195.封印はうっかり解けちゃいました
視点はカイン→愛良です
◇◇◇◇
「カイン、発掘お疲れー」
子どもたちへの説教が終わり、色々死屍累々の状況を放置して俺の所に戻ってきた愛良。
その腕には泣きながらしがみ付いているリーンが抱かれていて、肩にはシリウスがしがみついている……のだが。
……待て。
後ろの状況をそのまま放置してきたのか、お前は。
魔族兄妹は愛良の『また大暴れしたらお尻ペンペンの刑』に硬直したままだぞ。
見た目年齢では俺らよりも少し下にしか見えないクロノスは、その年で魔力強化された平手でケツを叩かれて悶絶しているし。
そんなクロノスの様子には、コス王だけでなく変態ロリコンルシファーですら、魔族兄妹の様子を気にする余裕もないくらい顔を引きつらせているんだぞ?
なんでお前はそんなに普通なんだ!?
「この子、何しに来たんだろうねぇ?」
「封印を解いて力を手に入れようとでも思ったんだろ」
どうせ邪力に取り込まれて死ぬのがオチだと思うがな。
ここまで来た労力をもっとマシなことに使えばいいのに、懲りない奴だよな。
「でも、この子に封印を解くことができるとは思わないけど。私、封印を強めるのはできても解くことはできないし。カインは知ってる?」
邪神の封印の解き方なんて、ついこの間まで人間だった俺が知るわけないだろ。
この王女が何をどう勘違いして封印を解けると思い込んだのかなんて、興味もない。
「えっと、あのぉ……」
俺たちが元王女を遠巻きに眺めていると、後ろから硬直していた魔族兄の方がビクビクしながら口を開いた。
「あの、ね?」
「ユンジュくん?」
完全に愛良にビビっている魔族兄、ユンジュ。
そんなユンジュに、愛良は俺にリーンとシリウスを預けると視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
「……正直に言うから、お尻ペンペンしないでね?」
「ん?」
ユンジュの言葉に、不思議そうに首を傾げる愛良。
怒られるようなことをした、ということか?
「あのね、僕お使いの途中なの」
「うん」
「でもね、パパからお財布もらうの忘れちゃってたの。それでね?あの我儘おねーさんのお手伝いをするから、お使いの物をくれる約束だったの」
「へー」
「だからね、あの封印の鍵をおねーさんにあげちゃったの」
「「……」」
その場に、なんとも言えない沈黙が降り立った。
本日二回目の『お尻ペンペンの刑』が執行されたのは、言うまでもない。
「ふぇええん!にぃにどのー!死んじゃだめなのじゃー!」
二回目の刑に処せられ、ケツを押さえたまま蹲っているユンジュの傍で泣き叫ぶ真魔。
容赦ない平手だったが、正直に話したことでかなり手加減はされて生きてはいるから勝手に殺してやるな。
あまりにも可哀相だから。
「ひぅ……ペンペンやぁ……」
「わぅ……」
さっきケツを叩かれたのがよっぽど嫌だったのか、ガクガク震えながらリーンとシリウスが俺にしがみ付いていた。
うん、怖かったんだな……もうダメだと分かっていることはしないようにするんだぞ。
じゃないと、ママが怖いから。
あの状態のママは、俺にも止められないから。
その愛良はというと、気絶中の元王女の傍に座り込んで懐を漁っている。
もちろん、目的は封印の鍵となるモノだ。
「もしかして……コレ?」
愛良が微かに顔を顰めながら取り出したのは、ティッシュ。
しかも、明らかに使用済みとわかる血が付いている。
ついでに言うと、ねじった箇所に血が付いているから、高確率で鼻血だと思う。
血のついていない所をつまみながら、顔を引きつらせて俺を見る愛良。
その目は『鼻血じゃないよね?嘘だよね?』と必死で訴えている。
「……鼻血だろ」
「ひっ!?」
俺が正直に言った瞬間の愛良は早かった。
一瞬でティッシュを燃やし尽くして、空中に出したアクアボールの中に手を突っ込んで洗いまくっていた。
そして最後には設定能力で滅菌効果までつけて。
それを全て終えるまで、たったの5秒。
「元がついても王女なのに、なんてもの持ってるの、この子!?」
いや、封印を解く鍵だったからじゃないのか?
まぁせっかくの鍵も、愛良が燃やし尽くしたから無に帰ったわけだが。
どこかで『封印解いてぇええ!!』という声が聞こえたような気がしないこともないが、気のせいだと思っておこう。
「お、追いついた……お前ら、早すぎ……」
ん?屑勇者を任せていたシンが、ようやく追いついたようだな。
愛良が破壊した道は俺が修復して行っていたから、正規の道で。
「シン、何でそんなに疲れているんだ?」
「この屑が起きたら面倒だから、起さないように必死だったんだよ!……はぁ」
疲れ切った様子でため息を着いて、傍の壁に手を置くシン。
それと同時に、光を放つ壁。
……あ、シンが手を着いたところ、封印の門の一部だったんだな。
……は?
「え、え、えぇえええ!?」
自分が触ったことで光りだした壁に、焦り顔で掴んでいた勇者を放り捨てて壁から離れるシン。
そして地響きをたてながら黒光りしていた微かに動く門。
……これは、封印が解けたってことか?
「……シンが触ったくらいで、解けるのか?」
「んー?……あ、そっか。シンくんが邪神さんに転生させられた存在だってことを忘れてたよ。邪神さんの力の影響が強いし、私たちを除いて魔力は世界で一番強い。邪神の封印を解くには十分な存在だったんだねー。あはは、困った困った。さー、チビちゃん達は避難してようねー」
ケツを押さえたまま動けないチビーズ達を封印の門から離れた所に避難させながら、軽い口調で笑う愛良。
軽いな、おい。
邪神の封印だぞ?
邪神が復活するんだぞ!?
もう少し慌ててもいいんじゃないのか!?
「シン……」
「お、俺に悪気はないんだー!」
あったら殴るに決まっているだろ。
というか、どうすんだよ、この今にも開きそうになっている門。
「あー、まぁいいんじゃないかー?どうせ一回邪神の封印を解かないと、シンの魂消滅しちまうし」
そう言ってあっさり口を開いたのはコス王。
……ん?ちょっと待て。
今、なんか聞き捨てられない言葉を聞いた気がする。
「へ?シン君の魂が消滅?」
「そんなの初耳なんだが?」
思わず愛良と顔を見合わせてシンの方を見れば、当の本人は目を瞬いていた。
そしてみるみる顔色を青ざめて。
「俺も忘れてたー!?」
力の限り、という様子で絶叫を上げた。
「このお馬鹿―――!!!」
「げふっ!?」
自分の生死に関わることを忘れていたシンに対して、鉄ハリセンで頭を殴る愛良。
なぁ、シン。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そこまで馬鹿だったのか?
「そういう制限があるなら、先に言っておいてよね!?何らかの対応はとったのに!」
「すんません!」
「愛良、言っている間に門が開きそうだぞ」
なんか、門の中から『シ――ン――!!』って声が聞こえる気がするんだが。
ついでに、勢いよく走ってきている音も聞こえる。
どうするのかと思って愛良を見れば、開きかけている門の前に立って、片足を上げ……。
「えいっ!」
ガツンッ!!と音を立てて門を蹴りつけて閉めた。
同時に、中から聞こえた勢いよく何かがぶつかった音。
……今ので邪神、死んだんじゃないのか?
◇◇◇◇
何か出てきそうだったから、思わず足で門をしめちゃいました私ですが。
うーん……。
今のこの状況、どうしたらいいかなぁ?
門が開かないように、蹴りつけた時のまま足で押さえているんだけど……中からドンドン叩かれているみたいで、振動が足から伝わってくるし。
とりあえず封印は解けたことに変わりはないみたいだから、シン君の魂が消滅しちゃうようなことはなくなったとは思うんだけど……。
「コス王ー」
「んー?お嬢、呼んだー?」
門から離れた所でお尻を押さえたまま動けないユンジュ君と泣き叫んでいるリディアちゃんを抱えて、暴走しそうになっているルシファーから庇っているというなかなか忙しそうなコス王ですが、顔だけこっちに向けてちゃんと気づいてくれました。
ルシファーさんや。
残りの理性を繋ぎとめておかないと、クロちゃんの10倍威力のある『お尻ペンペン』を食らわすので、覚悟していなさいな。
リーンの前で変態行動はとったら、即刻お仕置きコースですからねー。
話が反れそうだから、口に出して忠告はしないけど。
それよりも、今はシン君です。
「一瞬だけ封印の門開いたし、シン君の魂が消滅することはなくなったー?」
魂のことは、専門家に確認しておきましょう!
さっき教えてくれたのだって、魂を管理するお仕事に着いているから気づいたんだろうし。
お馬鹿だから、ちょっと偉いはずの死神王兼冥界神ってことをすぐに忘れちゃうんだけど。
「いや、まぁ一瞬でも開いたことには変わりないから、消滅する心配はなくなったけど……」
「そっかー!よかったね、シン君!」
「あ、ありがとー……あ、あはは……」
さすがにシン君が死んじゃうのは嫌です。
カインの数少ない友達なんだし。
むしろ男同士で遠慮なく話していることも多くなった最近のことを考えれば、私よりも仲がいいと思うしね!
お友達は大事にしなきゃだよ、カインさん!
「なぁ、カイン……愛良が押さえている門の中から、さっきから俺の名前が連呼されている気がするんだけど、気のせいだと思う?」
「気のせいでもなんでもないな。お前、邪神に気に入られているのか?」
「むしろ怖がられていたイメージしかない。……封印中に、頭イっちゃったんか?」
「そうじゃないか?俺的には、門の隙間から流れている赤い液体の方が気になる。さっきの音からすると、頭割れてると思うぞ。それでも死なないとか、しつこいな」
後でコソコソ話しているカインとシン君。
仲間外れにされると、妬いちゃいますよー?




