第14章:理性を超えて
ダリウスは歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。頬を伝う涙を止めようとしたが、どうしても止まらなかった。目の前に横たわるタレクとカエルの亡骸を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「……泣いているのか?強いと思っていたのに」
男の声が冷たく響く。
ダリウスはゆっくり立ち上がり、地面を見つめたまま震える声で呟いた。
「お前が……あいつらを……」
その手には、先ほどリアムを癒やしたのと同じ果実が握られていた。
「そうだ。俺が殺した」
男は一片の感情も見せず答えた。
「……殺してやる……!」
ダリウスは叫び、果実を口に放り込み、瞬時に魔力を回復させた。
そして重力魔法を放つ。轟音が迷宮中に響き渡り、土煙が舞い上がった。
ダリウスは後退し、咳き込みながら視界を確かめた。土煙の向こうに敵の姿を探す。
その時、突風が全ての塵を吹き飛ばした。
そこには、傷一つ負わぬまま立つ男の姿があった。
「礼儀を知らんガキだな……」
男は冷ややかに言い放った。
ダリウスの体を雷のような魔力が走り抜ける。怒りで目が燃える。
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……!」
声にならない声を繰り返し、彼の周囲に雷光が渦巻いた。
彼は地を蹴り、男に向かって突進した。男は微動だにしない。
その瞬間、男の肩にあった剣が忽然と消え、次の瞬間、ダリウスの腹に突き刺さり、彼の体を壁へと吹き飛ばした。
崩れ落ちる瓦礫。
「俺の名はアレックス。世界第三位の力を持つ者だ」
男は冷たく名乗った。
瓦礫の中から、かろうじて動く若者の体が現れた。
「まだ生きているのか?」
アレックスが小石を拾い上げ、重力で弾丸のように放つ。石はダリウスの腹を撃ち抜き、彼は血を吐いた。
「……驚いたか?俺は重力の果実の使い手だ」
ダリウスは再び歯を食いしばり、魔法を放とうとする。
「殺してやる……!」
しかし、その手首は一瞬で切り落とされた。血が滴る。
「……バカめ。果実の力、分かっていないようだな」
ダリウスは痛みに叫び、すぐに回復の巻物で腕を再生させた。
「……詠唱もせず魔法を使うとは、面白いガキだ……」
だが、体は動かない。
「……な、何だ……!?」
「重力魔法は重力を操るもの……だが、果実の力は質量そのものを操る。単なる石ころですら……」
アレックスが放った石が、超高速で飛び、ダリウスを再び打ちのめした。
「……致命の弾丸になる。ただし、三時間しか使えんがな」
「なぜそんなことを……!」
「……お前が弱すぎるだけだ」
アレックスは苛立ち、剣をダリウスの首へと振り下ろした。
ダリウスは目を閉じ、死を覚悟した。
(……)
開けた目の前、剣の刃は首の寸前で止まっていた。
「……殺す気はない。これは命じられた仕事だ。俺の力は果実だけのものじゃない……授けられた力だ」
ダリウスは歯を食いしばったまま問いかけた。
「誰に命じられた……?」
「……俺を倒したら教えてやる」
ダリウスは全魔力を込め、爆発を起こした。アレックスの目が僅かに見開かれた。
煙の中、ダリウスは立ち尽くす。体は震え、膝が崩れ落ちそうだ。
「……死なせない」
アレックスの声。
「お前が……お前が俺の友を殺した……!絶対に許さない……!」
「……理を失ったか」
アレックスは呟いた。
ダリウスは巨大な黒紅の炎球を作り出し、さらにそれを紫へと変化させた。
「これで終わりだ……!」
「その手のひらの炎が、俺の力に届くとでも……?」
「死ねぇぇぇぇっ!!」
爆発が迷宮を飲み込んだ。煙の中、ダリウスは膝をついた。
「……やった……」
だが、背後。アレックスの足が彼の首を踏みつけた。
「……服が汚れたな」
地面に叩きつけられ、吹き飛ばされる。
「……まだだ……殺してやる……」
声は弱々しい。
「お前は本当に……しぶといな」
「なぜだ……なぜ友を……俺だけを殺せばいいだろう……!」
アレックスは少しだけ目を細めた。
「……その言葉、きっと後悔することになるぞ」
髪を掴まれ、持ち上げられる。
「お前に……死の恐怖を教えてやる」
ダリウスは目を見開き、そして目を閉じた。
「……愚か者め」
アレックスは彼を地面に投げつけ、仲間の亡骸のそばに転がした。
「今は殺さない……だが、不思議だな。みな過去を語りたがる」
ダリウスは意識を失った。
(……)
遠く離れた地。シラは家の前の木のベンチに座り、景色を見つめていた。
「ダリウス……どうか無事でいて……」
家から出てきたアベルが聞きとめる。
「どうした?B級の迷宮だろう?危険なんて……」
彼はそっとシラの手を取った。
「……私の予知魔法、忘れたわけじゃないでしょう?」
アベルの目が驚きと懐かしさで揺れる。
「……あの力を封じてから、どれだけ経ったか……」
「……もし何かあったら、必ず助ける。約束しただろう」
アベルの声は優しかった。
その時、クリスが現れた。アベルは驚き、表情を引き締める。
「……ダリウスは、壊れて帰るかもしれない」
アベルはその言葉に凍りついた。
そしてシラの頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
(……)
「俺たちは親だ。あいつを守る」
シラは微笑み、頬を赤らめた。
「……予知どおりだわ。愛する人に、こうしてキスされるって……」
アベルは照れくさそうに微笑んだ。
「……じゃあ、行ってくる。心配するな」
彼はクリスの元へと向かっていった。