165.豚皇子は皇帝に売られました
視点は愛良→カインです。
「……あれ?」
部屋を出てすぐの扉前に行くと、見覚えのある後姿が見えました。
あのダンディーな後姿は皇帝さんだ。
「う?とと?」
実父を認識した瞬間に、抱っこしているカインにしがみ付く力を強くしたリーン。
リーン……そんなあからさまな行動したら、お父さんが泣いちゃうからね?
ダンディーな親馬鹿さんを甘く見てはいけないんだよ?
「皇帝さん、こんにちは」
「ん?……ああ、お前達か」
……まさかの皇帝さんに、一瞬『誰?』的な視線を受けました。
あなたの子どももここにいますからねー?
「見慣れぬ服だな。だが、美しい。よく似合っている」
「へ!?あ、ありがとうございます?」
きゃー。
ダンディーな皇帝さんに褒められたー。
しかも『美しい』だって。
きゃーきゃー照ーれーるー。
振袖で化粧してなかったら、お顔押さえて転げまわってる自信があります!
カインのと同じくらい恥ずかしいかも!
いや、でもそんなくっさい台詞を真面目な顔して、なおかつ自然に言えちゃう皇帝さんの方が別の意味で恥ずかしい!
「……なんだ?アイラは一体どうしたんだ?」
「あー……気にしないでください」
気にしないでって言ったカインさんは、すっごく不機嫌そうですけどね。
なんで私睨まれてるんですか。
「……カインは何故不機嫌なんだ」
「思春期の青少年は色々難しい年頃なのだ」
「そうそう。あんまり気にしないであげて」
「ちょいとヤキモチやいてるだけだし」
お兄ちゃん達、思春期だから私は睨まれたの?
んー……難しいなぁ。
「王子たちも、まだ中に入っていなかったのか」
「うむ。皇帝よ、そちらの豚皇太子はどうした?」
大兄ちゃん……ここ、他の人たちもいるのに、遠慮なく豚って言ったね。
私も言うけど、お兄ちゃんズは王族なんだから問題ありなんじゃない?
「豚なら、先に行って飯でも食い漁っているだろうな」
はい、父親の皇帝さんも豚って認識しているみたいなので、問題ないみたいです。
……なんか、父親に豚認識されてる豚皇子、ちょっと可哀相かも。
「ギルフォード帝国ゾルディオ皇帝陛下、フィレンチェ王国王太子フレイル殿下、ツヴァイス皇国第2皇子リュシオン殿下、フィルス公国第3公子ハルウェル殿下!」
いやー王族って大変だねー。
会場に入るなり大きな声で名前を呼ばれるから。
中にいた人たちの注目を一身に集めていますよ。
それぞれ別の国の王族だから、余計に注目を集めているってのもあるんだろうけど。
皇帝さんもお兄ちゃんたちも慣れているみたいだから、気にしないんだろうけどね?
でも私たちは一般神だから、そんな状況に慣れてないんです。
こんな会場中の人たちの視線を集めると思ってなかったから、居た堪れないことこの上ない。
何で皇帝さんやお兄ちゃん達と一緒に入ってきちゃったんだろう。
ちょっとずらして中に入ればよかった……。
「……全力で帰りたい」
「帰る時は、俺も連れて帰ってくれ……」
思わずぽつりと呟けば、隣にいたカインは切実な声で訴えてきた。
うん、帰るときはみんなで帰ろうね。
「あぅ……」
「わふぅ……」
そして、こんなにたくさんの人に注目を浴びたことなんてないリーンはもう涙目。
しぃちゃんも尻尾をペタンと丸めて落ち着かない様子で私の足元をウロウロしている。
「マーマ、だっこ」
必死に私に抱っこしてもらおうと、小さい手を一生懸命に伸ばしてくるリーン。
はぅっ……。
抱っこしたい抱っこしたい抱っこしたい!
お兄ちゃん達に着崩れるからダメって言われたけど、こんなに不安がってるリーンを放っておくことなんて出来ないです!
昔の人は、着物を着てても子育てしたんだから大丈夫!
ちょっとくらい着崩れても、この世界の人たちには分からないよ、きっと!
そう思って抱っこしようとしたら、カインにあっさりリーンをとられた。
「リーン。ママは今日、綺麗だろ?」
「あい。マーマ、きれーねー?」
「だから、今日はママの抱っこは我慢しよう。その代わり、家に帰ったらたくさん抱っこしてもらえばいいからな。できるか?」
「あい!リーン、できゆ!」
「わうー」
ゆっくり言い聞かせるようにカインが説明すると、納得したらしいリーン。
足元にいたしぃちゃんは、助走をつけたジャンプでカインの肩によじ登ってリーンの頬を舐めてる。
良い子たちで、ママ嬉しい!
そしてカインは恥ずかしいから綺麗って言うの禁止!
◇◇◇◇
会場に入った瞬間の、皇帝と三つ子の圧倒的な存在感に硬直していた者たち。
しかし、しばらくすると硬直から解けたのか、一斉に4人を囲みだした。
「わー……甘い物に群がるアリさんみたいな感じだねぇ」
愛良、俺も思った事だがはっきり口に出すな。
ほら見ろ、聞こえたらしい奴らから睨まれているから。
特に皇帝のまわりにうろついている豚みたいな体系のやつとかが。
「貴様!帝国皇太子である僕に向かって、今の言いようは何だ!?覚悟は出来ているんだろう、なあっ!?」
愛良に詰め寄ろうとした豚が、自分の服の裾を踏みつけて顔面から床にぶつかった。
あれは、絶対に自分の出っ張った腹で足元が見えてい なかったに違いない。
しかも体が巨体過ぎるのと、ひらひらとした服を着ているせいで一人で立ち上がれていない。
結局、そばにいた同じような巨体の豚に手助けされている。
……で。
この豚は、結局一体何をしたいんだ?
帝国の皇太子とか聞こえたんだが、この豚みたいなのが皇帝の息子なのか?
つまり、リーンの兄なのか?
いやいや、似ていないにもほどがあるだろ。
腹違いにしても、こんなに似ていないものなのか?
似てなくてよかったんだが。
リーンも皇帝に似ているかと聞かれると微妙なんだが……。
「リーンは皇帝さんにそっくりだよ?皇帝さんは豚一族に容赦ないドSなの。そんでもって、リーンは皇帝さんにドSでしょ?」
愛良が背伸びをして俺の耳元でささやく。
ドS……確かにドSの対象が違うだけで似ているのかもしれないが……。
「いや、ドSって遺伝するものなのか?性格って、むしろ育った環境だろ」
「鬱は遺伝してるから、ドSも遺伝するんじゃない?」
それは、俺と父上の事を言っているのか?
どうせ俺はすぐに鬱るだろうさ。
そんなにメンタルも強くないのさ……。
「はいはい、せっかく袴が似合ってかっこいいんだから、鬱帝にならないでねー?」
「……ああ」
にこにこと笑いながら俺の背中を軽く叩く愛良。
愛良にかっこいいって言われたから、鬱帝にならないように気を付けよう。
「はぁ、はぁ……貴様ら、僕の事を無視するなんていい度胸だな!?」
似たような体系の豚に 支えられながら、豚皇子が叫んだ。
なぁ……今立てたのか?
一人で立てないって、相当問題だろ。
痩せた方がいいと思うぞ。
「マーマ、パーパ。まんまはー?」
「わうー?」
テーブルの上にある色とりどりの食事を指さしながら聞いてくるリーンとシリウス。
完全に豚たちの存在は意識の外という様子だ。
「もう腹減ったのか?」
「今、使い魔ズがリーンとしぃちゃんのご飯取りに行ってくれてるから、ちょっと待ってねー?」
「あーい」
「わーう」
「貴様ら、人の話を聞けぇええ!!」
愛良が二人に言い聞かせていると、ついに我慢が出来なくなったのか、豚皇子が地団駄を踏みながら叫んだ。
……おい、足を床に打ち付けるたびに、足の贅肉がぶよんぶよん動いているぞ。
見ていてあまり気持ちのいいものではないな。
「ぶたしゃん!わーわー、めーわくなの!めっ!」
抱き上げているリーンが、豚皇子に向かって怒った。
確かに、豚皇子はわーわー騒いで迷惑だ。
迷惑なんだが、リーンが言っても可愛いだけで迫力はないぞ?
周囲の人は頬を緩ませてはいるが。
うちのリーンは可愛いから、誘拐されないように気を付けておこう。
「お前は……」
リーンに叱られた豚皇子は、口元を戦慄かせながら驚愕の表情で目を見開いていた。
その目が、リーンから愛良に移される。
「貴様、あの時、僕をさんざん馬鹿にした銀髪の女か!」
そういえば愛良はリーンを拾ってすぐのころは、目立つようにと銀髪に変えていたんだったか。
どうせ、その時も散々からかいまくったんだろうなぁ……。
「……なんか前見た時よりさらに太ってない?」
……愛良、真顔で言うのはやめてやれ。
「ううううううるさいっ!!父上にいっぱい運動させられて腹が減ったから、たくさん食べただけだっ!!」
「つまり、最悪なリバウンド中ということですね。豚の皇子様、ダイエット中は食べるのもある程度我慢しないとね」
顔を真っ赤にして怒鳴る豚皇子と、呆れ口調の愛良。
ああ、周囲の奴らからの注目がどんどん集まる……もう帰りたい。
「黙れ!!僕を馬鹿にしているのか!?」
ついにキレたらしい豚皇子が、片手に魔力を込める。
おいおい……ここは他国の王侯貴族もいるパーティー会場だぞ?
「馬鹿にしているが?」
今にも魔法を放ちそうな豚皇子に対して、冷やかな声がかかった。
いつの間にか人ごみを鋭い眼力で退けていた、怒れる獅子の皇帝だ。
もうこの豚皇子、さっさと連れて帰ってくれないか?
「皇太子よ……貴様、今この場がどこであるか、理解しているのか?」
まるで突然極寒の地に放り出されたかのような冷え冷えとした空気。
周りで野次馬していた連中が、波が引くように離れていく。
俺たちもそれに乗じて下がってもいいだろうか。
いや、騒ぎの中心にいたからダメだろうけど、離れたくて仕方がない。
「ち、父上……」
さすがに他国の王侯貴族達が集まる場所で騒いだという引け目があるのか、背を丸めて小さくなる豚皇子。
体積的には何の変わりもないんだが。
「で、ですがこいつが僕……いえ、私を馬鹿にしたんです!こんな女、無礼な子ども共々処刑にしてしまうべきです!」
愛良とリーンを処刑?
……この豚、潰す。
「ほお?我らの可愛い妹と甥を殺すと。さて、今から豚の丸焼きでも作るとするか」
「大、そんなの誰も食べないよ。あ、そうだ。オークの巣にでも捨てたら?」
「あっはっは。おいおい、中にぃ。そんなのしたら、共食いになるだろ」
あ、俺が手を出す前に三つ子が豚王子を囲んだ。
高身長の3人に囲まれるのって、威圧感がすごくて嫌なんだよな。
俺もあいつらくらいには背が伸びればいいんだが……。
「な、なぜあなた方が出しゃばる!?あなた方には関係ない!」
「大ありだ、馬鹿もの」
おい……まさかの皇帝までもが三つ子と一緒に囲んでいたぞ。
「この娘は、この3人の王子達が妹として溺愛している娘だ。そしてあの子どものことは、お前たちもよく知っているだろう?」
皇帝の冷え冷えとした声は恐怖心を煽る。
ああ、やっぱり皇帝ってリーンを隠していた豚一族にキレてたんだな。
「お前は確かに今皇太子ではあるが、それだけだ。お前が将来的に皇帝の座につくとは限らんことを、覚えておけ」
ぼそりと豚皇子の耳元で囁く皇帝。
こういう時は、愛良と同じ身体能力を持っているのが恨めしい。
聞くんじゃなかった。
「な……父、上……?」
愕然とした表情で皇帝を見上げる豚皇子。
自分の皇太子の座がなくなるかもしれないという理由でリーンを害そうとしたんだ。
自業自得だと思うんだが。
「皇帝よ。この豚には、少し教育が必要ではないかな?」
「少しだけだけど、僕たちが躾をしようか?」
「そーそー。俺ら、喜んで協力するぜ?」
おい、三つ子。
お前らは単純に愛良とリーンを処刑すると言った豚皇子に、お仕置きがしたいだけだろうが。
「では、頼むとするか」
頼むのか、皇帝!?
絶対に再起不能になるんじゃないのか!?
それでいいのか、皇帝!?