107.契約するときは、よく確認しましょう
◇◇◇◇
……なんなんだ?
愛良にコス王が言っていたことを聞き出そうと来たら、障害物(でっかい青虫)がいたから殴り飛ばしただけなのに、一定の距離を保って逃げ回わられている。
人の話を聞けよ。
何でそんなにリーンとシリウスを抱えたまま、涙目なんだ。
「手、洗ってってば!!あの青虫さん触ったんだから、絶対今すぐ殺菌して!!」
「殺菌ってな……」
何ででかい虫を殴り飛ばしただけで、そこまでするんだ。
……青虫が苦手なのか?
Gの時は平然としていたのに?
……こいつはよく分からんな。
「というか、そんなに殺菌したいなら、お前の設定能力でしたらいいだろ」
設定能力というのは、俺たちの契約にすら影響が及ぶぐらいみたいだし。
その方が確実だと思うんだがな。
「気分的な問題なの!カインの手を完全清潔滅菌しても、洗ってないのそのままとか絶対に嫌!気持ち悪いの!!お願いだから手を洗ってってば!!」
「きもちわりゅーい!」
「わうわーう!」
「…………」
リーンとシリウスは遊んでいる感じだが、愛良は本気だ。
真っ青な顔してリーンとシリウスを抱きしめている。
……仕方ないな。
空中の水素を集めて水玉を作り、その中に手を突っ込む。
「……これでいいな?」
「よくない!」
即答か。
しかも顔面に勢いよく何かが飛んできたぞ。
ぶつかる前に受け取ってみれば、ただの石鹸。
……こいつは、本気で俺が丁寧に洗うまで近寄らせない気だな。
「……洗ったぞ。これでも文句があるなら、お前の能力で完全滅菌させろ」
「ああ、それなら僕がやっておいてあげる」
……は?
いつの間にか、愛良のすぐ後ろににこにこ笑った男が立っているぞ。
金髪碧眼の男。
……というか、あの顔は……。
「あ、中兄ちゃん!」
やっぱり愛良の兄貴の次男か!!!
どうりで長男に似ていると思った!!!
「ああ、愛良。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「うん。お兄ちゃんも元気だった?」
「もちろん」
俺の存在を完璧に忘れたかのように挨拶をする愛良と次男。
その愛良の頭を撫でた後、次男は愛良が抱えていたリーンとシリウスに目を移した。
にこにこと穏やかな笑みを浮かべたまま、愛良にやったのと同じように頭を撫でる。
「やあ、君たちがリーンとシリウスだね。愛良と仲良くやっているかい?」
「あい!マーマ、やしゃしーの!」
「わうわう!」
……なんというか、あの鬼畜に比べてすごく温厚な様子だ。
皇帝には警戒心がバリバリだったリーンも、すぐに懐くほど。
あの長男の弟というのは本当なのか?
「ああ、カインくんだったかな?愛良に近寄る虫は僕がきれいさっぱり滅菌してあげるからね?」
「……」
にこにこと穏やかな笑みを浮かべたまま、俺に視線を移す次男。
その目は、全く笑っていない。
……やっぱり、鬼畜太子の弟だ。
こいつ、腹ん中で俺を滅菌する気満々だぞ。
「お兄ちゃん?」
愛良たちより前に出ていたためか、目が笑っていない次男の様子が分からなかった愛良が不思議そうに首を傾げて次男の袖を握った。
そんな愛良に、穏やかな笑みを浮かべて振り返る次男。
「なんでもないよ。ああ、愛良。言い忘れていたけど、青虫のトラウマはそろそろ克服しないといけないよ。龍雅のせいだとしても、いい加減神族として自覚したんだから弱点もなくさないとね?」
次男のその言葉に、愛良の顔からどんどん血の気が引いていく。
その間に、リーンとシリウスを抱き上げた次男。
「……さっきの青虫さんは、お兄ちゃんの差し金?」
「ふふふ……。じゃあ、この子たちは安全な所で預かっておくから、弱点と向き合っておいで。僕はその間、彼とゆっくりじっくり話をしたいと思うから。リーン、シリウス。おもちゃがたくさんのお部屋で遊んでまっててね」
次男がそういうなり、リーンとシリウスが一瞬で消えた。
こいつの言う、安全な所へ転移させられたんだろう。
俺たちに、逃げ道はなし。
「お兄ちゃん……嘘だよね?青虫さん克服なんて、愛良には無理なの!」
涙目でプルプル震えながら子どものように首を振る愛良に、次男はにっこりと黒い笑顔を見せた。
「ふふ。小さい頃みたいな話し方をしてもダメ。そんな可愛いことをしていたら、変態父さんが天界で大暴走をしているよ」
その頃、天界ではー。
「どきっ!?何でバレルの!?なんで僕の息子たちはすぐに気づいちゃうの!!?けど愛良ちゃんの写真は撮るんだからね!!!かぁいー愛良ちゃーん!!パパがいっぱいお写真撮ってあげるからねー!!」
次男の言うとおり、変態父親神が大暴走していた。
「……パパ死ねパパ死ねパパ死ね(×100)」
「はいはい。呪詛はトラウマと向き合いながら言いなさい」
小声で呪詛を吐く愛良の肩を掴んで、くるりと体ごと後に向けさせた。
『ギェエエエエエエエエエ!!!!!』
愛良に迫る青虫たち。
ちなみに、すべてさっきのと同じくらい巨大化している。
愛良が真っ青になった。
「い、いやぁあああああああ!!青虫さん怖いぃいいいいいい!!!」
顔色を青ざめながら全速力で逃げ出した愛良。
力セーブの腕輪を投げ捨ててまでの見事な逃亡だ。
そんな脱兎のごとく逃げ出した愛良を追いかける青虫たち。
「きゃぁああああ!!!うねうねしながら追いかけないでぇえええええ!!!」
愛良でも、悲鳴を上げるんだなー……って、茫然と見送っている場合じゃなかった!!
あそこまで余裕のない愛良とか見るの初めてだ。
すぐに助けるべきだよな!?
「この虫ども、今すぐ灰にしてや……「はい、君はこっちで僕とお話しをしようか」……はい」
ニコニコと効果音が付くほどの黒い笑い方で、俺の肩を掴む次男。
やっぱりこいつ、愛良の兄貴だ。
キレた時の愛良の笑い方にそっくりだ。
悪い、愛良。
俺にはお前を助けることは無理。
こいつから解放されるまで全力で逃げ切ってくれ。
「中兄ちゃん厳しいぃいいいい!!」
「ふふふ。他がみんなデレ甘だから、たまには鞭も必要だよ。あ、ここの結界内からは出られないからね?」
「お兄ちゃんの意地悪ぅうううう!!」
「鬼畜よりはマシでしょ?」
全速力で結界内を逃げ回っている愛良にさらりと答える次男だが……。
俺から見れば、どっちにしろ鬼畜にみえるぞ。
「さ。愛良も自分のトラウマと向き合っていることだし、僕たちも本題に入ろうか」
「いや、本題になんて入りたくないです。帰らせてください」
「まぁそう言わずに」
にっこり笑って俺の肩に置いたままの手に力を込める腹黒。
たったそれだけで動かなくなった俺の体。
「な……!?」
こいつ、いったい何をしたんだ!?
体が、全く動かないだとっ!?
唯一動くのは、口だけか……。
「単刀直入に言うね。愛良と契約を破棄してくれる?」
目の前に立った次男が、微笑んだまま直球に言ってきた。
やっぱり、そう来たか……。
「君もさっきまで、愛良との契約をどうするか悩んでいたんでしょ?なら、もういっそのこと破棄しちゃったほうが、君のためだと思うけど」
「それをアンタに決められる筋合いはない」
あ。
なんか他人にあーだこーだ言われるのが気に食わなくて、素で言い返してしまった。
相手は愛良の兄貴なのに。
そんな俺の言葉に、次男は少し目を丸くさせた後に口元の笑みを深くした。
「君、なかなか言うね。だけどね……これまでの君たちを見ていたけどさ、愛良にうんざりしているんじゃないの?愛良、僕たちの影響でけっこういい性格しているし」
「うんざりなんか……」
「していないって言える?さっきも、グレイプニールで縛られて置いてけぼりくらってたんでしょ?」
「別に、いつものことだし」
思わず、速攻言い返した。
うん、本当に悲しいぐらいいつものことだよな。
本気で愛良と契約してから、ほぼ毎日なことだもんな。
「……僕の可愛い妹がやったことながら、君……そんだけ慣れていて悲しくならない?」
「言ってくれるな……」
自分でも慣れたなって思う時があるんだから。
まぁ、慣れても鬱帝にはなってしまうんだが。
とりあえず、愛良の兄貴が常識的に俺に同情の視線を投げてくるのが怖い。
「失礼な子だね。とりあえず、君はさっさと愛良と契約を破棄しなさい」
「愛良はめちゃくちゃな奴だが、契約を破棄する気はない!」
なんで愛良の兄貴に指図されなきゃいけないんだ!?
さっき愛良にも言おうと思ったが、俺は契約を破棄する気なんてないんだからな!
「それは、愛良と契約したことによって得た力が惜しいから?まぁ、神族との契約効果は特殊だけどさ」
次男の呆れ交じりの言葉に、頭の中に疑問符が浮かんだ。
契約効果が特殊?
愛良との契約効果は魔力の増大じゃないのか?
俺の疑問が通じたのか、次男はキョトンとした様子で俺の額を指先で弾いた。
「いっ!!?」
軽い感じだったのに、思いっきり脳内が揺らされるほどの衝撃。
痛い……。
「今、僕は一発でゴーレムも粉々になるくらいの威力でデコピンしたんだよね」
「はぁっ!?」
「だけど、君は血も出ていないでしょ?コレ、神族特有の頑丈な肉体と同じなんだよね。さっきも、馬鹿力だって使っていたでしょ?」
……そういえば、急に力が強くなってグレイプニールを引きちぎったな。
コス王でも歯が立たなかったのに。
「神族との契約効果はね、『共有』。あの子が持つすべての力を契約主は共有できるんだよ。魔武器の能力も、神族としての力と寿命も、ね」
「……は?」
ただの人間が、神族と同等の力を得るということか?
……その無敵効果、何なんだ?
「いや、だが……。今まで魔力が多くなっただけだぞ!?」
馬鹿力に目覚めたことなんてないぞ!?
さっきの以外は!
「君たち、今までさほど契約について深く考えなかったでしょ?契約の結びつきとしては浅かったんだよ。だけど、君は今、愛良との契約を絶対に切りたくないと望んでいる。それで、本来の契約の効果が発揮されたんだ」
「なるほど……」
「そのおかげで、一応君って、神族(仮)なんだよねー。だから、僕たちの力で強制的に契約を切りたくてもできないわけ。神族同士に設定能力って効果ないし、魔法は効きづらいから直接触らないと効果ないし。正直めんどくさいんだよね。そういう手間かけるの。さっさと愛良の設定能力を使って契約を切ってくれる?」
本気でめんどくさそうにため息をつく次男。
というか、またその話か!?
「契約を切るつもりはないって何度も言っているだろ!!」
「なぜ?」
「なぜって……」
……なんでだ?
●地球での愛良ちゃん~中兄ちゃんにお願いごと~
愛良「中兄ちゃん、ここの問題が分かんないから教えてください!」
次男「いいよ?どこが分からないんだい?」
愛良「この問題!」
次男「……愛良?君、今って高校受験だよね?」
愛良「そだよ?」
次男「コレ、大学の過去問だけど?」
愛良「高校は先生から99.99%大丈夫って太鼓判もらったから、先取りして勉強しておこうかと」
次男「うん、先取りし過ぎだね。しかも関東地方って……お兄ちゃん、一人暮らしは許さないよ?」
愛良「でもね、こうでもしないとアレから離れられないと思うの」
次男「アレ……ああ、アレね」
愛良「高校はね、もう諦めたの。さすがに一人暮らしはダメだし、寮生活は知らない人ばっかでイヤだし。女子高も考えたけど、この辺りからは遠くて通学不便だし」
次男「まぁ、そうだね」
愛良「だから!だからこそ!大学では絶対にアレが追いかけてこれない所を目指すの!目指せ、女友達2人!」
次男「いやもう本当に涙が出てきそうになるくらい切実な願いだね。その目標人数、お兄ちゃん切なくなるんだけど」
愛良「中学に入学した当初、アレと会う前にちょっと話して仲良くなれるかなって思った子達、みんなアレを見た瞬間に敵認定をされまして。大学で何人か仲良くなれたとしても、もし万が一アレと遭遇してしまった瞬間に激減すると思われるので。二人くらい残ってくれたら嬉しいなぁという、希望的観測の結果です」
次男「うん、僕も全力でサポートするから。頑張っていい大学を目指そうね。遠くても、お兄ちゃん達が一緒に住めるようにするから」
愛良「感謝します!待ってろ、○大!!」
龍雅「えーっ!?愛良、東○目指すの!?僕、頑張れるかな……ううん、頑張って入ってみせる!!」
次男「何勝手に我が家のリビングに出没しているのかな、君は」
龍雅「玄関の鍵が開いていたから!中兄さん!僕にも勉強教えて!」
愛良「オワッタ……」
次男「……いいよ?龍雅には特別に(ハイスペックな頭脳を残念に変えるような間違った)勉強方法を教えてあげる」黒笑
龍雅「やった!愛良、頑張ろうね!」
愛良「中兄ちゃん、よろしくお願いします」真剣
次男「愛良は安心して勉強に励むんだよ?」コソ
愛良「うん、絶対に頑張る。目指せ、女友達2人!」
……こうして愛良は物理的に屑虫から離れるために努力するのであった。