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【89】新たな日常

 今3人は壁際に集まって、貼り出されているこの宿の図面を確認していた。

 入ってきたところから順に辿っていってみる。


 ケイヴンで取った“夕陽に浮かぶ舟“という宿は、初めに入った建物の奥の扉を抜けた先にある別棟が、宿泊棟になっていた。

 その建物同士の間には中庭の様なスペースがあり、そこも自由に使って良いらしい。

 宿泊棟は2階建てで、ルース達が今いる場所は2階の南に面した3人部屋へ案内されていたと分かる。


 そして1階の西側には水回りが集まっており、台所と洗濯場、共同で利用するシャワー室があった。

 シャワー室はきっちり男女で分かれていて、そこは安心するところだ。ソフィーを男性の使う所に放り込む訳にも行かない為、男女別の設備であった事にホッとしたのだった。


 一通り地図と敷地配置図を確認しつつ、これからの行動を話し合う。

「野菜やお肉とか折角買ってきてもらったけど、移動の時は使えなかったから、ここで少しお料理するわね」

「おう。楽しみだな」

「…勿論、私達も手伝うのですよ?」

「…おう…」

 ルースの突込みに、当てが外れたという顔のフェル。

「ふふ。お手伝いしてくれると助かるけど、そんなに大したものは作れないから、作業も簡単なの」

 ソフィーのフォローに表情を緩めたフェルが笑みを見せ、「任せとけ」と今度は大口をたたく。それに笑って3人は、共同スペースを確認しに行ってみる事にした。



「へぇ…大きい台所ね。お店の厨房位あるわ」

 ソフィーはそう呟いてから、じっくり観察している。

 ルースとフェルにはかまどの使い方など全く分からなかったが、ソフィーはどこをどうすれば火が出るのかを確認しているらしく、何とも頼もしいなとルースは感心していた。


 そして洗濯場とシャワー室を見回れば、確認は終了である。

「大丈夫そうですか?」

「ええ。場所も覚えたし、使えそうで良かったわ」

「俺も使えそうだ」


 フェルが言う“使えそう“とは、シャワーの事だろう。

 以前はシャワーの出し方も分からなかった2人だが、設備の使用方法はどの町でも同じだった為、いまではそれなりに使えている2人である。


「では、食料の買い出しに行きましょう。町の様子も確認できますし」

「ええ」

「おう」

 3人は宿の確認が済むと、再度町中へと足を踏み出していった。


 陽も落ちてくれば先程とは町中の様子も変わってきており、人の多さもさることながら店先の灯りがともれば、哀愁を帯びている気さえしてくるから不思議だ。

 ルースはクエストで帰ってくるときに見る、このひと時の情景が好きだった。


 そして今は、買い物をする者や食堂に入って行く者、そしてクエストを終えたと思しき、冒険者の姿も見える。

 ルース達と年が近い者が少し疲れたように歩く姿は、自分たちのいつもの姿に重なり、ルースは微笑みを浮かべた。


「ん?どうしたルース」

 目ざといフェルが、ルースの笑みに気付いた様で声を掛ける。

「いえ。すれ違った冒険者を見て、いつもの私達も彼らと同じように見えているのだろうなと、そう思っただけです」


 ルースの答えにフェルとソフィーが振り返って、遠ざかる冒険者達をみた。

 ルースの言わんとする事が分かったのか、フェルが「そうだな」と納得した様に苦笑した。

 ソフィーはまだ冒険者になった実感もなく、そんなものなのかと頷くにとどめる。これから色々なクエストをルース達と熟す内に、この言葉の意味も分かるのだろうと、ソフィーは冒険者達の後姿を見つめていた。


 宿に貼ってあった町の地図のお陰で、3人は迷うことなく町中を歩く。

「ああいう地図が置いてあると、親切だよな」

 フェルはその地図を食い入るように見ていた為、それと今を照らし合わせているようだ。

 たとえ小さな町であっても、初めてきた町では右も左も分からないのだから、あの宿は旅人に親切な宿といえるだろう。


「他の宿にも、ああいった案内が置いてあるのでしょうか…」

 ルースがボソリと口にする。


 3人共、町中の宿に泊まる事自体が初めてなので、あの宿が親切なのか当たりなのかは判断できない所である。


「俺達はギルドの宿以外、泊まった事もなかったしな。そこは又の機会に検証だ」

 フェルはそう言ってから、楽しそうに町の様子に目を向けた。

 フェルの魔力を解放する目的で始まった旅は、白い建物が輝くケイヴンという個性的な町から始まる事になったのだった。



 -----



「おはよう。朝食ができたわよ」


 ソフィーの声と美味しそうな匂いに、汗を拭う手を止めて視線を向ければ、2人が朝の鍛錬をしている間にソフィーが準備をしてくれていた朝食が、テーブルの上に湯気を立てて並んでいた。


「おはようございます。ソフィーには毎朝お世話になりっぱなしですね」

「私にできる事はこれ位だもの。出来る事をしているだけよ。さぁ冷めないうちに食べましょう」


 ルースとフェルはケイヴンについてから、早朝に剣の練習をしていた。ソフィーを起こさぬように起床し、中庭で黙々と素振りなどをしているのだ。

 その間に起きたソフィーが、毎朝2人が戻ってくる時間を見計らって、美味しそうな朝食を用意してくれている。今朝は温め直したパンに、牛の乳で溶いたモロコシスープ、サラダと果物が色とりどりに並んでいる。


「今日も旨そうだ。朝動くとメチャクチャ腹が減る」

「ふふ。沢山作ったから、まだあるわよ」


 早朝からこうして動いてくれるソフィーは、働き者以外の何者でもない。いつも全てに一生懸命なソフィーは、笑顔も忘れず2人の心までも和ませてくれる素晴らしい人であった。



 -----



 冒険者ギルドの方はといえば、ケイヴンに到着した翌日から早速C級クエストを受け始めた3人だ。

 結局ギルドの宿が満室だったのは、元々部屋数が少なかった事と、F級冒険者になった者が一度に数組出たためであったらしい。そんな情報を職員に教えてもらいつつ、クエストを受けてる。

 その中でも危険性の少ないものや移動距離のないものを選び、ソフィーの負担が少ないよう考慮しつつそれらを熟していった。


 そのクエストの休憩中などに、フェルとソフィーは魔法の練習をしていた。

 ルースが出発前に図書館へ行きたかった理由は、ソフィーとフェルの属性魔法を覚える為だった。そこで覚えてきた詠唱を短冊に書き出し、それを2人へ渡していて各自が練習をしているという具合である。

 但しまだフェルは魔力を使えない為、ただ暗記しているに過ぎないのだったが。





「近くにいるそうです」

「おう」


 今はクエストの途中で、町から3時間程歩いた森の中にいる。

 今日討伐する魔物 “コカトリス“が、3人の近くにいるらしい。ルースが集音魔法を使って移動している中、今しがた上空から見ていたシュバルツから念話が届いたのだった。

 シュバルツは、クエストなどで出てくれば必ず舞い降りてきて、日中は近くで行動を共にしている為こうして情報を送ってくれるので、危険を察知するのには困らない。なかなか使える魔物…もとい、友達である。


 そのコカトリスは、鶏に蛇の尻尾が生えたような姿で毒を持っている魔物だ。

 ケイヴンの町の近くでコカトリスの目撃情報があったらしく、その目撃された場所からほど近い森の中に、今日は移動してきていた。このままコカトリスが徘徊するようになれば人にも被害が及ぶため、今日はそれの討伐で朝から移動してきていたのだった。


「シュバルツからの感覚を言い換えれば、この先2km位というところでしょう」

「おう」

「はい」


 ルースは2人の返事を聞き、ソフィーを振り返った。

「コカトリスは毒を持っています。ソフィー、解毒魔法はもう覚えましたか?」

「ええ。回復(ヒール)解毒(アンチドート)の詠唱は覚えたわ」

「では、私達のフォローはお願いします」

「はい!」


 ソフィーは冒険者として活動し始めてから、ずっと2人の戦闘を見守るだけで何もできず、その歯がゆい思いを打ち消すように魔法の練習に打ち込んでいたのだったが、ここでやっと2人の役に立てるのだと頬に赤みを乗せた。


「頼むな、ソフィー」

「ええ!」

 フェルと話すソフィーに、ルースは「その前に」と言葉を挟む。

「ソフィーが倒れては何もできませんから、ソフィーは自分を護る事を第一に」

「わかってるわ、ルース」


 3人はシュバルツが教えてくれた方角を目指し、進んで行く。


 今日のコカトリスは、C級の中では少々危険だと言われている魔物だ。

 C級クエストといえば、以前遭遇したガルムもC級の扱いだった。ガルムはさすがに何度も遭遇していた為戦い方は既に学んでいるが、コカトリスは初めて相対する魔物であり、ガルムより危険度は低そうだと勘違いしてしまえば、その油断から痛い目にあう事は経験済みだ。


「フェル、油断しないでくださいね」

「…おう。勿論だ」

 チクリと以前の事を持ち出すルースは、意地悪なのか心配ゆえの言葉かは不明だなと思いながら、フェルはルースにこれ以上言われたくないと、本気で毒には注意しようと思ったのだった。


『コノ先ダ』

 3人が歩く先の枝に移りながら、誘導するようにしてくれるシュバルツから念話が届く。

「分かりましたシュバルツ、ありがとうございます。もうすぐの様ですよ。ここからは気配を抑えて、なるべく足音も出さない様に。できればこちらが先に先制したいので」

「おう」

「はい」


 コカトリスが先に気付けば、もしかすると逃げられてしまうかもしれない。

 ルース達は慎重に足を進め、程なくして木々の間からチラチラと動く赤いものが、視線の先に見えてきたのだった。


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