173.か弱いの正しい意味を知りましょう
視点は愛良です
◇◇◇◇
「ほら、リーン。あーん」
「あーん。おいちーねー!」
「リーンは可愛いねー」
「えへへー」
……うーん。
元豚皇子なお義兄様とリーンが仲良くしている光景、違和感がバリバリです。
お兄ちゃんズに更生されたって言っても、毒を盛ったりしないか不安だったから傍で監視しているけど、本当に中身まで更生させられたみたい。
あそこまで変わると慣れるまで気持ち悪いだろうなぁ……。
「……豚も痩せれば、私の息子になる」
皇帝さん、じゃなかった、お義父様。
それ何てことわざ?
むしろ名言ならぬ迷言?
「お義父様、現実逃避はやめてくださいね?」
「……次に起きた時、皇太子が豚に戻っていたら私は寝込む自身がある」
「現実逃避をやめる気ないってことですか」
「……」
お義父様、沈黙は肯定とみなしますよ?
どれだけ現実を見ていないんですか。
「……色々衝撃的だったのだ。私があれほど痩せるよう努力して無意味だったことを、あの三つ子はあっさり解決したからな」
「いやだって、お兄ちゃんズですから。深く考えない方が楽ですよー」
暗い表情で俯いちゃったお義父様の肩をポンポン叩いて慰める。
だってね、お兄ちゃんズの非現実的な行動をいちいち気にしても、本当に疲れるだけなんです。
気にしないのが一番って、お母さんも言ってました。
むしろ気にするだけの時間がもったいない、とおっしゃっていました。
私もそれで正解だと思います。
「……いや、しかし……どうせ痩せるなら、もう一人の豚もやってほしかった」
「あー……あの豚犬ですかー……」
もう一人の豚と称された豚犬は、現在進行形でほのぼのしているお義兄様とリーンに向かってギャーギャー喚いている。
リーンと仲良くするなとか、皇帝の座をリーンに譲るなとか、私を養女として認めるなとか色々。
そんなくだらない内容をリーンに聞かせたくないので、あの二人には聞こえないように豚犬の周囲を遮音の結界を張っている。
……あんだけ吠えてるのに相手が反応しないって時点で、自分の周りに結界が張ってあるって気づいてもいいと思うのに。
豚犬は、脳みそが脂肪で圧縮されているんじゃないかな。
健康のためにも痩せたほうがいいよ、マジで。
お兄ちゃんズは二度とダイエットに手は貸さないだろうから、自分でガンバレー。
それにしても……あの豚犬はリーンにとって、少し危険かな?
リーンが産まれてすぐに隠したのも、あの豚犬と妃さんみたいだし。
クロちゃんが常にそばにいるから害はないんだろうけど、やっぱり育ての親としては、あんなのが近くにいるのは心配だなぁ。
うーん……魔闘大会が終わるまでに考えようかな。
魔闘大会が終わるまで選手である私たちは授業免除だし、リーンから目を離さないようにしておこう。
私たちが試合中は使い魔ズにプラス、お兄ちゃん達や皇帝さんの傍に置いておいたら、なお安心です。
うん、そうしましょう。
「そういえばアイラ。言い忘れていたのだが……」
ほへ?
今後の計画を練っていたら、お義父様がふいに私の頭をぽんぽんと撫でた。
「へ?お義父様、何です?」
「学生の部では優勝できるように頑張りなさい。お前の実力を存分に見せつけて、私の養女として認めさせる必要があるからな」
つまり、私を養女にするには帝国のお偉いさんたちに文句を言わせないだけの実力をみせないといけないってことですか。
シン君とかお義兄様とかなら余裕で倒せるけど、カインと龍雅を倒して優勝できるか微妙……。
特に、龍雅に当たったら棄権する気満々なのに。
「優勝できないと、皇帝さんの養女になるお話は白紙になる感じ?」
それなら、残念だけど養女は諦めるかなー。
皇帝さんの子どもになるのはすごく魅力的だけど、危険人物に立ち向かってまでなりたいわけでもないし。
「いや、認めさせるのがめんどくさくなるだけだ。白紙にはしないから、ちゃんとお義父様と呼びなさい」
「あ、さいですか……」
もしかして皇帝さん、私が娘にならないとリーンが帰らないと思っているんじゃない?
さすがに虐待をしているわけでもない血の繋がった親子を、引き離そうなんて考えていないですからね?
まぁ、皇帝さんの娘になれるのはうれしいけど。
「じゃあ、お義父様。できるだけ頑張りますねー」
「うむ。大会が終われば正式に発表するから、そのつもりでいるように」
「はーい」
よし、頑張ろー……という意気込みは、次の瞬間霧散した。
「愛良とカイン、それに東野真は学生の部では魔力ほとんど封印してるからなー」
「さすがに今のままだと圧倒的過ぎてつまらないんだよねー」
「民を楽しませるのも我らの務め。まぁ、魔武器、魔道具は使ってもよいから、大丈夫であろう」
今の家族に顔を見せに行くと言って離れたお兄ちゃんズが、不吉なことをおっしゃるものですから。
……マジ?
「え、お兄ちゃん……?今、魔力封印とか聞こえたんだけど、気のせい?」
気のせいだよね?
魔力がなかったらか弱い女の子でしかない私に、冗談言っただけだよね?
「いや、全部封印まではしねぇから安心しろや」
「さすがに魔力全部封印したら、運営側に不審に思われるしね」
「せいぜい一般生徒の平均レベルだな。一日で決勝まで行うゆえ、魔力消費量をどうするかも、いい機会だから考えるがいい」
うそーん……。
上級連発しまくったら、決勝までもたないってことですかい……。
うわー……めんどくさいから連発しまくって終わりにしようと思ってたのにぃ……。
お兄ちゃんズの鬼ー!
本当に私、魔力なかったらか弱い女の子ですよー!?
か弱い女の子を、ほぼ男子生徒出場の大会に放り出すとか、ひどすぎだよ!!
私が思わず泣きそうになりながらそう考えていると、お兄ちゃんズはお互い顔を見合わせた。
「魔法で攻撃するよりハリセンで攻撃する方が早いのに、か弱いかぁ?」
私のつむじをグリグリ指先で押してくるちぃ兄ちゃん。
うっ……だって、ハリセンの方が早く済むんだもん。
「禁句を言った相手には一発で相手の意識が落ちるほどの威力を持つのに、か弱いって?」
私の右肩をポンと軽く手を置いただけなのに、背景が真っ黒の中兄ちゃん。
うぅ……あれは、言った相手が悪い!
「地球にいる時も隣に住む無自覚ストーカーをぶちのめしてきていたのに、か弱いだと?」
左の肩に置いた手に、微妙に力入ってる大兄ちゃん。
あぅ……だって、お母さんに危険になる前に元凶をぶちのめせって教育されてるもん!
「「「愛良、今すぐ『か弱い』という意味を辞書で調べてみなさい」」」
お兄ちゃんズの言葉と同時に、押し付けられる今は懐かしき国語辞典。
わー、あっちじゃ電子辞書を買ってもらったから、もう書籍版の辞書の方なんか全然使ってなかったんだよねー。
ページをペラペラめくって探すのって新鮮だ。
えーと、『か弱い』は……あ、あった。
「【か弱い】いかにも弱弱しく見える。弱々しい。……ほら、魔力なしの私のことだよ」
「「「いや、どこかだ」」」
お兄ちゃーん、即否定するとかひどくないですかー?
「うむ……まぁ、か弱いようには……見えんな」
ガーン……お義父様にまで否定された。
もういいもん。
この切ない悲しみ、大会で発散してやるんだから!
「「「やっぱり愛良がか弱いはないな」」」
「うむ」
そこ、だまらっしゃい!
無駄に決意をにじませていると、私の両肩と頭に手を置いたままのお兄ちゃん達は一斉にため息をついた。
「……やっぱりか弱いとは言えねぇよ。女の子としては残念だなぁ、愛良」
「僕たちの妹がか弱かったら、全世界の女の子は生きていけないくらいひ弱になっちゃうだろうし、ちょうどいいんじゃない?」
「地球にいる時、あれだけ母さんと我らで武芸を仕込んだのだ。むしろなぜ自分はか弱いと思い込んでいるのかが不思議だ」
ちょい待ち、お兄ちゃんズ。
「お母さんに仕込まれた自覚はあるけど、お兄ちゃんズに仕込まれた覚えはありませんが?」
そりゃ、お母さんには色々仕込まれたよ?
というか、何でお母さんはあんなに武闘派なんですかってくらい強かった。
見た目は常に笑っている奥様なのに。
小学校上がる前からご近所のスポーツセンターで、ひたすら柔道やら剣道やら色々とやらされましたとも。
だけど、お兄ちゃん達はむしろお母さんと私を迎えに来てくれるほうじゃなかった?
後はお母さんに連れてかれる前に遊びに連れ出してくれたりしたし。
「……うん、愛良気づいていなかったんだなー」
ちぃ兄ちゃん、なぜそんなに遠い目をしているんですか。
「愛良、気づかなかった?愛良がまだ小さかった頃、全力疾走鬼ごっこをしまくって持久力を鍛えたし、サッカーのPK練習で蹴り力UP、バトミントンやテニスやるためにラケット素振りをしまくったおかげで、ハリセン振る時の威力って半端ないでしょ?」
ニコニコと効果音が聞こえる笑顔の中兄ちゃん。
……ん?
全力疾走鬼ごっこって、一緒に遊んでオーラ全開のチビ龍雅を撒くためのものじゃなかったの?
チビ龍雅を撒いた後、適当な場所に集合して他のことしてたよね?
サッカーのPK練習って、お兄ちゃんズがゴールキーパーの練習したいって言ったから、私蹴りまくったんだよね?
なぜか見学してたチビ龍雅の顔面ばっかりボールが行ってたけど。
ラケット素振りって、家の近くにスポーツセンターがあるからじゃなかったんですか?
素振り練習中なのに関係なく近寄ってきたチビ龍雅の顔面打ったこともあるけど。
……あれ?
「愛良よ。ただ単に遊びだけで練習をさぼるのを、母さんが容認するわけがなかろう」
「あー……」
呆れ顔の大兄ちゃんの言葉に、超納得。
あれ、私の子ども時代って何か変なの?
か弱いって言葉、私は使っちゃだめなんだ……。
はてしなくショックです。
だけど変わってるって知れてよかった。
リーンに変な教育しなくてすんだし。
リーンが5歳くらいになったら、同じように色々仕込もうかと思っていたからね。
あ、でも自衛できるようになってた方がいいだろうから、やっぱり色々教えよう。
「……ちょっと、リーンのところ行ってくるねー」
とりあえずは、癒されに行かなきゃやってけません。
「おー癒されてこい癒されてこい」
「僕らもそろそろ今世の家族に顔を見せに行ってくるよ、1分だけ」
「挨拶だけしたらすぐに帰ってくるゆえな」
お兄ちゃんズは、今世の家族ともうちょい交流した方がいいと思いますよー。
なぜに一分限定なのさ。
「それでは皇帝。ほんの短い時間であるが、愛良を頼んだぞ」
「うむ。お前たちはもう少し長めに家族と交流してこい。さきほどお前たちが全然かまってくれない上に出て行かれたと泣き言を言われたぞ」
……つまり、お兄ちゃんズの今世の家族はお父さんの同類なんだね。
怖がってると思ったんだけど……さすが親馬鹿だらけの世界。
「「「親馬鹿は一人で十分だ……」」」
「はいはい、分かったから。お兄ちゃんズは行ってらっしゃい」
「「「はぁ……」」」
ため息交じりに離れて行くお兄ちゃんたちを見送ってから、お義兄様にご飯を食べさせてもらっているリーンの所へ。
「あ、マーマ!」
お口の中をもごもご動かしながらのリーンちゃん。
ちょっとお行儀が悪いよー。
というか、まだ食べてたの?
この子、よく食べるよねー。
どうしよう、前のお義兄様みたいに豚になったら……。
「リーンがぽっちゃりしたら……それはそれで可愛いかも」
「アイラ、それを親馬鹿と言うんですよ。僕を見てください。ぽっちゃりを通り越していたがために、父上に疎まれていますから」
「い、いや……疎っていた理由は、それではないのだが……」
お義兄様、爽やかに笑って言ってますけど、内容は決して笑えません。
お義父様も顔を引きつらせてますからね?
お兄ちゃんズの調教でお義兄様はマシになったわけだけど、お義父様は今後どうするつもりなんですかねー?
「お義父様、顔を引きつらせていないでちょっとは話し合った方がいいと思いますよー。リーン、おいでー。パパを探しに行こ」
「あい!」
さて……婚約者殿(?)を捜しに行くとしましょうか。
「んーとー……パーパ、いなーねー?どーこー?」
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
そんな感じで左右に揺れながらカインを探すリーンちゃんが可愛いです。
本当にこの子、見ていて癒されるなぁ……。
ちなみにカインは真っ直ぐ行った人だかりの向こうにいるんだけど、なぜかリーンは左右にしか動かないので、いつまでたってもカインの所にたどり着きそうにないです。
このままでも、十分可愛いくて癒されるから全然いいんだけどね。
「むー……」
あ、カインを見つけられなくて、リーンちゃんは拗ねちゃまモードに入りそうです。
涙目になって人だかりを見上げている。
『………』
そしてリーンに見上げられた方たちは、無言で口元に笑みを作ってカインの所まで道を開けてくれました。
後の人たちはリーンの姿なんて見えていないだろうに、どうやって道を開けてもらえたんですか。
とっても不思議です。
「あー!パーパ!!」
カインの後姿が見えたリーンちゃん、満面の笑みを浮かべてパパに向けてダッシュですね。
カインは……なんか、鬱帝の一歩手前?
その前にはカインの弟君と長い金髪を綺麗にまとめ上げている女の人、たぶん母親が腕を組んで微笑んでいるんだけど……きっと、カインは鬱属性を発揮する何かがあったのね。
そんな微妙な雰囲気をリーンが読むはずがなく。
「パーパ!みーっけー!!」
嬉しそうに笑ってカインの足に抱きつきました。
「り、リーン?ちょっと大事な話をしているんだが……」
「パーパ、だっこー!」
「いっくらでも抱っこするからな!!」
おいおいカインさんや。
今、大事な話をしているから後にしてって言おうとしたんでしょ?
何リーンの可愛さに優先順位を変えているんですか。
「パーパ!マーマね、だっこしにゃいの!」
そしてリーンちゃんがカインを探していた理由は、私が抱っこしないからなんですか。
いやだって、着物着ている間は抱っこ禁止って言われたんですよ。
リーンも納得してくれたんじゃなかったんですか。
可愛いリーンに怒られるとか、落ち込んじゃうでしょ?
「リーン……ママが泣くから、もう怒るのはやめろ。な?」
「にゅ?リーン、めっしてないもん!マーマ、ギューしたいもん!」
つまり、怒っているわけじゃなくて、私にギュってされたいってことですね。
「……帰るか」
「賛成」
「わー!マーマ、おふろー!!」
目の前で唖然とされているカインの母親とか弟君とか、どうでもいいです!
帰って着物脱いだら、リーンをいっぱい可愛がるの!
~カイン達が途中放棄で帰った後~
兄のことを『パパ』と呼ぶ幼児と兄の婚約者となった副会長が現れるなり、あっさり転移で消えてしまった兄さん。
完全に僕や母様のことなんて忘れ去ったんだろうなぁ。
この城って転移防止結界が張っているはずだから、転移出来るはずはないんだけどね。
その状況で転移ができたってことは、兄さんは空間属性を持っているってこと。
今の全帝と同じ属性だねー。
全帝はギルド『清龍』の所属だし、兄さんはそのギルドマスターの養子。
うん、兄さんが全帝の可能性高いね。
そのうち指摘して詳しく教えてもらおうっと。
「……ルーシェ。ルディをパパと呼んだ子は?あの子に子どもがいるなんて、聞いていないわ」
茫然と兄さんが消えた所を見ていた母様が、ようやく口を開いた。
僕も文化祭のイベントで『パパ』って言ったあの子のことは気になってたんだよねー。
「僕なりに調べたらね、あの子は帝国の正妃様の子どもみたいだよ。側妃の一派に存在を隠されていたみたいだけど」
「……どうやって調べたの」
「え、普通にだよ?」
「……そう」
母様が皇帝陛下と兄さんたちの婚約話を進めている間に、お隣にいたブクブク重たそうな豚さんに『僕何も知らないけど兄さんが戻ってきたら、ダーク家の後継者から外されるかもしれないんですー』って無知を装ってニコニコ笑いかけたら、あっさり色々教えてくれた。
猫被ったら、馬鹿な人たちは大抵簡単に教えてくれるんだよね。
本当に可愛く産んでくれてありがとう、母様。
そのおかげで色々調べやすいし。
とりあえずは、姉さんに兄さんがダーク家に戻ってくるって教えておいてあげよう。
今まで通りの生活がいいみたいだからあんまり関係はないかもなんだけど、やっぱり公の場で正式に兄さんって呼びたいもんね。
あ、そうだ。
今は引き籠っているクソジジイがしゃしゃり出てこないように、ダーク家財産目当ての愛人の存在をばあ様にバラしとこ。
楽しみだなー。