192.正直者も考え物です
視点はカインです
◇◇◇◇
「なぁ、カイン」
「なんだ」
目の前でひたすら壁を殴っては破壊している愛良の後を着いていきながら壊れた壁を修繕していると、顔を引きつらせたまま黙って着いてきていたシンが静かに口を開いた。
「今さ……愛良が壊した壁の向こうに、シスコン先生たちが見えた気がしたんだけど」
「いたな」
ちらっと見ただけだが、確かに三つ子たちの姿があった。
その直後には、愛良の破壊した壁の破片に埋もれていたが。
だが、それがどうした?
アレは偽物だ。
本物なら、巻き込まれることなく何らかの対応に出るはず。
それがなかった時点で、アレは偽物としか言いようがないだろ。
「いや、でもさ?なんかあっちに愛良がもう一人いる気がするんだ」
「いるな」
顔を引きつらせたまま、こちらの様子など気にすることなく屑勇者を踏みまくっている愛良。
もちろん、今目の前で壁をブッ飛ばした愛良とは別の偽物だ。
「というより、アレが偽物だってことは見たらわかるだろ」
「そ、そりゃあの残念な胸囲で『あ、なんかちょっと前の可哀相な絶壁だー』ってのは分かるけどさ!俺は、何で愛良の偽物がこんなところにいるのかって聞いて……」
突然言葉を切らして黙り込んだシン。
その目は大きく見開かれ、顔色を青くさせながら額に汗を浮かべている。
……そのシンの視線の先には、さっきまで屑勇者を踏みまくっていた偽物の愛良が涙目でシンの方を睨んでいた。
幾分か力は本物より劣ってはいるが、地獄耳は健在か。
「人が気にしていることを、言う人は死んじゃえっ!!」
勇者の鳩尾に足を埋め込んでから、鉄ハリセンを片手に襲い掛かってくる偽物愛良。
もちろん、襲い掛かる対象は禁句を口走ったシンだ。
「ぎゃああああごめんなさいごめんなさい本当のこと言ってごめんなさいぃいいい!!」
シン、お前それ謝っているうちに入らないぞ。
むしろ火に油を注いでいる。
「もう絶対に許さないんだから!」
「ぎゃあああ!!カインさんマジヘルプぅううう!!」
マジ泣きしながら俺に助けを求めてくるシンなんだが、さっきのはお前の自業自得だしなぁ。
「俺は事実を言っただけなのにぃいい!!」
「それに問題があることを、そろそろ自覚しようか」
目の前までに迫っていた偽物愛良が唐突に消え失せた。
そして消えた偽物愛良の後から現れたのは、呆れ交じりの本物の愛良。
その手には、鉄ハリセン。
……自分の姿をしたモノを躊躇いなく消すとか、素晴らしい根性をしているよな、お前。
「……へ?」
何が起こったのか理解できないという様子で目を瞬くシン。
シン……。
愛良が鉄ハリセンを手にしている時点で、何が起こったのか気づけ。
お前も結構な確率で鉄ハリセンの餌食になっているだろうが。
愛良の鉄ハリセンで一発ケーオーを何回も受けているだろうが。
なんで気づかない。
座学の方が残念なのは理解してはいるが、そこまで残念なのか。
「シン君。あのねー?」
愛良はにっこり笑いながら、さっきの偽物愛良に迫られてへたり込んでいたシンと目を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
笑顔だけども口元は若干ピクピク引きつっているから、腹立ってるんだろうなぁ。
「いっくら君が正直者だとしても、さっきのは私もちょっとイラってしたよ?正直すぎるのも考え物だからね」
「ひっ……!?」
笑みを浮かべたまま、手の中で鉄ハリセンをパシリと音を立てる愛良。
よし待て。
ちょっと前の残念な絶壁を見たからって、そうやってシンに八つ当たりしてやるな。
ここでシンが再起不能になるのは困るから。
「愛良……やめてやれ。シンに悪気はない」
「悪気があったら、息の根を止めているもん」
「ちょ、可愛く言ったら許されるとか思ってる!?どっちにしろ怖いから!」
「むー」
頬を膨らませて唇を尖らせる愛良は、とりあえず可愛い。
思わず頭を撫でてしまいたくなるくらい可愛い。
実際に頭は撫でたけど。
「カ・イ・ン!てめぇは空気読まずに溺愛っぷりを発揮するんじゃねぇええ!!」
即行でシンに突っ込まれたけどな。
ついでに後ろから掴みかかられて、愛良から引き離された。
「……やっぱりシンはここでリタイアするか?」
「こんなところで溺愛っぷりをさらす方が悪ぃだろ!」
思わずシンの襟首を掴んでしまった俺と、顔を引きつらせながら反論するシン。
しかし、当の愛良は俺の目の前で首を傾げた。
「溺愛ー?……そうだ!カイン溺愛のリーン達はどこに隠れたのかしらー?」
「「……」」
がばっと音を立てるようにして勢いよく顔を上げた愛良。
……うん。
リーンももちろん可愛くて仕方がないが、今シンが言った溺愛の対象はお前だったんだけどな?
お前、本当にいつ恋愛方面成長するんだ?
最近、成長というよりもむしろ退化していっている気がしてしょうがない。
そろそろ、俺の心も折れそうだ。
そんな俺の心のうちなんて全く気付いている様子がない愛良は、静かに気配を消してこの場を離れようとしていた使い魔ズに視線をあてた。
……いつの間にか、ビクビクしながら愛良から距離を保って着いてきていたルシファーまであっちに合流しているし。
「そこでコソコソと逃げようとしている使い魔ズー。ちょいとここにおいで?」
「「「……いえっさー」」」
逃げることを諦めて項垂れた使い魔ズは、そのまま愛良の目の前で自発的に正座をした。
……なんでお前らはそんなに項垂れているんだ?
というより、どうしてお前たちと一緒にいるはずのリーンがいない。
「リーンとシリウスはどうした?」
「リディアもだぞ。リーンと一緒にいたはずだろ?」
「「……」」
俺とシンの問いかけに、静かに目を逸らすコス王と時神。
なんか……嫌な予感がしてきたんだが。
お前ら、黙ってないで何か答えろ。
「えっとですねー……リーン達に好き勝手にやってたらママに怒られるぞって叱ったらですねー……」
ビクビクしながら説明をするコス王。
その後半は、涙目のクロノスが落ち込みながら答えた。
「リーン達、逃げちゃったー……俺、置いてけぼりー……」
「「……は?」」
愛良に怒られるのが怖くて、チビーズは逃げたのか?
そりゃ、さっきまでの愛良はチビーズ達を叱る気満々で怒っていたが……。
少し時間を置いて冷静になった愛良は、叱りはするだろうがそこまで怒ることはない……と思う。
……が。
「……」
今は、愛良を恐れてリーン達が逃げたという事実の方にショックを受けている。
リーン達が愛良から逃げるなんて、初めてだもんな。
……というふうに思ったんだけどな。
「叱られるから逃げたってことは、怒られるようなことをしている自覚はあるわけだね。じゃ、カイン。迎えに行こうか」
「は?」
「シン君、さっきの罰として馬鹿勇者を引きずって来てね。遅れてきてもいいから」
「ええっ!?」
「使い魔ズ。先にちびっ子たちを追いかけてきてね。私とカインはゆっくり行くから」
「「「はいっ!?」」」
「反論なし。さっさと動く」
肩にかかっていた髪を手で払いながら笑みを浮かべる愛良。
俺じゃないんだから、愛良がそれくらいでへこむはずがなかったな……。