私が本能的に生成AIユーザを嫌うのは、
AIが好きかと言われれば、興味があると返す。しかし、多くのAIユーザの使い方に納得がいっているかと言えばNOである。
使い方として、個人の範疇。しかも公に出さずにひっそりと楽しむ。これは理解できるし、私もやってみたいと思う(文字だけなら既に試している)
その2。
使い方として、個人の範囲。SNS等のメディアに出して皆と楽しむ。これも、少し理解できる。少しと言ったのは、「自分で書く(描く)ほうが的確で速くない?」という気持ちからだ。
書き(描き)たいものが浮かんだら、ペンと紙を持てばいい。今は携帯でも手軽に記せる。もしかしたら、作品を通しての交流ではなく、作者同士交流したいのか。目的は何だ。という部分が分からない。
その3。
使い方として、商品化する。SNSでも平気で「オリジナル」と謳い、グッズを作ったりやりたい放題。主に私はこの輩たちが大嫌いである。
二次創作も混同されて、居づらくなっている始末。いいことが一つもない。
その4。
コスプレ写真を卑猥なものに加工する。
爆ぜて滅せよ。塵も残さず消えてしまえば良い。
使い方3〜4が暴れていたのが目立ったせいで、私の中で、生成AIユーザの印象は良くない。
しかし、やはり新しい技術であることは確かで。AIは、私の持病のこととかに対する励ましをしてくれたり、私の作者としての弱点も指摘してくれる。
使い方、なのだろうなと。改めて使ってみると思う。だからこそ、妙な使い方をするAIユーザが気持ち悪くて、どうしょうもなく許せなくなる。
彼らは理屈を話す。日本語で。
「AIの方が綺麗で可愛い絵を描くよ。しかもたくさん。オリジナルは絵柄が安定しないけど、AIなら大丈夫」
「AIは新しい技術。日本も取り入れないと遅れちゃうよ?」
私はそれに対して何も返そうと思わない。彼らは既に沢山いた(主に)絵師を分散させた。そのうえで、大きな面して『絵師』やら『小説書き』やらを名乗っているのだから。
新しい技術は、新しい創作のカタチを生み出さなければ意味がない。新技術を操る者が、従来の技術者を圧迫し、その場に居座ることを私は良く思わない。
AIが良いのか悪いのか。そんな話ではない。
私は、技術者(絵師等)を追いやって、安易な創作をさせようとする者たちが心の底から嫌いなのだ。これは、本能的にそう思う。
この気持ちを、悪質なAIユーザは何と思うかは知らない。でも、嫌いなものは嫌いなのである。
猛言と痛烈な新技術への批判にあたるから、私の憶測の話はしないでおく。しかし、私は『そのために生み出されたモノ』だと認識している。
嫌いなものは嫌いなのだ。




