クレバーガイ
王都にある王立病院への搬送馬車に縛り付けられてしまう。車窓から外を眺めていると、雨がぽつりぽつりと降り始めた。
『そろそろ出ないと距離鎌開くなあ』
考えたアベルは右腕から白い〈奇角〉という触手を伸ばし、馬をのこし、他すべてを気絶させると泥濘んだ地面に転がり落ちた。〈奇角〉で縄を切り裂くと腕をプラプラとさせながら「裸足冷たい」と唇をとがらせる。
補助マスクのベルトを結び直しながら、空を見る。
「あっちかな」
歩き出した。
その馬車が王都に到着した時、「アベル・タフはどこだ」と騒ぎになり、その騒ぎは直ぐにドラッヘたちのもとにも伝わった。
すると、勇者パーティーの元メンバーの失踪というニュースは大陸全土に渡った。情報がへんぴな田舎に届くのに四日もいらなかった。
「お助け〜。顔を変える薬おくれ〜」
「タフガイ! おまえ新聞の主役だぜ! 見ろよ、似顔絵」
「うわあ、だいぶ見つかりやすいよ」
アベルが逃げ込んだのは西の港町テシュリンにある魔法使いの館の主人グレゴリー・クレバーである。
「どうしようか。クレバーガイ、君そういう薬ないかい?」
「顔を変える薬はないが……、瞳の色を変える目薬と……染髪剤がある。あとは顔の傷を隠す魔法を教えてやろう」
「おお、だいぶ良さげ」
グレゴリーはアベルの古くからの知り合いで、「困ったときはコイツに泣きつけば何とかしてくれる」という信頼を勝ち得ていたのは、地球上を探してもこの男だけである。
「そもそももとがだめだぜ、金髪と青目っていうのはハンサムにしか許されないようなもんだしな」
「俺もかンなりのハンサムだろ?」
「ハハ」
「何だその乾いた笑いわ〜。このこの〜」
瞳の色を橙に染め、髪を青くする。
「そんで髪もアホみたいなロングをやめるべきだ」
「アホって言うなよ〜」
「アホ」
「言うなっつってんのに」
「おいアホ、服は俺が見繕ってやるからその棚にあるハサミで自分で切りそろえてこい」
「今に見てろよ」
写真の普及はまだ広くなく、たいていが似顔絵であった。そのため、髪の色・瞳の色・髪型を変えるとわからなくなってしまう。たとえば絵師が気を利かせてある程度変化のパターンを描いてしまっても、それを外してしまえば良い。
「たしかお前、勇者パーティーのお人たちに印象植え付けてたよな」
「んー? んー。『長い髪は命に変えても守り抜く』って。いっぺんそれで死にかけてみせたから、たぶん病的な執着とでも思ってくれたろうよ。新聞になんか出てたかい?」
「単発のパターンがないぜ」
「うひょー」
一度死にかけるような危なっかしいやつだから解雇通告が出されたのではないか、とふと思うグレゴリーだったが、言ったところで「ほへー?」とふざけた態度しか返ってこないのは目に見えていたので、黙っておいた。
とりあえずなんでもかんでも人を騙しておかないと安心できないアホは自分で自分の墓穴を掘っていることなどには気がつけないのである。
往々にして。
「よし! 切った! どーよ、俺のこのグッドセンス。何点?」
「赤点」
アベルは軽口を叩きつつ、グレゴリーから受け取った普遍的なシャツやズボン、ブーツとグローブ。そのうえに、冒険者の皮の胸当て等を装着する。すると、まるで元のアベル・タフとは変わって見えた。
「そこまで変えたら名前も変えたほうが良いんじゃないのか?」
「今までが偽名だしなぁ……」
「……そうなの?」
「知ってると思ってたけど。うーん、これ以上名前考えるのめんどくちー」
「じゃあシンプルにいけばいい。二番目の名前だからセカンドとか」
「なるほど。じゃあディでいいや」
「ディ・タフ?」
「ディ・タフ。どう? かっこいーだろ」
しかし呼吸補助マスクが本人確認すぎる。
「それのデザインも少し変えるか」
「できんの?」
「俺を誰だと思ってんの。超できる」
「さっすがだぜクレバーガイ!」




