第16話 一門衆の不始末(二)
ご覧頂きましてありがとうございます。
ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。
差し支え無ければ誤字・脱字の指摘もお願い致します。
龍泉寺城に到着した信行一行は先触れを出していたので警戒される事なく城内に入った。身形も普段着に羽織袴という少し遠出をするようなモノだった。
「ご無沙汰しております」
「お互い城主という立場だ。顔を合わせる機会が少なくなるのは仕方ない」
信行が機嫌伺いで顔を出したと思っている織田信広は全く警戒しておらず笑顔で迎えた。
「今日は個人的に用があって参りました」
「話を聞こう」
信行は懐から一通の手紙を取り出して織田信広の前に置いた。
「何だこれは?」
「読んでいただければ分かりますよ」
織田信広は手紙をひと目見ただけで顔色を変えて信行を睨んだ
「これをどこで手に入れた?」
「答える義務はありません」
先日国境の山中で取り交わした覚書そのものであり、斎藤義龍の名前と花押の他に織田信広も名前と花押を添え書きしていた。信行は千賀地保俊に命じて目付衆に覚書を入手させて斎藤義龍の手元には偽物を残した。
「信長に詫びれば良いのか?」
「仰る意味が分かりません」
「何だと?」
「一門衆である貴殿が他国と手を組んで謀反を企んだ。それを詫び一つで済ませると?巫山戯るのも大概にされた方が良いですよ」
「俺に腹を切れと云うのか!」
「それしか無いでしょうね」
信行は腰に差していた脇差を織田信広の前に置いた。
「俺に腹を切れだと?俺は織田の長男だ。弟のお前に指図される覚えはない!」
「長男といっても庶兄ですよね。家督を継げなかった時点で私と同列ですよ」
「貴殿が兄上を支える役目を全うしていれば兄として敬っていたでしょうけど、父上が亡くなった後の態度で見限りましたよ」
信秀が亡くなってから弔問に訪れず、体調不良を理由にして葬儀にも顔を出さなかった。信長は『思う所があるだろうから仕方ない』と言っていたが、信行は『顔だけでも見せていれば良いものを。自分から疑ってくれと言っているようなものだ』と警戒するようになった。
「どのように思おうとお前の勝手だが、ここは俺の城だ。敵中深くに自ら飛び込んだ事を後悔するなよ」
織田信広が背後にあった太刀に手を伸ばそうとした時、信行の後ろに控えていた千賀地保俊が懐から小刀を取り出して織田信広に投げ付けた。
「ぎゃー!」
小刀は織田信広の左腕に突き刺さり太刀を握りそこねた。その隙に千賀地保俊が織田信広に近付いて右腕を掴むと捻り上げた。
「お、おのれ!」
右腕を強く拗じられた事で肘の関節がおかしくなり両手が使えなくなった。
「季忠が居ないからと舐めて掛かった貴殿の負けです」
「な、何者だ」
「忍びですよ」
千賀地保俊は織田信広の両足を縄で縛り上げて動けなくした。両腕も使い物にならないので織田信広は畳の上でのたうち回るしか無かった。
「信行様、終わりましたよ」
障子が開けられて千秋季忠が部屋に入ってきた。返り血を浴びて普段着が所々赤く染まっていた。
「大丈夫か?」
「手練が数名居たので少し手こずりましたが、この通り大丈夫ですよ」
千秋季忠は手に持っていた太刀を腰にしまうと力こぶを見せて無事である事を証明した。
「貴様が千秋の次男坊か!」
「千秋季光の次男、千秋季忠。謀反人の配下を斬らせてもらった」
千秋季忠は素っ気なく答えた。
「全滅させたのか?」
「何もせず降伏した者を除いて約四百名はあの世行きだ」
織田信広は唖然として力が抜けたようになった。
「織田信広、斎藤義龍と共謀して謀反を起こした咎で死罪とする」
「信長はこの事を知っているのか?」
「謀反の件は知っていますよ。但し貴殿が私に殺される事は知りません。全て私の一存でやる事なので」
この後で織田信広は千秋季忠に首を刎ねられた。信行はその一部始終を見ていたが感情を表に出さず、淡々とした様子だった。
*****
信行は『織田信広が居なくなったので要員を送るように』と書いた手紙をもたせた遣いを鳴海城に走らせた。手紙を受け取った内藤勝介は柴田勝家に段取りさせて龍泉寺城に向かわせた。
「勝家が来てくれたのか」
「はい。それじゃあ城代として、」
「先にこの手紙をご覧ください」
柴田勝家から渡された手紙は筆跡が乱れて殴り書きされており『これ以上御屋形様に仕える事が出来ない。人を殺して出奔する』という内容だった。
「誰からの手紙だ?」
「前田利家からです」
前田利家は市江島の戦いが終わった後で信長から請われて母衣衆に加わり信長の直臣という立場に変わった。
「兄上も『あの男は使える奴だ』と褒めていたけど」
「その後からだと思われますが、陰湿な嫌がらせを受けているようです」
「陰湿な嫌がらせ?聞き捨てならないね」
独身だった前田利家は遠戚の篠原まつを紹介されて周囲の勧めもあって許婚となったが、その頃から同朋衆の茶坊主である拾阿弥から嫌がらせを受けるようになった。最初は直接嫌味を言われる程度だったが、周囲に有る事無い事を吹き込まれて誤解を招くなど役目に支障が出るようになった。
前田利家は上役に何度も申し入れをしたが、拾阿弥が上手く立ち回って話を有耶無耶にしたので為す術が無く追い込まれた。これ以上我慢すれば気が狂うと思った前田利家は最後の望みで柴田勝家に手紙を送った。
「早急に手を打つべきだよ」
「某が直接動いて良いものかと」
「同朋衆が相手なら下手な事は出来ないな」
信長の秘書官的存在である同朋衆が相手なので下手に動けば拙い事になると考えて躊躇した。
「申し訳ございません」
「那古屋に行って利家を引き取るよ。同朋衆の茶坊主にはお灸を据えてやろうじゃないか」
「信行様、誰が残るんですか?」
やり取りを見ていた千秋季忠は城主の代わりをする者が居ないと信行に伝えた。
「季忠に任せるよ」
「俺ですか?」
「他に誰がやれるんだ?」
「分かりました。生意気な茶坊主をぶん殴れると思ったんですが」
意気消沈する千秋季忠を龍泉寺城に残して信行は那古屋城に向かった。
篠原まつの生年について、辻褄を合わせる為に通説より早い生まれの設定にしています。




