120.勝利は誰の手に?
◇◇◇◇
「「…………」」
最下位が決定したグレイとルート。
さっきから観客席の一部をどんよりとした雰囲気を漂わせている。
まぁ、最後のは愛良達がわざわざ手加減してやったのに、グレイの馬鹿が自滅したのが原因だから自業自得なんだけどな。
ルートは、巻き添えを食って残念としか言いようがないが。
「……早く試合出来ないかなぁ?」
隣で暇そうに座っている愛良が、膝の上に乗せて寝ているリーンの頭を撫でながら若干不貞腐れている。
さっきから俺たちと愛良たち、どっちも全然試合をしていないから仕方がないんだがな。
俺たちの対戦相手が、棄権しまわっているから。まぁ、俺たちと試合したくないのは分かるが。
『つっまんねーなー!また棄権かよー!?もういいよ!決勝だよ!おら、カイン・コスペア!アイラ・ラピスペア!とっとと試合すんぞっ!!』
……ついに決勝まで全員が棄権したのか。
少しくらい、骨のあるやつがいてもよかったんじゃないか?
まぁ、確かに俺たちはともかく、相手の弱いところを的確に狙っていく愛良たちと当たりたくないのは分かるが。
「ようやく出番かぁ。しぃちゃん、少し大きくなって。リーンを寝かしといてあげてね」
「わう!」
大型犬サイズになったシリウスの上にリーンを預けた愛良。
愛良から離れてすぐは少し顔をしかめたが、シリウスの毛に顔を埋めるとすぐに寝息が聞こえてきた。
起きなかったようで、なによりだ。
「ルナ。静かにリーンをみていてくれ」
「ん……ちゃんと、みてる……がんば……れ……」
「ああ」
ルナが暴走しないように念押しをしてから、コウモリに戻ってガクガク震えていたコス王を掴んでコートまで歩く。
「いやだいやだ……お嬢とラピスの嬢ちゃんに殺されるよ……」
「泣くな。というか、最初からそんな調子だと真っ先に狙われるぞ」
「鬱帝にそんなこと言われた……俺様、もうダメだ……」
「人のせっかくの慰めを……てめぇ、握りつぶすぞ」
「ごめんなさい!すぐに人型なります!」
俺の手から逃れて一瞬で人型に変化して、コートまで走って行くコス王。
最初からそうしておけ。さて……死合に行くか。
『ついに始まるぞ!相手を一撃で沈めた最強VS相手を失意のどん底にに陥れた最恐戦!お互いハンデなし!勝つのはどっちだ!?楽しませてくれよ!試合、スタートだぁああ!!』
司会者の喧しい宣言とともに愛良側に渡されるボール。
愛良たちが勝ちを譲ってくれるとは言っているが、どうやってとかは聞いていないんだが。
これだけ大勢の前で手加減をすることもないだろうし、いったいどうするつもりだ?
「いくよー」
普通にサーブを打ってきた愛良。
あ、普通で安心した。
「よし来い!」
そのボールをトスをしようと構えるコス王。
ボールに手が触れ、上にあげようとした瞬間。
「うげぇえ!?」
コス王がボールに押しつぶされた。
……は?
何で軽いビーチボールに押しつぶされるんだ。
『どうしたー!?なぜかコス選手が潰れた!いったい何だー!?』
コス王を押しつぶしているボールをよく観察すれば、魔力が込められている。
愛良の奴……ボールに重力付加かけたな。
しかも、俺たちがボールを受ける時だけ重量が何万倍にもなるように設定にしている。
まぁ、あっちにはラピスがいるから当然だが、それにしてもひどくないか?
とりあえずは、コス王の上のボールを退けてやるか。
本当に愛良と能力が共有できてよかった。
馬鹿力と重力魔法がなかったら太刀打ちできなかったぞ。
こんなんで本当にあいつらは俺たちに勝ちを譲ってくれる気があるのか。
「ほら、立てるか?」
「し、死ぬかと思った……」
「お前に重力無効化をかけとくから、今度からは大丈夫だろ」
たぶん、と心の中で付け加えるが。
何しろ、相手はあの愛良だからな。ラピスもなかなかえげつない性格をしているし……むしろ、俺たちに勝機ってあるのか?
「……コス王、次やれ」
「理不尽!だけどやります!」
さて、多才な愛良と意外にもバレーの才能があるラピス相手にどれだけの点数をとれるか。
こっちも俺に死神王だから、ボロ負けはしない……はず。
精神面ではボロ負けだがな!
『おおっと!?お互い一歩も譲らず、18対18!いい試合だ!アイラ選手の顔面ギリギリアタックとラピス選手の毒舌で少々カイン・コスペアの心が折れかけだが、いい勝負だ!』
折れかけって言うな。
だって仕方ないだろ?
愛良は完全に俺たちの顔を狙ってきてんだよ。
絶対に『イケメンの顔は潰すべし!』とか思ってるよ、あいつ。
それでビビった俺たちを、ラピスが鼻で笑いながら『無様ですね』って毒吐くんだよ!
「俺様もうやだっ!これ以上やったら、立ち直れない!」
「棄権した場合、さらにつらいお仕置きが待っているぞ。とにかくやれ。リーンの(野菜嫌い克服の)ために動け」
「イエッサー!俺様の癒しが我儘っ子になるのは勘弁!死ぬ気でやる!」
甘やかしてばかりの愛良だと、この先のリーンが心配だ!!
絶対に勝つ!!
「……二人は私のことをなんだと思っているのか明確にしたい所なんですけど」
「愛良、それは試合の後にしましょう。今は、その苛立ちをあの二人の顔面にぶつけてしまいなさい」
「はーい!」
ラピス……お前はなんて恐ろしい助言を愛良に言うんだ。
しかも顔面限定って……よし、頑張って避けよう。
『アイラ選手、相変わらずの完璧なコントロールだ!顔面を狙ったボールをコス王選手が間一髪で見事に躱し、カイン選手が受け止めたぁ!コス選手、アタックを決めれるか!!』
コス王が狙っているポイントにいるのは愛良。……止められる可能性が高いな。
となると、打ち返してくるのはラピスだろうし、ある程度反応できるように真ん中にいたほうが……。
俺がそう判断して、コス王が打つ前に移動しようとした瞬間、コス王が叫んだ。
「お嬢!!前にヘタレ勇者が、お嬢と契約するにはどうしたらいいか、自分とこのギルドマスターに質問してたぞ!!」
「「……は?」」
思わず固まった愛良と俺。
愛良はそのまま反応できず、コス王が打ったボールは見事にコート内に入った。
『なんと!?まさかのアイラ選手、反応できずに得点を許してしまったー!カイン・コス選手、次で終わりになるかっ!?』
「やった!カイン!あと1点で勝利だ!」
「ああ、よくやった。よくやったついでに、今のことをもっと詳しく教えろ」
あのヘタレ野郎が何だって?
愛良と契約がどうこうって聞こえたが?
「ん?さっき言ったまんまだぞ?まぁ、ギルマスに即却下されて断念してたけど」
「ほぉ……」
あいつは殺されたいんだな。国に帰ったら、望み通りにしてやる。
ついでに奴の所のギルドマスターには奴を厳重に監視しておいてもらおう。
「……帰ったら、龍雅とお話ししなきゃ」
ぽつりと周りに聞こえない程度に呟く愛良。その話し合い、是非とも参加させてもらおう。
そう決意した所で、冷やかな死線が体中に突き刺さった。
「お話もいいですけど、さっさと試合を終わらせましょう。いい加減疲れてきました」
死線の持ち主は、もちろんラピス様だ。
もう視線とかじゃない、『てめぇらぐだぐだ抜かすなや』と訴える死線だ、あれは。
よし、ラピス様をこれ以上怒らすことはしないようにしよう。
サーブを打って、打ち返してくるであろう位置にいる愛良を警戒する。
ボールを受け止めたのはラピス。ということは、やはり打ち返してくるのは愛良。
どこに打ち込まれてもいいように警戒していると……コス王が、再び叫んだ。
「あ、お嬢!ヘタレ勇者が魔力封印して監禁する方法とかも調べてるの言い忘れてた!」
「へっ!?監禁!?」
物騒な言葉に、ジャンプをしたにも関わらずボールを打ち返すことも忘れて顔色を青ざめさせた愛良。
打ち返されなかったボールが、愛良側のコートで何度か跳ねて止まった……が。
そんなことより、物騒すぎる単語が出たよな!?監禁とか!
その対象は誰だ!?やっぱり愛良なのか!?
『おおっとー!!アイラ選手、再び反応が出来なかった様子!だがしかし、物騒な単語を聞いてしまえば仕方がない!そんな相手の心理的に弱いところを突いてくるとか、カイン・コスペア卑劣だ!だがしかし、勝利は勝利!今大会の優勝者は、薔薇組代表カイン・コスペアだぁあああ!!』
カップル向けの大会で優勝したのが男同士のペアということで、盛り上がりは微妙な観客。
だが、今は本当にそんなことどうでもいいんだが!
今すぐにでも奴の息の根を止めに行く必要があるよな!?
もう今すぐにでも転移して行こうと思った俺の襟首を、がしっと掴むコス王。
「あ、ごめーん。監禁ってのはお嬢が動揺するための嘘ー」
「ほんと?コス王、ほんとにほんと?」
涙目になりながら上目遣いで念押ししてくる愛良。
……やっぱり愛良、地球にいる頃から絶対奴にトラウマとか植え付けられてるよな、絶対。
そんな怯えきった愛良の頭を、コス王が笑顔で撫でた。
「あ、あははー。お嬢、ごめんなー?嘘だから安心していいぞー。ほれ、お犬様とリーンの所に行って癒してもらってこいって」
「うん……」
嘘だと言われて安心したのか、ほっと笑みを浮かべてラピスと一緒にリーン達の所に戻っていく愛良。
その後ろ姿を見ながら、コス王は目元を隠しながら嘆いた。
「嘘じゃないなんて、あんな怯えた目で見られたら言えない……お嬢、マジ可哀相」
「おい、マジなのか」
「……」
何でそこで目を逸らすコス王。
やっぱり奴は要注意人物だ。
もう本気で愛良から目を離さないようにしておこう……。
★愛良ちゃんのトラウマ~6歳~
龍雅「あー!愛良、なんで男の子とお話してるの!?」
愛良「同じクラスになった子だよ?別にいいでしょ?」首傾げ
龍雅「よくないよ!愛良、ぼくじゃない人と、おしゃべりしないで!」
愛良「やだ。お友達、ほしいもん。がんばって100人つくるの」にぱー
龍雅「ぼくはやだ!あいらの友達は、ぼくだけでいいの!それで、大きくなったら愛良はぼくのお嫁さんになるんだからね!」
愛良「ぜったいやだー。りょーちゃん、ばいばいしたいー」
龍雅「……愛良?そんなこと言ったら、大きくなったらぼく、愛良のことぼく以外見えないように、かんきんしちゃうよ?」
愛良「かんきん?こわいの?」
龍雅「よくわかんないけど、パパがママによく言ってる。ずーっと二人でいるんだって」
愛良「それやだー。じゃありょーちゃんがいるの、がまんするー」しぶしぶ
龍雅「ぼく、そっちでもいいけどなー……」
こうして、変態ストーカーヤンデレ勇者が完成していくのであった。……こわ。