第五章:近づく影
ガタンゴトンと、汽車が走る。時折煙を吐き出しながら、東へ東へと進む。
最後尾に近いコンパートメントの中に、セレとカイトとフェルクはいた。地平線へと沈み行く太陽によって、室内はオレンジ色に染まっている。
誰もが無言だった。詳しくいえば、セレは膝の上のフェルクを撫で、フェルクは撫でられながら、時折その体がピクリと動く。カイトはシートを丸々一つ使って寝ていた。
尚も東へと進む汽車。
そして日は暮れる。
「お前らなぁ。俺が起こさなかったら、乗り過ごしていただろ」
すっかり夜も更けた山間の無人駅。そこには、頭を垂れた子供が二人と、常人には見えない悪魔がいた。
「はい、すいません」
「次からは気を付けます」
二人の子供――セレとカイトが謝る。
「分かればいいんだ」
フェルクは、飛び上がってセレの肩に乗った。
「帰ろっか」
セレが弟を振り向きながら言う。カイトは疲れたー、とだけ言った。
「ふう、やっと着いた」
大きな屋敷の豪華な玄関を前に、カイトが言う。勿論この屋敷はルグレ家だ。
「結構遅くなっちゃったね」
セレの言う通り、既に夜も遅く、夜空には三日月が架かっている。
「オレは早く寝たい。疲れたよ」
カイトはそう言いながら、玄関を開けた。
「ただいまー」
「帰りました」
玄関ホールに足を踏み入れる二人。すぐに執事のハワードが出迎えた。
「お帰りなさいませ。セレーノ様、カイト様。お食事はどうされますか?」
セレは初老の男性を向きやると、テキパキと応える。カイトは眠かったので、そのやり取りをぼーっと眺めていた。
「夕飯はもう済ませたから。それより、父に報告しなきゃ」
「かしこまりました。ミランダにそう伝えておきます。旦那様は書斎ですよ」
「ありがとう。――カイト、行くよ」
眠りかけていた弟の腕を引っ張るセレと、ハッと我に帰るカイト。ハワードは、二人に微笑んだ。
「今書斎へ行かれると、お二人共お喜びなられますよ」
その言葉に、すぐさまカイトが反応した。
「え、何かあんの?」
「それは、ご自分の目でご確認下さい」
「ケチー。教えてよ」
子供のように膨れるカイト。
「カイトー、早く行くよー」
しかしセレに従って、階段を登りはじめた。
ルグレ家当主の書斎は三階にある。そこまでの道すがら、三人は、ハワードが述べた事について、色々と予想していた。
「何だろ。小遣いとか貰えるのかな」
そう言ってカイトは、セレの方を振り向く。
「違うんじゃない?書斎から、三つの魔力反応がある。多分その一つはお父様のだと思うけど。――フェルクはどう思う?」
セレは肩の上のフェルクを向きやった。フェルクは、ああと言って話し出す。
「俺にも微かに感じられる。やっぱり一つは、お前らの親父さんだろ」
「後の二つは魔道具?」
カイトは魔力を感知する、という点では二人に劣る。彼には、三つの魔力反応が感じられなかったようだ。
「ごめん、そこまでは分かんない」
「龍眼でも分かんねぇ事ってあるんだ」
カイトは馬鹿にした口調で言う。一人だけ仲間外れで悔しかったのだ。
「仕様がないでしょ。龍って言ったって、所詮は人なんだし。それに、この屋敷には、色々な結界が施してあるんだから」
そうこうしている内に、書斎の前に辿り着いた。セレがその扉をノックする。
「お父様、セレとカイトが報告に参りました」
すぐに応答される。
「入りなさい」
「失礼します」
その声に、扉を開けるセレ。カイトも後に続いた。
するとそこに見えたのは――
「兄さん!」
「おっ、兄貴じゃん。義姉さんもいるし」
とある名門修復士の家に婿養子に行った長兄・エミリオとその妻・ティーナだった。
「やあ、二人共。久しぶりだね」
「お邪魔してるわよ。セレもカイトも、しばらく見ない内に大きくなったわね」
少々線の細いエミリオと、お嬢様らしさを感じさせないティーナ。会うのは実に一年ぶりであった。
「それより二人共、まずは報告をしなさい」
兄弟達の父親であるルグレ家当主・ダニエルが口を開く。
「あっ、はい。やはりセリウスシティには、歪みが生じていました。これは私が修復をしました。あと、歪みから『咎』が一体現れました」
すぐさまセレが応える。
「『咎』だと?して、被害は」
ダニエルの問いに、今度はカイトが引き継いだ。
「それは問題ありません。俺が倒したんだ」
ダニエルはカイトの言葉に何かを考える様子だったが、やがてこう言った。
「そうか、二人共ご苦労だったな。今日はもう遅い。早く休みなさい」
やっと退出を許されて、カイトはホッとした。もう限界だったのだ。
「失礼しました」
扉が閉まったのを確認して、エミリオは父の方へと向き直る。
「やはり父上……。各地で歪みが、多発していますね」
「ああ。それに『咎』の動きも活発化している」
「お義父様、あの二人には、いつ告げるのてすか?」
ティーナの問いに、ダニエルは逡巡した後、応える。
「もう少し様子を見てみよう。満月までは、今しばらく時間がある」
「それにしても、久しぶりだよな。兄貴達に会うの」
カイトが嬉しそうに言う。たとえ八歳も年が離れていても、兄は兄なのだ。
「でも変じゃない?何でこんな時期に里帰りなんてするんだろ」
セレは、腕を組んで考え始める。
「何でもいいじゃん。俺、明日は兄貴と遊ぼっと。――じゃ、お休み〜」
カイトは自室の扉を開け、すぐにその中へ消えた。余程眠たかったのだろう。
「そうだな」
フェルクはセレの肩から飛び降りると、器用に窓枠へと着地した。
「どうしたの?」
セレもフェルクにつられて、窓際まで寄る。フェルクは、空を見上げながら言った。
「そろそろ満月だ。魔界の動きも、活発になっているだろう。理由はそれに間違いない」
空には紅く、大きな三日月が架かっていた。