第9話 信行の嫁取り
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信行たちは信長の後に従って別室に入った。
「政秀の姿が見えませんね」
「爺は京都に行っている。自称した官職を正式に認めてもらう交渉役だ」
信長は官職を自称しているが、平手政秀と丹羽長秀から正式に名乗る交渉をした方が良いと進言されたので平手政秀を上洛させた。
「上手く行きますかね?」
「どちらに転んでも構わん」
「それなら政秀も気楽に交渉出来ますね」
平手政秀には賄賂代わりになる相応の金品を持たせたが信長本人は上手く行くとは思っていなかった。
「尾張を支配しているのに尾張守を名乗れないのはおかしいからな」
「その通りですが、一向宗の坊主共が加賀守を名乗るのは癪に障りますね」
信行は宗教関係については寛大な態度を取っているが一向宗だけは毛嫌いしている。説法で民を宥める立場の坊主が役目を果たさず、一揆などの暴動を主導しているからである。
「尾張にもややこしい奴が居るからな」
「河内の服部友貞ですか」
「清洲を奪った後に手を付ける予定だ。生駒弥平に頼まれてな」
「津島湊も災難ですね」
服部友貞の本拠地市江島がある河内地域は津島湊に近く、度々商いの邪魔をされるので顔役の生駒弥平から『何とかしてくれ』と頼まれていた。
「河内の方は俺が始末をつける。勘十郎にはやる事があるからな」
「何をすれば良いのですか?」
「次郎法師の件だ」
「婿を探してほしいと頼みました」
「悪いが希望に添えなくなった」
「そんなぁ」
「考えてみろ。次郎法師は井伊家の当主だぞ。釣り合いが取れる男がどこに居る?」
「それは…」
「遠江を預かる者が俺や伯父貴の側室では話にならん。消去法で考えると一人しか残っていない」
「私ですか?」
「その通りだ。独り身である上に当主の実弟だから相手として申し分ない立場にある」
「遠江に残っているであろう井伊家縁の者も次郎法師殿が誰かの側室であれば素直に協力しない可能性はありますね」
「庇を貸して母屋を取られたらそれまでの苦労が水の泡になるからな」
「お前が言い出したのだから最後まで面倒を見ろ」
「次郎法師殿の意向を聞いてみない事には」
「心配するな。今頃帰蝶が説得している筈だ」
二人のやり取りを見ていた柴田勝家と千秋季忠が揃って手を上げた。
「どうした?権六(柴田勝家)から話せ」
「治部少丞様の心配には及ばないかと」
「ほう。理由を言ってみろ」
「井伊治郎法師様が居られた龍潭寺でこのような事がありまして」
柴田勝家は信行が龍潭寺で井伊治郎法師を保護した際に理由を尋ねられた時の場面を説明した。途中から千秋季忠もそれに加わり、信行だけでなく井伊治郎法師の様子まで語った。
信行は話が終わる頃には顔を真っ赤にして俯いていた。信長はそれを見て大笑いした。
「お互いにあれか。ならば最初から言えば良いものを」
「そんな事言えるわけありませんよ」
「俺なら言っているぞ」
信長は帰蝶を美濃から迎えた日に初めて顔合わせを行った。二人が顔を見合わせた直後に『気に入った。正室に迎えた事を嬉しく思う』と言い放って帰蝶を驚かせていた。
「御屋形様、御方様より書付を預かっております」
近習が現れて帰蝶からの書付を信長に渡した。それに目を通した信長は大きく頷いた。
「次郎法師も承諾したぞ」
「…」
「今回の一件で分かった事がある。切れ者と呼ばれる勘十郎が女に関してはからっきしだとな」
信行は何も言い返せないまま顔を真っ赤にして俯いたままだった。
信行と次郎法師は那古屋城にしばらく留まり大安吉日を以て祝言を挙げて夫婦になった。その際に次郎法師は還俗した上で名前を以前と同じ直虎にした。
*****
信行は正室直虎を伴って末森城へ戻った。取り急ぎ母土田御前を訪ねて結婚の報告を行った。信長から手紙が送られていたので二人が祝言を挙げた事は知っていた。土田御前は信秀の葬式が終わってから憑き物が取れたように温和な性格になっており、直虎の身の上を聞いて涙を流すなど信行が驚く程だった。
「治部少丞様、城内に居る者で手隙の者は集めております」
「末森城主として仕事始めになるね」
信行が居ない間に古渡城から必要最低限の物品を移動させたので末森城を本拠地として活動を既に始めていた。
「既に聞いていると思うが、井伊家当主の井伊直虎殿を妻として迎える事になった」
「御目出度う御座います」
「「御目出度う御座います」」
「御屋形様に歯向かった連中を根刮ぎ始末したので人手が足らない状態になっている。それを解消する為に新たな人材を織田家に迎える」
「これからは出自に囚われず能力があれば要職にも抜擢する。失敗を恐れず与えられた役目を果たすようにしてほしい」
信長と信行に粛清された者は『出自第一、能力第二』という旧来の考えだった。残っている者は『能力第一、出自第二』という新しい考えを持つ者が多く、信行の方針に反対する者は居なかった。
「今回のゴタゴタに乗じて今川か松平が攻めてくる可能性が高い。その心積もりをしておくように」
「「承知致しました」」
駿府へ向かう道中で加藤順盛から『物資が三河方面に流れているので戦があるかもしれない』と注意喚起されていた。幸いな事に信行不在の間に何も起きなかったが警戒を続けていた。
*****
「千賀地保俊です」
「待っていた。入って構わないよ」
織田家臣として召し抱えられた千賀地保俊が姿を見せた。千賀地保俊は信行との交渉を終えると人手を二つに分けて三河の監視と末森城下への移住を並行して行なっていた。
「今川が戦の準備を始めております」
「やっぱりね」
「騒乱を察知されましたな」
「仕方ないよ。あれだけの数を処断したんだ。人の口に戸は立てられないからね」
林秀貞率いる反信長擁立派による騒乱は早々に鎮圧されたが噂は周辺地域に広まっていた。駿河の今川義元はこれに乗じて東尾張の奪取を思い付いて三河岡崎城主の山田景隆に指示を出した。
「加えて知多の佐治為景が今川に通じております。渥美の戸田宣光と使者のやり取りをしており蜂起の時期を窺っている様子」
「知多半島の一切を任せた事で増長したようだね」
佐治為景は知多水軍を率いる豪族だったのを先代信秀が自軍に取り込む為に知多半島の支配権を与えていた。
「この際なので切り捨てますか?」
「そうだね。厄介払いを兼ねて潰してしまおう」
「今川を迎え撃つなら知立が良いでしょう。山口教継に知多半島を封鎖させれば佐治為景も動けないので背後を突かれる心配はありません」
「その方向で準備を始めてくれるかな」
内藤勝介の提案に従って今川勢の迎撃と佐治為景の封じ込めを同時に行う事になった。




