第14話 浅野寧々
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信行は木下藤吉郎と連れの女性を鳴海城に案内すると客間に通した。木下藤吉郎は城に入るのが初めてだと分かるくらいキョロキョロしていたが、連れの女性は視線を移さず前だけを見ている様子だった。二人の後ろを歩いていた千秋季忠から耳打ちされた信行は或る事を思い出して小さく頷いた。
「季忠、先程の件は任せるよ」
「承知致しました。何らかの言質が取れたら佐久間様(佐久間盛重)に動いてもらいます」
千秋季忠は蔵に押し込んだ浪人集団の取り調べを行う為に席を外して客間を出ようとした。
「それで構わないけど結局はやるんだろ?」
「佐久間様から頼まれると思いますので」
政事担当の奉行を任されている佐久間盛重は荒事をあまり好まないので柴田勝家や佐久間盛次に任せているが、柴田勝家が市江島の服部友貞討伐で不在、佐久間盛次も領内の巡回に出て不在なので千秋季忠にお鉢が回ってくるのが確実だった。
「あの方は城主様の護衛役ではないのですか?」
「護衛役と町方(警察)を兼ねているんだよ。剣術遣いで戦好きの暴れん坊だよ」
「先程の暴れっぷりを見て頼もしい方だと思いました」
「季忠に伝えておくよ。また自慢するだろうけど」
信行は呆れ顔で部屋の外を見た後、二人に向き直って頭を深々と下げた。
「城下で危ない目に遭わせてしまい申し訳なかった」
「城主様に頭を下げられたら私たちが困ります」
二人が酷く動揺したので信行も拙いと感じて頭を上げた。
「己に非が有る時は素直に謝罪するのが人というものだよ。偶に頭を下げず太々しい態度を取る事もあるけどね」
「そうなのですか?」
「城主という立場になればややこしい事が舞い込んでくるんだ」
「私なら目を回して倒れてしまいます」
信行は木下藤吉郎と会話をしている内に話を聞く事に長けていると思った。商人だけあって相槌を打ったり質問する術を心得ているので長く話をしても飽きる心配がない。
木下藤吉郎は大変な逸材である可能性が高いと思った信行は召し抱える事を決めた。本来なら内藤勝介か佐久間盛重に相談を持ち掛けるが、その時間すら勿体ないと思ったので事後承諾を得れば良いと考えた。
「木下藤吉郎」
「はい」
「織田信行の与力として織田家に召し抱える」
「ありがとうございます」
「藤吉郎には祐筆を担ってもらう」
信行は木下藤吉郎に祐筆の役目を説明した。祐筆は秘書役と筆記係と文書係を兼ねており、警護役の千秋季忠と共に信行の傍に控える要職である。以前は佐久間盛重が担っていたが政事担当の奉行になったので空席になっている。
全ての事を信行一人で賄う事になったので手に負えなくなり土田御前や直虎に助けを得る事もあった。木下藤吉郎が祐筆に就く事で身内に負担を掛ける事は無くなると考えた。
「藤吉郎の希望を叶えるに当たって一つ尋ねたい事がある」
「何でしょうか?」
「女性の素性を教えてほしい。少し前に那古屋城で見掛けた記憶がある」
「他人の空似と思いますが…」
「言いたくなければそれでも構わないけど、私に話す事で楽になるなら話した方が良いと思う。内容次第では助ける事が出来るかもしれないからね」
信行が内容次第で助け舟を出すと言ったので木下藤吉郎は思い切って賭けに出たほうが良いと考えた。
「正直に話して城主様に助けてもらおう」
女性の方も信行なら何とかしてくれると思ったので木下藤吉郎に判断を委ねる事にした。
「藤吉郎様の判断に従います」
「城主様に全てお話致します」
木下藤吉郎は武士上がりで自尊心が高く野良仕事をしない継父(木下竹阿弥)と折り合いが合わなかったので家を飛び出した。
気の向くままに西へ向かっている最中に偶然出会った行商人に気に入られた木下藤吉郎は商いを学ぶべく弟子入りした。熱心で口が上手かった事もあり比較的短い年数で暖簾分けしてもらい独立した。
尾張国に戻った木下藤吉郎は修行時代にで稼いだ金を元手に小物を扱う露店商を始めた。偶々客として訪れた浅野寧々と知り合って懇意になったが、浅野寧々の父親(浅野長勝)が『農民上がりの商人に嫁ぐなど以ての外』と結婚を認めなかった。
腹を立てた浅野寧々は木下藤吉郎と共に駆け落ちする形で那古屋から姿を消した。その後二人は三河国で露店商をやっていたが、知立の戦いで今川勢が負けたので尾張国に戻った方が安全だと考えて鳴海城下に入り今に至っている。
「話を聞いて思い出したよ。義姉上の側仕えしている姿を見かけた事があった」
「仰せの通り那古野城で帰蝶様にお仕えしておりました」
「正直に話してくれて感謝するよ。二人の件は私が責任を持って解決するから安心してほしい」
「「宜しくお願い致します」」
信行は二人の事を内藤勝介に預けると急いで那古屋城に向かった。余談だが木下藤吉郎の商いを邪魔していた野武士はある大店から頼まれていた事が明らかになり、その大店は信行の手で取り潰しになった。
*****
「直虎の事は聞いている。体調はどうなのだ?」
「悪阻も峠を越えたようで順調です」
「そうか。帰蝶はもうすぐ産み月だぞ」
信長は子供が男子であろうが女子であろうが関係なく後継者にするつもりである。女子なら婿を取ればよいだけだと割り切っており、帰蝶にもその事を伝えている。
「織田家はこれで安泰ですね」
「そうだと良いが、お互いもう少し頑張る必要があるぞ」
「ですよね」
子供は一人より二人、二人より三人と多く設けて不測の事態に備えるべきだという考えがこの時代の主流なのでそれに従っているだけである。
「今日はどうした?」
「兄上のお力をお借りしたく思いまして」
「揉め事か?」
「揉め事ではないのですが、」
信行は木下藤吉郎と浅野寧々の一件を信長に説明した。出会う切っ掛けになった鳴海城下における浪人集団の件も伝えた。
「俺から浅野長勝には話を通しておく」
「ありがとうございます」
「そう言えば帰蝶が『気の合う側仕えが姿を見せなくなった』と嘆いていたな。おそらく浅野寧々の事に違いない」
浅野寧々が急に姿を見せなくなったので帰蝶は浅野長勝を呼んで話を聞いたところ、『神隠しにあって姿を消した』と言われたので腹を立てて『神隠しなど存在せぬわ!ちゃんとした理由を話せ!』と詰め寄ったので信長と平手政秀が間に入って仲裁する一幕があった。
「後の事は任せる。二人に祝言を上げさせてやれ」
「分かりました」
「帰蝶にも浅野寧々の事を伝えてやってくれ」
信行が帰蝶を訪ねて浅野寧々の事を伝えると少し驚いた後で笑顔になり自分の事のように喜んだ。帰蝶はその場で手紙を書くと巾着袋と共に押し付けて『二人に必ず渡すのじゃ』と念を押した。
*****
鳴海に戻った信行は木下藤吉郎と浅野寧々を呼んで信長の協力を得たので心配事は無くなったと伝えた。
「寧々には那古屋城での経験を活かしてほしい」
「側仕えでしょうか?」
「母上の側仕えを頼みたい。前任者が少し前に辞めてしまって直虎の側仕えが兼ねているんだよ」
土田御前の側仕えが家事都合の関係で身を引いたので直虎の側仕えが一時的に兼務する事で話は纏ったが、直虎が身重なので付きっきりになる事が多く頭を悩ませていた。
「直ぐにでもやらせて頂きます」
「助かるよ」
土田御前は浅野寧々を一目見るなり大層気に入って側仕えというより娘のように接した。浅野寧々がキッチリ一線を引いているので妬みやっかみが起きる事も無く、土田御前の機嫌も以前と同じ様に落ち着いたので信行も胸を撫で下ろした。
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「義姉上から寧々宛の手紙を預かっているんだよ」
浅野寧々は土田御前との顔合わせが終わった後で信行から手紙と巾着袋を渡された。
「時間がある時に読んでくれたら良い」
「ありがとうございます」
浅野寧々が役目の間に読んでみると『寧々が無事である事を聞いて安心した。勘十郎が木下藤吉郎なる者を逸材だと褒めていたから胸を撫で下ろした。色々忙しいと思うが暇を見つけて那古屋城に顔を見せてほしい。追伸 浅野長勝は妾も少し脅しておいたから心配する事は無いのじゃ』と書かれており、巾着袋には祝 儀と書かれた紙切れと結構な量の粒金が入っていた。
読み終えた浅野寧々が号泣したので近くに居た土田御前が驚いて駆け寄って慰めた。その後で信行に原因があると勘違いした土田御前に呼び出されて理由が分からないまま長時間説教される信行の姿があった。
浅野寧々の生年について、辻褄を合わせる為に通説より早い生まれの設定にしています。




