109.お手本って、難しいですね
やっぱりカイン君を可哀相な子にしたいという願望が、実はもっているらしい……。
◇◇◇◇
ふぅ……お兄ちゃんはしぃちゃんに任せてリーンをぎゅってしたから、ちょっと落ち着きました。
まぁ、思いっきり力を籠めたらリーンがミンチになっちゃうから、すごく頑張って力は抑えているので、それに疲れたというのもあります。
リーンを私から守るためにも、きちんと身体能力は抑えておかないと。
「……私、力セーブの腕輪、どこに投げたっけ?」
周りをきょろきょろと見回しますが、腕輪が見つからない……。
青虫さんから逃げるのに必死過ぎたから、どこらへんに投げたのかも全然分からないです。
困ったなぁ……と思っていたら、隣にいたカインがあっさりと私の腕を掴んだ。
「逃げる前に投げ捨てていたから、拾っておいた。さらに壊す前に着けておけ」
「あ、はーい。ありがとー」
どうやら拾ってくれていた腕輪を付けてくれたみたいです。
これで安心してリーンを抱っこできます!
それにしても全力の全速で走り回っちゃったので、周りが色々と大変なことになってる。
ぶっちゃけ、私が走った時の風圧で木々な吹き飛んで、その後ろを青虫さんたちが踏みつぶしながら追いかけていたから……霊峰というよりも、もはやただの残骸山だ。
「……さすがに直さないといけないよね?」
破壊してしまった当事者がいうのもなんですが……めんどくさい。
どうやって戻そう……時魔法で時間を巻き戻せばいいかなー。
あ、だけどどれだけの時間を逃げ回ってたのか把握できてない……。
えーと、どうやって戻せばいいかな。
色々能力はあるんだけど、ありすぎて何を使えばいいか頭が追いつかない。
まぁ簡単に言うと、無駄に能力があり過ぎて使いこなせていないのが悲しい現状です。
「んーとー……」
思わずリーンを抱っこしたまま唸っていると、黙って隣にいたカインが静かに私の首元に手を伸ばしてきた。
彼が手にしたのはチェーンを通してネックレスにしている私の魔武器であるパール。
その能力の中にある『設定能力』。
あ、これなら元の状態の設定にしたら問題ないね!
「……愛良と青虫からダメージを受ける前の状態に設定」
「……へ?」
あら不思議。
私が設定能力を使う前に、カインの言葉に反応して森が綺麗に戻ってしまいました。
え……なんで?カイン、設定能力持ってなかったよ?
というか、人間が設定能力を持つことはないと思うのだけど……。
呆気にとられてカインの顔を凝視すれば、なぜか目を逸らして口を開いた。
「……次男に聞いた。お前との契約効果は、お前が持つすべての力や属性、寿命を『共有』することだそうだ。試にやってみたが、事実のようだな」
「パーパ、しゅごいねー」
カインの説明に、よく分かっていない様子だけど手を叩いておこうという様子で拍手するリーンちゃんが可愛いです。
いやいや、リーンの可愛さの前で脱線しそうになるけど……何そのチート。
私の契約効果ってすごーい。ただの人間が神族と同等の力を手に入れちゃいましたよー……あれ?
「でも、今まで魔力量以外、目立つことなかったよ?馬鹿力とか」
さっき全力で抱きついたのに骨が砕けなかったことを考えると、今はカインも身体能力がすごく上がってそうだけど。
だって、これまで同じくらいの力で腕に抱きついた時とか、骨を何回かボキボキ折っちゃってましたし……回復魔法ですぐに治したけどさ。
だけども、今は他にも気になることがあります。
「……カイン。何でさっきから目を逸らしてるの?」
何でいきなり使える能力増えたのって質問しただけなのに、カインさんが目を逸らしてきます。
むしろさっきの契約効果の話をして以降、こっちを見向きもしません。
これ、なんのイジメ?
「……気にするな」
「気にするし。お話してる時はちゃんと目を見て話しましょう」
「おめめー?」
「そうだよー?リーンはちゃんと目を合わせて賢いねぇ」
「えへへー!」
私の腕の中で自慢げに胸を張るリーンちゃん。
もうこの子を立派に育てるためにも、お手本になるよう頑張ります!
ということで、カインはパパなのでカインもお手本になるよう頑張りましょう!
「じゃ、カインさんや。やり直しといきますか。何で契約効果が急に発揮されたのー?ちゃーんと目を見て教えてくださいねー?」
ニコニコ笑って尋ねる私の腕の中では、キラキラおめめでパパがこっちを見てくれるのを待っているリーンちゃん。
ふふふ……この子の期待を、君は裏切れまい!
諦めてお手本となるがいい!
「はあ……」
お、カインさんがついに諦めてこっちを向きました。
最初っからそうすればよかったのに……何をそんなに言いづらいのかは分かりませんけどね。
「俺が、お前との契約を絶対に切りたくないと思ったから、効果が強まったらしい」
「うん?そうなの?想いだけで契約の効果って変わるんだねー」
「ついでに言っておくが、俺はお前との契約を破棄する気はないからな」
「うんうん。そりゃそんなにすごい力が手に入るなら、契約を切りたくないってなるよねー」
「……は?い、いやそれじゃな……」
「ということは、魔法もカインの方が上なのに身体能力と馬鹿力まで同じになるんだったら、私に勝ち目ないなー。ただでさえ強いのに、さらに強さを求めるなんて強欲ー」
「……そうじゃな……」
ありゃ、カインが落ち込んだ。
おーい?カインさんやーい。
さっきまでちょっと顔が赤いくらいだったのに、何で急に地面に手をついているんですかー?
手が汚れちゃいますよー?
というか、ズボンも汚れちゃうから立ってくださいってー。
洗うの私なんだからー。
そんなことを想いながら四つん這いになったカインの脇をツンツンしていると、パタパタと軽い音を立てて飛んできたコウモリがカインの頭の上に着地した。
おお、コス王だ。
グレイプニールの拘束は1時間くらいで解ける設定にしていたから、追いかけてきたんだね。
……なーんでコウモリまで暗い空気を背負っているのかは知りませんが。
主従揃ってどうしたのさ、君たち。
「カイン……お前、言うタイミングが最悪だ……」
片方の羽でカインの頭をペシペシと叩きながら項垂れているコス王。
コス王や、カインさんはすでに鬱帝を発揮していて聞いていないと思うよー?
「タイミングって何ー?そしてカインはなぜ項垂れてるのー?なんかカインが落ち込む内容とかってあったっけ?」
「……」
「お嬢、気づいてやれ……」
「へ?何に?」
「いや……いっそ、もう触れてやらないほうがいいわ……」
うーむ……コス王が一人で勝手に諦めモードに入っちゃってるんですけど。
一体何を気づけばよかったというのですかね。
思わず首を傾げる私の目の前で、コス王は殺気待て叩いていたカインの頭を羽でゆっくり撫でた。
「カイン、お前は本気でうっかりスキルを直そうぜ……」
「努力する……が、今は落ち込ませてくれ」
「うんうん。好きなだけ反省しろ。反省して次に生かせ」
そこの二人だけで分かりあった空気が流れている。
……私とリーンは完璧に置いてけぼり状態、むしろ空気?
……なんか、切ない。
「……お話に置いてけぼりにする人たちは落ちちゃえー」
「ちゃえー!」
カインを中心にちょっと深めの落とし穴!
おおー……落ち込んでいたことも相まって、見事に落とし穴の中を鬱々キノコで埋め尽くして言ってます。
コス王はとっさに飛び上がって逃げちゃったけど。
きゃー……力がアップしたのと同時に、鬱々キノコを生やす力もアップしちゃってるー……。
ドン引きだね☆
「お嬢ぉおお!!?めちゃくちゃ理不尽!!すっげー理不尽!!そしてカイン!!お前も落とし穴の中をキノコでいっぱいにするなって!!」
「マーマ。パーパのきにょこ、たべりゅ?」
あらら。
いつの間にか、リーンが入口付近にまで生えてきたキノコを持っているし。
「ぽんぽん痛くなっちゃうかもだからだーめ。お腹減ったんだったら、おやつのプリンをあげるね~」
「わー!ぷーりーんー!!」
「もういい。もうなんでもいい。愛良がこういうやつだっていうことは知っているさ。こいつ、絶対にあの幼馴染のことを偉そうに言えないって。普通気づくだろ。なんで気づかないんだよ。絶対に正面から言っても気づかないって、こいつ。別に離れるわけじゃないからいい。もう気にしない。つーか、気にするだけ労力の無駄だ。今迄通りでいい。今迄どおりが一番平和だ……」
鬱帝が穴の中でぶつぶつ言っているけど聞こえなーい。
私はお腹を空かしているリーンにプリンをあげるという使命で忙しいの!
鬱帝さんは、自力で回復するがいいよ!
コス「お嬢!こんな理不尽なことやってると、リーンのお手本になんかなれないんだからな!」
愛良「……あ。えへ、無意識なの♪」
コス「無意識で相手を苛めちゃいけません!リーンを立派に育てられないぞ!」
愛良「うっ……頑張ります」
コス「カインに優しく!理不尽な振る舞い禁止!一般常識はちゃんと活用する!分かった!?」
愛良「頑張る!」
……その頑張り、いつまで持つかは不明……。