪い!!幼女様は天使だぞ!?あの小さな体で一生懸命歩き、舌足らずな口調で必死に話そうとする!!!あれを愛らしいと言わずになんという!!?そしてあの嬢ちゃんの幼女時代の愛らしさといったら半端ないんだぞ!!?見ろよ、この涙目で『抱っこして』アピールしている写真を!!!天使だ!!!ここまで愛らしい幼女を俺は見たことがない!!!もう天使すら超えて神だ!!!いや、元から神族だけどさ!!!」
鼻から忠誠心を流しながら力説する男。
ドン引き以外に反応しようがないだろう。
「……冥界神ー。こいつもう終わってるし、放置して行こうよー」
「……おう。お前、絶対お嬢に近づくなよ?」
「無理!!置いて行かないで!!!」
「「それこそ無理!!」」
言い切るなり転移した冥界神と少年。
しかし、その程度で男が諦めるはずがない。
「ふふふ……俺にかかれば、魔力の痕を辿るなんて……」
「ウホッ!!!」
「!!?」
魔力の後をたどろうと目を瞑った瞬間ビリっという音が響いた。
もちろん、部屋の隅で拘束していた塊がシーツを破って出てきたのだ。
「ふふふ……さぁ、お楽しみタイムだ」
「お、お、俺はもう魔力が復活……してない――!!!?いぎゃあああ!!!ち、近寄るなぁぁああああ!!!ア゛―――――!!!!!」
……その後、その男の姿を見たものは誰もいなかった……かもしれない。




