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1.勇者はヘタレでした

目を開くと、そこはどこまでも広がる薄暗い森。

見たこともない木々。

あまりにも巨大な木々は、空を覆い隠してしまうほど。

そして、目の前に今にも食い殺さんばかりに威嚇してくる真っ白な狼。

いや、狼にしては大きすぎる。

恐らくは、象並の大きさがあるのではないだろうか。

この狼の大きさなら、自分ならたった一口で丸呑みされてしまうに違いない。

だが、それよりも気になることがある。



「……なんでこうなったんだっけ?」



迫りくる狼を気にした様子もなく、少女は茫然としたまま首を傾げた。




















◇◇◇◇


ホームルームが終了すると同時に開かれた教室の扉。



愛良あいら、終わった?」



爽やか。

そう表現するのが一番ぴったりな声の人物、桐ヶ谷龍雅きりがやりょうがの登場に、扉の付近にいた女子たちが悲鳴を上げて喜んでいる。

そんな女子の視線に奴はにっこりと笑いかけ、教室内を黄色い悲鳴で埋め尽くす。

入学して2週間も経つのだから、いい加減喧しく叫ぶ以外の行動にでたらいいのにと思うのは私だけですか。

毎回毎回こうも叫ばれたら、同じクラスの人間としては迷惑以外のなんでもないんですけど。

とはいっても別クラスの奴がわざわざ来るのは、私のせいなんですがね。

何せ、奴は赤ん坊のころから一緒に育った幼馴染なので。

しかも、家は隣同士だし。

何があるか分からないんだから登下校は必ず一緒に行く、と言って聞かないし。

まったく……何でここまで過保護な奴に育ったんだか。



「今終わったとこ。龍雅はいつも早いね。先生、すぐに終わるの?」


「……うん、まあね」


「ふ~ん?」



何かいろいろ含まれたような言葉に聞こえたけど、龍雅がそういうならそうなんだろう。

一応成績も優秀な方だから、授業をさぼったりすることもないだろうし。

学年トップの私に比べると、まだまだですけどね。

……別に、自慢じゃないですよ?

ただ、自分の身を守るために学力向上を目指さないといけなかっただけで。



「よいしょっと」



教科書を全部入れ、机の中が空っぽになっているのをちゃんと確認。

今日は教科書や参考書を使う授業が多かったから、正直置きっぱなしにしときたいのが本音。

だけど、そうもいかない。

入学当初に置いていた教科書やらノートやらが、破かれたり落書きされたりしたんですよね。

せっかく買ったばかりの教科書を、全部。

それからは、一度も置いて帰らないようにしている。

まあ、理由は言わずもながら、隣にいるこの幼馴染なのですけどね。

なにせイケメン。

ついでに性格は正義感溢れるヘタレ馬鹿。

しつこいナンパに絡まれている女子を見れば助けに入り。

何かに悩んでいる女子を見れば、声をかけて相談に乗り。

危うく事故になるところだった女子を助けたこともあるらしい。

ちなみに、これは全部後からその当事者の女子たちに聞いた。

その説明の後には必ず、『龍雅とどんな関係!?』と聞かれるのだけどね。

ただの幼馴染と返しても、異口同音に『嘘だ!』と返される。

嘘だと思うなら、最初から聞くなよって話です。

うん、これを何年も同じことを繰り返していたらいい加減鬱陶しい。

勝手に勘違いして嫌がらせという名のイジメをしてくるし。

まぁ馬鹿にされるのも腹立たしいから成績はトップクラスを維持して、なおかつ襲われたときは返り討ちにできるぐらいには鍛えていますけどね。


だけど、ああいう人の物をボロボロにする地味な嫌がらせって嫌。

落書きに関しては筆跡で犯人を特定したからそれをダシに大人しくさせているけど、嫌なものは嫌。

教科書だって、タダじゃないんだからね。

別に両親健在でお金に困っているわけじゃないけど、入学して二日目には新しい教科書を買ってほしいとお願いするのに、どれだけ勇気がいると思っているんだ。

親に苛められてるなんてバレるの嫌だから、三つ子のお兄ちゃん達にこっそりお金を貸してもらって新しい教科書を用意したけどさ。

はぁ……今年の誕生日のお金は教科書に変わっちゃったよ。

せっかく色んな地方のプリンを取り寄せようと思っていたのに。

私がご当地プリンを食べれなかった元凶は、全く気付かずに学校で誕生日プレゼントを渡してきましたがね。

何でわざわざ学校に持ってきたんだこの野郎。

家が隣なんだから、帰ってから渡してよ。

おかげで女子の殺気を一身に浴びる羽目になったじゃないか。

プレゼントがご当地プリンの詰め合わせだったから許すけど!


コホン……。


話が反れました。

要は、そんなのが身近にいるため嫉妬にかられた女子たちの格好の的にされているわけです。

そのおかげで、満足に友達もできない。

まあ、龍雅目当てで寄ってきたという子も多くいたので、欲しいとも思わないのだけど。



「龍雅、別に私一人で帰れるから、毎日迎えに来なくていいよ?ちゃんと家までの道だって覚えたし」



むしろ全力で一緒に居たくないです。

もう何度目になるか分からない台詞を言うと、龍雅は変な顔になった。

なに、その変に切なそうな目は。

耳を垂らして落ち込んでいる犬に見えてくるじゃない。



「愛良……僕が一緒だと嫌なの?」


「主に、龍雅の周辺でバタバタやかましく飛んでる蛾が嫌。私、群れる生き物って嫌いだし」


「え、蛾なんて飛んでる!?」



龍雅が驚いたように自分の周囲を見回している。

もちろん、彼の周囲にいるのは、龍雅に群がるハーレム女子ばかりだ。



「うん、やっぱり鈍感には通じないよね」



ハーレム女子たちは完璧に通じたようで、真っ赤な顔して睨んできているんですけどね。

君たちが睨んできたところで、たいして怖くないよ。

むしろ、あんまり睨んできていると君たちが私を苛めている証拠を学校と警察に提出するよ?

ついでに君たちのお家も把握しているから、送り付けますよ?

私、やると決めたらとことんやり返すタイプですからね?



「愛良、蛾なんてどこにもいないよ?」


「なんでもない。めんどくさいから、私から半径5メートル離れて歩いてね。蛾に近寄りたくないから」



にっこりと有無を言わさず笑顔で言い含めると、龍雅は面白いくらいコクコクと頷いた。

よろしい。

ポケットに入れていたウォークマンを耳に装着。

もちろん、龍雅と喧しいハーレム共の話を聞く気なんてさらさらないからです。

音も周囲の雑音が聞こえないくらい大きくしている。

よし、さっさと帰ろう。

今日はお兄ちゃんたちが帰ってくるし。

三つ子のお兄ちゃんたちは、みんな同じ大学に行ってマンション一室買って暮らしているので、そうそうには帰ってこない。

過保護なお兄ちゃんズですから、メールやら電話は毎日くるけどね。

神○プリン楽しみ~♪♪

思わずスキップもしたくなる。

いや、さすがにこんな住宅街ではしないけど。



「愛良、何かうれしいことがあったの?」



そう思っていたら、突然イヤホンを片方とられた。

いつのまにかハーレムたちを解散させていた龍雅だ。

周囲に視線を走らせてから、私はにっこり笑った。



「今日お兄ちゃんたちが帰ってくるんだよ」



ハーレム共がいないなら、別に龍雅が近くにいても構わない。

一応は、小さいころから一緒に育った幼馴染だし。

めんどくさいのは、主にこの子の周りだしね。



「兄さんたち、大学休みなの?」


「なんか、学校の行事があるんだけど参加しなくてもいいみたいだから、、その間帰ってくるんだって。○戸プリンお土産で買ってきてってお願いしてるの。龍雅も来る?お兄ちゃんたち、それぞれ買っちゃったから6箱も持って帰るの!」



プリンが6箱分も食べれるなんて、幸せ。

でも全部食べたらきっと悲惨なことになる。

体重とか体型とかが。

一人占めしたいけど、龍雅にも分けてあげるのが賢明な判断です。



「相変わらず愛良に甘々だね~。うん、そのまま寄ってく」



さっきまでのつっけんどんといった対応から普段通りに戻ったからか、龍雅も安心した様子だ。

なにはともあれプリン。



「ほら、龍雅!早く帰るよ!プリンが待ってる!」


「いや、先に兄さんたちが待ってるって言ってあげなよ…って、あれ何?」


「ん?」



龍雅が不思議そうに首を傾げている先を見て、私も首をひねった。

私たちの目線の先には、地面がうっすら光っているように見える。

ついでに言っておくと、光がなんだか複雑な模様をかたどっている。



「んーと、魔法陣?」



魔法陣としか、言いようがないよね?

むしろこれを魔法陣と言わずになんという!?



「いや、なにこれ?」


「きっとあれだよ!勇者召喚ってやつだよ!じゃ、龍雅!頑張って魔王を倒してきてね!私はプリンを食べながら応援してるから!」


「どこまでプリンが大事なの!?って、そーじゃなくて愛良!!一人でなんて逃がさないよ!?」



なんと!

龍雅が私の腰に腕を巻きつけてがっしりと逃がさないように抱きついてきた!

ここは普通、私を逃がしてくれるところじゃないの!?

君、他の女子たちの時は危険からちゃんと逃がしているでしょ!?



「このヘタレー!!男ならか弱い女の子を未知のものから守るぐらいの度胸を見せなさいよー!!」


「愛良こそ!僕よりプリンが大事ってどういうことなの!?」


「私は美味しいものの味方なのー!」



あ、なんか論点がずれてきたような気がする。

てか、そんなことしている間にも魔法陣っぽいものが近づいてくる……!!

これは絶対にマズイと思います。



「いーいーかーらーはーなーせー!!」


「ぜーったいに嫌だ!!帰ってこれるかも分からないんだから、絶対愛良も連れて行く!!」


「なんで私までーー!!?ふえーん!!お兄ちゃーーーん!!!」



ついに根を上げて小さい頃みたいに泣き出したら、家がある方向から勢いよく何かが土煙をたてながら近づいてくるのが見えた。




「「「龍雅てめぇ愛良に何しやがってんだゴルァ!!!」」」




お兄ちゃんたちだ。

しかも、ちゃんとお土産の神○プリンもちゃんと持っている。

そう認識した瞬間、龍雅に巻き込まれて魔法陣に包まれた私の意識は暗転した。




龍雅……君、あとで潰すから。

色々やり直したいから、エブリスタから参上!

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