106.誰しもトラウマはあるものです
◇◇◇◇
「ん~。この先が霊峰ジュレイス山だねー」
ここは霊峰間近の崖付近。
だいたいの座標に合わせて空間転移をしてきました。
この崖の先にあるはずなんだけども……。
「うにゅ?にゃんにもにゃい……?」
「わう……」
そうなんです。
崖から先は、お山なんて見えないんです。
崖の下には樹海ですかと聞きたくなるくらい暗い雰囲気丸出しの森が生い茂っているだけなんです。
あれ、この雑誌の情報、間違えてます?
「うんとー。したはー?にゃんにもにゃーい!……あえー?」
「わうっ!?わうわうっ!!」
思わず雑誌を読み返していたら、珍しくしぃちゃんの焦った鳴き声。
どうしたのー……って、リーンちゃぁあん!!?
「何で崖からすでに落ちてるのー!!?」
ぎりぎりしぃちゃんがリーンのお洋服を咥えてくれたおかげで宙ぶらりんだけど!!
人間のリーンが落っこちたら即お陀仏なんだからね!!?
なんて怖いことしてんの、この子!!
急いでリーンを抱っこして捕獲!
「きゃー!マーマ、だっこー!」
私としぃちゃんの焦りなんて、リーンにとっては何処吹く風。
さっき死にかけたことなんて理解していない満面の笑みでギューって抱きついてきた。
ああ……子どもって、何しでかすか分からない……。
子育てって、こんなに大変なんですか……。
面倒見のいいカインをやっぱり連れてこればよかったかもしれない……。
もうこの子、抱っこしたままでいよう。
一人でウロウロされるより、絶対に私の心の平穏のためだ。
子どもから目を離すの、駄目絶対。
「マーマ、あんねー?」
リーンを掴み上げる時に座りこんだからそのまま膝に乗せていたら、抱きついたまま不思議そうに首を傾げて崖の先を指さすリーン。
次は何をしようと言うの……。
「あっち、おやまあったー」
お山あった?
……あ、そういえば今って霊峰を探しているんだった。
リーンちゃんのドッキリのおかげで、すっかり頭から抜け落ちてたよ。
いけないいけない……って、うん?
「リーン?あっちにお山あったの?」
「あい!」
「わうー?」
元気いっぱいにお返事をするリーンにつられるように、崖ギリギリのところまで進んで顔を崖より先に突き出すしぃちゃん。
その直後、ブンブンと音を立てて振られるしぃちゃんの尻尾。
崖の向こう側にお山があるのは本当らしいです。
あー……見えなかったのは、結界が張ってあったからか。
意識してみれば、確かに結界が張ってあるし。
しかも、崖から向こうの景色は全部幻覚だ。
帝国のルクレイチャ湖みたいに特定の血筋に反応するってわけでもなくて、ある程度の実力があれば気付けるんだね。
うーん……リーンが落ちかけなかったら、私気付かなかったや。
魔法に関してはまだまだだなぁ……。
気をつけなきゃ。
「マーマ、けっかいー?」
「うん、そうだねー。えらいえらい」
「えへへー」
「だけど落ちたら怖いから、高い所では気をつけなきゃダメだよ?しぃちゃんにお礼を言おうね」
「あーい。しーたん、あーとー」
「わーう」
リーンがしぃちゃんいお礼を言ったところで、先に進むとしましょうか。
リーンを抱っこしているから、しぃちゃんは肩に乗ってもらって……。
何があるか分からないし、いつもの結界をちょっとだけ強化して張っておこう。
この崖の先は幻覚みたいだし、あとはこのまま進めばよさそうだね。
……てなわけで。
「それでは、レッツゴー!」
「ごー!」
「わーう!」
崖の先へと足を踏み出した瞬間に感じた浮遊感。
「うみゃ―――!!マーマ―――!!おーちーてーりゅーの―――!!!」
幻覚の一種だと思ってた崖の先に道なんてなく、本当に崖から落ちちゃってました。
やっぱり魔法関係のことはカインを連れてきた方がよかったねー。
反省反省。
後でちゃんと迎えに行こう。
「あははー!落ちてるねー!」
「びゅーびゅーしゅごいねー!!」
「わーうー!!」
まさかの落下に、思わず笑っちゃった。
リーンとしぃちゃんも楽しそうだし。
だけど結界が張ってるにしても地面に激突したら嫌だし、そろそろ真面目にしよ。
私としいちゃんは問題なくても、リーンは危ないかもだし。
「しぃちゃん、おっきくなってー」
「わう!」
大きくなりながら私の肩から飛び降りたしぃちゃんの背中に着地。
目の前まで来ていた地面も、しぃちゃんが足のバネを使って衝撃を吸収したから何のダメージもなくて、なおかつもふもふで最高です。
「きゃー!しーたん、おーきーねー!」
「が~う~!」
フェンリル姿のしぃちゃんにリーンも大喜び。
もうこの可愛い子たち見てるだけで幸せです。
「よし、しぃちゃん。このまま、あの大きなお山の頂上にレッツゴーだよ!」
「がんばりぇー!」
「がう!」
リーンに応援されて、やる気満々になったしぃちゃん。
結界に守られたリーンが耐えれるだけのスピードで走りだした。
あはは!
この調子なら霊峰ジュレイス山もすぐに攻略できるね!
……なーんて考えていたのが、よくなかったんでしょうか。
「ギェエエエエエエエ!!!!」
「にゃ―――!!!?おっきーむししゃん!!」
あっという間に辿り着いた頂上にいたのは、でっかい青虫さんでした。
草食系とみせかけた肉食系です!と言わんばかりに歯をちらつかせた。
ロールキャベツ男子ならぬ、ロールキャベツ青虫さんです。
「……リーン、しぃちゃん」
「う?」
「がう?」
「全力で逃げるよ!!」
「あい!」
「がうっ!?」
え、殺らないの!?って感じで驚くしぃちゃん。
だけどね、殺らないの。
だってね、だってね……。
「私は足のない生き物が嫌いなのぉおおおお!!!」
小さい頃、龍雅の馬鹿が虫かごいっぱいに集めた青虫を、私に見せに来たことがあった。
その時、あいつは転んだ拍子に、よりにもよって!!
私に!
ぶちまけたの!!
私の顔面に!!
いっぱいの青虫を!!
「いやぁああああ!!!思い出しただけでも鳥肌が立つ!!!」
「マーマ、いーこいーこ」
「がうー……」
うぅ……涙が出そう。
王国に戻ったら、ヘタレ馬鹿を殴りに行こう。
けど、今は全力で逃げなきゃ。
うねうねでっかい青虫さんが迫ってるもん。
「ギェエエエエエエエ!!!」
「いやぁああああ!!!キモいぃいいいいい!!!」
「うねうねー!」
「ぐるぅ……」
「しぃちゃん!アレに触ったら、10回洗うまで抱っこしないよ!?」
「がぅうっ!?」
それはやだ!!と言わんばかりに小さくなって私の肩にしがみつくしぃちゃん。
うん、私も嫌だから、絶対に触らないでね!
だけど、そんなことを気にせず近づいてくるでっかい青虫さん。
「ふえぇぇええん!!!やだやだ近寄らないでぇええええ!!」
さすがに我慢できなくて泣き叫んだ瞬間。
ドゴォオオオオン!!!
激しく何かがぶつかった音がして、青虫さんは視界から消えた。
「ふえ……?」
「あー!パーパ!!」
「わう……」
さっきまで青虫さんがいた所に立っているのは、カイン。
しかも目が据わってる。
……あれ?
私、カインをグレイプニールで縛り上げなかったっけ?
なんでここにいるの?
さっきまで青虫さんがいた所に。
……ん?
魔力を使った感じはなかったよね?
……。
「愛良。話がある」
カインが、目を据わらせたまま歩いてくる。
……だ け ど!
「……おい。なんで俺が近づいた分だけ離れるんだ」
「……カインさん?ちょっとお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
できれば聞きたくない。
聞きたくないけど、確認しとかないといけない。
「……さっきの青虫さん、どうしたの?」
「は?……ああ、あの虫か。殴り飛ばしたが?」
殴り飛ばした。
つまり、直接触った。
「手、洗って」
「は?」
「今すぐ、手洗って!10回以上洗って!石鹸で綺麗に完璧に洗って!!」
青虫さんをブッ飛ばしてくれて助かったよ?
助かったけどやっぱり無理なの!
完全に綺麗に洗うまで近くに来るの禁止の設定にしてやるんだから!
小さい頃の愛良と龍雅のある一日~5歳~
龍雅「あーいーらー!あーそーぼー!」(インターホン?何それ美味しいの?状態で紫藤家庭に侵入)
愛良「やだ」(庭の砂場でクオリティの高いお城を作成中)
龍雅「あのねー!ぼく、あいらにみせたいのがあるのー!」(自慢げ)
愛良「ふーん」(どうでもよさげ)
龍雅「えっへっへー!じゃーん!あおむし、いっぱーい!」(虫かごが青虫で大混雑)
愛良「……」(ドン引き)
龍雅「ぜーんぶ、ちょーちょになったらきれーだよ!きっと!」
愛良「……きもちわるい」(顔色青ざめ)
龍雅「えー!あいら、どーしたのー!!?って、あ」(つまづき~)
愛良「……え゛」(飛んでくる虫かごに茫然)
龍雅「わー……」
愛良「……ふぇえええええええんっ!!!ぱぁあぱぁああああ!!おにぃいいちゃあああああん!!!」(全身青虫だらけで号泣)
兄ズ『このくそがきぃいいいい!!うちの愛良を何泣かせてんだぁあああ!!?』(ブチギレ)
龍雅「うわーん!ごめんなさいー!!」(兄ズの手によって自宅に強制送還+母親からの説教予定)
馬神「愛良ちゃん!?パパがすぐに青虫さんどけてあげるからねっ!?ほら、泣かないでー!!?」(焦)
愛良「うえぇえええん!!あおむしさん、きらいぃいいいいい!!」
……こうして、愛良のトラウマは出来上がったのであった。