【88】ケイヴンの町
ギルド職員の言葉を聞いたルースとフェルは固まった。
今まで立ち寄ってきた冒険者ギルドの宿で、満室だと言われたのは初めてだったのだ。
「……わかりました。ご確認いただき、ありがとうございます」
取り敢えずルースは、こう言うしかなかった。
“何で“だとか“どうにかならないか“と問いかける事は、無駄というものである。ないものはないのだから…仕方がないとしか言えない。
「すみませんが、この町の宿はどの辺りにあるかを、お教えいただけますか?」
気を取り直し、泊まる場所を確保する為ギルド職員に聞いてから、まだ固まるフェルとソフィーを連れ、冒険者ギルドを出るルース。
幸いまだ陽は高いので、明るいうちに宿を確保するために動く事ができるのだ。
ルースとフェル、2人だけならまだ野宿という手もあるが、流石にソフィーにそれをお願いするのは気が引ける。今後いくらでも旅の途中で野営をすることになるのだから、せめて町にいる時位は宿に泊まりたいとルースも思っている。
外に出て道の隅に2人を誘導し、ルースは話をする。
「冒険者ギルドの宿は満室でしたが、宿屋を探して今日泊れる場所を確保しましょう」
「…ああ」
やっと話に加わったフェルに苦笑して、ルースはその返事には頷いて返した。
ソフィーは全く訳が分からないと顔に書いてあるようで、戸惑いをみせていた。ここに来るまでの間、フェルから冒険者ギルドの宿に泊まるのだと話を聞かされていた事もあり、冒険者は冒険者ギルドの宿に泊まるものだとでも思っていたのだろうと、ルースは推測した。
「大丈夫ですよ、冒険者はどこに泊ってもいいのです。泊まる場所は冒険者ギルドだけではありませんから。では今聞いた場所に行ってみましょう」
なかばルースが誘導するようにフェルとソフィーを促して歩き出せば、やっと2人も落ち着いてきたのか、フェルが口を開いた。
「ギルドの宿が満室って初めてだな。だとすると、この町は冒険者が多いのかな…」
フェルが考えている事はそうとも言えるし、そうでないとも言える。
ソフィーもなぜだろうと口を開いた。
「この町の冒険者は、F級が多いのかしら…」
先日自分が冒険者登録をしたときにもらった資料を思い出したのか、安価に利用できる施設なら泊まる人も集中するのかもねと、感想をもらす。
その考えも一理あるなと思いつつ、ルースも可能性を口にした。
「冒険者ギルドの宿が小さいのかも知れませんね。部屋数が少ないなどで元々泊まれる人数が少ないとか」
3人は歩きながらの雑談として何となく話してはいるものの、結局は答えの分からない話だなと3人は顔を見合わせ、諦めて宿のある場所を目指していった。
この町は南に門があり、そこから格子状に道が繋がっていた。南北を繋ぐ道は大通りのようで幅員が広く、東西に続く道は、少し狭くなっているらしいと気付く。
南北に続く道を何本か通過していけば、取り敢えず聞いた方向は見失わずに済みそうだと、ルース達は東へ向かって歩いて行った。
冒険者ギルドは町の西側にあって中心付近は商業地域だった。そして宿は東側に点在しているとの事なので、泊まる宿によっては冒険者ギルドからかなり距離ができてしまうなと、そんな事を考えながら歩いてきていた。
「この辺りと聞きましたが…」
商業地域を抜けて歩いて行けば、多分この辺りだろうと立ち止まる。
「ああ、あそこに1軒あるみたいだぞ」
フェルが宿屋の看板を発見したらしく、指をさして示す。そこへ進んで行けば、その建物には“夕陽に浮かぶ舟“という文字が緑の看板に書いてあった。
実はこのケイヴンという町には特徴があり、殆どの建物はどれも似たような造りをしていて、一見すると何の店か分かりづらいのだ。
景観に統一性を持たせる為、冒険者ギルドなど組織の建物はのぞき、民家や店などの一般の建物は皆同じような造りと配色になっていて、町全体が白く見える町であった。
しかしそれでは旅人などが見分ける事が出来ない為、看板には業種により異なる色を配色し、それを見て判断できるようになっているのだと、先程冒険者ギルドで聞いてきたのだが、確かにここまで歩いてきたところで商品を見せて商売している店以外は何を扱っている店かを外から判断する事は難しく、看板の色で確認するしかなさそうだなと思っていたのだった。
緑は“宿屋“、青は“武器屋“や“防具屋“など、赤は“食品“を扱う店で“食堂“もここに分類されるらしい。白は“日用品“で “道具屋“も含まれる。黒は“運送“関連で、ルース達が乗ってきた馬車の拠点がこれに当てはまる。黄色は“薬屋“などの医療関連、紫は“生産業“で、ざっとこんな感じだと教えてもらっていた。
「緑なので宿屋ですね。まずは入ってみましょう」
看板の色を確認したルースを先頭に、3人がその扉を開いて中に入れば、一人部屋ほどの空間にカウンターがあってそこに男性が一人立っていた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの男性が先に声を掛けてくる。
「こんにちは」
声を掛けつつその人の前に進み出れば、「ご宿泊ですか?」と再度声がかかる。
「はい。利用は初めてなのですが、部屋はありますか?」
ルースが言う“初めて“には町の宿屋という意味も含まれているが、そこは気付かぬまでもその男性は宿の説明を始めた。
「お部屋はございます。こちらの宿は、長期逗留される方がご利用になる簡易の宿となっており、お食事のご提供はございません。その為、宿にはご自由に利用していただける台所なども備え付けて御座います。もちろん町の食堂などをご利用いただく事も自由です。お一人当たりのご料金をご案内しますと、3人部屋で1泊1,000ルピル、1週間のご利用では一日800ルピル、一か月では一日当たり600ルピルになっております」
ルース達は3人なので3人部屋を伝えてくれたようだが、ソフィーは女性なのだ。ルース達は2人部屋でも良いが、ソフィーは1人部屋が良いかもしれないとルースは店員に追加で尋ねた。
「2人部屋と1人部屋の料金も、お教えいただけますか?」
ルースの問いかけに、店員は3人の顔を見て納得した様に頷いた。
「かしこまりました。1人部屋の場合は1泊1,200ルピル、一週間では一日当たり1,000ルピルで一か月では800ルピルとなります。2人部屋ですと1泊1,100ルピル、一週間では一日当たり900ルピル、一か月では700ルピルとなります」
店員の話に、確かに長期で借りるのには都合が良いなと思っていれば、ソフィーがおずおずと口を開く。
「私に気を遣わなくても、3人部屋で大丈夫よ?」
ソフィーは、手持ちのお金が潤沢ではないのだろう。今までお店で働いた分を貯めてきたとは言え、これからどれだけ入用になるかもわからず、そしてまだ一回も収入を得ていないのでそこを不安に思っている様だ。
「本当に一緒で大丈夫か?」
フェルはソフィーが良いというならと、顔色を窺っている。ソフィーが了承してくれるのなら、今回は3人部屋でも良いだろうとルースも思った。
「では今回は様子見もかねて、3人部屋を取りましょう。不都合があれば、その時は宿の方に相談しましょう」
「ええ。そうしてもらえると有難いわ」
3人のやり取りを見ていた店員も「お気軽にご相談ください」と言い添えてくれた。
こうしてルース達は、1週間を滞在する予定で3人部屋を借りる事にした。
そして部屋に案内されれば内装はシンプルで、ベッドが3つとテーブルが1つあるだけの部屋だった。それでも冒険者ギルドの宿に比べれば、テーブルとカーテンがあるだけ設備が多いといえるのだ。
「清掃はお客様にお願いしておりまして、お泊りの間、基本的には店員が入室することはございません。洗濯場も台所の近くにございますので、ご自由にお使いください。勿論ご自分でされない方には、近くのお店もご案内させていただきますのでご安心下さい。それから、町の地図をそちらの壁に貼りだしておりますので、お店の場所などはそちらでもご確認いただけるかと思います。隣に貼ってあるものはこの宿の配置図になりますので、水場や台所などはそちらをご覧いただいてご確認下さい」
「わかりました」
ルースが説明を聞きつつ返事をすれば、フェルはさっそく壁に貼ってある地図を見に近寄っていった。
「あ、冒険者ギルドの場所も載ってるな」
フェルの満足そうな言葉に、店員が笑みを浮かべる。
「それから…もし衝立をご入用でしたら、そちらの奥にございます」
店員が補足するように示した先を見れば、壁に沿うようにして色の違う板が置いてあった。
随分と用意が良いなと思っていると、
「ご夫婦であっても、プライベートが必要な方もいらっしゃいますからね」
と店員は苦笑交じりの笑みを浮かべた。
言われてみれば、喩えどれだけ親しい間柄でも独りになりたい時もあるし、喧嘩をして顔も見たくない時もあるのだろう。そんな時に利用できるよう予め衝立を用意しているあたり、今までの客から要望として出た物を常備してくれているのかと、自分達にも必要な物であり有難いなとルースも頷いた。
「有難く利用させていただきます。また分からない事があれば、お聞きしても良いですか?」
「はい勿論でございます。受付には必ず従業員がおりますので、何かございましたらいつでもカウンターへお声がけください。それではごゆっくりお寛ぎください」
そう言葉を残した店員は、案内を終え部屋を出ていった。
店員が出ていった室内で3人はやっと荷物を降ろすと、ホッとした笑みを向けあって、一週間滞在するケイヴンの町での一歩を踏み出したのだった。
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