追放
「アベル、お前をこのパーティーから除名する」
「ほぉ〜」
そんな事を言われてもアベル・タフは口角を上げるばかりだった。
勇者パーティーのリーダー赤髪の勇者ドラッヘ・フロウはアベルのおちつきはらった様子を見ながら、シャツの裾を伸ばした。
「一応、理由を聞いても構わないかい」
「個人的な恨みとかじゃないんだ。君は、ほら、もともと呼吸器が弱くて、つねにマスクをつけているような状態だったろ。そんな君を戦士として雇うっていうのは、パーティー内では度々『本当にそれでいいのか』って声は上がってたんだ。俺たちは魔王を倒しに行くんだ。君は、そうなってくると……」
「病人は足手まとい?」
ドラッヘは慌てて「ちがう」と小さく叫んだ。
「ただ、君のことが心配なんだ。君はとても優しい。僕がいままで出会ってきたどんな人間よりも良いやつだ。はっきり言って、それこそ心配になってしまうくらいには……そんな君を失うのは、勇者が死ぬよりも損失の大きなことなんだ」
「そうかしら」
「そうだよ! これから先の未来を作るのは勇者じゃない! 優しさを持った人間なんだ。だから、君にはここで降りてもらいたいんだ」
「俺が魔王戦で死ぬかもしれないと。アア、なんたるショック。三年間背中を預けてきた勇者からの最後の言葉というのが不信の暴露とわ〜。トホホ〜。三年間も俺からの矢印ばかりが大きくなっていたんだなぁ。哀れ哀れ。悲しいなあ」
アベルはわざとらしくふざけながら額に手を当てる。
「ちがう。ちがうよタフ! なんでわかってくれないんだよ、魔王はなまじじゃないんだ! 君が強くて勝てたって、戦いで負った怪我や疲労が原因で呼吸が出来なくなっちゃうかもしんないんだ」
「あわわ。そりゃ大変」
「また、ふざけて……」
「まあ、ハハハ。じっさいとっても面白いからなあ。今さらこんなところで俺の邪魔をできると思い込んでいる君は……わかるかい? フロウさん。おぼえてないかい? もう記憶にはないかい? 俺がこのパーティーに入った時、俺は君に『目的がある』って言ったね。その目的についても、君に誘われて夜中やたらと湿度の高いアホのキャンドルが灯るベランダで、君に語ってみせたことがあったろ? 『到達地点は君たちと同じだ』ってさ」
アベルは額に浮かぶ青筋を右手の平で隠しながら、微笑みを出して言葉を続けた。瞼の下が痙攣している。
「魔王を倒さないと俺の旅は終わんないんだよ。魔王を倒すのが俺の目的なんだよ。君には理解できなかったかい? ごめんねぇ、ちょっと怒りっぽいところが出ているんだ」
「い……いずれにせよ、俺は……」
「勇者じゃ魔王は殺せない」
「なぜわかる!」
「俺がアベル・タフだからぁ?」
呼吸に難が出始めた。腰に提げていた呼吸補助マスクを装着して、シュコオという音が部屋に満たされるようになると、ドラッヘはアベルを睨見つけていた。若干くぐもった小規模拡声器の「どうした」という声にドラッヘは意地を固めた声を返す。
「そんな状態になっちゃうような戦士を雇うのが心許ないんだ。もう決めたことなんだ。俺は君をここから追放する。君は、王都の病院にでも通って呼吸器をちゃんと治すんだ。闘病記でも書けば、いつか出版されて……旅路の俺等にも届くだろうさ! 文句はそれにでも書け!」
「君は勇者に見せかけた暴君だったか」




