第四章:修復士の仕事
サン・リトロ広場を目指して歩く三人。エリックが、観光がてらに色々と説明する。
「あそこに見える教会は、魔界の宮殿を模して建築された、といわれております。旧暦九五二年に起きた戦争でも、あそこは炎に包まれることは無かったそうです」
や、
「あちらのホテルは、セリアスシティ一有名な『フォウンテン』です。お二人共、昨晩はあそこにお泊まりになったと聞いております。今は有りませんが、その名の通り、それはそれは見事な噴水が有りました」
など、逐一と説明しながら歩く。
カイトは、そんなエリックにすっかり懐き、
「へぇ、じゃああそこは、そんなに古いんだ」
や、
「わっすげぇ。あの銅像は?右から三番目の、変な帽子を被った変なオッサン」
など、色々な質問をしていた。
セレは、そんな二人の少し後を歩いていた。その肩に乗ったフェルクと、ひそひそと会話をしている。
「魔界の気配がする。そろそろかな?」
「あぁ。油断はするな。『咎』はいないか?」
「それは大丈夫。いたら分かるから」
セレの顔つきは、既に修復士のそれだった。
三人はやがて、レンガ敷きの、大きな広場へ辿り着く。妙な気に満ちていた。
「ここが、サン・リトロ広場です。毎日、沢山の人が利用しております」
今は昼時という事もあり、それなりに人がいる。
そして、人だかりが出来ている所が、一カ所あった。そこから、魔界の気が漏れている。 セレとカイトは、顔を見合わせながら頷いた。
「エリックさんは、もう少し離れていて下さい。周りの人にも伝えて下さい」
「行くぞ、セレ」
そう言い残して、二人は走り去る。残されたエリックは、セレに言われた事を、早くも実践し始めた。
「今回は、どっちがやる?この歪みは、それ程大きく無いけど」
「う〜ん、そうだなぁ。頼むわ。俺は後ろで見とく」
手を合わせながら頼むカイト。気になる事をあったので、セレも承諾した。
「それが賢明な判断だろうな。お前が修復するより、セレの方が確実だ」
「オイ、お前は黙ってろ。自分じゃ修復出来ないくせに」
そんな会話をしながら、走る二人。
人だかりまでやって来た。
「すいませーん、下がって下さい。修復士です」
セレが、人を掻き分けながら叫ぶ。そして、胸元から、何かを引っ張り出した。
カイトもそれに続く。
「はーい、どいたどいた。危ないですよ?あっちまで下がって下さい」
そしてやはり、胸元から何かを引っ張り出した。
野次馬たちは最初、
「あ?何だ何だ?」
「修復士だとよ」
「こんな子供がか?嘘だろ」
と言っていたが、二人が掲げている物を見て、
「なんだ。本物か」
と、ゾロゾロ動き出した。
二人が引っ張り出したのは鎖で、その先に小さな金色のメダルがぶら下がっている。
これは、修復士免許所有者の証である。表には隣り合わせの人間界と魔界の模様が、裏には二人の生家であるルグレ家の家紋と二人の名前が、それぞれ彫ってあった。
これを出せば、どんな場所でも、修復士だという身分証明になるのだ。
野次馬たちが去った後のその場所には、“立ち入り禁止”と書かれた黄色いテープが張り巡らされているのが見える。更に、セレやカイトみたいな視る目のある者には、歪んだ空間が見えるだろう。
「セレ、頼んだぞ。俺達は後ろにいるからな。何かあったら、すぐに呼べ。あと、念の為に結界を張っておく」
セレの肩からヒラリ、と飛び降りながらフェルクが言った。
「うん、分かった」
セレの状態を確認した後、カイトと共に下がる。
セレはそれを見届けてから、歪みに向き直る。一度深呼吸して落ち着き、手をかざす。目を瞑って、静かに言葉を紡ぎ出した。
フェルクが張った結界の中で、カイト達は静かに見守っていた。 セレの口から紡がれる数々の単語は、一つ一つ意味のある言葉へと構成され、歪みを捉えていく。一つの問いは、一つの答え――空間の修復という答えへと結び付く。
カイトは、目と耳をフル稼働させ、姉の姿を凝視した。
空間の修復においては、セレの方が上であった。カイトは、いつかはルグレ家を継ぐ身である。その極意をその極意を学ばなければならないという事を理解していた。
一方、修復を続けるセレは、異変を感じていた。先程気になった事が、益々大きくなっていく。
その龍眼が捉えた事実は、――『咎』がいる――だった。
セレは、詠唱の速度を早める。間違い無い。この歪みを通った『咎』が、魔界から再びここへと向かっている。
こちらが早いか、あっちが早いか。
後ろの二人に呼びかける事は出来ない。詠唱を止めれば、また最初からやり直さなければならないからだ。
セレは、二人がこの事に気付いてくれるよう祈った。
ハッと顔を上げるフェルク。
「オイ、気付いたか?」
カイトを向きながら言う。
「『咎』だ」
「えっ……本当だ」
カイトにも、ようやくその存在を捉える事が出来た。
「修復には、もう少し時間が掛かる。どうすんだ?」
カイトが問い掛けると、フェルクは走り出しながら言う。
「何をボサッとしている!走れ!」
その言葉にムッとしたカイトだったが、素直に走る。その言葉は正しいからだ。
フェルクの銀色の毛並みは、すぐに小さくなっていった。
最後の最後まで詠唱しようとしたセレの目に、空間を貫く鋭い爪が見えた。そしてそれは、修復仕立ての空間を引き裂く。
『咎』が現れた。遠巻きに見ていた見物人から、悲鳴が上がる。
元は悪魔だったその『咎』は、黒髪や金色の瞳など、各所にその名残があった。しかし、大きな爪と牙、変形した体や体中から出た角など、もはや別物である。
その悲鳴に『咎』が、セレの存在を見つけた。そして爪を振り上げる。
「セレっ!」
ドンッ、シュッ、ザザッ!
間一髪、フェルクがセレを突き飛ばした。一瞬前までセレの頭があった場所を、『咎』の爪が突き抜ける。
標的を逸れた爪は、セレの左腕をかすめた。そこに二本の紅い筋が走る。
「大丈夫か、セレ!?」
セレを庇うように『咎』に向き合ったまま、フェルクが言う。
「ん……うん、なんとか……」
「下がってろ」
そこへ、遅れてカイトがやって来た。
「セレ、怪我は?……よし、後はまかせとけ!」
そう言って、『咎』に対峙する。『咎』の方も、ターゲットをカイトへと変えた。
それを見て、加勢しようかと一瞬迷うフェルク。
しかしカイトならば、一人でも『咎』と渡り合えるだろう。そう判断し、フェルクはセレの傍に駆け寄った。そして、魔法で出血を止める。
「ありがとう……」
「あぁ。カイトのが終わったらどうする?修復出来るか?」
「大丈夫。任せて」
一方『咎』と向き合っているカイト。彼は、じりじりと間合いを取りながら、隙を伺っていた。
セレにはフェルクが付いているので、大丈夫だろう。それに、悪魔の半分の魔力しか持たない『咎』は、カイトの敵ではない。
『咎』が、腕を振りかぶった。素早くそれを見極め、防御壁を築く。振り下ろした『咎』の爪は、防御壁に阻まれた。
「へっ、そんなんじゃ効かねえよ!」
叫びながら走り、防御壁を解くカイト。同時に、魔法で炎を創り出した。
「お前も、今度からは考えて人間界に来いよな。“今度”は、もう無いけど」
そして、炎を『咎』へと叩き付けた。
「これでトドメっ!」
カイトの創り出した炎は、『咎』を飲み込む。
「ギィャァァァアアア!」
という悲鳴と、勢い良く炎がはぜる音。見ている見物人からも、感嘆の声と、興奮したような囁きが聞こえる。
「へへっ。楽勝!」
カイトは、にっこりと笑った。
少し前、カイトの炎が『咎』を飲み込まんとしている時。
「……!」
セレは一人、心の中で、声にならない悲鳴を上げていた。そして目を背ける。『咎』は、消えていた。カイトが誇らしげに、微笑んでいる。
それを見て、胸が痛んだ。
頭では分かっている。自分は人間。『咎』は敵で、倒すべき者。
それでも、考えらずにはいられない。なぜあの悪魔は、人間界へ来たのだろう。『咎』になる事は、百も承知だったろうに。
セレは思う。目の前にいる、銀色の小さな悪魔は、何を思ったのか。自分の元・同胞に対して、何を感じたのだろうかと。その顔は見えず、表情は伺えなかった。
消えていった『咎』に、祈りを捧げた後、セレは立ち上がる。
再び開いた空間の修復に取り掛かった。
こんにちは。神城です。
昨日は午後に時間が出来たので、執筆する事が出来ました。
前回は、時間が空きすぎてしまったので、そのお詫びを込めてです。(そのお陰で、文調を忘れました……)
こんな作者ですが、これからもよろしくお願いします。