178.女子に禁句は厳禁です
視点は愛良→ちぃ兄ちゃんです
◇◇◇◇
シン君の呼びかけに反応して現れたのは小さな女の子。
くるくる天パの黒髪をツインテールにして、気の強そうな黒い目は真っ直ぐ主であるはずのシン君を睨んでいる。
……そりゃ、呼ばれて出てくるなり重力魔法の巻き添えをくらったもんね。
今はシン君に重力相殺の結界を張ってもらったみたいだから、大丈夫みたいだけど。
だけどね?
とりあえずは言っていい?
とっても可愛い女の子、なんで着ているダボダボの黒いジャージっぽい服なんですか。
背中にでかでかと『馬鹿ほど可愛い』って白字で書いていて、すごく残念なんだけど。
この子にこそ、ゴスロリが似合いそうだよ。
後でシン君にこの子借りて可愛い服着せていいかなって考えていたら、目の前の女の子はシン君に向かって口を開いた。
「貴様!儂を軽々しく呼ぶでないとあれほど言ったであろう!!」
「俺も命が惜しかったんだ!しょうがねぇだろ!!リディア、今は力を貸してくれ!」
「はぁ!?儂と契約できたからと言って、調子に乗るでないわ!!」
「いっ!?」
あら怖い。
幼女とは思えない剣呑な目つきでシン君の足を蹴りつけたわ。
しかも、弁慶の泣き所。
あれは痛い。
それより私は、その子のお名前が気になるんだよねぇ。
リディアって、幼女大好きなルシファーお気に入りの現魔王である真魔ちゃんのお名前じゃなかった?
あの子、潜在能力が半端なく高いのは分かるし。
耳が尖っているから、魔族でしょ?
シン君は邪神さんが転生させた子だから、その使い魔に邪神さん側の人が出てくる可能性は高い。
うーん……あの子が真魔ちゃんな気がしてしょうがないなぁ。
チラっと帝国貴賓席に視線を投げると、遠目に大興奮しているルシファー(子猫バージョン)をカインが締め上げているのが見えた。
ああ、本物ですかい。
シン君、君はいったいどうやってその子と契約を成立させられたの?
「いってて……ほら、リディア。力を貸してくれたら、後でプリンやるから」
「やるのじゃ!!」
シン君の言葉に反応して、手を挙げて宣言するリディアちゃん。
プリンか。
プリンをエサに契約こぎつけたのか。
リディアちゃんのお父さんも、プリンのレシピ手に入れるために来たくらいだもんね。
すごく納得。
「お主に恨みはないが、すべてはプリンのためなのじゃ!!」
プリンでやる気満々になった様子のリディアちゃんは、体に黒い靄を纏って迫ってきた。
おお、人目に憚ることなく邪力を使っちゃうとか、シン君が危険人物になっちゃうからねー?
それに魔力能力ほとんど封印されている状態の私だと、真魔であるリディアちゃんには敵わないだろうし。
とりあえずは、いったんこの子から距離を置かないとダメだよね。
小さい子相手にするのってすごく嫌なんだけど、しょうがない……。
「ごめんにゃん」
邪力を纏った拳を受けるのは危なすぎるから、シン君の所までリディアちゃんを蹴り飛ばした。
リーチがあるから、相手が幼女でよかった。
「なっ!?」
「げっ!?」
驚きに目を見開くリディアちゃんと、蹴り飛ばされたリディアちゃんを慌ててキャッチするシン君。
あぁ……たいしたダメージは受けてなさそうだけど、小さな女の子のお腹を蹴りつけるのとか私極悪人だ……。
小さくて可愛い子って大好きなのに。
こんなに可愛い子を出したシン君のせいだ。
やっぱりシン君は顔面中心に潰してやるんだから!
「……のう、シンよ。あの猫な娘っ子、お主のことを涙目で睨んでおらんか?」
「言わないでくれ……」
「何でお主も涙目なのじゃ!?」
戸惑ったようにキョロキョロと交互に私とシン君を見上げるリディアちゃんは可愛いです。
そしてシン君、殺しはしないと思うから安心して?
運が悪かったら死ぬかもしれないけど。
さっきからシン君とリディアちゃんとのやり取りの間に準備していたのが、ちょうど終わったし。
ちょうどそれに気づいたシン君は、空を見上げながら唖然とした様子で口を開けた。
「……へ?」
「でっかい氷なのじゃ。いつの間に作っていたのか……純度が高くて全く気付かなかったのじゃ」
感心したように呟くリディアちゃん。
気づかれないように限りなく透明に近づけていたからね。
この試合会場を覆ってしまうぐらいの大きさの氷を。
シン君が復活する前に転移で氷の上に移動して、同時に鉄ハリセンから巨大ハンマーに持ち替える。
「ちょ、まさか……」
足元にいるシン君の顔が引きつった。
ずっと重力魔法をかけ続けていたし、そろそろ魔力がないから転移もできないもんねー?
「頑張ってにゃーん」
にやっと笑って巨大ハンマーを振り上げて氷に打ち付けました。
砕けた氷が、シン君の重力魔法の影響で素晴らしい轟音を立てて地面に降り注ぐ。
シン君なら頑丈だから死なないと思うから大丈夫!
「お主……あれだけの塊を一撃でここまで砕くとは、本当に人間か?」
ちゃっかり主を見捨てて私のすぐ傍に浮遊して避難していたリディアちゃんが、顔を引きつらせながら足元を見下ろした。
下はすっかり氷のお山が出来ています。
シン君はあの氷がピクピク動いている真ん中あたりに埋まってるよー。
「リディアちゃんは、シン君助けなかったんだにゃん?プリンはいいにゃん?」
「よく考えてみれば、儂はママ殿とダイエットの途中であったのだ。食べたいけど、我慢するのじゃ……」
自分のホッペをプニプニ押さえながら頭を項垂れるリディアちゃん。
「……」
ダイエット……。
私もダイエットしなきゃ……。
この半年くらいで、体重が2㎏増えたよ。
四捨五入したら50㎏になっちゃったんだよ。
やばいよ。
途中で止めてくれるお母さんがいないからって、調子に乗ってプリン食べすぎたよ。
最近制服のブラウスとスカートがキツいかもって思うもん。
デブって制服買いなおさないといけないのとかは絶対にヤダ。
泣ける。
思わずリディアちゃんの小さな手を取っていましたよ。
「ダイエット、頑張ろうにゃん!」
私がそう話しかけると、リディアちゃんも勢いよく頷いた。
ツインテールが上下に揺れて可愛いなぁ。
「うむ!そして頑張ったご褒美に毎日プリンを食べるのじゃ!」
「体重が戻ったら、ご褒美に山盛りプリンパフェを食べるにゃん!!」
「それ意味なくねぇかっ!!?」
あ、氷の残骸に埋まっていたシン君が這い出るなり突っ込んできた。
やっぱり無駄に頑丈だから、生きていましたか。
いや、それよりも。
さっきの言葉は聞き捨てならないよ?
「意味がない、じゃと……?辛いダイエットを頑張るための願望を口に出すことの、どこが意味がないと言うのじゃ!!儂とて、本気で毎日プリンだけを食べようとは思ってはおらんわ!!」
「そうだにゃーん」
リディアちゃん、渾身の叫びに思わず拍手をしてしまったじゃないですか。
さっきから失言しまくりのシン君に、ちょっとお仕置きしたいな。
「リディアちゃん、ダイエット根性馬鹿にするシン君に、お仕置きしたくないかにゃん?」
「したいのぅ。殴り飛ばしてやりたいのぅ」
「ちょ……」
ニコニコとリディアちゃんと一緒に笑ってシン君を見下ろすと、彼は真っ青な様子で顔を引きつらせていた。
もちろん、仲良く二人でシン君をフルボッコにして勝利しましたよ。
女の子に対して失言はしない方が身のためだからね?
『な、なんと!!シドウ選手、ヒガシノ選手の使い魔を味方に引き入れてフルボッコー!!勝者、シドウ選手とヒガシノ選手の使い魔だぁあああ!!!ヒガシノ選手、顔面が膨れ上がっているが大丈夫かぁあああ!?』
たぶん大丈夫です。
この不死結界から出さえすれば、シン君は復活する。
リディアちゃんともうちょっとお話ししたいし、シン君をお兄ちゃん達の所に連れて行って魔力の封印を解いてもらおう。
魔力切れでリディアちゃんが帰ったら2度手間だし。
「リディアちゃんも、いっしょに行こうにゃーん」
てなわけで、リディアちゃんを抱っこしてシン君の襟首を掴んで退場しましょうか。
「じ、自分で歩けるのじゃー!」
じたばた暴れるリディアちゃんだけど、私の馬鹿力を甘く見ないでねー?
いっくら真魔といっても、私の神族身体能力はそのままなんだから。
次の試合のために運営スタッフが会場の後片付けをしているから、さっさと出たほうがいいしね。
暴れるリディアちゃんを片手で抑え込んで、シン君をズルズル引きずって退場完了。
「……ちょ、愛良さん?俺復活したから、もう襟首離してくんない?」
「にゃ?」
え?と言う感じで首を傾げながら振り返ると、幸せそうな顔をしながらシン君が鼻を押さえていた。
あれ、復活したんじゃないの?
なんで指の隙間から鼻血が出ているのが見えるの?
「ね、猫……」
「変態なのじゃ……」
どうしてリディアちゃんは嫌そうに顔をしかめて、私の服をギュって握っているの?
さっきまであれだけ抱っこ嫌がっていたのに。
まぁ、抱っこ嫌がらないならいいや。
シン君の襟首から手を離して、さっさとお兄ちゃんズを探そう。
観客席へと続く廊下を歩いていると、向こうからお義兄様がのんびりとした足取りで歩いてきているのが見えた。
「やあ、アイラ。2回戦突破、おめでとう」
「次の試合はお義兄様なんですにゃ?」
「そうだよ。これで勝てたら、準決勝でアイラと戦うことになるね」
のんびりと微笑んだまま、私の頭を撫でるお義兄様。
正直、お義兄様は1回戦も突破できないだろうと思っていたので驚きました。
そりゃあ痩せたお義兄様はお義父様に似ているから強いのかもだけど、どうしても豚皇子だった時の印象が強いから、たいして強そうに見えなかったんだよね。
「じゃあ、行ってくるね。そうそう、三つ子様がこの先でアイラを待っているからね」
「にゃ?ありがとうございますにゃん!お義兄様も頑張ってにゃん!!」
にこにこ笑って手を振るお義兄様を応援しながら、お兄ちゃんズに合流したいと思います!
◇◇◇◇
「お兄ちゃんたち、見つけたにゃん!」
龍雅の野郎を閉じ込めている控室の前で待っていた俺たちを見るなり、愛良が目を輝かせて走ってきた。
片手に幼女を抱き上げ、もう片手で東野真の襟首を掴んだ状態で。
嬉しそうに尻尾を垂直に立てて、猫耳をピクピク動かしている。
もう俺らの妹が可愛すぎる。
正反対に、愛良の腕の中にいる幼女な真魔は顔を引きつらせているけどな。
どうやら父親から俺たちの話を聞いていた様子だ。
俺らの前で下手な動きはしない方が身のためだからなー?
「愛良、よく魔力を温存しながら勝てたね。偉い偉い」
「まだ3/4ほどの魔力を残しているとは感心感心」
「にゃーん」
中にぃと大にぃの二人から頭を撫でられて、機嫌よく笑顔を浮かべる愛良。
まぁ、愛良は試合が始まってから身体能力と転移、さっきの氷の塊を作るくらいしか真面に魔力を使っていないからな。
氷を刃のように形を整えるとなると魔力の消費は激しくなるが、たんなる氷の塊を創るくらいならたいして難しくもない。
後は相手の属性を利用して自滅に追い込むというのも、まぁまぁの評価だ。
「「「うん、58点くらいだな」」」
「みゃっ!?」
「ひっくいのじゃ!?」
俺たちの評価に尻尾が硬直して耳を垂らす愛良と、褒めておきながらの点数に驚く幼女。
「「「ちなみに、200点満点」」」
「さっらに低かったのじゃ!」
「みゃぁ……」
さっきまでは喜んで立てていた尻尾を、愛良はペタンと力なく垂らした。
これぞ、上げて落とす我が家の教育方針。
「愛良よ。悔しかったら、もう少し真面目に戦って来るがいい」
「試合中に話し込むのが長いし、東野真が魔武器の準備をしている間に楽しそうだからという理由で攻撃せずに待っていたしね。大幅減点だよ」
「次の試合で半分取れなかったら、俺ら特製カロリー満点フルーツプリンタルトをたっぷり食わせてやるからな」
「にゃ、にゃあ……」
「フルーツプリンタルト……カロリー満点……」
俺らの言葉に、顔を引きつらせる愛良と幼女。
食べたいけど、カロリーが気になるって様子だな。
はっはっは。
せっかく親父の呪いが解けて本格的な第二次成長期に入ったんだから、兄ちゃん達は無理なダイエットはさせないからな?
「みゃあ……」
「頑張るのじゃ……」
耳と尻尾を垂らして項垂れる愛良の頭を、抱っこされたままの幼女が撫でているのは少し放っておくか。
なかなかいい光景に大にぃと中にぃが微笑ましげに写真撮ってるし。
俺はさっさと東野真の封印を解いちまおう。
ちょうどいいタイミングで血出してやがるし、こいつ。
具体的になんで鼻血を出したのかについては触れないでおいてやるが、あんまりうちの猫愛良を意味ありげに見ていたら潰すから気をつけろよー。
「東野真、生きてるかー?」
「……」
うーん……愛良に首根っこ持たれたまま走られたから、完全に意識飛んでんなー。
よし、意識戻すためだ。
ついでに猫愛良に萌えて鼻血出したであろうことにも、注意は必要だしな!
東野真から少し距離を取って。
「ちぃ先生の教育的指導!!」
強度を上げまくったチョークを、東野真の額に命中させた。
チョーク投げ、一回やってみたかったんだよなぁ。
「げふっ!?」
俺が本気で強度を上げれば、この世界で一番頑丈な肉体を持っている東野真でも吹っ飛ぶチョークの完成だ。
チョーク自体はどこも欠けることがないという、素晴らしい出来だな。
まぁ、頑丈過ぎて文字書けないんだけどな!
授業で集中していない生徒がいれば、今度からこれで仕留めればいいだけの話だ。
「さて、東野真。目、覚めたか?」
「つぅ……ちぃ先生?」
赤く腫れてきた額を抑えながら、顔をあげる東野真。
額は腫れているは鼻から血は流すは、散々な顔だなぁ。
「おうよ。2回戦敗退おめっとうさん。自分の魔武器を十分に使いこなせていない上、使い魔との連携も皆無。重力魔法をかけるのはまぁまぁ評価してもいいが、効果範囲が無駄にでかくて魔力の消費が早いし相手に通じていない以上、魔力を温存して別の方面で行くべきだったな」
「う……」
何も言い返せないのか、東野真は言葉につまったように黙り込んだ。
その頭に手を置きながら、とりあえずは一言。
「後期の成績表、楽しみにしておけよ?」
訳:この大会での特別成績アップは期待するな。
「いやだぁあああ!!」
その場に東野真の絶望の叫びが木霊した。
うん、後期の実技試験に望みをかけろ。
……実技の試験官、大にぃだから滅茶苦茶厳しいけどな。
「とまぁ、雑談はこのぐらいにしておいて」
「俺には雑談なんかじゃない……」
項垂れている東野真だが、自業自得だからな?
ちゃんと勉強すればいい話なだけだから。
「とりあえず、お前の封印は解いておいたからな」
「え、いつ!?」
「さっき頭に手を載せた時」
「えー……」
こいつもこいつで、鈍いなぁ。
封印を解いから、溢れる魔力で体力が戻ったのにも気づきそうなもんなんだが。
「ほれ、とりあえずはその鼻血を拭け」
「あ、ありがとうございます……」
ティッシュを差し出すと、素直に礼を言って鼻を拭く東野真。
うん、こいつの素直さは嫌いじゃないぞ。
「ん、ゴミ箱」
さすがにそのまま受け取るのは嫌過ぎるから、そこらへんのゴミ箱を持ってきて捨てさせる。
そのゴミ箱を愛良や東野真から死角になる場所に置いて……よし、これでいいだろ。
「……ちぃ先生、さっきから用意が良すぎないっすか?」
「俺は面倒見はいいほうなんだぞ?」
思惑はあるけどな。
邪神のおっさんの封印を解くために、お前の血を必要としているちびっ子魔族は回収するだろ。
今もこっそり様子を伺っているのは知っているし。
おーい、さっきから覗いているちびっ子魔族ー。
まさかの妹(真魔)の登場に、出てこようか迷っているちびっ子魔族ー。
邪神のおっさんの封印解く鍵はこのゴミ箱ん中だからなー。
さっさとコレ持って封印解いてこーい。
……以上が、こっそりどうすればいいか悩んでいたちびっ子魔族に対する激励。
神族である俺らが東野真を直接邪神の神殿に連れていくわけにもいかない。
いかないんだが、次の邪神予定の親父とさっさと交代させて封印したいから、陰でこっそり手伝い中なんだ。
俺らに嘘を教えた親父、1万年の反省ついでに封印してやるからな。
(どうしよ……これがあれば邪神様の封印解けるけど、鼻血……。早く帰りたいけど、鼻血……。うぅ……リディー、お兄ちゃんに気づいてよぉ。僕、この鼻血をあの小物っぽいおねーさんに渡しちゃってもいいのー?邪神様、鼻血で封印解くのってありなの?初めてのお使いって、こんなに難しいものなのぉ?もう帰りたいー……)
ゴミ箱の前でちびっ子魔族が葛藤していたけど、まぁ好きにしてくれ。
親父……俺らを怒らせたこと、せいぜい後悔しろや。