第1話 盟約
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織田信秀が居城にしている末森城に次男の信長がやって来た。那古野城を任されている信長は仕置きの事で話があると信秀に呼び出されていた。話を終えた信長は弟信行が居る部屋を訪れた。
「勘十郎(信行)、元気そうだな」
「お久しぶりです!父上に呼ばれたのですか?」
「そんなところだ。お前の顔を見に来た」
「有難うございます。ですが何も出ませんよ」
「分かっている。兄として弟に媚を売っておいた方が良いだろ?」
「普通は逆だと思いますが…」
「まあ気にするな」
信長は末森で暮らす信行と会う機会があまり無いので顔を合わせる度に話をするように心掛けていた。
「面白い話があってな。俺がお前を妬んでいる噂が那古野で広まっている」
「面白い事ではありませんよ」
「その噂を聞いた母上から弟を大事にしろと説教されてな」
信秀が手元に置いている勘十郎の事を信長は面白くない存在だと妬んでいる噂が那古野城で広まっていた。
「母上なりに心配されていると思いますが、真偽を確認しないで説教するのは宜しくありません」
「お前から兄を虐めるなと言ってくれるか?」
「言っても構いませんが、後が怖いような気が…」
「お前でも母上の事が怖いか」
「怖いに決まってますよ」
勘十郎も信長と同じように怒れば怖い母親だと分かっているので面と向かって物を言うのは流石に躊躇した。
「犯人は美作(林通具)ですよ。何かにつけて私を持ち上げようと躍起になっていますから」
「困った奴だ」
「美作の事を見て見ぬふりをする佐渡(林秀貞)もグルでしょうね」
信秀は後継者を信長と定めて家中にも伝えているが、末森城に詰めている家臣は林通具を中心に信秀の意に反して勘十郎を推す動きを見せている。城代を務める林秀貞が注意せず静観している事から二人が結託して良からぬ事を画策していると勘十郎は見ていた。
「親父殿は何も言わんのか?」
「表向きは口を噤んでいますが、誰も居ない時には馬鹿共のする事に付き合ってられんと愚痴を溢しています」
「無駄な事に力を割く気はないか…。親父殿らしい」
「私も笑いながら聞き流してますよ」
林通具は信秀や勘十郎に色気を持たせようと動いているが、二人に相手されないので家中は何とか平静を保っている状態だった。
「大掃除をしませんか?」
「大掃除?」
勘十郎は自身の考えを信長に説明した。二人が険悪な関係になった状態で信長が家督を継承すれば、信長に不満を持つ者が勘十郎を担いで蜂起する可能性が高い。蜂起する直前に不満分子を一掃して家中の風通しを良くするものである。
「なるほど。実は俺にも考えがあってな」
「?」
信長は織田家に必要な者を見極める為に自身が傍若無人な態度を取って周囲を欺く事を考えていた。
「面白そうですね」
「そうだろう?俺が家督を継いでお前が補佐役として動き始める時には織田家に忠誠を誓う精鋭だけが残る」
「兄上、その精鋭で天下を狙いませんか?」
「天下を狙うか…。面白い!」
「やりますか?」
「やってやろうじゃないか。勘十郎、お前にもしっかり働いてもらうぞ」
「お任せ下さい」
しばらく後に元服して名前を信行と改めた勘十郎は古渡城に移った。その直後から信長に対して反抗的な動きを見せ始めた。信長も奇抜な格好と予想外の行動を取る事で周囲を掻き回すようになり『尾張のウツケ』と呼ばれて白い目で見られるようになった。
*****
数年後、信秀は不摂生が祟り病を得て床に伏せていた。体調は回復する事なく日毎に衰えて身体を起こすのが困難になっていた。
ある日、信行が見舞い目的で末森城を訪れると、信秀は『体調が良い』と言って身体を起こしていた。
「聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「織田家を手に入れたいか?」
「いいえ。兄上を支えるのが私の役目です」
「本心か?」
「数年前に兄上と約束しました」
信行は当時の事を思い出しながら兄弟で盟約を結んだ事を信秀に伝えた。
「儂が死んだ後、割れると思っていたが間違いのようだな」
「私と兄上が対立すると思っていたのですか?」
「周囲の話を聞いているとそのように思えるからな」
「兄弟が対立するような家は遠からず滅びますよ」
「怖い顔をするな。誰が何と言おうと儂は三郎に家督を譲る」
「それを聞いて安心しました」
「儂も息子に嫌われたまま死にたくないからな」
「縁起でもない事を言わないで下さい」
信秀は自身の体調が思わしくないので死期が近い事を悟っており信行もそれを薄々感じていた。
「後の事は頼むぞ」
「それは三郎兄上に言って頂かないと困ります」
「この場にお前しか居らんから言っているのだ」
「承知致しました」
「少し疲れた。眠らせてもらうぞ」
「分かりました。続きは明日の朝に聞かせて貰います」
「目を覚ましたらな」
「巫山戯ないで下さい」
「冗談だ」
信行をからかった信秀は大笑いした。それを見た信行は呆れた顔をして部屋を出て行ったが、二人の会話はこれが最後の機会だった。




