【73】投下する爆弾
「うわっ!何だよ…お前か!急に来たらビックリするだろうが…」
フェルが自分の肩に乗る黒い鳥を見て、大声をだした。
ルースは、シュバルツの気配が近付いてきたことに気付いていたが、まさかフェルの肩に留まるとは思っておらず、こちらも少々面食らった顔になっていた。
そして何も知らないソフィアは、何が起こったのかを見て丸い目を更に丸くさせて動きを止めている。
3人の中で、先に冷静になったのはルースだった。
「シュバルツ…先に“肩に乗ります“と、声を掛けてからにしてください。そうでなければ、驚かせてしまいますよ?」
『ソウ,ナノカ?ソレハ,スマヌ。驚カセタナ』
ルースと普通に会話をしている鳥を見つめて、ソフィアは完全に固まっていた。
「え?」
という声を出すのが精いっぱいのソフィアにも、当然シュバルツの声は聴こえている。
「その鳥…話せるんですか?」
「ええ。ただし口で話している訳ではなく、念話というもので話しかけていますが」
「ねんわ…分からないけど、何だか不思議…」
「おいっ!いつまで俺の肩にいる気だ。これじゃあ飯が食えないだろう!」
ルースとソフィアが話している横で、少し憤慨気味のフェルが、肩に乗る鳥を見て文句を言った。
それに“フンッ“と鼻で笑った様な音を出したシュバルツが、仕方がないとばかりにルースとフェルの間に降り立つ。
それをずっと目で追っているソフィアが、感心したように声を出した。
「随分と人に慣れている鳥ですね…」
「ええ。この魔物は私達の友達で“シュバルツ“と言います。私たち以外の人とはどう接するのか分かりませんが、私達には気安くしてくれている様ですよ」
ルースが苦笑交じりに説明すれば、「え?魔物?」とその単語に気付いたソフィアが、また固まってしまった。
このまま話を進めていれば食事が摂れないなと、ソフィアに食べるように促せば、スープを口に入れて少し落ち着いたらしく、フェルがパンを千切ってシュバルツに与えているのを見つめながら、食事を再開した。
「お前…飯の匂いがしたから来たんだろう…」
とフェルは自分の食べるものを与えつつ、食料が減っていく事を嘆いていた。
「それにしても、しばらく姿を見せませんでしたね?シュバルツ」
ルースはあれからシュバルツの名を呼ぶ事はしなかったが、近くにいる気配もなかったため、気にせず日々を送っていたのだった。
『我ハ,ココニハ,イナカッタ。少シ遠クマデ,行ッテイタ』
シュバルツはパクリと嘴でパンを挟みつつ、念話でそう答えた。食べながら話せるのは便利だ。
「ん?なんて言っているんだ?コイツ」
話の聴こえないフェルがルースに聞けば、ソフィアはコテリと首を傾けた。
「なんでフェルさんは、ルースさんに聞いているんですか?」
ソフィアの言葉を聞けば、シュバルツの言葉が皆に聴こえていると思っていると気付く。
「ん?ああ…コイツの念話は魔力持ちしか聴こえないんだ。俺は魔力がないから、聴こえてないって訳だな」
苦笑しながらフェルがソフィアに説明すれば、「そうなんですか」と何も知らないソフィアは、フェルの心の寂しさには気付かない様だった。
「シュバルツは遠出をしていたので、この周辺にはいなかったらしいです」
ルースが話題を戻してフェルに伝える。
それにフェルは頷いただけで、再びパンを口に入れて食事を続けた。
『今日ハ,“コヤツ“ノ事ヲ,伝エニキタ』
3人が食事を続けていると、シュバルツがフェルを目線で指してそう伝えてくる。
ルースは視線を鳥に向けると、続きを促すようにパンを千切ってシュバルツに放った。
『聖獣ノ居場所ガ,分カッタゾ』
それが伝わったルースとソフィアは、口に含んでいた物を喉に詰まらせゴホゴホと咳き込み始めた。
急に咳き込む2人を、フェルは「どうした?」と言ってスープを口に入れた。
「フェルの魔力を解放させる方法が、見付かったと言っています」
「ブハッ!」
ルースの言葉に驚いたフェルが、口に入れていたスープを勢いよく吐き出し、ゴホゴホとむせて咳き込み始めた。
先日、フェルの魔力を出現させる方法を聴いた時、聖獣が鍵になるとシュバルツに教えてもらった。その聖獣という有耶無耶な存在の居場所が分かったのなら、聖獣と魔力の話はもうフェルに伝えても良いだろうと、ルースがフェルに言った訳だが、いきなりの爆弾発言にフェルは目を白黒させ、混乱してしまった様だった。
その話の流れが全く見えていないソフィアは、食事の手を止めて2人を見ていたが、ソフィアは部外者と自覚しているのか、口を挟むことはなくじっと様子を見ているだけに留めていた。
「フェル、その話はまた後にしましょう。先に食事を済ませて、後に控えるクエストに集中しましょう。シュバルツは後で詳しく教えてください」
“カーッ“と鳴いたシュバルツは、一応腹も満たされたのか翼を広げて飛び立つと、近くに木に留まる。それを見届けて、3人は中断していた食事を済ませると、薬草採取に向かって再び森の奥へと出発した。
そしてシュバルツが話を再開させる。
『聖獣ハ,北ノ森ダ』
「次は、北へ向かう事になりそうですね」
『案内ハ,シテヤロウ』
「じゃあ近々、出発するんだな?馬車も調べなきゃだな」
シュバルツの念話が聴こえていないはずのフェルとも何となく話は繋がり、ルースとフェルが次の予定を話していれば、ソフィアは気を遣ってか歩きつつも視線は足元の草を見ている。
「では後程その辺りも。それで、これから摘む薬草ですが…」
ルースとフェルもソフィアを一人にする訳には行かず、クエストの話に戻してから間もなく、目的地付近へと到着した。
「この先だったな、前回は」
「ええ、シュバルツが蜘蛛の巣に絡まっていて大変でしたね」
ソフィアにもわかるよう、ルースはシュバルツと出会った場所がこの先だったと話す。
「え?蜘蛛の巣に、魔物もかかるんですか?」
ソフィアは小さな蜘蛛の巣だと思ったのか、不思議そうにシュバルツを見た。
『魔物ノ蜘蛛ハ,大キイ。ソノ巣ハ,人間モ取リ込ム,オオキサダ』
自分の体面を保つ為か、シュバルツがそう説明してみせる。
「蜘蛛の魔物?人間もかかる大きさ?」
「ああ、あの蜘蛛の巣はデカかったな。そんで、前に言ってたあのサイズの蜘蛛だ」
フェルはソフィアと初めて話した時にした様に、大きく腕を広げてその大きさを表現した。
「あの時言っていた魔物の事だったんですね…あの時は作り話かと思ってました」
少々大げさではあるが、全くの作り話でもないですよと、ルースは言葉を挟む。
そんなシュバルツとの出会いを語りながら、3人はしゃがみこんで薬草を摘み始めた。この辺りは、今回のクエストである“ヒルポ草“がちらほらと自生していた。
薬草を摘み始めれば、3人は黙々と作業をする。ルースはヒルポ草を2人に任せ、他に見つけた薬草を摘んでいった。
よくよく話を聞いてみればソフィアは草花が好きで、薬草も多少知識を持ち合わせているといって、フェルよりも種類を知っている位の心強い助っ人だと分かった。
ルースが2人から離れてしゃがみ込めば、シュバルツもルースに付いてきて隣に降り立った。
『アノ娘,ナゼ,“聖力“ヲ,使ワヌ?』
ルースにだけ聴こえている念話なのか、その言葉にソフィアへチラリと視線を向けるも、フェルと楽しそうに薬草を摘んでいてソフィアに聴こえている様子はない。
『心配ナイ,“るーす“ニダケ,念話ヲ送ッテイル』
ルースの目の動きに気付いたシュバルツが、そう付け加えた。
それに頷いてルースは再び立ち上がると、もう少し彼らから距離を取り声が届かぬ距離まで離れてから、薬草を採取していると見えるよう膝をついた。
「どういう意味です?彼女の事が分かるのですか?」
小声で問いかければ、黒い目をパチリと瞬きさせルースを見つめ返す。
『アノ娘ハ,“聖なる者“ニ視エル』
「聖なる者?聖職者という意味ですか?」
『人間ノ使ウ単語ハ,知ラヌ。アノ娘ハ,“聖“・“風“・“水“・“土“・“火“ノ魔法ヲ持ツガ,“聖“デナクバ魔力ヲ,生カセヌ,ハズダ』
シュバルツの言っている内容が余りにも重すぎて、ルースは混乱してしまう。
ソフィアは魔法使いになりたいといって、水や風魔法の練習をしていたのは知っているが、それ以外にも使える属性があり、尚且つ、聖魔法以外は威力が出ないのだとシュバルツは言っている。
「貴方は魔物なのに、そんな事を私に教えて良いのですか?」
“聖“と“魔“は共存できない者達だと、ルースは思っている。その“魔“が“聖“を目覚めさせるような事を言うとは、不利益にならないのかと懸念を抱く。
『我ハ,魔物デアルガ,ソレ以上デモ,ソレ以下デモナイ。アノ娘ガ,聖ノ力ヲ使オウトモ,我ニ直接ノ害ハ,ナカロウ。我ハ,其方達ノ利益ニナルト,言ッタ。アノ娘ハ,“ルース“ノ利益ニモ,繋ガッテイルヨウニ,オモウ』
シュバルツはルースの心の中が読める為か、ソフィアの名前で感じた虹色の光が記憶にあった事で、ルースに関係する者とソフィアを位置付けたのだろう。
確かにソフィアの名を初めて聞いた時、フェルとの出会いで現れた虹色の光が、ルースの思考を埋め尽くした。今まで、フェルゼンとソフィアの名前だけに現れたその虹色のイメージが何に繋がるかは分からないが、ルースの記憶の手がかりとして薄々だが何かを感じていたのは事実だ。
そしてシュバルツは、それを鑑みた上でソフィアに害される懸念もないからと、ソフィアが本当は聖魔法使いであると教えてくれたのかも知れないなと、ルースはその黒い鳥に視線を向けた。
その鳥は、その受けとめた視線をただ見つめ返すだけで、何も言わずとも分かるだろうと、言外に語り掛けている様にも見えた。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。
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