184.天然が最強なんです
視点はカイン→愛良です
◇◇◇◇
『よ、ようやく最終決勝戦が開始されます!皆様、大変長らくお待たせいたしました!』
どもりながらも、何とかマイクに向かって叫ぶ司会者。
あの三つ子が直々に俺がめちゃくちゃにした試合会場の修復を行ったからなぁ。
運営側が『殿下方にそのようなことさせられません!』と叫んでいたのに、マル無視で。
ああ、本当にあいつらは自由だよなぁ。
ついでに俺の獲物をどこにやったのか聞きたい。
まだ俺の気が晴れていないからな。
まぁ、あの愛良特製お仕置き用の激辛スープの鍋の中に体ごと入れられて、さらに蓋を絞められ鎖でぐるぐるに固定されていたから、生きているのか不明だけど。
けっこう傷だらけだったから、あらゆる意味で地獄だろうが。
いい笑顔のまま、俺の魔力能力を再封印して会場を元に戻すなり、大なべを引きずってどこかに転移していったが。
拗ねた愛良が『さっさと試合しようよ』と言わんばかりに涙目で俺を睨んでさえいなければ、まだ俺はあの屑を絞めていたことだろう。
「………」
……とりあえず、奴のことはもう忘れておこう。
愛良が、さっきからジト目で睨んできているから。
何でそんなに恨めしそうに俺を見ているんだ、お前は。
『両者ともに、睨み合って戦闘準備万端!この二人、どれだけ素晴らしい試合を見せてくれるのか非常に楽しみです!』
司会者のその言葉に、愛良の肩がぴくりと震えた。
プレッシャーでも感じている様子だな。
だが……あの愛良が、俺との試合にそんなに緊張するか?
……いや、ありえないな。
『優勝杯はどちらの手に!?それでは試合、開始ぃいいい!』
「カインの馬鹿ぁああああ!!!」
試合開始の合図とともに、なぜか涙目で鉄ハリセンを持って突っ込んでくる愛良。
よし、待て。
何でお前に馬鹿って言われなきゃならないんだ。
何があった。
「とりあえず落ち着け」
無限で鉄ハリセンを受け止めながら俺がそう言うと、愛良はキッと相変わらずの涙目のまま睨んできた。
「カインが封印解除のまま大勢の観客の前で龍雅をボコったから、私たちの試合の難易度があがったんだもん。あんなに激しいリンチの後で、普通の試合なんてしたら逆に不審に思われちゃうよ」
ああ、そういう意味か。
いや、しかし……。
「愛良。俺はともかくお前がいる時点で普通の試合になりはしないから、問題ないだろ」
「……」
絶句。
まさにそんな言葉を体現したように、愛良が俺からいったん距離を置いて絶句する。
そしてプルプルと小刻みに震えながら、涙目で叫んだ。
「……カインなんか、大っ嫌い!!」
……よし、死のう。
◇◇◇◇
……あ、あれ?
思わず言っちゃった言葉に、カインさんが死にそうな顔して硬直してしまったんですけども……。
えーっと……今って試合中なんだけど、これってどうしたらいい?
攻撃しても問題ない?
なんだからこの世の終わりみたいな顔しているんだけど。
攻撃してもいいのかな……。
なんか、あんな顔されると思わず『ごめん』って言いたくなる。
いや、でもやっぱり試合中だもんね?
普通に戦闘続けていいよね?
ほら、カインも刀振り上げているし。
……へ?
「ちょ、待ったぁああ!!」
びっくりした。
すごくびっくりした!
今この人自分の体に向けて刀振り下ろそうとしましたよ!?
何考えてんの!?
とっさにアイスランスを撃って刀を弾き飛ばしたけどさ!
『おおっとぉお!攻撃しようと刀を振り上げたルディス選手を先制して、シドウ選手が無詠唱でアイスランスを撃ち放ったぁああ!すごい速さです!』
司会の言葉と同時に盛り上がりを見せる観客。
ちゃうちゃう。
私、攻撃したつもりないです。
カインさんが自傷しようとしたから止めただけです。
「……」
弾き飛ばされた刀をぼんやりと虚ろな目で見て、今度は掌を自分の胸に置くカイン。
そのまま手に魔力が集まって……。
「ダークラン……」
「このお馬鹿!!」
さっきから何自傷を繰り返してんの、この子!
今度は自分の心臓目がけてダークランスを放とうとしましたよ!
放つ前に鉄ハリセンで横っ面殴り飛ばしたけど!
『なんと!一瞬で距離を詰めたシドウ選手、その凶器をルディス選手の顔面を殴り倒したー!あれは痛い!』
ねえ何で?
私はカインの意味不明な自殺を止めようとしているのに、なんで私だけが攻撃しているようにしか見えないの!?
カインがさっきから自分目がけて攻撃しようとしているのに、何で気づかないの!?
私、自殺止めようとして偉いよね!?
カインはまた魔力を集結させて自殺を諦めてない感じだし!
何で君はさっきから不死結界の中とはいえ自殺しようとしているのさ!
君が死んだら泣いちゃうからね!?
私が殴り飛ばしたカインは、魔力を集結させたままゆっくり立ち上がるとおもむろに口を開いた。
「コス王、来い」
今度はコス王を召喚するの?
コス王召喚して何するつもりなの……。
それはコス王にも言えることみたいで、カインの肩に現れたコウモリ姿のまま呆気にとられた様子。
『ルディス選手、まさかの使い魔2体持ちか!あのコウモリはどれほどの強さなのか、楽しみです!』
「……へ?カイン?お嬢?」
きょろきょろと私とカインを交互に見やるコス王。
うん、その『俺様なんで呼ばれたの?』って気持ちはよく分かるよ。
私もさっきから自殺しようとしている人が使い魔を呼び出す理由が分からないから。
「……コス王」
「嫌だぞ!お嬢と戦うなんて絶対に嫌だぞ!鉄ハリセンの餌食になんかなりたくないんだからな!」
カインの呼びかけに全力で首を横に振るコウモリ。
コス王、君は私の目の前でそんなことを言っていいと思っているのかな?
「違う。俺の魂を今すぐ刈り取れ」
「「……へ?」」
至って真面目な顔したカインの言葉に、思わず怒りも吹っ飛んだ。
……今、何て言った?
同じように呆気にとられたコス王が、コウモリの羽でペチペチとカインの頬を叩いた。
そして刺激しないようにそっと顔を覗き込むコス王。
「カイン、落ち着けって。何があったんだ?おにーさんに言ってみ?」
「……愛良に大っ嫌いって言われた……もう死ぬしかない……」
「……。お嬢ぉ……」
カインの言葉に反応して、呆れた視線を寄越してくるコス王。
え、私が悪いの?
カインのあの様子って私が悪いの!?
そりゃ、嫌いって言ったのは悪いかもしれないけど……あんなになるもんなの!?
「お嬢、いいから慰めてやれって。今回はお嬢が悪い」
えー……なんか腑に落ちない。
けど、カインが自殺しようとするのは嫌だし……。
「カイン、嫌いって言ってごめんね?カインが死んじゃったら泣いちゃうからやめてね?リーンが」
そりゃ、私も泣くと思うけど親馬鹿のカインにはリーンを出すのが一番だよね!
いっつもリーンの言葉で即復活するし!
……そう思っていたのですが。
「…………」
一気に表情がなくなってさらに落ち込んだ様子のカイン。
……あれ?
「ちょ、おじょぉお!その考えは間違いじゃないけど、今このタイミングは最悪!」
すんごい勢いで飛んできて私の周りでわーわー怒るコス王。
え、だって親馬鹿だよ?
親馬鹿なんだよ?
親馬鹿には子どもをダシに使うのが一番じゃないの!?
私のお父さんはそれでいけたよ!?
「ああ……あの親馬鹿神のせいでもあるんだな……」
何かにすごく納得した様子のコス王は、飛ぶ元気もなくなったのかそのままペタリと地面に落ちました。
カインはカインで表情が抜け落ちたままこっちをじっと見てるし。
えー……なんか、私悪い事した?
「お嬢、とりあえずは両腕を広げて」
呆れながら私の頭の上に飛んできたコス王が、突然そんなことを言ってきた。
なんで?
「いいからいいから。カインが元気になって、お嬢は優勝できるぞ」
「じゃあやる」
あんだけ表情が抜け落ちちゃってるカインは、カインじゃなくてちょっと可哀相だもん。
私は私で、できれば優勝したいし!
えーっと、両腕を広げてっと。
「そんでもって、にっこり笑顔でカインの名前を呼ぶ」
「カイン?」
笑顔で名前を呼んだら、カインがゆっくりと私に視線を投げてきた。
あ、反応した!
「次は?」
「そのままカインに抱き付きに行ってきたらオッケー。お嬢、レッツゴー!」
カインに抱きついて、馬鹿力で絞め上げたらいいんだね!
よし!
「お嬢ぉおお!最後違う!間違い!!ちょっと戻ってきてぇええ!!」
え、そんなこと言われたって、もうカインの前まで来ちゃったし。
もう無理だからそのままやっちゃうよ?
「えい」ギュー
「………」
……あれ?
そういやカインって私と馬鹿力共有しているよね?
てことは、締め上げるのってできなくない?
え、これでどうやって優勝になるの?
ほら、カインも私の背中に腕回ってるし。
お互い馬鹿力だから、これだと勝負着かないよ?
「……もう、俺の負けでいい」
「へ?」
カインの腕の中で見上げれば、顔を真っ赤にしたカインが空を仰ぎ見ていた。
えっと……一応、元気出た?
んっと、一応カイン元気出たね!
そんでもって、なんか負けでいいとか言い始めたけど……これって降参?
「コス王、どう思うー?」
カインに抱きついたまま、周りを飛んでいたコス王に質問。
「あー……まぁ、いいんじゃね?カインが復活したし」
遠い目をしたまま適当に答えるコス王。
……なんでそんなに胸やけしてそうな顔してるのさ?
君が私の思ってた質問と違う答えを返してきたのは分かったよ。
誰か答えてくれないかなぁー。
カインは全然こっち見ようとしないしなぁ。
『な、な……試合中にイチャつきだしたルディス選手とシドウ選手!爆発しちまえくそぉおお!!』
……司会者は、何か訳わかんないこと叫んでるし。
おーい、司会者さんは審判も兼ねてるんでしょー?
さっきのカインの『負けでいい』宣言の判定してよー。
『くっそぉおお!リア充どもめぇえええ!!てめぇらなんか滅んでしぐへぇっ!!?』
……へ?
司会者の声、急に途切れたよ?
それに、何か潰れた?
『はい、司会者の気が触れたからちょっと変わるよ』
あ、中兄ちゃんだ。
帰ってきたってことは、龍雅どっかに捨ててきたんだね。
中兄ちゃんの力で潰された司会者は大丈夫?
『紫藤選手に(色々な意味で)ボコボコにされたルディス選手が降参したから、紫藤選手の勝利で決定ね。優勝おめでと』
あれ、あっさり勝利できたけど、これっていいのかな?
『それでは、これからエキシビションマッチを始めるよー。紫藤選手はさっさと下がって優勝杯を受け取っておいで』
へ?
エキシビションマッチ?
何それ?
そんなの初耳。
そう思ったのは私だけじゃないらしく、カインも怪訝そうな顔をして私の背中に回している腕の力を強めた。
そんな中、何かを察したらしいのはコス王。
「ちょ、やばい。カイン、今すぐ逃げろ。とにかく逃げろ」
ん?
何でコス王はそんなに汗ダラダラなの?
そう思った私の目の前に転移して現れたのはお兄ちゃんズ。
苦笑を浮かべながらも拳の骨を鳴らしているちぃ兄ちゃんと、もう殺気しか放っていない大兄ちゃん。
『じゃ、本当は強いけど全力出せなかったルディス選手が可哀相だから、僕たちが相手してあげるからね』
朗らかに笑ったまま、最後にはマイクを握りつぶした中兄ちゃん。
……カインはその後、コス王共々お兄ちゃんズにリンチされてました。
……お兄ちゃんたち、何で機嫌悪かったの?
今回の章は、ただ単純に猫愛良の招き猫ポーズと、カインに対して『大っ嫌い』と言わせたかっただけ!
それ以上でもそれ以下でもない!!(笑)