95.豚皇子と遭遇しました
◇◇◇◇
転生者君の意識が完全に落ちたのを確認してから、ハリセンを手に打ち付けた。
「ふぅ……刷り込み終了」
脳内に色々な情報が一気に入れられたから、情報の整理ができるまで目は覚めないけど。
まぁこの子なら、色々頑丈そうだし大丈夫でしょう。
ハリセンを片づけると、お腹の上でリーンを寝かせているしぃちゃんが不思議そうな顔をして首を傾げた。
「わーうー?」
「ん?ああ、魔法・魔力の知識とこの世界の基本的情報、ついでに使い魔召喚方法と邪神の封印場所もフィレンチェ王国にあるってのだけ刷り込んだの。あとは、適当にするんじゃないかな」
「わうわう」
お父さんが『パパ、大っ嫌い』ていう私の伝言を聞いた時のショックで、この転生者君に関しての書類を破いちゃったから死んじゃったって理由を聞いてたから、やっぱり放置は寝覚めが悪かったんだよねぇ……。
ちなみに教えてくれたのは、お父さんの秘書をしているミカエルさんって女の人。
お父さんが仕事しないから、仕事するように伝えてくれっていうお願いのついでに教えてくれたの。
「よし、時間を動かしてからお店を出ようか。……リーンはよく寝るねぇ」
いくら結界を張っていたにしても、この転生者君が結構ドタバタしてたから起きると思ってたんだけど予想外。
しぃちゃんのお腹に顔を埋めるようにして、気持ちよさそうにスヤスヤ寝てます。
まぁ、しぃちゃんにくっついて寝てたら気持ちいいのは分かるけどね。
「あ、そういやこの転生者君の名前、何だっけ?」
「わうっ!?」
「いや、真面目に聞いてなかったの」
「わぅ……」
「シン君だっけ?」
「わう!わうわう!」
「ま、どっちでもいいや」
「わうー……」
おお、すごい。
しぃちゃんに同情される人なんて滅多にいないよ、転生者君!
珍しいもんがみれたから、お金をたくさん入れといてあげよう!
最初は10万コルでいいかと思ったけど、10倍入れといてあげる!
私特製いくらでも入る魔導具『ガマ口財布』をポケットの中に入れて、時間をスタート!
「お客様、お待たせしました。カードをお返しします」
「どうも。ご馳走様でした」
時間を動かしてすぐに店員さんも戻ってきたし、そろそろ本来の目的に戻ろうか。
ルクレイチャ湖、すぐに見つかるといいなぁ。
もちろん、リーンの家族もだけど。
「あの、お客様?こちらのお客様は……」
「ん?ああ、お腹がいっぱいになって寝ちゃったみたいなので、もうちょっとだけ寝かせておいてあげてもらえます?あまりにも長かったら生ごみとして捨てていいので」
「…………」
寝ているリーンを抱っこしたまま、お城付近で聞き込みするのだけど……
「ルクレィチャ湖ねぇ……ありゃ、おとぎ話の湖だよ」
「名前だけなら知ってるが、実際に目にした人はいないんじゃないか?」
……などなど。
普通の人間には目視することすらできないみたいだね。
帝都の近くにあるはずって書いてるんだけどなぁ……。
「うにゅ……」
「あ、リーン。目、覚めた?」
歩いて1時間くらいしてから、ようやく抱っこしていた眠り姫がお目覚め。
あ、王子か。
女の子にしか見えないけど。
「あい……おあよーじゃいましゅ!」
「はい、おはようございます」
「わ~う!」
目を小さな手でこすりながらのリーンの挨拶。
めちゃくちゃ可愛いんですけど。
もうこの子、本気で私の子にしちゃおうかな。
そのうち親馬鹿になりそうな気がして仕方がない。
だって、親馬鹿の血を引いているから!
そのうちパパみたいに、いつでもギューギュー抱きしめたくなりそうだし!
ホッペにキスとかもしちゃいたいし!
うちの子の自慢話を延々としちゃいそうに……。
「……いや、やっぱり同類は嫌だね」
……ちょっと冷静になって考えると、本気で嫌だった。
「わう」
しぃちゃんも何回も首を縦に振って同意するし。
というか、しぃちゃんが全身でアレと一緒にならないでって訴えてる。
うん、頑張ってならないようにする!
無駄な気がするけど!
「マーマ」
「んー?」
「リーンね、あゆくの」
目覚めたばかりのリーンは、元気いっぱいな様子です。
人が多いからはぐれそうだけど、しぃちゃんがいるし大丈夫か。
なにせ、しぃちゃんもリーンはお気に入りだから、面倒見がいい。
というか、お兄ちゃん気分を味わってるのかな?
「人が多いから、気を付けてね。疲れたら抱っこするから言うんだよ?しぃちゃんはリーンから離れないであげてね」
「あい!」
「わう!」
元気に返事をして仲良く歩き出した二人。
小さいコンビって可愛い!
やっぱり親馬鹿になってもいいかもしれない……。
「……ん?」
リーンをしぃちゃんに任せたのとほぼ同時に、大通りが騒がしくなった。
どうやら城から誰かが出てきたっぽい。
これだけ騒がしいってことは、王家の人間かな?
お兄ちゃんだといいな~とか思いつつ、野次馬根性で騒ぎの方に行ったのですが。
「……邪神を復活させようと企んでるのはこの国の人たちか」
いや、なんかね?
馬鹿丸出しの着飾った豚さんがギャンギャン吠えてるんです。
お兄ちゃんたちの誰かが国にいたら、まず豚にはならないからね。
なぜなら、豚になる前に心労で食事も咽に通らなくなるから。
うん、お兄ちゃんじゃないなら興味失せた。
癒しのチビーズを回収して離れよ。
「マーマ!」
「わ~う~!」
ちょうどいいタイミングで癒しが帰ってきた!
さっさと離れよ~!
「おい!そこのお前!」
「リーン、しぃちゃん。お帰りー。ちょっと疲れた?」
「だっこー」
「わう」
「抱っこねー」
「兵士!あの女を捕まえろ!あの銀髪の女だ!!」
あら……?
何か豚さんに呼ばれていたのには気づいていたけど、それよりもうちの子たちを抱っこするのに忙しかったから無視してたら兵士に囲まれていました。
ありゃりゃ。
急に囲まれてびっくりしたリーンは私の首にしがみ付いてくるし、しぃちゃんは私の足元でいつでも攻撃できるように姿勢を低くした態勢で待機。
「何か用です?」
仕方なしに口を開けば兵士に守られるようにして近づいてきた着飾り豚さんが、リーンを幽霊でも見たかのような目で凝視している。
うん、私の予想はドンピシャっぽいねー。
「貴様、その髪……いや!それよりも!その気持ち悪い餓鬼をどこで拾ったんだ!!?」
顔色を青ざめながら、リーンを指さす豚さん。
顔中汗だくになった豚さんが喚くのって見てて見苦しい。
「この距離歩くだけで汗だくになるとか、どんだけ運動不足?」
「人の話を聞け!!」
「何で私が豚の話を聞かないといけないの?というか、豚が人間のマネして服とか着たって人間にはなれないんだよ?そんなのも分からないなら、豚は豚らしく豚小屋で加工されるまで大人しくブヒブヒしていなさいな」
「「「ぶふっ!!?」」」
豚を豚と連呼したら、町の人たちが一斉に噴き出しました。
ついでに私たちを囲んでいる兵士さんたちの肩も小刻みに揺れてます。
ふふ……着飾り豚ざまぁ!!
リーンを気持ち悪いとか言った罰さ!!
「き、貴様!この国の皇太子である僕に向かって、その口は何だ!」
「はいはい、ワロスワロス。豚さんを崇めなきゃいけない国民に同情しますよ」
ぶふっ!!
おおー。
今度は兵士さんたちも噴出したよ?
この豚さんの支持率低そうだよね。
「ゆ、許さん!!この女を捕えよ!!」
「ぶたしゃん、めっ!」
あら。
抱っこしていたリーンがホッペを膨らませて豚王子を睨んでる。
怖くないけど。
むしろ可愛いけど。
野次馬の何人かが鼻を押さえてますけど。
兵士さんたちの顔が笑み崩れてますけど。
何この子。
存在だけで最強ですか?
やっぱり可愛いは正義だよね!
「貴様ら、もう許さんぞ!!」
顔を真っ赤にしてブヒブヒ吠える豚王子。
だけどリーンとは別の意味で怖くないです。
「きゃー。豚が何か言ってるー。けど豚語は分かんなーい」
まぁ、そんな怒り心頭の豚王子をさらに弄るのが私です。
「わかんにゃーい!」
「わ~う!」
満面の笑みで手を挙げるリーンと、私の足に擦り寄るしぃちゃん。
可愛いんですけど本気で!!
もう人の目とか豚の目とか気にせずに二人まとめて抱きしめちゃうから!
「きゃー!マーマ、ぎゅー!」
「わ~う~!」
「人の話を聞け――!!」
あ、ついに我慢できなくなったのか豚さんが地団駄を踏んだ。
無駄にある贅肉が、足を地面に打ち付けた衝撃でブヨンブヨン動いている。
むぅ……。
せっかく癒されてたのに、えげつないのを見てしまった……。
「豚の分際で私の癒しタイムを邪魔するとか何様なの?」
「だから、皇子様だって言ってる!!」
「豚の皇子様……ぷっ」
やばい、ツボった。
爆笑していいかな?
いや、する!
「あっはっはっは!!お腹痛い!!」
「マーマ、たのし?リーンも!!」
「わふ」
「……こいつらを殺せ!!」
あ、ついに豚皇子がキレた。
もっと早くにキレるかと思ったんだけど、結構もったな。
まぁどっちにしろ用はないんだけどね。
「さて、豚の皇子様。私は用事があるから、お暇させてもらうよ」
「ぶたしゃん、ばいばーい!」
「わ~う~」
さっさと豚の皇子様たちが見下ろせる屋根の上に転移。
はてさて……どう動くつもりかな?
「マーマ?」
「リーン、ちょっとだけ静かにしててね?今、かくれんぼしてるから」
「かくえんぼ?」
ああ、かくれんぼの意味が分からなかったか。
かくれんぼの説明……鬼さんに見つからないように隠れる?
……あれ?
以外と遊びの説明って難しい。
「えーとねー……あの豚さんに見つからないようにコソコソと隠れているの。リーンもしぃちゃんと一緒に隠れててね」
「う?……あい!リーン、かくえゆの!」
「わう?」
……まさかのリーンの隠れ場所はしぃちゃんの足元。
というか、頭を大型犬サイズのしぃちゃんのお腹の下に入れて、お尻が丸見えという。
まぁ、可愛いからいいけどね!
リーンはしぃちゃんとじゃれてて静かにしてるから、豚の王子様たちをこっそり見下ろそう!
「て、転移魔法だと……!?奴らは一体何者だ!」
あ、そういやこの国の一般人は魔法使えないんだっけ?
まぁ、どうでもいいや。
「いや、それよりも、あの餓鬼が生きているとは……父上の耳に入る前に、母上に知らせなければ……」
ものごっつい小声でボソボソ呟いているけど、私の耳には全部マル聞こえですから。
素早く城に引き返した豚の王子様一行。
よし、いなくなったし情報収集再開ね!
特に王族の家族構成とか中心に!
上手くいったら、ルクレイチャ湖のことも教えてくれるかもしんないし!
「よし、ではがんばりましょー!」
「あーい!」
「わーう!」
はい、情報収集終了!
めんどくさいから短縮!
とりあえず分かったことは、この帝国の皇帝さんには正妃である皇妃のほかに、妃が一人いたみたい。
もともとは皇妃しかいなかったみたいだけど、長年子どもに恵まれなかったために妃が迎えられてあの豚の王子様が産まれたんだって。
ようやく産まれた皇太子が豚だなんて、国民の皆さんもかわいそうに。
ただ、4年ぐらい前に皇妃の方も妊娠したってニュースが流れたみたいなんだよねー。
出産時に母子共々亡くなったらしいけど。
だけど、その時亡くなったはずの子どもがリーンな気がします。
「では、皇帝さんのお部屋に行きたいと思いまーす!」
「わう?」
「にゅ?」
はい、何それ?ってな感じでコテンと首を傾げているしぃちゃんとリーンが可愛いです。
「皇帝さんならリーンのこと詳しく知ってると思うんだよね。だから、話を聞きに行こうと思うの。ついでにルクレィチャ湖の場所も聞きたいし」
「わうわう」
「こーてーしゃん?」
しぃちゃんは分かったみたいだし、リーンは分からなくてもいいか。
なにせ真面な記憶がないからね。
結構抜けている記憶もあるし。
こんだけ記憶がないのが不思議でしょうがないんだけど、まぁないもんを言ってもしょうがないよね。
「てなわけで。空間転移で皇帝さんのお部屋にレッツ☆ゴー!」
位置的に見て、皇帝さんのお部屋の座標と高度はこのくらい。
皇帝さんのお部屋は、さっきの豚皇子様の記憶を覗いた時に把握したから問題なし。
「れっちゅ、ごー!」
「わーう!」
可愛い号令とともに、しゅっぱーつ!
その頃、放置された転生者のシン君は……
店員「店長、どうしますか……?」
店長「うーん……」
店員「この爆睡中のお客様、服がボロボロですし何日も体を洗っていないみたいで、正直臭います」
店長「だよなぁ……」
店員「この臭いで近くに座っていたお客様方が食欲が失せたとクレームがきています」
店長「それは……」
店員「新しく来られたお客様は、あの爆睡中のお客様を見るなり出て行かれました」
店長「そんな……」
店員「これでは今日の売り上げは赤字です」
店長「裏のゴミ捨て場に捨てに行こう」即決
店員「もちろんです」真顔
……こうしてシン君はゴミ捨て場に捨てられるのであった(笑)