161.お礼の代わりは何にしましょうか
視点はカイン→愛良→カインです
◇◇◇◇
親父に俺の気持ちを盛大に大暴露されたのに、当の本人はその場にいなかったという事実。
なんとも居た堪れない。
もういっそ泣きたい。
こんだけ恥をかかされたのに、これ以上やってられるか!
強制的にイベントを終わらすと文句も言わずに俺に同情的な視線を投げながら帰っていく観客たちを、首を傾げながら見送る愛良。
同情し過ぎて、誰もリーンの『パパ』発言にツッコんでこないから助かるがな。
「えー……終わらせるなら、僕が言いたかった……」
マイクを持ったまま、残念そうに肩を落とすルーザー先輩。
「すいません。そしてさっきまでの事は記憶から抹消して下さい」
「あー……うん、頑張れ。後片付けは僕たちでやっておくから、もうカイン君は休んだ方が良いよ。精神的に色々やばそうだし」
ルーザー先輩、頼むからその同情の眼差しは止めてくれ。
本気で泣きそうだから。
「カインー?何があったのー?」
不思議そうに首を傾げて俺を見上げる愛良。
うん、お前は聞いていなかったんだから、知らなくても仕方が無い。
仕方が無いんだけど、今はその無垢な目が少し憎いぞ。
「アイラちゃぁあん!!」
「ひっ!?」
そんな愛良に、号泣していた親父が飛びかかった。
「何で肝心な時に居なくガハッ!!?」
はっはっは。
思わず親父の顔を見たら、条件反射で顔面を殴っていた。
さて……抱っこしているリーンは、呆気にとられている愛良に預ける。
「親父が余計なことを言いやがるから、俺があんな目にあったんだろうがっ!!!てめぇ、いっぺん死ねぇええええ!!」
「いぎゃぁああああああ!!」
明日から、どんな顔をして学園に通えばいいと思ってんだ、この野郎!!
愛良を狙っているヤンヒロの存在さえなければ、俺は引きこもっているぞ!?
あぁ……明日から学園に行きたくない……。
「パーパ、ジジたんとけんか?」
「んー……よく分からないけど、ボコボコにされてるジジちゃんを、あんまり見ちゃダメだよ?後でママと一緒に落ち込んでるパパの頭、いい子いい子してあげようね」
「あい!」
親父を絞めている俺の後ろで、愛良とリーンのほのぼのとした会話が聞こえてくる。
……頑張って登校拒否しないで学園に行くことにするか。
「ねーねー、カイン。ちょっといい?」
動かなくなった親父を引きずって人気のないところにまで来たぐらいで、ようやくリーンを抱き上げたまま静かに着いてきていた愛良が俺の服の袖を掴んだ。
「どうした?」
「マスターがそれ以上使い物にならなくなったら、ギルドのお仕事が溜まっちゃうからそろそろ回復したい。じゃないと、私たちの仕事が増えるよ?」
「……」
いたって真面目な表情で俺を見上げて訴える愛良。
うん……。
確かに事実なんだが、それだけが偽りのない本音という様子を全開にするのはどうかと思う。
ここまで親父をボコった俺が言うのもなんだが。
「パーパ、ジジたん、だいじょーぶ?」
あ、リーンがいつのまにか親父を木の枝で突いていた。
その隣ではどうでもよさそうに欠伸をしているシリウスとクロノスがいる。
……これって、子どもの教育にはよくないよな。
リーンを視界に親父が入らないように、抱き上げる。
「ああ、頼む」
俺、一応学園では光属性とか水属性は持っていない設定だしな。
最近、ほぼ無視して使っている気がしないこともないが。
「はいはい。リーン、ちょっと待っててねー」
「あーい!」
愛良の言葉にニコニコと満面の笑みを浮かべたリーンは、抱き上げている俺の耳たぶを触りながら、力いっぱい抱きついてくる。
どうやら、リーンは耳たぶや頬など、柔らかいものが好きらしい。
だから、俺よりも愛良に抱きつく方が多いんだな。
……愛良に敵わないのは分かっているから、気にしないけど。
それより、親父は治ったのか?
そう思って親父と愛良を見下ろすと、いまだに目を覚ましていない親父の隣に座りこんだ愛良の手に、いつぞやのドピンクのプリンらしき物体があるのに気づいた。
愛良との契約が完全なものになって以来、怪我なんてしていなかったから、全くの出番がなかったプリンが。
「……」
俺は無言で親父と愛良から目を逸らし、リーンが間違っても下を見下ろさないように頭を撫でながら固定。
それとほぼ同時に、親父の「げふっ!?」という声が聞こえた。
そのすぐ後には「今のは何だったの!?」と、気持ちの悪いオカマ口調で復活したがな。
ショッピリン……恐るべし。
俺、本当に愛良と馬鹿力と頑丈な肉体を共有できてよかった……。
◇◇◇◇
よし、マスターも無事に復活。
久々に使うから、ちょっと心配だったんだよね。
「ごほっごほっ……い、今のは何だったの!?」
「マスター。口調」
「うっ……」
本当にオカマの口調って、元に戻すのに時間がかかるんだねぇ。
実は設定能力で完璧な男の人にできないこともないんだけど、それだと簡単すぎて面白味もないからする気はないし……。
だから、マスターには地道に頑張ってもらうしかないです。
「とりあえずは、マスター。今日は来てくれてありがとう」
「ああ、まぁそれはいいんだが……さっきのは……」
「お仕事大変なのに来てくれたから、マスターのお仕事ちょっと手伝うね」
「……はい」
マスターは質問したそうだけど、させません。
いちいち面倒だもの。
「で?……親父、俺たちは何を手伝えばいいんだ?」
リーンを抱っこ中のカインが、冷やかな声でマスターに質問。
本気でマスターに対して怒っているけど、何があったの?
私、ちょっとしか離れていないのに全然分からない。
「ねぇ。私がいない間に何があったのー?」
「聞かないでくれ。頼むから、聞かないでくれ!」
「……なんか、ごめん」
カインは教えてくれる気ないみたいです。
聞いただけでカインがうっすら涙目になっているような気がします。
うーん……余計気になるんだけどなぁ……。
「……ガイ――ン!!悪がったから、ゆるじでぐれぇえええ!!」
あ、冷たいカインにマスターが号泣した。
マスターも隠れ親馬鹿だったんだね。
義理だけど。
「……チッ。次やったら、本気で家を出るからな」
暑苦しいマッチョ代表のマスターに泣きつかれて、カインは諦めて許したみたい。
君、その前に小さく舌打ちしたの、聞こえたからね?
「わがっだぁあああ!!」
マスターが落ち着くまで、それから10分かかりました。
この世界、本当に親馬鹿が多すぎです。
「ジジたん、いーこいーこ。げんき、なぁれ!」
「ジジたんはいつでも元気だぞ!!」
ようやく落ち着いたマスターと、その頭を撫でているリーン。
いや、マスターはある意味変な方向に元気が出てるか。
「きゃー!!マーマ!!」
お願いだから、そのお髭でリーンにジョリジョリ頬ずりしないで。
リーンも割と本気で嫌がってるから。
「親父。俺たちは別に仕事を手伝わなくてもいいのか?」
私がリーンをマスターのジョリジョリお髭から救い出してすぐに、カインが額に青筋を浮かべながらマスターの肩を掴んだ。
パパはお怒りのようです。
「えっと……はい、仕事の手伝いはいいので、魔闘大会ペア戦の方に出てください。帝としてでもギルド員としてでも、どっちでもいいので」
土下座しながら頭を下げるマスター。
うわ……腰ひっくー。
だけど、それよりも気になることをおっしゃいましたよ?
魔闘大会のペア戦とな?
確かに、魔闘大会には学生の部以外にも、大人の部の個人戦とチーム戦、ペア戦があるってのは聞いているけど。
一日目が学生の部で、2日目から4日目までが大人の部だよね?
まだ未成年でも、ギルドに所属していたら大人の部にも出ていいってのは聞いたけど。
「却下だ。俺たちは学生の部で出るんだぞ。2回も出るなんて面倒だ」
「そうそう。それにペア戦は雷帝と風帝が出るんじゃなかったっけ?」
雷帝ことソル先生は、修行ついでにお休みの日はギルドに来て依頼を受けていたもん。
その真面目さを教師の仕事の方にも生かしてほしい。
「確かに、ペア戦は雷帝と風帝の予定だったんだが……今朝から食中りを起こしてな」
「「は?帝二人が、食中り?」」
「なんでも、水帝の料理を食べさせられたらしい。少なくとも、あと1週間は寝込んでいるはずだ」
女王様気質の水帝のお姉さまのご飯を食べて、何で食中り?
私が首を傾げていると、マスターが何とも言えない表情でカインをちらりと見た。
「水帝はな、カインに料理を教えた人でもあるんだ」
「……」
水帝が、カインに料理を?
あの、魔物料理を教えた先生?
ソル先生、風帝……ご愁傷様です。
大会には代わりに私たちが出るから、ゆっくり休んでください。
水帝のお姉さまにご飯を進められても、絶対に食べません!
◇◇◇◇
結局、同情しまくった愛良がペア戦に出場することを了承した。
さすがにZランク二人がペアで出場するの余裕過ぎて話にならないから、次期ギルドマスターと補佐兼受付嬢として、ギルドの看板を背負って出場することになるらしい。
つまり、俺たちだと丸分かりの状態で出場するってことだ。
それもどうかと思うんだがなぁ……。
「カインと一緒に戦うなら、余裕で優勝だね」
「パーパとマーマ、しゃいきょー!ねー?」
「ねー」
顔を見合わせてにっこり笑う愛良とリーン。
その後に「一人ずつでもたぶん余裕だろうけどねー」と呟いていたのが気にならないほど可愛いよ、お前たちは。
「カイン、頑張ろうね」
「リーン、おーえんしゅる!」
小さな握りこぶしを作って、満面の笑顔のリーン。
ああ、もう負ける気がしないな。
絶対に優勝する。
「じゃあお店戻って売り上げの確認をしたら、後片付けして皆で打ち上げしよ」
「そうだな。親父、助かった。一応礼は言っておく」
「……はい」
思わず冷やかな声になってしまったのは仕方がない。
親父のおかげで、大勢の前で恥をかかされたからな。
それでも忙しいのに来てくれたことには変わりはないから、礼は言っておくが。
「……カインってば、まだ怒ってるんだねー。マスター、頑張れ」
「……アイラちゃんも、お願いだから(恋愛的な意味で)頑張ってくれ」
「うん、(魔闘大会的な意味で)頑張って優勝するね!」
「「……」」
……愛良の恋愛感情が成長するのは、いつになるんだろうか。
なんか、まだまだ来ない気がしてきたぞ。
いや、頑張るけどさ。
「カイン、楽しかったねー」
笑いながら、俺の服の袖を握る愛良。
そのまま頭を撫でれば擦り寄ってくるし、今はこれでいいか。
どちらかというと、猫に懐かれた感じなんだけどな。
あれだ。
愛良は、なかなか懐かない気まぐれな猫っぽいんだよ。
高い木に登って降りられなくなった懐かない猫を助けた後も、こんな感じで懐くようになったし。
愛良も俺を置いて一人でどこかにふらっとしていたが、ヤンヒロから助けた後は自分から俺の所にくるようになったし。
……愛良の恋愛感情が成長するの、まだまだ時間がかかりそうだなぁ。
気にしないでおこう。
~昔のカイン(10歳)と水帝(独身のお姉さま)~
水帝「あら、カイン?今日は一人なの?マスターは?」
カイ「仕事でまだ帰ってきてない……」
水帝「もう夜の9時を過ぎているのに?カイン、あなた夕食は食べたの?」
カイ「……」首を横にフルフル
水帝「まだなのね。いつもはマスターと食べに行くことが多いのよね?ちょっと台所を貸しなさい。簡単なものでよければ作ってあげるわ」激マズの自覚なし
カイ「……俺、手伝う。父さんに、飯作りたい」
水帝「……まぁ、覚えておいて損はないわね。いらっしゃい、教えてあげるわ」
カイ「お願いします」
……こうして、父親に料理を作りたいという健気な思いで、少年は魔物料理を作ることになったのであった。
余談だが、初めて息子が作った料理を前に、オカマスターは必死に逃げる料理を捕まえながら完食し、その後1週間寝込んだという。