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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひっそり書いた赤巻たると短編集

戦闘員は許しません。断固として許しません。

作者: 赤巻たると

 


 戦闘員、というのは社会で最底辺の存在だと思う。

 この世にはヒーローという神に愛された者がいて、そんな連中の踏み台にされるのが基本の仕事だ。

 怪我をしても保証は出ないし、改造で修復してもらえるのは、一部の幹部連中だけ。


 いいよな、幹部たちは。

 直接自分で戦わないくせに、俺達がヒーローと激戦を繰り広げていたら、いいとこ取りで現れるんだから。

 一回戦闘員チョークスリーパーでヒーローを撃退した時、手柄を全て幹部に持っていかれた事がある。

 あの時は目の前が真っ赤になったな。


 特別報酬の大金を胸元のポケットから覗かせて、

 「まあお前もよくやったよ。一枚くれてやる」

 とか言って慈悲をよこそうとしてくる始末だ。

 家計が苦しいので、断り切れない俺も情けないが。


 ちなみにその幹部は、この前の

 『敬老の日に粘着性の高い餅を配って回る』

 作戦において戦死したので、あまり悪くは言えない。

 どんな人間でも、死んだら仏だ。


 今年で20になる俺だが、かなり仲間が討ち死にするのも見てきた。

 俺だって攻撃する時は殺す気で行く。

 だけど、向こうはもっと強い殺意で俺たちを駆逐してくる。

 アンチ・ヒーローを謳うつもりはないが、少なくともこの世の中は、戦闘員の方が割りを食うことが多い。


 悪の組織で働く戦闘員は、基本24時間営業。

 戦闘員も遊撃部隊と突撃部隊とに分かれていて、頭のいい参謀タイプは前者に配属される。

 組織の上層部は日々世界侵略の計画を練っている。

 俺みたいな頭の良くない捨て駒は、ヒーローの足止めとして使われるのがオチだ。


 その代わり、上の連中が作戦を練っている間は休日をもらえるので、こうしてバカンスに来ることができる。

 きつい、汚い、給料安い、噛ませ犬。

 4Kが類まれな気比率で揃っている劣悪環境の塊だが、この休日率だけは評価できる。


 ここは悪の組織やヒーローの影もない、のどかな避暑地。

 観光客の多いビーチで俺は寝っ転がっている。

 狭い部屋でいかにヒーローの足を止めるかを考えているより、絶対こっちの方がいい。

 今月分の給料の余分をすべて使ってしまったが、そんなことも気にならないくらい気分がいい。


「……癒されるなー」


 頼むから、変な作戦を組み上げないでくれよ。

 この前の『ヒーロー達の家に忍び込んで枕の中に爆弾を仕込む』作戦で死者が何人出たと思ってるんだ。

 なぜデコピンしただけで起爆するような爆弾を戦闘員に持たせてたんだ。

 ヒーロー宅も吹き飛んだが、実行した戦闘員も吹き飛んだんだぞ。


 その時はちょうど外出中のヒーローを見守る任務だったから、運良く助かったものの。

 俺だっていつ死地に送られるか分かったものじゃない。 

 だからこそ、この休日が非常に甘美に思えるのだ。


「はぁ……この幸せが一生続きますように」


 うちは代々戦闘員の家系だったので、俺に職業選択の自由なんてなかった。

 だから、恐らく引退するか死ぬまで仕事を続けなければならないのだろう。

 逃亡してしまいたいという思いもあるが、抜け戦闘員へのバッシングが怖いしな。

 ヒーロー一人倒せないくせに、味方を狩るのが異常に上手い組織なのだ。


 そんな破綻した構成で固めてるから、他の悪の組織に先を越されるんだろうが。

 上層部の人間にはそれがわからんのです。

 俺としては、一応今の仕事に満足だけどな。

 底辺には底辺なりの楽しみ方がある。

 今日も今日とて、俺は全力でゴロゴロしていた。


 どれ、そろそろ砂の城を建築してもいいな。

 向こうではしゃいでいる幼女に混ざって遊ぶか。

 俺が立ち上がろうとした時、いきなり近くの砂が振動した。

 数秒後、一人の少女が砂の中から顔をのぞかせる。


「おはようございます、H先輩!」

「ああ、戦闘員V+か。何でこんな場所にいるんだよ」


 てか、まず首だけを砂から出した状態をやめろ。

 俺がいたいけな少女を埋めて虐待してるように見える。

 しかも、最近尖兵として組織内で名を上げているこいつがここに来るって、嫌な予感しかしないんだけど。


 他にもいっぱい頼り甲斐のある戦闘員はいるだろうに。

 戦闘員BとかDとか、熟練の殺し屋だぞ。

 戦闘員は古参順にA~Z、2周めでA+~Z+の全部で52人いる。

 死んだり引退したりと入れ替わりが激しいので、しょっちゅう名前が入れ替わったりする。


 こいつは2周目のVだから、比較的最近入った新参だな。

 ちなみに俺は親父の称号を継いでるだけなので、そんなに古参ってわけじゃない。

 だから名前だけ古株の輩ってことだ。

 給料が成果に相当して支払われる制度だから、あまり序列に意味は無いけどな。


「で、頭が空なお前が何しにきた。

 バカンスなら他所を当たれ。ここは俺のプライベートゾーンだ」


 レジャー施設もあって、小さな子どもたちからお年寄りまで。

 色んな層が利用しに来て賑わっている。

 ここに混ざって休んでいると、鬱屈な気分が晴れるから最高なのだ。


「冷たいですねー、H先輩。

 私がここに来た理由は単純明快! 至極簡単! 悪徳商売!

 悪の組織から通達が下ったんですよ、通達ーっ!」


 誰かこの舞い上がるようなバカを、何処かに捨ててきてくれ。

 いつもこいつは俺の休日をクラッシュしようとするんだ。

 てか、今聞き捨てならんことを言ったな。

 正直、嫌な予感しかしない。


「お前に休日をくれてやる、好きなところへ行けー。ってか?

 良かったじゃないか。貧相体型なお前にはうってつけな子供プールが向こうにあるから、勝手に泳いで休日を満喫してこいよ」

「あははー、H先輩。わかってるくせに。

 本日ここで、ヒーローを誘き寄せて討伐作戦を行います。

 緊急招集で、H先輩も作戦に参加しろとのことです」

「そうか……俺に休日はないんだな」


 やっぱりこうなるんだよ。

 ロクに休日を使い切れた試しがない。

 毎度毎度いい所で組織から呼びつけられるんだ。

 しかも、場所がこことか何の悪夢だ。

 下手に施設とかをぶっ壊したら、二度と利用できなくなるじゃないか。


「決行は15分後です。この近くにあるヒーロー支部を爆破して、駆けつけてきたヒーローを各個撃破していくらしいです」

「ほぉ、よく支部を突き止めたな。基本トップシークレットのはずだろ」

「そこは我が組織が誇る最高の諜報力ですよー」


 まあ、諜報だけはいいんだよな。諜報だけは。あと身内狩り。

 肝心な所で役に立たないくせに、余計な所で役に立つ連中が多いのだ。


「で、その支部ってのはどれよ」

「あれです」


 戦闘員V+が指さしたのは、子どもたちがはしゃぎ回る砂浜――のすぐそばにあるプレハブ小屋。

 彼女は、そこを揺るぎない意志を持った瞳と指で示している。

 それを理解した瞬間、全身から嫌な汗が吹き出した。


「まさか、あの小屋か?」

「そうです。あそこに戦闘員のデータを集積したコンピューターが隠されているのです。

 プログラムを書き換えるのが一番有効なんですが、ウチにそんなハイパークラッカーは在籍していません」

「そこで、爆破すると」

「その通りです」


 なるほど。悪の組織の上層部は犠牲を厭わないからな。

 俺がなにか文句をつけても無視されるだろう。

 俺はそれで納得しているし、そのせいで俺が死んでも別に後悔はない。

 だが、1つだけ許せないことがあった。


「子供は?」

「はい……?」

「近くで遊んでる子供が巻き込まれるだろ。そいつらはどうしろって言ってるんだ?」


 俺が責めるようにして聞くと、戦闘員V+は悩ましげな顔をした。

 そして、苦虫を噛み潰したような表情で上層部の意志を告げてきた。


「――『各自の戦闘員に任せる。遂行に支障が出るようなら先に始末しても構わない』だそうです」


 ふむ、作戦遂行のためには人命を厭わないと。

 まあ、人を100人亡き者にするより、神に祝福されたヒーローを一人排除した方が有効だからな。

 ヒーローを駆逐する弊害は、被害を無視してでも払い除けろってことか。

 相変わらず慈悲すら無い。

 万人に罵られても無理はない、悪の組織だ。


「そうか、なら早速動くとするか――」


 俺はシャツを着て立ち上がった。

 こんなにも空と海は穏やかで、人々も笑顔に満ちているのに。

 どうして血なまぐさい惨劇に手を貸しているのか。

 それはわからない。


 だけど、俺は何故かヒーローっていうのが昔から嫌いだった。

 父親の影響も入ってるとは思うが、もっと大本。

 本質的な所で俺は連中が嫌いなのだ。

 まあいい、俺の嗜好なんてどうでもいいのだ。


 俺はシャツの中にナックルを仕込んで、子どもたちの方に歩いて行った。

 すると、後ろから戦闘員V+が止めてくる。


「ちょ、H先輩! こんな大勢の前で暴れたら、爆破前にヒーローが嗅ぎつけてきちゃいますよ。せめて爆破した後に――」

「黙ってろ、戦闘員V+。現場では1週目のHである俺の指示に従え」

「……了解です」


 こいつは根本的に俺を理解していない。

 長く組織にいるってことで、誰よりも非常で残酷だと思っているのだろう。

 だけどな、俺はヒーローが憎いだけで、別に他の人が嫌いってわけじゃない。

 じゃないと、こんなことをするものか。

 俺は子どもたちに近づいて、好意的な笑みを浮かべる。


「よー、坊主たちー。何作ってるんだ?」

「何も作ってないよー?」

「でも、これからお城を作るんだよ! ねー」

「ねー」


 微笑ましい姿だ。

 俺は静かにナックルを装着しておく。

 ……しかし。まずい。

 この気配からするに、早くした方がいいな。

 俺は子どもたちに接近して提案をする。


「ここの砂は柔らかすぎて、城は作れない。反対側の砂浜で一緒にやろうぜ」

「えー、ここがいいー」

「でも、この砂、確かに柔らかいー」

「じゃあ、おにいさんの言ってるところに行くー?」

「おかーさんたちも向こうでお話してるよー」

「うん。じゃあ、向こうで作って、お城つくったのみせてあげようよー」


 子供たちは顔を見合わせて相談している。

 仲がいいようだ。喜怒哀楽を豊かに、それぞれが意見を出して採決している。

 そして、結論を出したようで、俺の裾を引っ張って無邪気に笑った。


「じゃあ、向こうで作るー」

「おにいさん、連れて行ってー」


 よかった、素直に反対側に行ってくれそうだ。

 ぞろぞろと石段へ上がっていく子どもたち。

 俺はシャツから財布を取り出して、小銭を人数分用意した。


「ごめんな、お兄さんはちょっと用事があって行けないけど。

 お詫びに、これで何か冷たいものでも買うといい。

 向こうにある屋台のアイスは美味しいぞ」

「わー、おにいさんありがとー」

「やさしいねー。今度また遊ぼうよー」

「ああ。また次の休日に、遊べたらね」


 それだけ言って、子どもたちをこの場から退けさせた。

 これで、小屋の回りにいる人はゼロだな。

 ちょっと離れたところにカップルが複数人いるが、それは放っておいていいだろう。

 あの距離なら、爆風も届かないだろうし。

 俺が安堵の溜息をつくと、背後から肩をポンポンと叩かれた。


「H先輩、子供に優しいんですね」

「気まぐれだよ。本当に邪魔ならあの場で処理してた」


 もちろん嘘だけど。

 俺が子供を手に掛けるようなことがあったら、その場で喉をかききって死んでやる。

 だが、それ以上に先に死ぬべき野郎がいるのだ。

 俺は背ろにある樹を睨みつけた。


「おい、もう隠れても意味ないぞ」


 俺が声をかけると、木の後ろから一人の女性が現れた。

 無表情な上、質素な服を着ているために、非常に存在感が薄い。

 性格的にも悪くはない奴なのだが、任務に忠実すぎる所が玉に瑕だ。

 女は口にくわえていた筒を吐き出し、つまらなさそうな顔をした。


「……なんだ、分かってしまったか」

「殺気が殺せてないぞ。殺し屋としてそれじゃダメだろう。戦闘員D」

「……お前には何も言われたくない。子供に妄執する変態めが」


 面白いことを言ってくれる。

 それだとまるで俺がロリコンみたいじゃないか。

 ふざけるなよ、冷血漢。

 俺は子供がはしゃいだり無邪気に笑ったりするのを見るのが好きなだけな、至って普通の戦闘員だ。

 殺せる対象がいたら毒牙に掛けようとする殺害癖。

 そんな異常性を持つお前にこそ、言われることは何もない。


「お前、さっき子どもたちに吹き矢向けてたろ。何しようとしてやがった?」

「……別に。爆破の邪魔になるようなら仕留めよう。そう思っていただけだ」

「よく無抵抗な存在を殺せるな」

「……でないと、戦闘員なんてやってられないさ」

「殺生のない戦闘員がいてもいいだろう。殺しは悲しみを呼ぶぞ」


 俺が説教をかますと、戦闘員Dは喉を震わせて笑った。

 意地悪そうに顔を近づけてきて、挑発するように舌を出した。

 愛くるしい風貌から発せられる匂いが心地いい。


 健康的な黒い短髪に切れ長の瞳。

 男が10人いるとしたら8人は好意を抱きそうな顔だ。

 だが、俺からしてみれば害悪以外の何物でもない。

 俺と同じく、世間から爪弾きにされた非常識人だ。


「……おっと、私の信念に文句をつけるのはいいが。

 それ以上は組織の司令への反抗になるぞ?」

「誰もそんなことは言ってないだろ。

 で、ヒーローを片付けるって言うのに。出向いてきたのはお前と戦闘員V+だけか?」

「……まさか。他の連中は既に所定の位置についている。あとは爆破を待つだけだ」


 つまり、こいつはちゃんと爆破がなされるかを見届ける役を担っているわけだ。

 危ない所だ、俺がここで休暇を取っていなかったら、さっきの子どもたちは邪魔者として排除されていただろう。

 つくづく、こいつとはソリが合いそうにない。

 もっとも、独善的なヒーローよりはマシだろうがな。


 俺と戦闘員Dが睨み合っていると、激しい閃光がほとばしった。

 少し遅れて、爆発音。多くの破片がここまで飛び散ってくる。

 すると、周りにいた一般人が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。


「始まったな。戦闘員V+、俺と一緒に子どもたちの保護に回るぞ」

「は、はい」

「……ちょっと待て。彼女は私と共にヒーロー直接排除の役に回ってもらう。

 お前には遊撃を許可しよう、ありがたく思え」

「……てめぇ、何考えてやがる」


 思わずナックルをつけた拳を握り締める。

 この女は、徹底的に周りのことなんて気にしちゃいない。

 ただ、ヒーローを狩れるかどうか。それだけを目安にしているようだ。


「……お前こそ何を考えている。仕事の意味を履き違えるな。

 ――上位司令として任じよう。戦闘員H、お前は好きに動け。ただ、私の邪魔をするな」

「…………」

「行くぞ、戦闘員V+。北方向で既に交戦中だ」

「は、はい……」


 戦闘員V+は、『いいのかな……』と言いたげな様子で俺を見てくる。

 だが、組織の命令方式は変わらない。

 俺は無言で頷いて、戦闘員Dの後ろを追わせた。


 くそ、あいつの探知能力は組織内で随一なのに。

 確かに、戦闘員Dの暗殺能力と組み合わせたら強力だろう。

 まあいい、俺は俺の動ける範囲で仕事をするだけだ。


 シャツからイヤホンを取り出し、耳に装着。

 目には敵の特殊能力を遮断するサングラスをかける。

 そして、砂浜に置いていた荷物から特殊耐性スーツを取り出す。

 これを全て装着した俺は間違い無くダサいと言えよう。


 戦闘員DやV+が着たら様になるのに。

 なんだこの差は。

 ちょうど着替え終わった瞬間、背後からいきなり突風が押し寄せた。


「うおっと!」


 俺はとっさに回避する。

 すると、地面の砂がバックリ割れて、遥か下が見える状態にまで削れた。

 危ない所だ。俺は拳闘術の構えを取って敵に臨む。

 すると、奴らは大きな声で名乗りを上げた。


「――爆破するとは不届き千万」

「――この世の悪に慈悲はなし」

「――正義と秩序を守るため」

「――正義大連盟所属・破邪四人衆、見参!」


 歯の浮くような台詞を口走ってやがる。

 俺は残念ながら名乗る義務はないんでな。

 戦闘員のナンバリングなんて知っても嬉しくないだろう。

 それより、背後からいきなり襲い掛かるのが正義の振るまいか。

 一人の敵を数人でいたぶるのが秩序を守る行為か。


 まあ、論じた所で話は始まらない。

 元より、始める気もない。

 俺は四人衆の中で一番攻撃特化に向いてそうな男に襲いかかった.


「喰らえ、正義の聖剣・エクスオリ――」

「遅ぇよ」


 敵の剣を拳で打ち砕き、蹴りを側頭部に打ち込む。

 怯んだ所を、必殺のナックルでとどめを刺す。

 内臓破裂は覚悟してもらおうか。

 何が起こったか理解できていない周囲を無視して、近場にいたもう一人に襲いかかる。


「くっ、調子に乗るな。ポイズンフラワー!」


 緑色のスーツに身を包んだ男が、液体をぶちまけてきた。

 顔付近に付着する。

 すると、皮膚が音を立てて溶け始めた。

 だが、それがどうした。

 俺を倒したければ致死性のものを持ってこい。


 すぐにナックルを敵の顎に打ち込む。

 更に余った勢いで、もう一人を回し蹴りで粉砕した。

 これで、残ったのは後一人か。


「くそッ、悪の化身めが!」

「なんとでも言え。お前らの薄っぺらい言葉は俺に何も与えねえよ。

 良い影響も、悪い影響もな」


 拳を引き絞り、後一人を駆逐するだけ。

 その時、いきなり俺の前方に人が躍り出てきた。

 邪魔だ、蹴飛ばすか。

 そう思って見ると、それは先ほど安全な場所に向かわせたはずの子供だった。


「お、おかあさんが……いなくなっちゃったよぉ」


 そう言って、俺の方に助けを求めて歩いてくる。

 バカが、ここが危険なことくらい、赤子でも分かるだろう。

 子供を抱え上げ、すぐにその場から退却しようとする。

 だが、そこに痛烈な斬撃が到来した。


「……がッ」


 背中をバッサリやられたようだ。

 特殊な加工がしてある戦闘服も、ロクに役に立たない。

 だから、もっと備品に金を回せと言ったのに。

 頭の硬い上層部にはそれがわからんのだ。


「子供を連れ去ろうとするなど卑劣の極み! 俺が貴様を打ち倒してやる!」


 上から目線の性善説は楽しいか。

 俺が子供に危害を加える様な人間に見えるのか。

 まあ、見えるんだろうな。見た目とは残酷だ。


 俺は背中の傷が子供に見えないように、近くの建物内へ走らせた。

 素直に聞き届けてくれて何よりだ。


「ふむ、ようやく子供を逃したか。だが、悪行には違いない。

 愚劣な悪の組織は、この世から一片も残さず消さねばならない!」 


 そう言って、ヒーローは俺にさらなる攻撃を加えてくる。

 高速で剣刃を振るい、次々と俺の肌に傷を作っていく、

 だが、全てを正面から受けきり、息切れを起こした所で顔面に正拳突きを叩き込んだ。

 なすすべもなく倒れるヒーロー。胸糞悪い勝ちだ。


 元々、あまり戦闘自体が好きじゃないんだ。

 自分の愉悦で傷害を楽しむことも出来ないし。

 正義や秩序の御旗を振って傷害を正当化することも出来ない。

 中途半端な俺は、いつも嫌な気分を味わう。


「とりあえず……誰かと連携を取らないと」


 このまま次のヒーローに襲われたら、軽く死ぬ。

 そういえば、今までイヤホンのスイッチは切りっぱなしだったな。

 どれ、戦況はどんな感じだ。受信機を起動する。


『――A-4地点、ヒーローの猛攻により壊滅! 戦闘員A+,C+,T+,Zが死亡!』

『――A-7地点、同じく戦闘員全員が討ち死に!』

『――B-2地点、戦闘員I,J,N,S,Uが敵と相打ちになって壊滅!』

『――B-6地点、ヒーローを止めきれず撤退。……おい、待て何をする。やめろ、無抵抗な通信戦闘員を襲うな! そ、それがお前らの正義――ぐぁあああああああ!』


 その絶叫の後も、次々と聞こえてくる敗戦報告。

 俺は静かにイヤホンを抜いた。

 ほら見ろ、結局は上層部の穴だらけの作戦なんだ。

 そして直接被害を受けるのは俺達下っ端だ。

 俺は静かにため息をつく。正直、今回の戦いを切り抜けられる気がしない。

 今まで何とか生きてきたが、今回ばかりはダメかもしれない。


 その時、俺は目の前に人影が現れたのに気づいた。

 かなりの大所帯だ。

 うんざりするような名乗りで、俺は絶望を目の当たりにしていることを認識した。


「正義大連盟所属・十七正闘将、見参!」

「正義大連盟所属・十二奉義団、推参!」

「正義大連盟所属・二十七義衆、見参!」

「正義大連盟所属――」

「正義大連盟――」

「正義――」

「――」


 律儀な連中だ。

 殺す前に自分の名前を覚えさせるとか、どんな鬼畜の所業だ。

 軽く100人近い人数が集結している。

 なんだ、他の連中はどうした。全員防衛ラインを突破されたのか。


 普段はヒーローを倒すのに執着してたくせに。

 全部こっちに回してしまいやがって。

 だけど、最後に見せてやる。


 お前たち正義が、どれだけ間違っているのかを。

 俺たち悪が、どれだけ自分の信念を貫いて生きているのかを。

 その身に刻んでやる。


「全世界征服組織所属・戦闘員Hだ。覚えとけ、偽善者共――」


 そう言って、俺は走り出した。

 敵の圧倒的な戦力の中に一足飛びで突っ込む。

 拳を振り下ろそうとした瞬間、俺の視界は真っ赤に染まった。


 そして、それもつかの間。

 すぐに視界が暗転して、体が揺れる感触だけが響いてきて、死ぬことを予感して、俺は意識を失った。

 

 








 




 

『次のニュースです。

 ◯月◯日前に発生した悪の組織による暴動ですが、実行犯達は全員公的排除で殺害。

 そして本日、総司令部を発見し、正義大連盟のヒーローが踏み込みました。

 激しい戦いの末、組織の中枢を全員公的排除。ヒーロー側も死者317人と、今までに類を見ない事件となっており――』










「あーあ、やられちゃいましたね。総司令部」

「……仕方ない。私達がいなければ、本部はそんなものだ」

「で、何で俺達はこんなところにいるんだよ」


 目を覚ますと、俺は病院のベッドで寝っ転がっていた。

 全身が打撲まみれで、骨も折ってない部位が少ないほどだった。

 どうやら、意識を失ったり回復したりしながら、なんとか逃げ切っていたようだ。

 逃亡先で倒れたっていうのがなんとも情けないが。


 実行犯は全員殺害された、という報道。

 生きているのは俺だけかと、そう思っていた。

 だが、両脇にやかましい連中がいるのを見て、俺は諦めた。

 右には傷だらけの戦闘員V+が。右には包帯だらけの戦闘員Dがいた。

 他にも、何人か逃亡した戦闘員がまとめて担ぎ込まれているようだ。


 何で発表と実態が食い違ってるんだよ。

 あれか、ヒーローが敵を取り逃がしたなんて言えないのか。

 無駄に高い矜持を保つのは大変だな。

 元々、戦闘員なんてアングラな連中だ。

 発表数が違っても、確かめようがないんだから関係ない。 


 しかし、俺達が何者かの保護を受けたことは事実だ。

 総司令部が終わった今、組織は機能していないはずだが。

 誰がこんな奇特なことを……。

 そう思っていると、頭上からアナウンスが響いてきた。


「――元・全世界征服組織の皆様。おはようございます」


 女性の軽やかな声が聞こえてきた。

 その声で、周りにいた戦闘員が身体を起こす

 おいおい、本当に見知った顔ばっかりじゃないか。

 悪運の強い奴らだ。A~Hの俺まで、誰一人死んでやがらないとは。

 序列が上の奴ほど逃げ上手ってどうなのよ。


 全員死地を乗り越えたばっかなので、放心しきっている。

 そんな俺達を無視して、アナウンスは続く。


「こちらは貴方達のライバル組織であった『国際征服機関』です。

 今回の一連の痛手、同業者としてお察し申し上げます」


 この時点で、俺と一部の連中は気づいていた。

 このアナウンスが、なんのために成されているのかを。

 よくある敵対買収、というやつだ。

 他の組織が崩れたから、こぼれ落ちた戦力を拾おうとしているのだろう。


「さて、皆様の屈強な力を野放しにしておくのは非常に不利益です。

 つきましては、我が国際征服機関に入り、世にはびこるヒーロー達の一斉駆逐に協力して頂ければと思っております。任務内容や給金は――」


 そこからの話は、どうでもいい。

 どこでも戦闘員の待遇なんて殆ど変わらない。

 相変わらず底辺で、廃棄物のように扱われて、死んでも葬式一つ出されない。


 本当に、やってるだけ無駄な仕事だ。

 だけど、全員が共通して持っている、揺るぎないものがある。

 それこそが、俺達を不条理な仕事へと駆り立てる。


 全員の共通認識。

 それは、絶対にヒーローを許さないということだ。

 正義のため、と嘯き残虐なことを平気でやってのける連中。

 奴らの行いで、どれだけの敵対者が生まれてきたことか。

 その結果が、全国に広がる悪の組織だ。


 俺達はヒーローを許さない。

 動機は人それぞれだろうが、とりあえず、今の世界に不満を持っている。

 そういうダメ人間が、今ここにいる俺達だ。


 だから、うざったい前置きを聞かされて、最後に1つだけ質問をされたとしても。

 俺達はきっと同じ返事を返すのだと思う。

 その儚い絆こそが、俺達をつなぎとめる唯一の鎖なのだから。


「では、お聞きします。

 我が組織に入り、ヒーローを駆逐し、世界征服任務を遂行して欲しいと思っております。

 元・戦闘員の皆様、我が組織にて、戦闘員をやって頂けますか?」


「――やります」


 一斉に揃った男女の声。

 不揃いな連中が、この病院内で再び悪の道へと歩を進める。

 たとえそれが間違っているのだとしても。

 本当は、ヒーローたちが断然正しかったのだとしても。


 俺達は止まらない。この体が朽ち果てるまで。

 世界を変革するまで、死んでも動き続ける。


 そう。

 俺達の戦いは、まだ始まったばかりだ――

 



お題:戦闘員。

腕が錆びつかないように必死に書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思い浮かんだので イメージ画像 http://imgur.com/a/o34FW
[良い点] 戦闘員激熱でした。 [一言] 9999文字・・・だと・・・。 あと受験頑張ってくださいね^^
[良い点] かっこええと思います。 [一言] はじめまして、山藍摺というアラサーです。 戦闘員の彼らがすごく格好よかったです。戦闘員なのに、周囲の人命の安全確保をしたりするくだりがとくに。本来なら正義…
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