第13話 木下藤吉郎
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信長から手紙が届いたので目を通していた信行は思わず吹き出した。
「信行様、大丈夫ですか?」
「突然悪かったね。直虎もこれを読んでみて」
信行は笑いを堪えながら手紙を直虎に渡した。直虎も手紙を読んでいる内に我慢出来ず笑い出した。
「信行様が悪く書かれていますね」
「酷い書かれようだろ?悪いのは兄上なのに」
信長が書いた手紙には『先触れもなく母が那古屋に現れた。挨拶をする間もなく説教が始まって散々な目に遭った。帰蝶は笑いながら見ているだけで助けようとしない。それもこれも勘十郎が母に余計な事を吹き込んだからこのような事になった。責任を取れ』と書かれていた。
「兄上が言った事をやんわりと伝えただけなのに」
「信行様も人が悪いですね」
「そんな事は無いと思うけど」
平時における信行と直虎はいつもこの調子である。
*****
信行は手紙の続きを読み終えると執務室に向かった。鳴海城への移動も終えて本格的に統治を始めていたが、直虎の体調が安定するまで支配地域の巡回も控えて鳴海城周辺に留めている。
「勝家です。お呼びと聞きました」
「忙しい時に悪いね」
信行に呼ばれた柴田勝家が前田利家を伴って執務室に姿を見せた。
「御屋形様から手紙が来てね。『前田利家なる者を母衣衆に取り立てたいから本人の意向を聞いてくれ』と頼まれている」
「治部少丞様、お断りしても良いんですか?」
「待て、母衣衆になれば出世の道が開けるのだぞ」
前田利家の答えを聞いた柴田勝家が母衣衆になる利点を言って翻意を促そうとした。
「まあまあ落ち着いてよ、勝家」
「申し訳ございません」
「嫌なら御屋形様には断りを入れる。出来れば理由を聞かせてほしい」
信行は柴田勝家を宥めると前田利家に問い掛けた。
「俺は戦場で槍を振るいたいんですよ。母衣衆になればそれも叶わなくなるじゃないですか」
「確かにそうなるね」
母衣衆は信長直属の護衛役と連絡役を兼ねる要職である。若手家臣が出世する足掛かりになる事から競争率が高く席の取り合いになっている。信長が危機に陥らない限り敵兵と戦う事は無いので前田利家には有難迷惑の話になる。
「俺は戦場で先陣を切って敵兵を薙ぎ倒す事が楽しいんです。あくまで戦場の話ですけどね」
「利家、治部少丞様に対して無礼だぞ」
「良いじゃないか。季忠に似ている者が居て面白いと思うけどね」
前田利家は千秋季忠に雰囲気が似てるので信行も気に入っている。礼儀には疎いが与えられた役目はキッチリ果たすので気にする事はない。畏まった事をあまり好まない信行にとって面白い存在である。
「あの人と稽古をしましたけど槍を使わなきゃ勝てませんよ。刀を持った化け物ですね」
「そうかい。季忠にはそれとなく伝えておくよ」
「是非お願いします。治部少丞様、母衣衆の件は?」
「御屋形様には私から断りを入れておくよ」
「助かります。これから稽古があるんで」
そそくさと立ち上がろうとした前田利家の袖を信行は掴んだ。
「他にも用があるんだよ。せっかち過ぎるのは良くない」
「す、すいません」
信行に注意された前田利家を見て柴田勝家は『言わんこっちゃない』と呆れていた。
「二人には近々那古屋に行ってもらう」
「戦ですか?」
「御屋形様が市江島を攻める。その応援をしてもらいたい」
「一向宗の服部友貞ですか」
「準備が整ったから援軍を出せと言ってきたよ。それも勝家と利家を名指しでね」
「御屋形様も利家の働きをその目で見たいのだろう」
手紙の中で前田利家の暴れっぷりを詳しく書いた事から信長は直接見たくなったので寄親の柴田勝家を引っ括めて援軍として向かわせろと命じてきた。
「伯父貴、行きますよね?」
「当たり前だ。御屋形様の命令に逆らう奴がどこに居る?」
「治部少丞様、市江島で暴れまくって前田利家の名を広めますんで楽しみにして下さい」
「期待しているよ」
数日後、準備を整えた柴田勝家と前田利家は信長宛の手紙を携えて那古屋城に向かった。
*****
「城主様がまた出歩いてるぞ」
「やる事が無いんか?」
「分からんけど、露店商から物を買い漁ってるぞ」
「大店には見向きもしないな」
信行が千秋季忠を伴にして城下を歩き回っていると民から声が聞こえてきた。信行は大店などの常設の店には見向きもせず露店商人の店を一つ一つ訪ねては物を買って二言三言話をしている。
常設の店はいつでも顔を出して話も出来るが、露店商はその場限りの可能性があるので信行は都合が付けば城下を回るようにしていた。
「信行様、商人の数が増えてますね」
「兄上の施策が上手く行ってる証拠だよ」
「反対する声もあまり聞かれませんし」
「関所廃止と楽市楽座は兄上肝煎りの施策だから成功させなければならない」
「露店商人への嫌がらせは厳しく取り締まってます」
信長は岩倉城を落とした直後から領内の関所廃止と楽市楽座制度を導入した。人の流れを良くして多くの商人を呼び込む事で商取引の活性化を図り、物価の安定と税収を増加させる狙いがあった。反対する商人も居たが、津島湊と熱田湊を味方に付けている信長は強引に進めて結果も出していた。
「お止め下さい!」
「誰の許しを得て商いをしている?」
「織田家の領内は商い自由と聞いている。許可は要らないはずです」
「末森では大店の許しが必要なのだ」
「そんな話は聞いた事がない」
「お前が知らないだけだ」
「それなら役人を呼んでもらいたい」
「馬鹿言うな。ここでは俺たちが役人の代わりなんだよ」
「そんな事、信用出来るか!」
近くで人が争う声が聞こえたので信行が近付いてみると浪人の集団が露店商人の男女を取り囲んで難癖を付けていた。
「馬鹿な連中が居るもんだ」
「ちょっと気になる事を言ってるね」
千秋季忠は呆れた様子で浪人たちを見ていたが、信行の耳に捨て置け無い言葉が聞こえた。
「捕まえましょうか?」
「そうしてくれ」
千秋季忠が手で合図を出すと巡回している兵士がわらわらと集まってきて浪人の集団を取り囲んだ。そして刀を抜くのを合図に浪人たちに襲いかかり、木刀や刺叉でぶっ叩いてあっという間に取り押さえた。
「そいつらは城内の蔵にぶち込んでおけ。俺が直々に調べる」
「心得ました」
兵士は千秋季忠の指示を受けて浪人集団を連行して鳴海城に向かった。
「怪我は無いかい?」
「ありがとうございます」
「何事もなくて良かったよ」
「私は木下藤吉郎と申します。あの連中からいきなり難癖を付けられまして」
木下藤吉郎は浪人集団に絡まれた時の状況を信行と千秋季忠に掻い摘んで説明した。
「君の態度に感心したよ。刀を差している者が相手なら物怖じして及び腰になるからね」
「あのような連中が居ると聞いた事があったので会った時に言い返してやろうと決めていました」
「助かるよ。先程の連中は厳しく詮議して処分する事を約束しよう」
「失礼ですが、何処かのお武家様ですか?」
信行が浪人集団から事情を聞くと言ったので鳴海城の関係者に違いないと考えた木下藤吉郎は思い切って信行に訊ねた。
「僕は織田信行という者で、」
「じょ、城主様ですか?」
「そうなんだけど、御屋形様から預かっているから城主代理の方が正しいかもしれないね」
「城主様にお願いがあります!」
「僕に出来る事なら何でも」
「家来にして頂きたいのです」
木下藤吉郎の思い切ったやり方に信行は関心を持った。
「詳しい話を聞かせてもらってから返事をしても良いかな?」
「わ、分かりました」
信行は二人を連れて鳴海城に戻ったが、女性の顔をどこかで見た事があるような気がしたので城に到着するまでの道すがら記憶の糸を辿った。




