198.ヤンヒロは今度こそ滅びました
視点はちぃ兄ちゃんです
◇◇◇◇
いっやー……やらかしちまったわ。
愛良に詳しいことは何にも教えてなかったツケが、こう来たのかよ……。
まさか、愛良が直接龍雅を地球に送り返すとは思わなくて、油断していた。
でも、今回のは何も知らなかった愛良は悪くない。
俺らの責任だ。
そう……現在進行形で奴が地球に災厄を振りまいているのは。
「愛良ぁあああ!?どこなのぉおおお!?なんで!?なんで僕だけぇええ!?」
住宅街のど真ん中で、絶望したかのように叫ぶ龍雅。
その龍雅に呼応したように、晴れていた空は突然の土砂降り。
あまりの土砂降り具合に、洪水地滑り土砂災害を巻き起こすのは時間の問題。
しかも、奴の絶望の叫びに反応して地面が微かに揺れている。
地震がくるかもな……世界中で。
魔力で押さえていた疫病神特有の厄が、さっきから遠慮なく発揮されまくってるし。
とりあえずは中にぃが対龍雅用に死ぬ気で完成させた新しい神器の鎖、グレイプニルで捕縛して、
大にぃは閻魔のおっさんから強請ってきた神族の能力一時的に封印(効果:1時間)を、無理やり飲まし、
最後に俺が奴を締め上げて意識を落とす。
よし、一時的にでも地球の安全は取り戻せた!
「大にぃ、中にぃ。とりあえず、こいつはさっさと邪神の神殿に連れ戻そうぜ」
「うむ。下手にここにいれば、また地球に被害が及ぶのだ」
「それに、龍雅の存在はすでに今の地球にはなかったことになっちゃったしねぇ」
兄弟一同、冷や汗を拭いながら一息だ。
親父がわざわざ地球の時間を巻き戻して疫病神に、自分の子どもが生まれた時に力を取り上げさせたからな。
もうこの地球は、愛良たちが暮らしていた時とは別の時間軸を歩んだ地球になっているんだ。
ちなみに疫病神の子どもも、力を取り上げたから普通に幸福になっていたぞ。
龍雅の父親も厄を振りまくことなく幸福になったからこそ、幸運の女神の子孫である龍雅の母親に執着することもなく、暮らせていたし。
今はそれぞれ出会うことすらなく、別の家庭を築いている。
つまり、この世界に龍雅という存在はないんだ。
本来なら存在自体が消滅するはずだったが、疫病神の力が強く出過ぎ、さらには異世界にいたから存在しているが。
「とりあえずは、龍雅の肉体はさっさと封印しちまおうぜ」
「うむ。龍雅が龍雅となったそもそもの原因は、疫病神の血を引く肉体だ。さっさと封印してしまえばいい」
「別の体に魂が定着したら、自然と今の肉体も消滅するはずだし」
ゴールはもう間近まで迫っているんだ。
あともう少し、頑張れ俺ら。
すべては、可愛い妹のためだ!
「「「ただいまっ!!」」」
「あ、お兄ちゃん達!おかえりー!」
捕縛した龍雅を引きずって神殿に戻ると、満面の笑みで駆け寄ってくる愛良。
しかしその目が大きく見開かれると、一気に硬直した。
その視線の先にあるのは、グレイプニルで簀巻きとなっている龍雅の姿。
「な、なんで……」
愛良の顔から、一気に血の気が失せた。
うん……説明なしに連れ戻して悪いな、愛良。
兄ちゃん達も、本当はあのまま引き離していたかったんだけどな?
封印せずに引き離すと、地球が災厄で滅んじまうんだ。
頼むから、少しだけ我慢してくれ。
「む、無理ぃいいい!!カインー!」
「うっ!?」
悲鳴を上げて、離れた所で尻を押さえたまま蹲っているチビーズ達の傍にいるカインの所へダッシュで避難する愛良。
勢い良すぎて、鳩尾に頭突きされたように見えるカイン。
カインの所に行くまでの間に、シンやハゲ、ルシファーがいるにも関わらず、目もくれずにカインの所へと。
……こういう防衛本能が全開の時は、カインの所にしか行かないよなぁ。
というか、カインにしか頼らないよなぁ。
俺らはともかくとして。
……カイン、あともうちょい頑張れ。
「お、お兄ちゃん達!?何でその子、連れて帰ってきたの!?」
カインに抱きついたまま、顔だけこちらを向いて詰問する愛良。
……そんな『お兄ちゃん達に裏切られた!』と言わんばかりの目はやめてくれ。
俺らにも理由があんだから。
お前からそんな目で見られると、兄ちゃん達泣いちゃうからな?
特に大にぃなんて、見た目無表情のまま内心で『愛良に嫌われたのだぁああ!』って叫んでいるからな?
愛良とチビーズ達意外に聞こえる念話で叫んでいるからな?
本当に可愛い妹にはかっこいいお兄ちゃんと思われたいっていう見栄がなかったら、絶対に四つん這いになって嘆いているレベルだからな?
もう本気でその『お兄ちゃん達の裏切り者!』って言わんばかりの目をするのは、やめてください。
大にぃが落ち込むと、これ幸いと中にぃが長男弄りをするから。
最終的に大にぃと中にぃが大喧嘩をしたら、後始末をさせられるの俺だから。
だから愛良。
俺の平穏のために、その目はやめような。
俺らがお前を裏切るはずがないから。
とにもかくにもいい加減愛良に黙っているのも限界だ。
しょうがない。
本当は嫌だが、説明しないといけないよな……。
じゃないと、今回みたいに空回りするだろうし、なにより愛良に協力してもらえない。
「あー、えー……愛良?あのだな、お兄ちゃんたちも別に好きでこいつを連れ戻したわけじゃなくてだな?」
「とりあえず、カインくんと一緒でいいから来てくれないかな?」
「他はそこで待っていろ」
できればこんな話広げたくないから、チビーズや使い魔、真から離しておく。
さらには念のため遮音の結界を張って……よし、これで余計な奴に話を聞かれなくて済むな。
「……お兄ちゃんたち、話って?」
警戒心マックスでカインの背中に抱き着いたまま聞いてくる愛良。
やべ、今まで見たことがないくらい妹に警戒されて泣きそう……。
カインもカインで、ヤンヒロを警戒しながら俺たちを胡乱げな目で見てくるし。
「あのだな?前に邪神に対抗できるのは神族の血を引く奴だけって話したよな?龍雅が引いているのは、疫病神って結構厄介な神の血なんだ」
「龍雅は魔力で無意識に疫病神の厄を抑えていたんだけど、魔力を使い切った状態で地球に戻すとその厄を振りまく存在でしかないんだよ」
「あのまま龍雅を地球に戻すと、厄災の力を扱えていないために地球が滅びてしまうところだったのだ」
「「………」」
俺たちの説明に、お互い顔を見合わせる愛良とカイン。
よしよし、俺たちに対する警戒心は薄れてきたな。
「つまり、私が知らずに魔力を使い切った龍雅を地球にポイ捨てしたから、お兄ちゃんたちは地球が滅びないように慌てて連れ戻したってこと?」
「ああ、そういうことだ」
「それで、連れ戻してどうするんだ?こいつが力を使いこなせるように三つ子で面倒をみるのか?」
言外に関わるつもりは全くないと言わんばかりのカインの言葉に、愛良も同様の様子で俺たちを伺う。
「いやいや、俺たちだって見るつもりないって。むしろ、龍雅の存在は疫病神の不手際の産物というか……本来は存在しないはずなんだよな」
「疫病神が人間との間に子を生したときに厄災の力を取り上げていたら、こんなに面倒なことにならずにすんだのに、うっかり忘れていたせいで龍雅はこういう風になっちゃったわけ。本来なら龍雅は龍雅としてじゃなくて普通の人間として生きられたはずなのにねぇ……」
「本来の人間としての人生を与えなおそうにも無駄に厄災の力を強く継いでいるがために、それすらできないのだ」
本当に疫病神は厄介なことをしてくれたもんだぜ……。
龍雅をこのままにしておくわけにもいかないし、どっちにしろ一度こいつは人生をやり直す必要がある。
それも今の肉体を捨てて新しい肉体でな。
あぁ……めんどくせぇ……。
「龍雅がこのままだと、問題大ありってことだよね?どうするの?私、正直もう付きまとわれたくないんだけど……」
「俺もだ。というか、二度と視界にも入れたくないし、愛良を見せるのだって嫌だ」
そりゃ愛良とカインの言うのはもっともだ。
というか、俺たちだってもう付きまとわせたくねぇよ、本当は。
「二人のいうことは分かっておる。我だって、これ以上愛良と龍雅の結婚なんて見たくな……」
「「大っ!!!?」」
「「は?」」
ちょ、大にぃ!!?
お前、何バラしちゃってんの!?
いつからカインのうっかりが移っちまったんだよ!?
俺たちが今まで頑張って愛良に黙っていたのに!!
見ろよ、愛良とカインが無表情になってんぞ!!?
「……お兄ちゃんたち?どういうこと?」
「……説明、してくれるんだよな?」
やばい、こいつら超キレてる。
誤魔化しとかは、全く持って通じそうにないほどに。
思わず口を滑らせた大にぃをグレイプニルで締め上げている中にぃと目を合わせると、仕方がないというように肩をすくめた。
え、それはもう話すしかないってことか?
「「………」」
あ、ダメだこれ。
愛良とカインの奴、詳しく話すまで絶対に食い下がってくるつもりの目だ。
うん、諦めた。
下手に誤魔化すより、諦めて話した方がよさそうだし。
「えーっとだな?その、な?龍雅の奴、愛良にすげぇ執着しているだろ?その執着と疫病神の厄が合わさって、かーなーり、しつこい状態なんだ。それこそ、龍雅を一度普通の人間に戻そうとしても、その執着が消化できないほどの」
「龍雅を疫病神と関係を切り離してまっさらな状態にしようとしても、それができないほどなんだよ。愛良には言っていなかったんだけど、その執着から地球にあのままいたら必ず愛良は諦めて龍雅と結婚することになっていたんだ。だけど、僕たちはそれが嫌で何度も地球の時間を巻き戻していたのさ。愛良が神族として自覚する前だから、記憶はないだろうけど。……この馬鹿が口を滑らせさえしなければ、言うつもりもなかったんだけどね」
「……すまんのだ」
中にぃに睨まれて肩を落として落ち込む大にぃ。
あともうちょっとってとこで気を抜いちまったんだろうなぁ……。
そう思いながら頭を掻いていると、愛良の方から非常に低くて冷たい声が響いた。
「それで?」
「「「はい!?」」」
「龍雅と疫病神の関係の切り離し方は?」
……この冷ややかな声、愛良でした。
思わずブチ切れたときの母さんかと思ってビビったぞ……。
「き、切り離し方はな?疫病神の血の影響を強く継いでいるのは龍雅の肉体だから、ハゲに肉体と魂を引き離させるんだ」
「その肉体には愛良への執着心が残っているから、魂がなくなっても何かしでかす可能性があるから、抜き取った魂が新しい肉体に定着したら古い肉体は消滅するから、それまでクロノスの力で肉体の時間を止めてもらってね?」
「元凶ともいえる肉体は時間を止めても厄災を振りまく可能性があるため、迷惑にならんように邪神と一緒に封印してしまうのだ。邪神の封印内は次の邪神以外の純粋な神族は入れないが、堕天しているルシファーなら問題なく入れるから、奴に捨てさせにいってな?それで最後に封印を施せばよいのだ」
俺たちの説明を聞くなり、愛良は納得したように頷いた。
そしてそのまま後ろを振り返ると、俺たちが張っていた遮音の結界をあっさり力業で破る。
……うん、愛良?
俺たちが結構頑張って張った結界、そんなに簡単に破らないでくれないか?
お兄ちゃんたち、ちょっとショックだぞ?
本当にキレているとどこから出てくるのか分からない力を発揮するよな。
「……コス王、ルシファー、クロちゃん。ちょっとこっちにおいで?」
「「「はい!」」」
静かに名前を呼ばれた使い魔たちが、一瞬で愛良の前で敬礼。
おいおい……あまりの愛良の変貌に、尻を押さえて蹲っていたクロノスですら体に鞭打って並んだぞ。
「コス王、今すぐにこの子から魂刈り取って。そんでもって、クロちゃんは肉体の時間を止めて。最後にルシファーはさっさと封印の中にこいつの肉体捨ててきて」
「「「イエッサー!」」」
今の愛良に逆らいたくないという様子を全身で表している三人は、もちろん速攻で行動を開始。
「う……あい、ら?」
おお、ハゲに頭掴まれて龍雅が目を覚ましたし。
最後まで気を失っとけよなぁ……一応、お前の今の人生を今から終わらせるんだから、後味悪いだろうが。
そんなふうに思っている俺の前で、愛良が珍しく倒れている龍雅の前に座り込んでにっこり微笑んだ。
「龍雅、おはよう。いーろいろ迷惑かけられまくったけど、もう終わりだから最後に言っとくね。一応幼馴染としてはそれなりに君は大切な存在だったよ?被害にあうことの方が多かったけど」
……やっぱり苛めとかの被害に合いまくったことに対しての恨みはあるんだな。
そりゃ、結構ひどい苛めもあったもんなぁ……。
「え、愛良!?最後って何!?」
「次の人生では、真面で幸せな人生を歩めるように祈っておくよ。じゃ、コス王。よろしく」
「うっす!」
……なんか、俺らの今までの苦労って何だったんだろうってくらい、あっさり龍雅の魂が肉体から抜かれたんだが。
そんでもって、クロノスもさっさと肉体の時間を止めるし、ルシファーはその肉体を引きずって封印の中に捨てに行ってるし。
……ヤンヒロに対する怒りと恐怖の限界を超えた愛良は、俺らよりも上を行くのか。
もしかして、愛良にさっさと神族として自覚させて自分で対応させていた方が、早くに済んだのか?
……兄ちゃん達、ちょっと空しいぞ。
「で?封印の仕方は?」
龍雅に最後に見せた笑顔はきれいさっぱりなくなって、一切表情を浮かべることなく言い切る愛良。
さっさと封印したくてしょうがないと言わんばかりだなぁ。
「封印の方法に関しては、我らも知らぬ」
「もうすぐ封印できる人が来るから、ちょっと待ってね?」
大にぃと中にぃが愛良を宥めているうちに、邪神のおっさんを掘り起こしておくか。
どうせここに来る前に、次の邪神になる親父を連行してくるって言っていたし。
さっさと封印できるようにスムーズにしておく方がいいよな。
今の愛良、怖いから。
「おーい。邪神のおっさーん。生きてっかー?」
「うっ……」
あ、生きてた。
真っ白な髪を自分の血で真っ赤に染めて、意識朦朧って感じだが。
よし、ここで秘密兵器。
「あ、あそこにシンがいる」
「シ――ン―――!!」
「近寄るなボケっ!!」
一瞬で復活してシンに駆け寄るなり、顔面カウンターを受けたおっさん。
さすが親父の弟。
親馬鹿うぜぇ……。




