気づかれぬ守り
日曜の朝。
ベランダに出ると、庭の方から子どもの笑い声が聞こえてきた。
「ことり、あんまり走っちゃダメよ~!」
榛名あかねの声が、明るく通る。
(……日曜日って、こんなにのんびりだったっけ)
会社の緊張感とは正反対の空気。
木漏れ日荘には、いつもゆるやかな時間が流れていた。
洗濯物を干しながら、いばらは柵越しにことりを見つける。
彼女は庭の隅で、一心に何かを並べていた。
「ことりちゃん、なにしてるの?」
「これね、“結界”をつくってるの!」
「けっかい……?」
「うん。ママが言ってたの。大切な人がここにいるから、ちゃんと守らなきゃって」
その“守る”という言葉に、胸の奥がチクリとした。
「誰を……守ってるの?」
「それは、ひみつ」
ことりはいたずらっぽく笑って、折り紙の鶴を並べていた石の上にそっと手を当てた。
談話室に立ち寄ると、橘しのぶがハーブティーの準備をしていた。
「よかったら、ご一緒にどう?」
「……お願いします」
香り立つティーポットから注がれたのは、レモンバーベナとカモミールのブレンド。
すっきりとした酸味と、落ち着く甘さ。
「黒木さん。最近、夢の方はどう?」
「……見ていないような、でも見ているような……そんな感じです」
「夢は心の調律ですからね。見ない夜が続くときほど、心の奥では何かが動いているのかもしれませんよ」
しのぶの言葉は、やわらかく、けれどどこか核心をついていた。
彼女はどれほど自分のことを知っているのか――そう思うと、心がざわつく。
夕方、エントランスの脇にいる椎葉楓を見つけた。
黙々と自転車の空気を入れている彼に、いばらはそっと声をかける。
「……あの、聞いてもいいですか」
「……はい」
「ここにいる人たち……私のことを、何か知ってますか?」
椎葉は手を止めた。
そのまましばらく黙って、空気入れの針を外し、ゆっくり立ち上がった。
「……何を、どこまで?」
「……わからない。でも、なんとなく、みんなが私を“気にかけすぎている”気がして……。まるで、私を……」
「守ってるように?」
はっとする。
その言葉を、自分の口から出す前に彼が言った。
椎葉は少し目を伏せたあと、静かに頷いた。
「誰かを守ろうとするのは、特別なことじゃありません。
……ただ、それが“当たり前”になってしまっていると、気づかれにくい」
その声には、少しだけ哀しみがにじんでいた。
(この人は……やっぱり、何かを知ってる)
でも、それ以上は聞けなかった。
聞いてしまえば、今の穏やかな日常が崩れてしまう気がして。
「……すみません。変なこと、言って」
「いえ。気づくのが早い方だと思いますよ、黒木さんは」
その言葉の“重さ”を受け止めきれずに、いばらはその場を離れた。
夜。夢は来なかった。
ただ、眠る直前、誰かの手がそっと背中に触れたような――そんな気配だけが残っていた。
優しさのなかにある、目に見えない“盾”。
それは、彼女の知らぬところで、ずっと立ち続けていたのだ。




