168.双子と言っても似てるとこは皆無です
視点はルナ→愛良です
◇◇◇◇
僕がくっついている愛良の両肩に手を置いていたのは、学園でも有名なキリガヤ君。
アイラの幼馴染らしいけど、アイラは全力で嫌がってる。
ラピスはアイラ限定の変態ストーカーって言ってた。
アイラも顔色を青ざめて固まっちゃってるし。
とりあえず、逃げたほうがいいよね。
「まさか、わざわざ転移して愛良の背後に回るとは……とりあえずは“ナイトメア”」
アイラの腕を掴んで離れようと思った直後、ストーカーさんが黒い靄に包まれる。
「えっ、わっ!?」
黒い靄はすぐになくなったけど、ストーカーさんはまるで立ったまま寝ちゃったみたいに動かない。
闇属性の上級魔法、精神攻撃の悪夢。
魔法を放ったのは、もちろんアイラの傍に戻ってきたお兄ちゃん。
いくら危険人物でも、こんなに人ごみで攻撃魔法なんて使ったらダメだもんね。
ナイトメアはその人が一番怖がることを悪夢にするから、周りの人に迷惑は掛からないだろうし。
さすがお兄ちゃん。
「愛良、ルナ。こいつから離れるぞ」
固まっていたアイラをさりげなく抱き寄せながら促すお兄ちゃん。
「ん……アイラ、こっち……」
「あ、あはは……ありがと……はぁ」
僕とお兄ちゃんでアイラをストーカーさんから離すと、アイラは深いため息をついた。
よっぽどストーカーさんのことが苦手なんだね。
お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ、アイラ。
「……あの人、そのまま……迷惑……?」
広間の真ん中とは言わないけど、決して端っことは言えない所で突っ立ったたまま悪夢を見ているストーカーさん。
絶対に迷惑になると思う。
「それは大丈夫だろ」
僕の疑問に答えたのは、お兄ちゃんの友達さん。
生徒会の使いっパシリの人だっけ?
友達さんの言葉に振り返れば、ストーカーさんの姿はすでにない。
……あれ?
「シン、捨てに行ったのか?」
「いやいや。俺が行く前に『見守ろう会』の……あ、いや、えーと。うん、パーティーに参加していたギルドの先輩たちがテラスのベランダから外に放り投げに行ったんだ。ついでに魔法の一斉射撃を現在進行形で受けているから、しばらくは復活しないはずだぞ」
なるほど……みなさん、お疲れ様です。
アイラのために、もっと頑張ってね。
「……今度、ギルドのみんなにおつまみを差し入れする。カインも食べたい物があったら言ってね」
「ああ」
パシリのシン君の言葉を聞いて、ようやく息がつけた様子のアイラ。
アイラを抱き寄せていたお兄ちゃんの肩に、頭をこてんとつけた。
それに気づいたお兄ちゃんも、自分の頬を寄せながらアイラの頭を撫でている。
はわぁあああ!
写真撮ってラピスに送ったらダメかな!?
アイラが人前でお兄ちゃんに甘えてる光景は貴重!!
あうあうあう……。
後でラピスに電話で報告しなきゃ!!
むしろ、今すぐにラピスと語り合いたい!!
絶対に女子会開いて、ラピスと二人で愛良を問い詰めないと!!
女の子は恋バナ大好物だから!!
「お前ら、言った傍からなぁ……」
そんな二人を見ながら、シン君が深くため息をついた。
その表情は、ちょっと切なそう。
この人、もしかして……。
「シン君……おにーちゃん……アイラにとられて、悲しい?」
「……は?」
さっきまでの切なそうな表情はどこにいったのか、呆気にとられた様子で私を見下ろすシン君。
「……今、カインを愛良にとられて悲しいって聞いた?それとも、愛良をカインにとられて悲しいって聞いた?どっち?」
お兄ちゃん程でないにせよ、そこそこかっこいい方の顔を引きつらせながら聞いてきた。
……どっち?
「……前者?」
「……」
ずさっと音を立てて僕から離れたシン君。
……どうしたの?
「ちょ、カイン!?この可愛いのに腐女子一歩手前の女の子誰!?俺危険!!」
あ。
青い顔してアイラとくっついていたお兄ちゃんの襟首掴みに行っちゃった。
いくらアイラにお兄ちゃんとられたからって、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しちゃだめ。
お兄ちゃんも、せっかくアイラとくっついてたのに邪魔されて不機嫌になっちゃってる。
「俺の妹に対して腐女子とか抜かすな。悪夢がよみがえるだろうが」
襟首を掴みに行ったシン君を、また腕で首を絞めるお兄ちゃん。
お兄ちゃんの顔色も、ちょっと悪い。
腐女子と悪夢って何?
◇◇◇◇
あらまぁ……。
シン君のルナ腐女子一歩手前発言に、カインがキレましたね。
何をどう勘違いしたら、ルナが腐ルナになったと思ったの。
腐ルナはちぃ兄ちゃんの悪戯だったんだから。
カインがステブから消したし、もう腐女子なんかじゃないからね。
「あの、ね……?」
不思議そうに首を傾げながら私の袖を握るルナちゃん。
「どうしたの?」
「シン君、おにーちゃんの友達……アイラ、おにーちゃんと仲良し……。シン君、寂しいって、聞いた……」
ふむふむ、なるほど。
つまり私とカインが仲良くしているから、カインの友達のシン君は一人で寂しいかって聞いたってことですね。
それが何で腐女子疑惑に繋がるんだ、シン君。
ルナはルナなりにシン君のことを気にかけてくれたというのに、失礼な子だね。
もう失礼なシン君はカインに任せえ放っておきます。
「あの子は放っておいていいよ。それよりもルナ。今日は一人なの?ルート君は?」
いつもなら、ルート君がくっついているよね。
こんなに可愛いルナを一人で放っておくとも思えないし。
「るーくん……?」
え、なんでルート君が出てくるの?と言わんばかりに不思議そうに首を傾げるルナちゃん。
……ルート君、残念ながら君の恋は報われなさそうです。
「おかーさんと、おとーと……一緒」
うん、ちゃんと保護者がいるなら安心だからいいや。
きっとダーク家当主さんも一緒に来ているだろうけど、ルナの中でカウントされていないだけだろうし。
「………」
じーっと黙ってキレてるカインと首を絞められているシン君の方を見るルナ。
本当にお兄ちゃん大好きだねぇ。
カインもシスコンだし、似たもの兄妹か。
「アイ、ラ……」
「んー?」
私も一緒になってカイン達のじゃれ合いを眺めていたら、ルナがぽつりと呟いた。
「シン君……素敵……ね……」
「……はい?」
え、ルナちゃん?
今何て言いましたか?
頬をうっすら赤らめながらも二人のじゃれ合いを見つめているルナちゃん。
……マジ?
「ちょ、ルナ?いきなりどうしたの?いったい今の状態のシン君のどこがいいの?」
思わずルナの肩を掴んでガクガク。
だってね、今のシン君は冷笑を浮かべているカインに絞められて昇天寸前ですよ?
口から魂がこんにちは状態です。
素敵な要素がミクロも存在しません。
「……おにーちゃん、楽しそう……。アイラ以外……おにーちゃんが、あんなに笑う……シン君、すごい……おにーちゃん、楽しいの……僕も……」
顔を赤くして俯くルナ。
訳:お兄ちゃんをアイラ以外であんなに楽しそうに笑わすシン君がすごい。お兄ちゃんを楽しませてくれる人は、僕も嬉しい。お兄ちゃんが好きなら、僕も……。
はい、ちょっと言葉だけじゃ分からなかったので、ルナちゃんの心を読ませていただきました。
つまり双子の兄であるカインが大好きなルナは、カインが友達として認めているシン君も好きだし、カインを笑かせてくれるシンはすごくて素敵ということですね。
……カイン、私とリーンの前だと結構笑うから、彼を笑かす凄さが分からない。
分からないけど、そんな理由でルナはシン君に対して好感度が高いというわけか。
うっわ、ルート君大ピンチ。
まさかのルナちゃんが三角関係に発展ですか。
見てる分にはおいしそうな状況ですがね。
「へー。ルナがねー。ほー」
あ、どうしよう。
微妙に顔を赤くしているルナちゃんを見ているとニマニマしちゃう。
「……むぅ。なんで……人のには、敏感……?」
「へ?」
「なん、でもない……もん」
口をとがらせてそっぽ向くルナちゃん、可愛いです。
ルナは私の袖を握ったままトテトテとカイン達の所まで近づいた。
「おにー、ちゃん……シン君……素敵」
わぁお、直球に言っちゃいましたね。
ルナは好きになったら積極的ですか。
さっそく『お兄ちゃん、シン君って素敵だね!』と本人目の前にして報告するとは。
「何だと!?」
ほら、シスコン兄貴なカインはさっそくシン君を睨みつけています。
「ひっ!?」
シン君、ルナの告白になぜ君は悲鳴を上げて後ずさっているんだ。
「お、俺……俺は、女が好きなんだぁああああ!!」
あ、全力で逃げた。
どうやら、彼は腐女子と思い込んでいるルナのさっきの言葉を『お兄ちゃんとシン君の組み合わせ、素敵……』と勘違いした様子。
……なんてもったいない。
「あー……ルナ?」
脱兎のごとくトンズラかましたシン君の様子に俯くルナ。
その小さな肩は小刻みに揺れている、
なんか、せっかく告白したのにそれが相手に通じなかったのとか可哀相過ぎるんだけど。
「ルナが恋愛とかまだ早い。気にするな」
カイン、君は絶対に大兄ちゃんのことをとやかく言えないと思う。
何真面目な顔して、お兄ちゃんと同じことを言ってんですか。
しかも告白した相手に逃げられたばかりの妹に対して。
このシスコンめ。
「ふ……」
ああ、泣く。
ルナ、絶対に泣いちゃう。
どうしよう……。
思わず双子の兄のカインを肘で突くと、カインもカインで狼狽している様子でこっちを見た。
(ちょ、カイン!お兄ちゃんでしょ!)
(お前も同じ女なら、なんとかならないのか!?)
無理だし。
この世界に来るまで友達がいなかった私に、そんな芸当できるわけないでしょうが。
「ふふふ……」
カインと二人でわたわたと慌てていると、そんな笑い声が響いた。
え、笑い声?
「「……ルナ?」」
ちょっと怖いなーと思いつつルナを見ると、当の本人はゆっくり顔を上げた。
涙なんて、浮かんですらいません。
「……僕、シン君追いかけるね」
「「……」」
言葉につっかえることなく、にっこり効果音をつけて笑ったルナは、そのままドレスを鮮やかに翻してシン君が去った方に向けて歩いていきました。
その背中は、全然シン君の反応に堪えている様子はない。
「……カイン」
「……なんだ」
静かにルナが去った方を見たまま名前を呼べば、同じように茫然としたままゆっくり返事をしたカイン。
「お母さんのお腹にいる間に、君の精神耐久力、ルナに全部持ってかれたんじゃないの?」
もうそうとしか思えないほど、ルナが逞しく見えた。
一歩間違えればヤンデレ第2号になりそうだけど。
ルナがヤンデレはいやだから、シン君には会った時にルナが腐女子じゃないことを懇々と説明しよう。
可愛いって言ってるなら、それなりに好意はあるはずだから。
「どうせ……どうせ、俺の精神力は弱いさ……」
はい、後からぐずぐず言いながら抱きついてくる鬱帝は放置して、また会場散策を再開しまーす。