第3話 信秀の葬儀
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信秀の葬儀は織田家の菩提寺である萬松寺で行われる事と喪主を信長が務める事が決まり葬儀当日を迎えた。しかし式が始まる時間になっても信長が姿を見せないので家臣がざわつき始めた。
「信長様は何をしているのだ?」
「喪主が居なければ式が進まんぞ」
「これだから信長様は嫌なのだ」
中には信長に対する暴言を吐く者も居るので聞くに耐えないと腹を立てて席を立つ者も居た。
「補佐役の顔を拝みたいものだな」
「平手殿もこの場によく居れる」
「図々しにも程があるのではないか?」
罵詈雑言の標的は次第に信長から平手政秀に移った。平手政秀は最前列に居るので目立つ立場にあり恰好の標的となっていたが本人は目を閉じたまま無言を貫いていた。
*****
信長に反抗的な家臣が騒ぎ始めたので気を揉んだ家臣の一人が信行に声を掛けた。
「式を始めても宜しいでしょうか?」
「喪主が来なければ始める事は出来ない」
「しかし、」
「兄上を差し置いて喪主を務めろと言うのか?」
「いえ、そのような事は…」
信長から自分が姿を見せるまで式を始めるなと命じられていたので気を揉む周囲の声を無視していた。
「父上、信長が参ったぞ!」
「げっ!」
「何という姿だ…」
「御館様を馬鹿にしているのか!」
信長はウツケと呼ばれる原因となった着流しの衣装を身に纏い、髪もまともに結っていない酷い有り様だった。
「父上、後の事は俺が引き受ける。あの世で達者に暮らしてくれ!」
唖然とする参列者を尻目に信長は仏前まで近づくと焼香に使う抹香を鷲掴みにして位牌に投げつけた。そして踵を返すと参列者に目もくれず、あっという間に立ち去った。
「信じられん…」
「礼儀知らずも甚だしい」
「平手殿、どういう事なのだ!」
参列者の怒りが再び平手政秀に向けられたが、本人は目を閉じたままひたすら罵詈雑言に耐えていた。
「何とか言ったら、」
「黙れ!」
信行は傍に置いていた脇差を手に持つと立ち上がった。騒いでいた者たちは信行を見て一斉に口を閉じた。
「喋りたければここから出て行け。これより葬儀の邪魔をする者は問答無用で斬り捨てる」
信行に言い返そうとする者も居たが、信行の傍らに据わっている千秋季忠と目を合わせると怯えて縮こまった。剣術の腕は柴田勝家や佐久間盛次を上回ると噂されている千秋季忠と真正面から戦ったら勝てる術がないからである。
「それでは信行様より焼香をお願い致します」
信行は一瞥すると霊前まで歩を進めて作法に則り焼香を済ませた。そして振り返ると『騒げば命は無いぞ』と言わんばかりに周囲を一睨みした。
*****
葬儀が終わり那古野城に戻った親族関係者は城内の一室に集まっていたが雰囲気は最悪な状態だった。信秀の正室土田御前(信長と信行の実母)が癇癪を起こしていたのが原因である。
「三郎はまだ帰らないのですか!」
「旦那様は気まぐれなので分からぬ」
「何という物言いですか!夫婦揃ってウツケとは嘆かわしい」
「妾は蝮の娘であってウツケではないぞ」
帰蝶は『美濃の蝮』の異名を持つ斎藤道三の娘である。義理の母親であろうが一歩も引かない気の強さを顕にしていた。
「何ですって?!」
「どうか気をお鎮め、」
「政秀も城代として恥ずかしくないのですか!」
「申し訳ございません」
怒りの矛先は平手政秀に向けられたが、葬儀の時と同じようにひたすら頭を下げて耐えていた。土田御前は折り合いの悪い信長によって葬儀を滅茶苦茶にされた事で怒り心頭でその矛先を帰蝶や政秀に向けていた。
「謝って済む問題ではありません。こうなったからには三郎が家督を継ぐ事も考え直さなければ、」
「それくらいで収めた方が良いのでは?」
「勘十郎?」
「兄上から家督を取り上げて誰に渡すつもりです?龍泉寺の信広兄者ですか?守山の伯父上ですか?」
信行は信長以外の後継者候補を挙げ連ねて土田御前に回答を迫った。
「唐突に何を…」
「三郎兄上を廃嫡すると言い出したのは母上ですよ。まさかとは思いますが、何も考えずに言い出したのですか?今の織田家を統べる事が出来るのは三郎兄上だけなのですが」
「織田家を潰すつもりですか!」
多くの家臣と同じように『尾張のウツケ』と呼ばれる信長が当主になれば織田家は一巻の終わりだと土田御前は思っていた。
「あの格好を三郎兄上が素でやっていると思っているのですか?」
「何を言っているのですか?」
「母上は三郎兄上の事を全く分かっていない。兄上はウツケのふりをして我々を含めた家臣の忠誠心を見極めているのですよ」
「まさか…」
土田御前は信長が奇怪な行動をする理由を聞かされて頭の中が混乱した。
「亡き父上は尾張統一を目標とされていましたが、三郎兄上はその先にある天下統一を目標にしているのです。三郎兄上に必要なのは命令を忠実に守る者と道を誤りそうになった時に正面から諫言して止める事が出来る者です」
「…」
「これから三郎兄上に付く者と私に付く者に二分されるでしょう。私は古渡と末森に居る者の見極めを任されています」
信行は懐から巻物を取り出してその場に広げた。巻物には家臣の名前が書き連ねてあり、◯や✕の印が付けられていた。◯が信長の味方で✕が信長の敵である事は一目瞭然だった。後ろの方には一族の名前も書かれており土田御前には印が付けられていなかった
「母上も自身の置かれた立場を見極めて行動してもらわなければなりません」
「どういう意味なのです」
「三郎兄上の目標に障害となり得る者は例え身内であっても容赦しないという事です。『親殺し』という汚名を私に着せるような真似はお止めください」
「お、親を手に掛けると言うのですか?」
「それは母上次第ですよ」
信行が筆先を土田御前の名前が書かれてある場所に向けた。協力しなければ✕印を付けるぞと半ば脅している状況だった。
「分かりました。私は出しゃばり過ぎたようですね」
「そうとも限りませんよ。母上と義姉上には三郎兄上を止める切り札として働いて頂きます。あくまでそのような事態になった時に限りますけど」
「私に出来る事なら何でも致しましょう」
「ご理解して頂ければ幸いです。但しこの件は内密に願います」
信行は一部を除いて親族の説得が終わったので後の事を帰蝶と平手政秀に任せて信長の帰りを待たず古渡城に引き上げた。




