108.自覚しました
とりあえず一言。
……背中がムズ痒かった。
愛良と契約する前の俺は、属性の数と魔力量が多いという理由だけで全帝の地位を譲られた。
自分の多すぎる魔力を満足に扱えてもいなかったというのに、俺ならできると言って。
全帝の地位を譲られた後は、とにかく親父や他の帝達に少しでも追いつくために毎日修行の連続だった。
地位を譲ったとはいえ、俺が依頼を満足に受けることができない間は親父や他の帝たちが仕事をこなしてくれていたのを知っていたから。
少しでも彼らの期待に堪えれるように、毎日休むことなく修行に明け暮れた。
確実に依頼をこなせると自分で納得いくまで。
家に帰るのは寝るためだけで、それも1週間に一度程度。
親父はギルドマスターの仕事で深夜にならないと帰ってこないから、必然的に家に帰ろうという意識が減っていった。
だからほとんどは修行の場にしていた、愛良を拾った森の中で過ごしていた。
学園も試験でトップを維持していれば授業に出なくても文句は言われなかったから、中等部の頃はほとんど通っていない。
そんなふうに人と関わるは最低限に留めていたから、友人などもいなかった。
修行とギルド。
それが俺の生活の中心だった。
『カインー!!』
そんな中に、あっさりと入ってきたのが愛良だ。
単調な日々が、激変した。
一人での修行が、愛良とシリウスを交えた修行に。
ほぼ毎日野宿というのは、女の愛良にはきついと思って家にも帰るようにした。
この世界のことを何も知らない愛良に教えるために、家にいる時間も長くなった。
いつも外食で済ませていた食事を毎日家でとるようになったのも、愛良が嫌な顔一つせずに作ってくれるから。
依頼に出かけて帰ってくるのが楽しみになったのも、『おかえり』と言って笑顔で出迎えてくれる愛良がいるから。
『ただいま』と言える場所があるということが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
気まぐれな愛良によって理不尽な目にあうことも多々あるが、前のような生活に戻りたいとは思わない。
学園に毎日行くようになったのだって、愛良がいるからだ。
グレイやラピスといった友人と出会うことができたのも、ルナと兄妹として再会できたのも、全部。
……もしも契約を破棄したら、愛良は絶対に家を出ていくと思う。
討伐系の依頼はあまり受けない愛良だが、新しい魔導具を作成していっているおかげで一人でも問題ないだけの財力もあるのだから。
……愛良と離れた生活に、戻りたくないな。
ただ純粋に、そう思った。
俺はいつのまにか、愛良のことを……。
「………っ////」
……顔が熱い。
俺の顔、絶対に赤いだろうな……。
「……あのさぁ。一応、僕は愛良のお兄ちゃんなんだよね。その僕の前で、妹のことが好きだと自覚してデレデレすんのやめてくれるかい?見ていて不愉快だよ」
にっこり。
そう効果音が聞こえてくるような錯覚さえおこす、次男の笑顔。
……まぁ、不愉快になるのはしょうがないにしても。
その右手にある火球は必要ないんじゃないだろうか。
しかも練りこまれている魔力は神級並だ。
確実に殺るつもりだ、俺を。
「おや?僕は最初に言っていたよ?愛良に群がる虫は僕が滅菌してあげるって」
「胡散臭いまでの爽やかな笑みだな、おい」
「煩いよ。まぁ、一応忠告はしたんだし、それを無視したのは君だからね。潔く受けなさい」
……なんの躊躇いもなく投げてきやがった。
マジで俺を殺す気満々だな、この次男。
妹と溺愛しているはずの愛良も、こいつの差し金による青虫から泣きながら逃げ回っているし。
とりあえずは目の前に空間の歪を作って火球を回避。
同時に結界内で愛良を追いかけまわっていた巨大青虫どもの真上に、火球を移動させる。
……結果として、次男自らの火球で青虫どもは一瞬で消滅した。
見事なまでに、森の木々には一切影響を与えずに。
……完全に俺だけを滅菌する気だったんだな、この次男。
「ふぇぇええん!!」
確実に俺の命を狙ってきていたことを察して唖然としていると、青虫から逃げ回っていた愛良が号泣しながら帰ってきた。
力をセーブしている状態でもない、全力疾走のまま。
「おにぃちゃん!!青虫さん、退治してくれてありがとぉおおお!!」
全力疾走そのままの勢いで次男に抱きつく愛良。
普通の人間なら轢き飛ばされていたの確実な勢いを、あっさりと相殺して愛良を抱き上げる次男。
……というか、青虫を退治したのは俺だぞ。
「ふふふ。愛良がいつまでたっても逃げてばかりだから、今日は特別だよ」
「怖かった……すっごく怖かったぁ……ぐす」
いやだから、お前を助けたのは俺だぞ?
だいいち、さっき次男がやろうとしたのは俺の滅菌だよな?
なにさも『僕が助けてあげたんだよ』と言わんばかりの台詞だよ。
……という視線を次男に投げていたら。
「若い子って、どうやって避けようとするとかもすぐに分かるから単純だよねー」ニヤ
と言って、抱きついている愛良の頭を自慢げに撫でてみせた。
俺が空間属性で火球を避けるのは予想済みだったってことか。
その火球をそのまま愛良を助けるために使うのも、計算済みだったってことか。
俺と愛良をさんざん苛めておいて、最後に美味しいところを全部かっさらっていくなよ。
この腹黒……これ見よがしに愛良の頭を撫でやがって、腹が立つ。
「もう青虫さん出したら、お兄ちゃんのこと嫌いになるんだからね!!でもありがとう!!うわぁあん!!!」
それにしても、愛良がここまで号泣するのは初めてだな。
さすがの次男も、ここまで号泣している愛良を宥めるのに苦労しそうだ。
「愛良?脅すか、礼を言うか、泣くか。どれか一つにしようか」
「うわぁぁぁああああん!!!!」
「いや、結局泣くのか」
次男から与えられた選択肢の中から迷わず号泣を選んだ愛良に思わずツッコんでしまった、その時。
ピキッ……
そんな音を立てて、愛良のすぐ横の空間に亀裂が入った。
……何が出てくるのかは、もう予想している。
愛良が号泣しているのを感じた奴が、大人しくしているわけないのだから。
別の空間に放り込まれたにせよ、鬼畜長男の足も食って力をさらにつけている奴が、出てこれないはずがないんだよ。
「グス……お兄ちゃん、やられたら……何百倍にして返すのが我が家のルールだよね……グス」
「……愛良。お兄ちゃんが悪かったから。ごめんね?謝るから仲直りしよう?」
「……知らないもん」
亀裂がどんどん大きくなり、泣いていた愛良も何が出てくるのか分かった様子だ。
困ったように頬を掻く次男を睨みつけて離れると、涙目のまま俺の腕に抱きついてきた愛良。
……というか、急に抱きついてくるな。
「……/////」
「カイン?顔赤いよ?風邪?」
「なんでもない……」
自覚したばかりで余計に意識するんだよ!!
普通に抱きついてきやがって!
俺だけ意識していて悲しいだろうが!
「いや、ちょっとカイン君?僕の命がかかっているのに、何ピンクオーラなんて漂わせてるの?ちょっと殴っていい?」
「ピンク?」
「愛良は分からなくていい。……俺を殴る前に、お前が食われると思うぞ」
「……んー?」
首を傾げた愛良の頭を撫でながら、空間の亀裂に目をやったのとほぼ同時に。
バキィン!!という音をたてて、空間が割れた。
「ぐぉおおおおおおおおお!!!!!」
「はわー!マーマ!みちゅけた!!」
もちろん、空間から出てきたのはフェンリル姿のシリウスと、その背中に乗ったリーン。
しかも、シリウスはマジギレモード。
……次男、死んだな。
「しぃちゃん!お兄ちゃんが苛めた!!」
「がるぅううう!!」
俺の腕に抱きついたまま愛良がシリウスに訴えれば、奴のマジギレの目が次男にむく。
今にも跳びかかりそうな様子だ。
……だが、その前に。
「リーン。危ないから、こっちにこい」
「あい!」
愛良が抱きついていて迎えに行けないから、浮遊魔法でリーンを浮かせて片手で抱き上げる。
よし、これで大丈夫だな。
「シリウス、待たせたな。殺っていいぞ」
「がぁあああああ!!!」
リーンの安全が確保されるまで大人しく待っていたシリウスに声をかければ、待ってましたと言わんばかりに次男に襲い掛かった。
魔力で強化しなければ見えない動き。
そんな動きを、ひらりと音を立てるように避けた次男。
「……『神喰い』になったぐらいで、僕を敵に回そうなんていい度胸だね。ちょっとお仕置きをしてあげよう」
「ぐるるるるる……」
両者ともに、にらみ合ったまま動かない。
まぁ、お互い死にはしないだろうから放っておくか。
俺はいまだに鼻をすすっている愛良を宥めるとしよう。
「愛良。あまり泣いてばかりだとリーンが心配するぞ」
「マーマ?いちゃいの?リーン、いーこいーこしゅる!」
俺の腕の中にいたリーンが、一生懸命に腕を伸ばして愛良の頭を撫でる。
そんなリーンの慰めに、愛良の眼がウルウルと潤む。
「リーン……なんて可愛いの!もう大丈夫!リーンとしぃちゃんがいれば、私は大丈夫!」
「きゃー!!マーマ、だいしゅきー!!」
お互いしか目に入らないという様子で抱きしめあう二人なんだが……。
なぁ……俺は?
……と思ってしまう程の、疎外感。
いいんだ……可愛いもの好きの愛良なんだから、リーンとシリウスに勝てるはずがないんだ……。
……考えるだけ空しくなるから、もうこれ以上考えないでおこう。
愛良が傍にいるなら、それで十分だからな。
最初のカイン君の回想という名の惚気が難産過ぎる……。
背中がムズ痒くて飛ばそうかと何回も思った……。
だがしかし!
これで可哀相な一方通行カイン君の出来上がり!
可哀相なのはもう決定だ!
頑張れカイン!