第10話 知立の戦い
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今川に対する迎撃の準備を終えてから十日後の早朝、刈谷城の水野信元から早馬が到着した。
「今川勢が国境を越えて刈谷方面に向かっております。その数凡そ五千」
「ご苦労だったね。誰か、刈谷の者を休ませてやってくれ」
信行は遣いから報告を聞くと触れ太鼓を叩かせて家臣を召集した。
「今川が動きましたか」
「詳しい情報は保俊から来る筈だ。刈谷に向かう道中で聞く事になるだろう」
「分かりました。備えは計画通りで宜しいですか?」
「それで構わないよ」
今川義元が三河で兵を集めている事を千賀地保俊から聞いた後、物資運搬の段取りに加えて備えも決めていた。
一番隊・柴田勝家(先鋒)
二番隊・水野信元
三番隊・内藤勝介
四番隊・織田信行
五番隊・千秋季忠
六番隊・佐久間盛次(殿軍)
留守居・佐久間盛重
「佐治為景にも遣いを出しますか?」
「そうだね。教継が大草と亀崎を押さえた後で良いよ」
「分かりました」
「教継に遣いを出して『佐治の兵は一切通すな』と伝えてほしい」
佐治為景を敵対勢力として扱う事を決めて山口教継には然るべき対応を取るように指示を出した。佐治為景が末森城に来た場合は速やかに追い返せと佐久間盛重に命じた。
「これで兄上に援軍が出せなくなったよ」
「やむを得ませんな」
「久方ぶりに兄上の手伝いが出来ると思っていたのに」
「機会は幾らでも有りますので今川退治に専念致しましょう」
信長は年始早々に清洲城を急襲して城主織田信友を討ち取り制圧した。清洲城には伯父信光を入れて美濃への備えとすると共に守山城は従兄弟の信成(信光嫡男)に任せて動向がはっきりしない龍泉寺城の庶兄信広に備えさせた。
勢いに乗る信長は尾張北部で中立的立場にある岩倉城の織田信安に使者を送って従属を提案したが、美濃の斎藤義龍と懇意にしている事を理由に拒否された。 事態を重く見た信長は出兵を決断して信行にも援軍を出すように命じていた。
*****
評定を終えた信行は具足を身に着けると私室に向かった。私室には土田御前と直虎が揃っていた。
「今川勢が尾張に向かっていると一報が入りました。知立付近で迎え撃つので出陣致します」
「気を付けてお行きなさい」
「ご武運をお祈りしております」
「後の事は宜しくお願い致します。何かあれば佐久間盛重に相談して頂ければ」
「分かりました。今川を徹底的に叩いてきなさい」
二人も女性用の具足を身に着けており、信行が出発した後は城主代理として城を守る事になる。留守居の佐久間盛重が事実上の城主として采配を振るう。
*****
末森城を出発した織田勢は鳴海城に立ち寄って山口教継と山口教吉を交えて再度軍議を行い方針を確認した。
「教継、佐治為景の兵は知多半島から一歩も外に出すな」
「心得ております。万が一、強行突破を試みた場合は…」
「斬れ。私の指示に従わない者は反乱軍として扱え」
「承知致しました」
信行は佐治為景に対する方針を改める事にした。『今川が領内に攻め込む気配あり』とだけ伝えて、後は自分で考えろと突き放す事にした。
「治部少丞様、目付衆の千賀地殿が参られました」
「こちらへ案内してくれ」
今川勢の動きを探っていた千賀地保俊が千秋季忠に付き添われて姿を見せた。信行は千賀地保俊が率いる忍びに対して呼び名があった方が良いと言って『目付衆』と名付けていた。
「今川勢は関口親永が総大将、山田景隆と鵜殿長持が副将として従っております」
「一門衆が総大将とは。兵士の数は少ないけどやる気はあるようだね」
「当初の予定通り知立で野戦に持ち込むべきです」
「分かった。刈谷で水野信元と合流した上で知立に向かおう」
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刈谷城で水野信元と合流した織田勢は知立まで進んで今川勢の到着を待った。対する今川勢も翌日には知立に到達して両軍の戦闘が始まった。
「槍隊、前へ!」
「弓隊、放て!」
今川勢と接敵した一番隊は柴田勝家の指示を受けて攻撃を開始した。後方から戦況を見守る信行に或る兵士の姿が目に入った。
「一人だけ突出してないかい?」
「確かに。あの男なら仕方ありませんな」
「勝介にそこまで言わせるとは凄いね」
「名は前田利家、荒子前田の四男です」
「やたら目立つ恰好をしているし」
利家は武具全てを赤色に染めているので遠目からでは全身に返り血を浴びているように見える。敵もそのように見えているらしく及び腰になっていた。
「あのような身形をしていますが、某の知る限りでは槍術で右に出る者は居りませんな」
「良いじゃないか。足軽で置いておくのは勿体ない。足軽大将に据えるよう勝家に伝えるよ」
「配下を率いてもあの無茶ぶりは直らんでしょう」
「僕はあの無茶ぶりを買いたい。間違いなく味方の士気が上がるからね」
信行は人の目利きに優れており一度見ただけで前田利家の能力を見抜いた。評定の席で公言した約束(能力ある者を抜擢)を早々に実現する事になった。
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前田利家の大立ち回りに加えて水野信元と千秋季忠による側面からの攻撃が決め手となり今川勢は大敗した。敵将三人は潰走した兵士に紛れて何とか安祥城まで逃げ延びた。
「しばらくの間は静かになるでしょう」
「今川義元も周りに敵を抱えているからね」
今川義元の本拠地である駿河は北に甲斐の武田晴信、東に相模の北条氏康という敵対勢力を抱えているので再戦に臨むのは難しい状況だった。
「勝家、寄騎に赤装束の足軽が居るよね?」
「利家の事ですね。荒子の前田利治殿に頼まれて預かっております」
「あの暴れっぷりを見てね。足軽組頭にしようかと考えているんだよ」
「見た目は傾いていますが面倒見が良いので近い内に治部少丞様に相談するつもりでした」
「それなら末森に戻り次第手続きをしておくよ」
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織田勢は知立から引き上げると刈谷城に向かった。水野信元に対して三河に攻め込む準備を少しずつ進めるように指示を出した。
「治部少丞様、そちらに行けば知多半島ですが?」
「この方向で合っているよ」
「分かりました。何時でも戦えるように指示を出しておきます」
信行は末森城に戻らず、鳴海付近で進路を南に変えて知多半島を目指した。
「先日まで味方だったけど敵側に与したから相応の報いを受けてもらわないとね」
「水軍が絡むので難儀するかもしれませんな」
「大丈夫だよ。津島に居る九鬼嘉隆を呼んでいる。下手すれば常滑湊で睨み合いを始めているかもね」




