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忘却のいばら姫  作者: 白銀 夜


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9/10

気づかれぬ守り


日曜の朝。

ベランダに出ると、庭の方から子どもの笑い声が聞こえてきた。


「ことり、あんまり走っちゃダメよ~!」

榛名あかねの声が、明るく通る。


(……日曜日って、こんなにのんびりだったっけ)


会社の緊張感とは正反対の空気。

木漏れ日荘には、いつもゆるやかな時間が流れていた。


洗濯物を干しながら、いばらは柵越しにことりを見つける。


彼女は庭の隅で、一心に何かを並べていた。


「ことりちゃん、なにしてるの?」


「これね、“結界”をつくってるの!」


「けっかい……?」


「うん。ママが言ってたの。大切な人がここにいるから、ちゃんと守らなきゃって」


その“守る”という言葉に、胸の奥がチクリとした。


「誰を……守ってるの?」


「それは、ひみつ」


ことりはいたずらっぽく笑って、折り紙の鶴を並べていた石の上にそっと手を当てた。


 


談話室に立ち寄ると、橘しのぶがハーブティーの準備をしていた。


「よかったら、ご一緒にどう?」


「……お願いします」


香り立つティーポットから注がれたのは、レモンバーベナとカモミールのブレンド。

すっきりとした酸味と、落ち着く甘さ。


「黒木さん。最近、夢の方はどう?」


「……見ていないような、でも見ているような……そんな感じです」


「夢は心の調律ですからね。見ない夜が続くときほど、心の奥では何かが動いているのかもしれませんよ」


しのぶの言葉は、やわらかく、けれどどこか核心をついていた。

彼女はどれほど自分のことを知っているのか――そう思うと、心がざわつく。


 


夕方、エントランスの脇にいる椎葉楓を見つけた。

黙々と自転車の空気を入れている彼に、いばらはそっと声をかける。


「……あの、聞いてもいいですか」


「……はい」


「ここにいる人たち……私のことを、何か知ってますか?」


椎葉は手を止めた。

そのまましばらく黙って、空気入れの針を外し、ゆっくり立ち上がった。


「……何を、どこまで?」


「……わからない。でも、なんとなく、みんなが私を“気にかけすぎている”気がして……。まるで、私を……」


「守ってるように?」


はっとする。

その言葉を、自分の口から出す前に彼が言った。


椎葉は少し目を伏せたあと、静かに頷いた。


「誰かを守ろうとするのは、特別なことじゃありません。

……ただ、それが“当たり前”になってしまっていると、気づかれにくい」


その声には、少しだけ哀しみがにじんでいた。


(この人は……やっぱり、何かを知ってる)


でも、それ以上は聞けなかった。

聞いてしまえば、今の穏やかな日常が崩れてしまう気がして。


「……すみません。変なこと、言って」


「いえ。気づくのが早い方だと思いますよ、黒木さんは」


その言葉の“重さ”を受け止めきれずに、いばらはその場を離れた。


 


夜。夢は来なかった。

ただ、眠る直前、誰かの手がそっと背中に触れたような――そんな気配だけが残っていた。


優しさのなかにある、目に見えない“盾”。

それは、彼女の知らぬところで、ずっと立ち続けていたのだ。

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