48.誰もやるなんて言っていない
◇◇◇◇
学園長が満足げに出ていき、隣で愛良が顔を輝かせて今後の計画を練っている。
あのロクでもない奴らの再教育か……。
仕事がなくなったのはありがたいが、どちらにせよ面倒事だな。
(なぁなぁ!俺様、お嬢の所に行って一緒に作戦会議してもいいか!?)
ずっと黙って俺の肩に乗っていたコウモリコス王が嬉々として参加を申し出る。
……お前、いつまでいるつもりだ?
仕事があるから帰ったんじゃなかったのか?
……まぁいいか。
(好きにしろ)
(やった!お嬢~!!俺様も混ぜてくれ!!)
(オッケー!打倒ヘタレに群がるビッチ共!!)
(おー!!)
パタパタ音を立てて愛良の肩に飛び移るコウモリ。
それを連れて部屋の隅に移動して話し込む愛良。
……もう勝手にしてくれ。
「……あいつは放っておいてくれ。で、今日はいったい何の集まりだったんだ?」
「再来週の高等部全体で行われる1年生歓迎の親睦会について話していたんだ。とりあえず、みんな一度席に着こう」
生徒会長らしき男がそういうなり、揃って土下座していた生徒たちが一斉に動き出した。
親睦会なんてあったんだな。
中等部ではそんなものなかったから、全く知らなかった。
……あ。
相手は年上だが、うっかり敬語を使うのを忘れていた。
……もうさっきからの様子も見られているんだし、別にいいか。
「毎年恒例なんだけどね、今年は王女と六大貴族たちがいるから、どうしても胃が痛くて……」
声がどんどん小さくなる生徒会長(仮)。
本当に痛むらしく、胃のあたりを押さえている。
なるほどな。
確かに今までの学園の行事、全部あの王女たちが振り回していたな。
学校行事の遠足の時、山なんか歩くか!と怒鳴って自分たちだけ金で雇った者たちに運ばせたり。
体育大会の時、クソ暑い中外で動き回りたくない理由に生徒たちの実家に圧力をかけて全員休ませて大会自体をなくしたり。
文化祭では劇の主役になれなかったという理由で、教師と主役だった生徒の実家を潰して主役の座を奪ったという噂もある。
その噂になった奴らは、家ごと他国に留学という名目で離れているから真意は不明だ。
初等部中等部の卒業式では、卒業証書を受け取るという生徒にとって最後の晴れ舞台を時間の無駄と言って、自分たちだけ読ませて後は全て省略されたな……あの後、あいつらが帰った後でこっそり先生たちが泣きながら謝って俺たちに卒業証書を渡してくれていたな……。
……改めて思い出してみると、あいつら好き勝手やり過ぎだよな。
なんか、もう慣れてそんなもんかという気分だからなぁ……。
(愛良、あいつらの再教育、俺も全力で協力しよう)
(私がやるんだから、カインが協力するのは当然だよ?)
……そうなのか。
まぁ、どうせやるつもりだったから別にいいんだけどな。
「それで、親睦会ではいったい何をるつもりなのー?」
隅っこでコス王と話していた愛良が俺の隣に戻ってくるなり質問。
本当にマイペースな奴だよ、お前は。
「えっと、一応クラス対抗の宝物探しを考えているんだ。だけど、どこから聞きつけたのか6大貴族の5人と王女様が『いちいちめんどくさいし、宝なら山ほど持っている。他のを考えろ』と脅迫し……いや、意見を言いにきたんだよね」
「あっはっは。ウザいね、それ」
愛良の奴、声だけは笑った後、無表情で言い放ったぞ。
目、鋭すぎないか?
お前、本当に平和な世界から来たんだよな?
たまに俺、お前の変わりように肝が冷えるんだが。
「生徒会長乙!」
……コス王。
お前はコウモリの姿して普通に会話に混ざってくるな。
コウモリの時は念話にしろ、念話に。
「あ、僕は会長じゃないんだよ」
片手で頭を掻きながら苦笑する生徒会長(仮)。
そしてアンタも普通に会話を続けるなよ。
もう突っ込む気もしないが。
「え、普通に会長さんのポジションで話しているじゃないの?」
「僕は前年度の会長で、今年度の会長は別にいたんだよ。だけどストレスで胃を痛めちゃって入院中なんだ。本人も、とてもじゃないけど王家六大貴族が勢ぞろいしている中で会長なんて死んでもやりたくありませんって言い張っちゃってね。だから、今日は新しい会長を決める日でもあるんだ」
ストレスで入院中……原因は奴らか。
そりゃあんだけの奴らだったら、胃も痛めるだろうな。
「新しい会長は誰がなるのー?」
奴らのひどい我儘っぷりにまだ振り回されたことがながゆえに、無邪気に質問を投げかける愛良。
俺たち一年生を省いた残りの20人ほどが、一斉に視線を逸らした。
学年主任たちですら逸らしている状況だぞ?
「誰もいないのか?」
「いや、だってね?誰が行事ごとに我儘連中を抑ると思っているんだい?」
「まぁ、生徒会の会長だろうな」
「あの子たちの我儘なら私がいくらでも潰してあげるから心配しなくていいのに」
愛良が宥めるように笑みを浮かべるが、それでも彼らの表情は暗いままだ。
その気持ち、分からないでもないがな。
「逆恨みが怖いんだよ……。彼らは自分たちの都合のためだけに、何のためらいもなく一人の人生を棒に振れるだけの権力があるから」
「なるほどな……」
実際、過去に何度かあいつらのおかげで家を潰された者たちもいただけに、やりたがる奴は皆無か。
誰しもが沈黙してしまった中で、愛良だけがなぜか笑って立ち上がった。
……俺の腕を掴んで。
「じゃあカインが会長になれば問題なしだね」
「……………は?」
……今、こいつは何て言った?
「カインが会長になれば問題なしって言ったよ?」
「いや、さらりと人の心を読むな」
「いやいや。お前自分で声に出してたから」
「わう!」
コス王の言葉に、愛良の肩に乗っかっているシリウスが尻尾を振って同意。
自分で口に出したことにも気づかないなんて、俺はどれだけ動揺していたんだ……。
そんな俺の横で、愛良が輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
「だってね、私があの我儘っ子たちを黙らせるんだったら、成績関与の権限だけじゃなくて、この学園も掌握しときたいでしょ?その方がいざとなった時、あの我儘っ子たちを一斉にハブることなんて簡単だし。安泰とした学園生活を送るためには、それを脅かされないだけの権力も必要だよ」
いや、なに晴れ晴れとした笑顔で怖い事言ってんだ、お前は。
なんでそんなに慣れた様子なんだ。
お前、絶対に前の世界での暮らし、平和じゃなかったろ!?
「ほれ、お嬢もこう言っていることだし、諦めろって。な?」
羽で俺の頭を軽く叩きながら笑うコス王。
お前たち、絶対楽しんでいるだろ。
「厄介ごとを、全部俺に押し付ける気か?」
「大丈夫!ちゃんと私も手伝うから!たぶん!!」
「俺様はハナっから手伝う気なんてさらさらないぜ!」
「わう!」
ダメだ、こいつらアテにならない。
絶対に引き受けたくなんかないぞ。
「俺は入学したての1年生だ。そんなのがいきなり生徒会長になれるわけがないだろ。現実を考えろボケ」
「問題ないよ!カインだもん!」
「お前の中で俺はどんだけ超人なんだ」
「え、たいして超人とは思ってないよ?」
「それもそれで酷くないかっ!?」
何でそんなに不思議そうに首を傾げているんだ、お前。
さらっと酷いこと言った自覚はあるか?
「だって、カインだもん!」
「さっきと全然別の意味の同じ台詞だなぁおい!?」
「ツッコミ頑張るなぁ、お前」
「てめぇは黙ってろ」
少し鬱陶しいコス王は、強制的に黙らせる。
問題は愛良だ。
俺にこいつを黙らせれるわけがない。
「一年生が生徒会長になるなんて問題だらけだ。他の奴らに聞いてみろ」
『全く問題ないです。どーぞどーぞ』
「おい!?」
……なんだ、こいつらのシンクロ率は。
そんなに嫌なのか、王族と六大貴族が揃っている時の生徒会は。
「ね?みんな問題ないって言ってるし、カインが会長でいいよね?ね?」
「断固拒否する」
「だ が し か し! カインに拒否権なんて存在しない!」
「おい待てコラ」
……なんだその理不尽さは。
何理不尽なことを笑顔で言ってやがんだ、てめぇは。
「細かいことは気にしない!カインが会長になるの決定!……私暴れまくった時の後始末、他の人に頼んだら迷惑だし」
おい、最後なにポロっと小声でもらしてんだ。
そっちが本音だよな?
「俺に対して迷惑とは思わないのか?」
「その前に、私の人権に関わる大変とても重大的な迷惑をかけられたので、カインに対して迷惑なんて少ししか感じたことありません」
あ、少しでもあったんだな……。
……なんか、自分で思ってて悲しくなってきたぞ。
「……ん?」
ふと肩に軽い重みを感じて振り返ると、コウモリコス王とシリウスが前足を片方ずつ乗せていた。
コス王は諦めろと目で語り、シリウスは愛良の言うとおりにしたほうが身のためだぞ、と脅している。
コウモリに同情(半分面白半分)され、子犬には脅される俺って……。
「カイン、諦めてね」
はい、俺に拒否権なんて存在してないんでした。
……人間、諦めが肝心だ。
「はい、カインも諦めたことだし、生徒会長はカインで決定ね」
清々しい笑顔で愛良が宣言すると、他の生徒、教師たちは拍手喝采。
……一度、暴れてやろうか。
「カイン、なぁに?」
「……なんでもありません」
俺、今の口に出していなかったよな?
「それじゃあ、生徒会長はカインで決まったとこだし親睦会の話をしようか」
「ああ……クラス対抗の宝探しだったか?具体的に何を考えていたんだ?」
もう諦めて話を進めれば、元生徒会長が頬を掻きながら立ちあがった。
「学年合同の同じクラスごとに協力して、こっちが隠した宝を探して一番多く宝を集めたクラスには成績アップの特典をつけようと思っていたんだ。頭と体を使うから、先生たちもこの行事に関する成績アップは認めてくれているし」
なるほどな。
だけど、それに文句を入れてきたのがあの我儘達か。
「愛良、あの馬鹿たちの文句は潰せるか?」
「余裕。ていうか、あの我儘っ子たちも率先して参加したがる作戦思いついたし」
ニヤっと笑みを浮かべる愛良。
またロクでもないことを思い浮かべたな。
「あの我儘っ子たちは私がなんとかするから、親睦会はそのまま宝探しでやろう。あ、宝探しの中にいれる宝は私がちょっと手を加えてもいい?」
……なんだろう。
すごく嫌な予感がするのは俺だけか?
「……何をするつもりだ?」
「みんながやる気になるアイテムを入れるだけだよ?再教育に大事なのはアメと鞭の使い分けだからねー。はい、じゃあみんなで作戦会議ね!」
そのやる気になるアイテムを聞いているんだが、こいつ絶対当日まで話す気ないな。
まぁ、俺に実害がなければ別にいいか。
……実害、ないんだよな?




