179.最凶の恐怖、再び……
視点はカインです
◇◇◇◇
「……愛良が帰ってこない」
試合はとっくに終わっているのに、なかなか帰ってこない愛良。
今は愛良たちの試合の後始末に追われて、次の試合はまだ始まってはいないが……もう帰ってきてもいいんじゃないのか?
「カインー。お嬢が気になるなら、捜しに行けばいいだろー」
「そーだそーだ!リディたんの所にさっさと行こうぜ!!リディたんが待ってる!」
俺の左肩に乗っていたコウモリバージョンのコス王が羽で耳を叩いてくるし、右肩にのっかかっている黒猫ルシファーはギャーギャー騒いで煩い。
思わず顔を顰めてしまうだろうが。
「カインー。そんなに眉間に皺を寄せてたら、そのまま残っちまうぞー。長男みたいに」
「………」
払い落とそうと思った手が、コス王の言葉で思わず止まった。
「そうそー。昔、変態神に絡まれまくってイラつき過ぎて、眉間の皺が消えなくなっちまったしなー。ちなみに皺が消えなくなったのを気にしているから、本人の前では触れない方がいいぞって長男の元使い魔として忠告しとくぞー」
今度はルシファーが尻尾でベシベシ背中を叩きながら言ってきた。
……長男のあの眉間の皺は、変態神が原因なのか?
しかも本人は気にしているのか?
あの長男が?
「俺もその話知ってるー」
そう言って会話に入ってきたのは、眠たそうにウトウトしているリーンを抱き上げたクロノス。
「200年くらい前にねー、次男と一緒に借りてた本を返しに行ったらねー?長男が鏡の前で眉間の皺を指で、こうやってグリグリマッサージしてたー」
リーンを抱えている方とは逆の手で、自分の眉間をぐりぐりと抑えたり伸ばしたりするクロノス。
……その動きを、あの長男がやっていたのか?
鏡の前で?
……想像できない。
「ぶほっ!!」
「見たかった!それすっげぇ見たかった!!なんで時神は教えてくれなかったんだよ!?」
コス王は噴き出し、ルシファーは元の主の失態を聞きたがってる。
お前ら、なかなか酷いな。
「だってーそれ見て次男が爆笑しちゃって、羞恥心ピークの長男と大喧嘩したんだもーん。大陸全土が吹き飛ぶギリギリのところをブチ切れた三男が二人を半殺しにしちゃって、それどころじゃなかったんだよー?」
「それって喧嘩で済むのか!?」
三つ子の兄弟喧嘩、規模が大きすぎるだろ!
やっぱりあいつらだけは絶対に敵に回したくない!
「カインも皺が残らないように、気をつけてねー?」
そして結局話はそこに落ち着くんだな……。
もう深く考えたくないし試合も近いから、愛良の所に行くとするか……。
リーンとシリウスはクロノスや皇帝に、幼女幼女煩いルシファーはコス王に任せて愛良がいるはずの控室前に来たんだが。
「……お前ら、何やってんだ?」
幼女を抱えた猫愛良を長男次男が写真を撮りまくって、少し離れた所では三男とシンが話していた。
ついでに言うと、長男次男の近くの控室からはドンドンと中から叩かれているような音がする。
なぁ……本気で、何やってんだ?
「あ、カインにゃん!」
俺に気づくなり、嬉しそうな顔をして走り寄ってくる愛良。
いやもう本当に可愛い奴だな、お前は。
思わず頭を撫でてしまっただろうが。
「カイン、見てみてにゃん!リディアちゃんにゃん!可愛いにゃん!!」
「にゅ、離すのじゃー!」
嬉しそうに幼女を抱きしめて頬をくっつける愛良と、恥ずかしそうに身をよじる幼女。
お前の方が可愛いとしか思わない俺は、間違いなく重症だ……。
「みゃ……?急にしゃがみこんで、どうしたにゃん?」
「愛良、そこは気にしてやるな……」
三男、代弁ありがとう。
そしてできれば今はそっとしておいてほしい。
だがしかし。
こいつらがそんな儚い願いを叶えてくれるはずがない。
「そうも言ってられんぞ。カインよ、貴様はそろそろ出番だ。我らが鍛えた脚力で、皇太子はすぐに試合を終わらせるはずだからな」
むしろ、お前たちが鍛えたのは足だけなのか。
ダイエットで走らせていたからか?
その他は全く鍛えなかったのか!?
「そうそう。くれぐれも負けたらだめだよ?君の準決勝の相手、たぶん龍雅だから。決勝は愛良か皇太子のどちらかだけど、愛良を龍雅と試合させないようにね?」
分かった。
分かったからその真っ黒笑顔を俺に向けないでくれ、次男。
心臓に悪いから。
「カイン、本気で頑張って勝てよ?」
三男までもが、俺に念押しをしてくる。
俺の次の相手に、何か問題でもあるのか?
「愛良をあの変態勇者と戦わせるのは俺も反対。絶対勝てよ」
「……儂もにぃに殿を探すついでに観戦するのじゃ」
「カイン、頑張ってにゃん。今度はちゃんと応援してるにゃん!」
幼女を抱き上げているためか、手の代わりに尻尾で俺の手を撫でる愛良。
……まぁ、頑張るか。
「ちゃんと観客席から見たから、もう戻るにゃん。カイン、頑張ってにゃー!」
尻尾を振って試合会場とは反対に向かって走る愛良。
もちろん、幼女を抱えたまま。
「わ、儂をいい加減下ろすのじゃー!」
「あ、愛良ぁ!?応援しに行くのは分かったから、リディアをいい加減離せ!そいつ俺の使い魔だし、見た目に反して危険だから!」
「可愛い子は大好きにゃー!」
幼女とシンの言葉を無視して走り去る愛良。
「「人の話を聞けぇえええ!!」」
その暴走中の愛良に向けて叫ぶ幼女とシンは、そのまま見えなくなった。
……あの様子で、愛良は本当に俺の試合を見る気があるのか不安になったぞ。
「あー……カイン。小さくて可愛いもの好きの愛良はたまにああやって暴走するから、気にするな」
「うむ。あれぐらいの幼女でそれなりに可愛いとなると、愛良の好みのど真ん中だ」
「可愛く着飾りたいんだろうねー。女の子ってそういうもんだし」
三つ子がフォローなのか慰めなのか分からない言葉をかけながら、俺の両肩と頭に後から手を置く。
……三男だけでなく、長男や次男までもが。
あ、嫌な予感がしてきた。
「「「カイン(君)」」」
「はい!」
静かに揃って呼ばれた名前。
思わず背筋が伸びたじゃないか……。
そんな俺を気にすることなく、前に回り込んだ三つ子は再び声をそろえた。
「「「絶対に勝つように」」」
目が、真剣過ぎて怖い。
負けたら俺は確実に殺される。
「分かったから!」
それだけ言って、俺は走って試合会場まで逃げた。
途中で試合が終わったらしい皇太子とすれ違ったような気がするが、それすらも気づかないほど必死で走った。
三つ子がえらく勝て勝てって煩かったが、魔力属性その他もろもろの能力が封印されている俺ってそんなに不安があるのか?
そりゃあ、愛良をあの屑野郎と試合させたくなくて必死になるのは分かるんだが……。
あれだけ三つ子にしつこく勝てと言われると、信用されていないのかと落ち込む。
だが、俺のそんな疑問も、相手選手が入場した瞬間に解消された。
『さあ、やってまいりました!一回戦では相手を瞬殺したカイン・ルディス選手!対するは、一回戦の相手を色々な意味で再起不能にしてしまったアベータ・カーズ選手ー!!』
「今すぐ棄権します!!」
何であの最強鎧の青ツナギ装備した奴がいるんだよっ!?
俺の必死な棄権宣言は、無情にも司会に一蹴された。
『はい、ルディス選手ー。この大会では事前に棄権する権利が選手には与えられていないため、諦めてくださーい』
「いやだぁあああ!!!」
何で同じクラスの奴がいるんだ!
王国からの出場者は4人だろ!?
それ以外出ていないだろ!?
何でなんだよ!?
(カインー、アベータ・カーズさんはフィルス公国の留学生なんだにゃん。んでもって、フィルス公国代表選手なんだにゃん)
試合会場には結界が張ってあって普通の念話はできないはず。
前にリーン用に作った念話ピアスで愛良から、ありがたくない情報が。
はっはっは……冗談はやめてくれ。
奴が留学生なんて、俺は初めて知ったぞ。
(だって、カインはカーズさんのこと知りたがらなかったんだにゃん。ついでにお兄ちゃんズに確認したら選手に事前に棄権する権利を与えなくしたのって、カインがカーズさんと試合する時になったら棄権するのが目に見えてたからなんだってだにゃん)
……三つ子ぉおお!!
俺が奴を大の苦手と知っていながらの仕打ちか!!
全力でお前らを恨むぞっ!!
(さらに追加情報が入ったから教えちゃうと、あの最強鎧な青ツナギを作ったのってちぃ兄ちゃんみたい)
安心して味方と言えるはずの三男に裏切られた!?
三男は絶対に俺を裏切らないと信じていたのに!
(ちなみにその青ツナギは作ってそのまますっかり天界の倉庫に入れて忘れてたみたいだけど、中兄ちゃんが大掃除の時に発見して、面白がった大兄ちゃんがカーズさんにあげたみたい)
元凶は長男か!
ふっざけんなよ、あの鬼畜野郎!!
(うむ、悪い。まさか大会でお前と当たるとは思わなくて、ちょびっと我も反省したのだ。まぁ頑張って勝て)
神族スキルで結界を無視した長男からの念話。
お前、絶対に悪いと思ってないだろ!
しかも何で『ちょびっと』しか反省してないんだよ!?
(ちょっと深呼吸して落ち着いたら、カインならきっと勝てるにゃん。頑張ってにゃん)
(パーパ、がんばれー!)
無理だ。
いくら愛良とリーンに応援されても、奴だけは無理だ。
『相手選手を見て硬直しているルディス選手だが、時間は待ってはくれない!それでは二回戦、はじめぇええ!!』
やめてくれぇええええ!!