第6話 井伊治郎法師
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山口教継の説得を済ませた信行は鳴海城で数日間滞在した後、熱田湊の商人加藤順盛の一行と合流した。加藤順盛は商用で陸路を使って駿河に向かう事を信行に伝えており、信行が手代の一人に扮して同行する事を承諾していた。
「鳴海での野暮用は無事に終わりましたか?」
「二人のお陰もあって何とか終わらせたよ」
「信行様の顔を見るに首尾は上々だったようですな」
「そういう事にしてもらおうかな」
加藤順盛は熱田湊で顔役を務める大店加藤屋の主人である。周辺地域における情報はある程度手に入れる事が出来るので信行は信頼出来る情報源として加藤屋を贔屓にしている。
「加藤殿、以前に頼んでいた件は?」
「この道中で接触すると返事がありました」
「感謝するよ。顔合わせ出来るだけでも前進だ」
信行は加藤順盛に人材の確保を依頼していた。交渉相手から顔合わせをしても良いと返事があったので信行はホッとしていた。
「話は変わりますが、駿府の商人から興味深い噂を聞きまして」
「興味深い噂か。内容を教えてほしい」
数年前、遠江北部の井伊谷を治めていた井伊家で内輪揉めが起きた。今川義元が介入して井伊家側に理不尽な裁定を下して当主以下数名に腹を切らせたが相手側の小野政直は罪に問われず、何故か直臣に取り立てられて井伊谷の支配権を与えられた。
「小野政直が今川義元に大金を握らせたか、何らかの権利を差し出したとしか思えないな」
「やはりそうでしょうな」
「今川義元は何とも思っていないだろうけど井伊谷の民は恨みを抱いている筈だよ」
信行の推測は当たっており井伊家を慕っていた井伊谷の民は小野政直と親族に対して恨みを抱いており、叛乱を起こす機会を窺っていた。
「話には続きがありまして」
「面白そうだね」
「井伊家の血を引く者が難を逃れて駿河北部の寺に居るという情報を教えてもらいました」
「その情報を今川が知れば消されるんじゃないか?」
「本人が今川義元を嫌っているので漏らす事は無いと思いますが」
「どうだろうねぇ」
話を聞いた後、信行は或る事を思いついたので駿府に入り次第別行動を取ると加藤順盛に伝えた。
*****
加藤順盛一行が駿府の定宿に到着すると信行は予定通り別行動を取って駿府を離れた。信行は龍潭寺という山寺を訪ねると住職に多額のお布施を寄進して或る僧侶との対面を願い出た。
「熱田商人加藤屋の手代で勘十郎と申します」
「私に用があると聴きましたが」
信行は一人の尼僧と対面した。尼僧は『この男は一体何者だ?』と胡散臭そうに信行を見ていた
「主人が懇意にしている商人から次郎法師様の噂を聞きまして伺った次第です」
「私の噂とは?」
「井伊谷を治めていた井伊直盛様の一人娘で今川義元による粛清から逃れたというものです」
井伊次郎法師は顔を強張らせて警戒心を顕にした。その様子を見た信行は噂は事実だと確信した。
「お待ち下さい。次郎法師様の事を今川に売るなど考えておりません」
信行は自分が織田家の者と懇意にしているので口利きが可能であると説明した上で織田と手を組んで今川に復讐する事を提案した。次郎法師さえ良ければ当主である織田信長との対面する機会を必ず設けると付け加えた。
「話の筋は通っていると思いますが。本当に商家の方なのですか?」
「ほら言わんこっちゃない」
「にわか変装では無理でしたな」
「最初から名乗るべきなんですよ」
「失敗したかな?」
「明らかに失敗ですな」
信行の同行者二名が信行にダメ出しをして文句を言い始めた。それを見た次郎法師は三人が商人ではないと確信した。
「申し訳ございませんが、そちらの素性を明らかにして頂かないと返事は出来ません」
「お待ち下さい」
次郎法師が席を立とうとすると信行は手を上げてその場に留まらせた。
「私の名は織田治部少丞信行と申します。後ろに控えているのが柴田主殿允勝家と千秋刑部少録季忠。我々三人は織田尾張守信長様の家臣です」
「私の名は井伊次郎法師。出家前は直虎と名乗っておりました。小野政直の讒言によって今川義元に腹を切らされた井伊直盛の娘です」
両者が正式に名乗った事で話し合いは順調に進んだ。織田家の目的の一つに三遠駿の東海三国を手中に収める事があるので今川家に恨みを抱く者の協力が必要だと改めて説明した。
「私で良ければ協力させて頂きます」
「ありがとうございます。この地に居ては身の安全が保証出来ませんので尾張に移って頂く事になりますが」
「それで構いません。私が此処に居れば寺の関係者に迷惑を掛ける事になるでしょう」
「分かりました。直ぐに準備を始めます」
信行は住職を訪ねると多額の布施を渡した上で次郎法師の身柄を保護させてもらう事を伝えた。住職も二つ返事で了承したので柴田勝家と千秋季忠に荷物を纏めさせると慌ただしく寺を後にした。
「私に目を付けた理由を教えて頂けませんか?」
「最初に名前を聞いたのが次郎法師様だからです。後は…」
「後は何でしょうか?」
「私自身が次郎法師様を助けたいと思ったからです」
信行は珍しく頭を掻きながら顔を俯けた。
「あ、ありがとうございます…」
それを聞いた井伊次郎法師はキョトンとしていたが、直ぐに顔を真っ赤にして俯いた。
「柴田様、ひょっとするとですかね?」
「治部少丞様も隅に置けんな」
少し離れたところを歩いていた柴田勝家と千秋季忠は二人のやり取りを見て生温い笑みを浮かべていた。
自称する事になった官職一覧(未登場者含む)②
水野信元…正七位下・民部判事
山口教継…正七位下・玄蕃大允
山口教吉…従七位下・玄蕃少允
千秋季直…従六位下・神祇大佑




