12.すっきりしたそうです
◇◇◇◇
「……学園長、どういう理由で俺をSクラスに上げるつもりですか?」
愛良が隣の部屋に放り込まれてすぐに俺は学園長に詰め寄った。
この学園は個人の能力の優劣をクラス別に分けており、EクラスからD、C、B、A、Sと生徒たちのレベルも上がっていく。
特に、AクラスとSクラスとは大きな壁がある。
Sクラスは主に貴族たちを中心としたクラスだからだ。
昔から強い魔力を持つ者同士での婚姻を続けていた貴族は、平民と違って魔力量や経験に差が生じる。
魔法の勉強など、学院に入るまで行ったことがない平民と同じ授業ができるわけがない。
一番大きな要因が、Sクラスの連中が貴族であるということだが。
一部には平民を奴隷のように考えている連中もいるなか、同じクラスにするには問題がありすぎる。
唯一の例外が特待生だが、それは入学する前に決まっているはずだ。
「もちろん考えておる。お主、学力は学年主席で申し分ない。学園に公表している属性は土と風じゃが、それに新しく光と闇の属性も増えたということにすればよい。学生で属性を4つも、それも特殊属性を2つとも手に入れているとなると、途中からでも特待生にするのに何の問題もないわい。魔法値も、以前伝えておった70万から200万ぐらいに増やしておくといい。特殊を二つも手に入れたとなると、魔力値が上がっても誰も疑問に思うまいて」
「……はぁ」
すでに決定事項らしい学園長の言葉に、ため息しか出てこない。
恐らく、すでに担任にもそう伝えているはずだ。
諦めて白いブレザーに着替えるしかないな、これは。
「愛良も特待生なんですよね?」
「もちろんそうじゃ。あの子が特待生の理由は、まぁ王家が絡んでいるのもあるが、表向きの理由としては、魔力が多いということでいいじゃろうて。300万くらいでどうじゃ?属性については何か言っておったかのぅ?」
「火、水、雷、光だけを使うように言っています。一番闇が使いたいと言っていましたが、怪我をした時用のために光属性にしています」
回復系は水と光属性しか使えないし、効果としては光属性の方が高い。
いくら愛良が頑丈な体をしているとしても、怪我を全くしないという保証はない。
学園内でも何があるか分からないんだ。
光属性を使えるようにしておいて損はない。
「別にかまわんがのぅ……お主、なんだかんだ言うても心配性じゃな」
口元の髭を撫でながら、呆気にとられたように呟く学園長。
いちいち言われなくても自覚している。
俺の落ち度であいつの自由を奪ってしまったんだから仕方がないだろう。
「……放っておいてください」
制服を着替え終わったと同時に入口のドアがノックされる。
「おう、じいさん。編入生、連れてきたぜ」
「失礼します」
入ってきたのはSクラスの担任と、白いブレザーを着た茶髪の男。
……こいつが勇者で、愛良の幼馴染か。
なるほど、確かに顔は整っていて女子が喜びそうだな。
それに魔力。
俺よりも多い魔力を持っているのが、同じ部屋にいるだけで分かる。
だが、魔力コントロールが甘い。
魔力コントロールをうまく使えば、俺や愛良のように多すぎる魔力を他人に気づかれないように抑えるぐらい簡単なのに、こいつはそれをしていない。
いや、できないのか。
まぁどちらにせよ、今度の帝会議で実力を見させてもらう。
それまでは様子見だな。
「お主がリョウガ・キリガヤ君かね?」
「はい」
「うむ。王家から話は聞いている。君を特待生としてSクラスに……」
バタンッ!!
学園長の話を遮るように、隣部屋のドアが音を立てて開かれた。
もちろん原因は白いブレザーに着替えた愛良だ。
口元にうっすら笑みを浮かべながら、目は全く笑っていないという器用な表情をしている。
「愛良っ!!?」
愛良の姿に顔を輝かせた勇者は、感極まった様子で愛良に駆け寄った。
「無事だったんだね!!会いたかっグハッ…ヘブシっ!!!!?」
ピクリとも動かなくなった勇者。
……説明しよう。
駆け寄った勢いそのままに両腕を広げて抱きつこうとした勇者の顎を、愛良は何のためらいもなく殴り上げたのだ。
それだけで終わらず、愛良の馬鹿力のせいで勇者は吹っ飛び、顔面から天井に激突。
なんか指についているが、アレは何だ?
かなり固そうなんだが。
あ、一応力を抑える腕輪はしたままだ。
……ということは、抑えた状態でアレなのか……。
愛良の馬鹿力は、どうやったら普通になるんだ……。
「あ、愛良……?」
「龍雅、久しぶりー。私も会いたかったよー?」
顔面を抑えてなんとか立ち上がる勇者と、そんな状態の勇者に無駄に笑顔を振りまく愛良。
だがすぐに無表情になると、勇者の襟首を掴みあげる。
「……じゃ、とりあえずこっちに来ようか」
「ちょ、ごめ、待っ……」
「黙れや、このヘタレ。とっとと入れ」
「ヘブっ!!」
横面を殴られた勇者が、勢いよく開け放たれたままの隣室に吹っ飛んだ。
「学園長のおじいちゃん、ちょっと隣の部屋借りるね?」
「う、うむ……」
不自然なほどニコニコ笑っている愛良を見ていると寒気がするんだが。
シリウスまで俺の足元にブルブル震えながら避難してきているぐらいだ。
「じゃあ、ちょっとだけ待っててね?1分で済むから」
むしろお前はその1分で何をするつもりなんだ。
……と突っ込みたいが、俺も命が惜しい。
俺たちは黙って愛良が隣の部屋に入るのを見届けた。
『ちょ、愛良!!ごめんなさい!!許して!!おねが『謝ったら許してもらえると思っているのかな?かな?とりあえず逝け』いぎゃああああ!!!なんで顔!!?顔ばっかりぃぃいいい!!?『私はア○パ○マンがだ~い好き』ふぉくはわうはった!!!!『何言ってるか分っかんない♪』ゆるひえぇええ!!』
しーん……
愛良が宣言したきっかり1分後、隣の部屋が異様なほど静かになった。
「ふぅーすっきりしたー」
いかにもいい汗かいた、と言わんばかりに爽やかな笑顔を浮かべながら出てきた愛良。
真っ白い制服が、所々赤く染まっている。
さらに、右手に勇者と思われる物体の足を掴んで引きずっているんだが。
というか、奴の顔。
顔がさっきの2倍に膨れ上がっている。
もうさっきまでの顔を維持していない。
はっきり言うと、膨れ上がり過ぎて気色悪い。
「……生きているのか、ソレ」
さっきからピクリとも動いていないんだが。
「やだなー。もちろん生きていますよー。ね、龍雅?」
「ぐうぇっ!!!」
にっこり笑ったまま、足元に転がっているソレの鳩尾部分に膝を埋め込む愛良。
……さっきから何のためらいもない。
ひたすら笑ったままで、それが逆にこちらの恐怖を煽ることを、こいつは分かっていない。
……ああ、きっと俺の平穏な学園生活はきっと望めない。
というか、すでに平穏でなくなっている。
……学園でぐらい、平和に過ごしたかった。