第11話 詰腹を切らせる
ご覧頂きましてありがとうございます。
ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。
差し支え無ければ誤字・脱字の指摘もお願い致します。
知多半島の西北に位置する亀崎に到着した織田勢は山口教継の出迎えを受けた。
「佐治為景に動きは?」
「全くありません。大草の教吉からもそのような知らせは受けておりません」
佐治為景は信行の遣いから『今川が領内に攻め込む気配あり』という内容の手紙を受け取ったが、今川の戸田宗光から援軍を出すなと言われていたので日和見していた。
「大野城に出向いて佐治為景の言い訳でも聞かせてもらおうか」
「承知致しました」
念の為に亀崎で待機する山口教継を残して織田勢は河和城に向かって南下を始めた。
「教継」
「何でしょうか?」
「知多半島と水軍をお前に任せるつもりだ。その心積もりをしておくように」
「承知致しました」
山口教継は予想外の事に驚いたが、信行の中では佐治為景を潰す事を決めた時点で山口教継の移封を考えていた。知多半島にある拠点が西側の常滑湊と東側の河和湊に分かれている事から兵力を分散させる必要があり悩みのタネだった。山口教継は嫡男教吉が侍大将として部隊の指揮を執る事が出来るので常滑湊を任せて、本拠地として考えている河和湊を山口教継に任せて渥美半島の戸田宣光に睨みを効かせようとするものである。
*****
信行は軍勢を河和湊の郊外に留めて内藤勝介と千秋季忠を伴い湊に入った。先触れを出していたので屋敷の前で佐治為景が待っていた。
「知立での合戦に勝利したと聞きました。戦勝お喜び申し上げます」
「…」
「どうされました?」
普段は愛想の良い信行が無表情のまま自分の方を見ているので佐治為景は気味悪くなった。
「何故来なかった?」
「と言いますと?」
「私は『今川が領内に攻め込む気配あり』という知らせを為景に送っている」
「確かに受け取りましたが、田原城の戸田宣光が不穏な動きを見せておりましたのでこの地に留まっておりました」
戸田宣光は出兵の準備をしていたので佐治為景が言っている事は正しく、信行も目付衆からその情報を得ていた。
「そうか。私が聞いた話と相違がある」
「…」
「戸田宣光の要請を受けて水軍を田原湊に向かわせる準備をしていた。戸田宣光は知多水軍を利用して我々の背後を襲う画策をしていた」
「お戯れを。治部少丞様でも言って良い事と悪い事がありますぞ」
内藤勝介が懐から手紙の束を取り出すと佐治為景の前に置いた。
「これは何だ?」
「見れば分かる筈だ」
佐治為景が手紙に目を通すと手が震えだして顔色が悪くなった。
「先代様(信秀)の恩義を忘れて今川と手を組むとは良い度胸だな」
「呆れて物が言えないよ」
信行と内藤勝介は佐治為景を冷ややかな目で見ていた。
「治部少丞様、隣の部屋から殺気がダダ漏れなのですが。殺っても良いですか?」
「駄目だ」
千秋季忠が刀に手を掛けて膝立ちの姿勢を取った。
佐治為景は隣の部屋に兵士数名を潜ませており、隙あらば信行の首を取ろうとしていた。
「為景、この者を甘く見ない事だ。千秋季忠の名前くらい知っているだろ?」
「この若造が?!」
「若造で悪かったな。恩知らずの爺さん」
千秋季忠は信行の乳兄弟で近習を務めている事で知られているが、若輩ながら家中で並ぶもの無しと言われる剣術遣いとしての方が良く知られている。
「佐治為景、季忠がその気になれば十人程度なら直ぐに倒せるぞ。仮にすり抜けたとしても儂を抜けると思うなよ」
内藤勝介も剣術遣いであり、家中で並ぶ者無しと言われる千秋季忠が苦手にしている数少ない相手の一人である(もう一人は実兄の千秋季直)。二人に加えて連れてきた兵士も腕利きが揃っているので佐治為景が策を弄しても勝ち目は無かった。
「儂を消せば水軍も立ち行かなくなるぞ」
「そんな事は百も承知だよ。九鬼浄隆の助けを借りる手筈になっている」
「津島で水軍を再建している噂を耳にしていたが…」
九鬼浄隆は志摩水軍の頭領だった九鬼定隆の嫡男である。九鬼定隆が病死した後に地頭が叛乱を起こして志摩から逃亡した。津島湊に辿り着いた際に顔役の生駒弥平と知り合い、信長を通じて信秀に推挙された。織田家に仕える事が決まった九鬼浄隆は信長の与力となり水軍を再建した。
「さて、佐治為景が取る道は二つある。腹を切って一族に累が及ばないようにするか、我々と戦って根切りにされるか」
「死ねというのか!」
「当たり前じゃないか。織田家に仕えていながら今川に与する者を許す物好きは存在しない」
「…」
「返事が無いのは我々と一戦交える覚悟を決めたという事だな」
交渉決裂だと判断した信行は立ち上がろう膝に手を置いた。
「お待ち下さい。儂が腹を切れば事を荒らげずに済むのですな?」
「抵抗しない限り約束は守る。但し知多半島から出ていってもらうぞ」
佐治為景は信行が出した条件を承諾して腹を切った。大半は佐治為景の言葉を守って素直に従い知多半島から出ていった。抵抗する者も居たが柴田勝家と佐久間盛次の手で討伐されて一族諸共根切りにされた。
信行は内藤勝介に相談して山口教継の準備が整うまで河和湊を柴田勝家に、常滑湊を佐久間盛次に任せる事にして末森城に引き上げた。
****
信行から送られた手紙を読んだ信長は直ぐに平手政秀を呼んだ。
「勘十郎が今川を退けたぞ」
「それは祝着至極でございますな」
「佐治為景が今川と通じていたらしい。河和湊に乗り込んで腹を切らせたとある」
「何と」
信長は証拠になった手紙の束を平手政秀に渡した。手紙に目を通した平手政秀は呆れ顔で首を振った。
「これを突き付けられたら言い逃れは出来ませんな」
「勘十郎の目付衆が河和湊と田原城から手に入れたそうだ」
「やはり忍びの力は侮れませんな」
「だから百地一派を召し抱えた」
信長は生駒弥平の仲介で伊賀の忍びである百地三太夫と接触して一派纏めて配下に召し抱えた。
「尾張介様の暗殺を防いだのは驚きました」
信長は周辺地域の情報収集を命じたが、直後に清洲城で信光の暗殺を画策している者が居ると報告を受けてすかさず手を打った。暗殺は失敗して犯人は清洲城から逃げ出して美濃方面に姿を消した。
「あの後に城から逃げ出した坂井大膳と坂井孫八郎が稲葉山城の近くで殺されたと聞きましたが」
「藤林正保が殺ったと百地が言っていたぞ」
犯人は信光の与力である坂井大膳と縁者の坂井孫八郎の二人だった。元の主君だった織田信友の仇を取る為に信光に近付き暗殺に及んだが、百地三太夫配下の藤林正保に阻止されて二人は清洲城から逃げ出したものの忍びの網に掛かって捕らわれた。
二人に信光暗殺を唆したのが斎藤義龍だったので藤林正保は二人を始末した後、死体を稲葉山城下に運んで放置した。斎藤義龍は自身の関与を疑われない為に身元不明の遺体として処分させたが、城下では『斎藤義龍が遺体の二人と何からの関与がある』という噂が流れて当主斎藤利政から事情を聞かれる一幕があった。




