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【87】先は長いらしい

 馬車の旅は順調に続き、4日目にケイヴンの町に到着する。

 馬車といえばまだ2回目の利用であったが、今回も徒歩で1週間ほどの距離を3日半かけて移動してきていた。


 ルース達3人は馬車から降りた途端、伸びをしたり腰を叩いたりと体をほぐす。やはり座ったままというのも、それはそれで辛いのだ。


「ここがケイヴンか。少し小さく感じるな」

 フェルは独り言のように、町の防壁を見上げて言う。これから町に入る為、門番の立つ門へと向かって行くのだ。


 馬車は人を乗せたまま門を通過する事はせず、門の手前で乗客を降ろし、馬車は町の中へと先に入っていった。

 町の中に入るには、各自でやり取りをしてくれという事らしい。

 確かに人を乗せたまま門を通過する場合、乗客一人一人を確認してからという作業も発生するし、もし身分に問題がある者が乗っていれば、乗せていた馬車も迷惑をこうむるというものだ。


 ルースがそんな事を考えていれば、ルースに“行こう“と合図するフェルが見えた。一緒に乗車していた者達は馬車から降ろされてすぐ門へと向かって行き、すでに町の中へと入っていっている。

 そんな彼らよりも幾らか遅れて、ルース達3人も町へと入っていった。


 今はまだ昼を少し回ったころで、町の中は昼時という事もあり美味しそうな匂いも漂っている。

「腹減ったな」

「そうね。馬車は朝出発してから休憩もなく町に着いたから、一息つくために昼食は摂った方が良いと思うわ。でも私、まだ揺れているみたいで食欲はないのだけど…」


 ソフィーとは馬車の中で会話も弾んだ事で遠慮もとれてきており、こうして自然な言葉で色々と会話をしてくれるようになった。数少ないパーティメンバーにいつまでも遠慮していたのでは、ソフィーが疲れてしまうだろうと危惧していたので、そこは素直に喜んでいたルースとフェルだ。

 それに元々フェルが気さくに話すタイプなので、きっとそれもあって慣れてきてくれたのだと思う。何にしても仲間として友達として、これからは気楽に付き合ってもらいたいとルース達は思っていた。


 フェルとソフィーの昼食の話の後、2人はルースへ“どうする?“という顔を向けてきた。

「そうですね。体を動かしていないので食欲は余りありませんが、時間的には何か食べておいた方が良いでしょう」

「じゃあ、軽くって感じだな」

「そうですね」

「そうしましょう」


 3人はめぼしい食べ物を探しつつ、町中を歩く。

 スティーブリーの賑わいを見た後なので少し寂しい人通りに感じるが、カルルスなどの町と比べれば、同程度の町なのだろうと感じた。

 そうして歩いていれば町の中心と思しき辺りに、肉屋に八百屋、パン屋と食堂、スープ専門店というものも見える。その店から漂う香辛料の立てる香りが、食欲を取り戻してくれそうだ。


「食べ物屋はこの辺りまでの様だな…この先は、何かわからない…店?」

 目の良いフェルが、先に続く建物をみて言う。


「では、ここまでの間で決めましょう」

「私、スープが気になったわ」

「あぁそう言えば、旨そうな匂いがしてたな」

「では、昼はスープとパンを買って、どこかで食べましょう」

「公園とか広場みたいなところがあると良いわね」

「確かに揺れない所に座りたいな…」

 そうね、とフェルの言葉に同意したソフィーが笑う。

 こうして3人はまず腹ごしらえと町の雰囲気を確認する為町中を歩き、商店街のはずれにあった広場の片隅に腰を下ろして食事を始めた。


「スティーブリーよりも、安かったわ」

 ずっとスティーブリーで生活していたソフィーは他の町の物価を知らない為、この町の物の値段が少し安いと気付いた様だ。


「私の感覚で言うと、スティーブリーが少しだけ物の値段が高かった印象ですね。こちらの値段が普通だと感じます」

 ルースがソフィーへそう話す。

「ああ。あの町は皆、少し値段が高かったよな」

 と、フェルも同意しながら買ってきたパンをかじる。


 そこへ、バサバサと翼を羽ばたかせた黒い鳥が舞い降りてきて、フェルの肩に留まった。

「………」

 モグモグと口を動かしながら、自分の肩に留まった鳥を睨むフェル。


「シュバルツ…」

 もう何度目かという位、勝手にフェルの肩に留まって怒られているのに、一向に意に介さないシュバルツをルースもため息で迎えた。


「また怒られちゃうわよ?」

『問題ナイ』


 シュバルツのシレっとした返しに、ルースとソフィーは苦笑する。

「どうせまた、“気にしない“とか言ってるんだろう?せめて来る前に、“カー“って鳴いてくれりゃいいのに」

『ソンナ事デ,イチイチ,声ハ立テヌ。ソレヨリモ,旨ソウナ物ヲ,食ベテイルナ』

 フェルの肩でピョンピョン跳ねるシュバルツから、そんな念話が送られてきた。やはり食事の時間を狙ってやってきた様だ。


「お腹が空いているのですって」

 シュバルツの念話にクスリと笑って、ソフィーがパンを千切って嘴の前に出してやれば、シュバルツはパクリとそれを挟み込んで、器用に嘴の中におさめていく。それを飲み込んで、また念話が送られてきた。

『甘イナ』


 ソフィーが今食べているパンは、リング状の生地を揚げたものに砂糖が少しかかっている物だ。ほんのりとした甘さが、一緒に買ってきたスパイシーなスープと良く合うらしい。


「甘いってわかるの?」

『味覚ハ有ル』

「わかるのね…何でも食べるって聞いたから、味は気にならないのかと思ってたわ」

『何デモ食イハスルガ,旨イカ,不味イカハ,マタ別ノ話ダ。旨イ物ガ,アルナラバ,不味イ物ハ,食ワズニ済ム』


 シュバルツはこうしてルース達に食べ物を分けてもらっている為、少々味にうるさくなってしまったという事らしい。確かに生肉や生野菜を食べるよりは、調理された物を食べたいと思ってしまうだろう。


「やっぱり、美味しい物の方が良いわよね」

 ソフィーが要約してフェルに話ながら、そうして3人から食料をもらいつつ、シュバルツは伝えるべき念話を送ってくる。


『モット,北ダゾ』


 シュバルツは、目的とする森はまだ北にあると告げる。

 そもそもシュバルツからは“北の森“としか聞いていない為、ルース達はどこまで行けばよいのかが分からないのだ。

「もっと北…」

 ソフィーがシュバルツの言葉を復唱するように言えば、フェルは何の話か気付いたらしく、肩に留まる鳥に顔を向ける。


「北って言ったって、どこのことだか分かんないだろう?町の名前とか森の名前で教えてくれよ」

 フェルが言いたい事は良くわかる。目的地が漠然とし過ぎている為、もう少しヒントが欲しいのだ。

 だが…。

『町ノ名ナゾ,我ガ知ル由モ,無カロウ。ヤハリ“コヤツ“ハ,頭ノ出来ガ,良クナイ,ラシイナ』


 シュバルツは、人の文字が読める訳でも町の名前を把握している訳でもない。

 それに、シュバルツに確認してみれば“北“という言葉も使っていないらしい。それは人間の言葉に当てはめた単語として、ルース達に聴こえているらしいのだ。

 確かにルースも、しっかりと目的地が把握できれば良いとは思ったが、それは魔物であるシュバルツに言ったところでどうなる訳でもないのだと、口には出さずに置いた事だった。


「シュバルツは、場所の名前が分からなくてごめんね、って言っているみたいよ?」

 ソフィーがオブラートを何重にも包んだ言葉で、シュバルツの話をフェルに伝えた。

「…まぁ、しょうがないよな。シュバルツに無理を言った俺も悪かったよ」

 ソフィーの言葉を真に受けて素直にフェルが謝れば、今度はシュバルツも居心地が悪くなったらしくモゾモゾと羽を動かしている。

 フェルはこう見えて、とても素直な性格をしているのだ。自分が悪かったと思えば、すぐに非を認めて謝る事もできる、“心が純粋な者“なのである。

 その両名を嬉しそうに見ているソフィーを、ルースは心が温かくなるような感覚を抱き、目を細めて眺めていたのだった。



 シュバルツから、先は長そうだと知らされた3人だが、急ぐ旅でもないからとケヴィンには1週間ほど滞在する事にした。絶えず移動では体がもたないし、ソフィーも冒険者として成長させてあげたいと思っての事だ。


 その為ここケヴィンでも冒険者ギルドの宿を取ろうと、その場所を探すため町中を歩き出していけば、町の西側に防具屋や武器屋らしきものが見えてきたため、そちらの方向へと取り敢えず向かって行く。

 こちらの方角には青い看板が多いなと、何となくルースはそう思いつつ歩く。ここの町は店先にカラフルな色が添えられていると目に付いたのだ。

 そんな所を不思議に思いつつ進んで行けば、フェルが重厚な扉を付けた建物を指さした。


「あれだな」

 それは今まで見てきた様な使い込まれた重厚な扉で、ルースも既視感のあるそれだと頷く。

 近付けば扉の横にある表札に、“ケヴィン冒険者ギルド“という文字を見つけ、扉を開けて中に入って行く3人だった。


 夕方までまだ時間がある為、ギルドの中は殆ど人がいない様で、そこはホッとするところだ。

 いつも感じる事だが、旅をして町を移るたび初めて入る冒険者ギルドには、緊張と期待が入り混じる不思議な感覚になるなと、ルースは気を引き締めて足を進めていく。

 すんなりと受付まで行けば、受付3か所の内一か所だけに人が立っており、迷わずその前に進み出た。


「こんにちは。私達は先程この町に着いたのですが、ギルドの宿に空きはありますでしょうか?」

 まずは宿の確保が先だとルースが質問すれば、ギルド職員は手元の魔導具を確認してから困ったように眉を下げ、口を開いた。


「大変申し訳ございませんが、現在は満室となっております」

「「「えっ?」」」


思いもよらぬ言葉を受けて、3人は盛大に驚いたのだった。


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