【69】初めての経験
2人の気安そうな様子をみれば、ソフィアが何度も使っている事で既に顔なじみなのだろうと思う。
その門番はソフィアから視線を上げると、後ろに立つルース達へと目を向けた。
「君たちは旅の者か?」
そう声を掛けられルースが口を開こうとすれば、その前にソフィアが声を出した。
「この町に宿を取っている冒険者の人です。クエストで外に出たと聞いたので、あっちの門で並ぶのも大変かと思って、こっちに案内してきました」
ニッコリ笑って2人の事を伝えてくれた。
その笑顔に釣られてか、門番の男性も表情を緩めた。
「では、ギルドカードを見せてもらえるか?」
ルースとフェルは言われた通りにカードを出し、確認してもらう。
「ほう、D級か。2人共まだ若いのに頑張ってるんだな」
2人にカードを返しながら、門番はそう言葉を添えた。
「え?まだ若いんですか?」
ルース達の年齢を伝えていなかった為か、ソフィアがルース達を振り返ってそんな事を言う。
年齢よりも年上に見えたのかなと、ルースとフェルは少しくすぐったく感じながらソフィアを見下ろした。
「俺達は、16だよ」
「え?二十歳位かと思ってた…」
驚いて少し敬語が抜けたのか、ソフィアからそんな感想が漏れる。
「ははは。流石に二十歳には見えないよ。肌がきれいだしな」
と、ある程度年齢がいった者しか分からないであろう助言を、門番は言った。
「冒険者になると、貫禄が出るのかしらねぇ…」
かたやソフィアは、自分に納得できる答えを求めてか、そんな独り言を言っていた。
こうして先程までの重たい空気がなかったかのように、東門の前は和やかな雰囲気となり、ルース達は門前に並ぶ事もなく町へと戻る事ができた。
裏門とも呼べる東門を通り、3人はスティーブリーの東にある商店街地区へと足を踏み入れた。
ここはいつ来ても多くの人で賑わう、活気ある場所だ。
「私はこれから仕事があるので、ここでお別れです。お二人は、冒険者ギルドに行くんですよね?」
ソフィアは道の端で立ち止まると、そう言って2人へ笑顔を向けた。
ルースとフェルが肯定の意で頷けば、「私はこの先の食堂で働いてるんです」と話してくれた。
「魔法教室がある日は午後から、いつもは昼の時間と夕方位からあの食堂にいるんです」
ソフィアはそう言って、道の先に見える可愛らしい食堂を指さした。
小さいという意味で可愛らしいのではなく、店先に鉢に入った花が飾られ、食堂というよりは雑貨屋の様な店構えに見えた。
「女将さんと私が、いつもきれいにしている店なんです。今度、食べに来てくださいね」
そう言うと、それじゃあと言って手を振りながらソフィアは走って行き、その店の中に消えていった。
ソフィアを見送ってから2人は足を踏み出すと、クエスト報告のため冒険者ギルドのある方角へと、賑やかな町中を歩き出して行った。
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それから数日が経ち、ルース達がスティーブリーに来て、かれこれ一か月近くが経った。
相変わらずこの町の冒険者ギルドの混雑時は人で溢れ、この全てがこの町に居る者なのかと驚くほどの人数だ。ルース達は利用していないが、彼らは町の宿屋に滞在しているのだろうと、その人数を収容できるだけの宿がある事にもビックリするのだった。
ルース達は人混みの間を抜け、今日の報告を終えた冒険者ギルドを後にする。
「今日も激混みだったな」
「ええ、仕方がないです。完了報告は、皆さん同じような時間になってしまうのですから」
「はぁ…クエストより、この人混みにいる方が疲れる気がする…」
フェルの言葉にルースも同意すれば、フェルのお腹が鳴る音が聞こえた。
「腹減った…今日は昼飯を食いそびれたから、旨いもんでも食べて帰ろう」
「そうですね、たまには町の食堂に寄ってみましょうか」
2人はスティーブリーに来てから、食事はギルドの食堂を利用する事が多かった。ただし、今の様な混雑した時間を剣の鍛錬などでやり過ごし、人が少なくなった時間に来なくてはならなかったのだが。
スティーブリーの町は、少々物価が高く設定されているのか、全体的に品物が高い傾向にあると感じている。人が多いのだから、流通量もあるし安くしても良いだろうと思うのだが、人が多いからこそ、少し高くとも誰かしらが買ってくれるだろうという事かと、ルースはそう解釈した。
その様な意味でも、値段的に無難なギルドの食堂をいつも利用していた訳であり、今日は珍しく他で食べようという話になったのだった。
ルースとフェルは商店が立ち並ぶ町の東側に出ると、辺りを見回す。
ここは屋台と食堂が見えて、美味しそうな匂いも漂っている。どこにしようかと歩いていれば、「あっ」とフェルが声を出した。
それに反応したルースがフェルを見る。
「どうしました?」
とルースが問えば、フェルは一つの店を見つめてる。
その視線を追えば、店先の花に水を与えている女性が見えた。なるほどと、ルースはその女性をみて理解する。その姿は後ろを向いていてもわかるもので、先日会った銀の髪をした少女のものだとルースも気付いた。
「今日はあの店にしてみますか?」
そう言えば、お誘いを受けていたなとルースが聞けば、フェルからは時を置かず、少し弾むような声が返ってくる。
「そうだな。来てくれって言われてたしな」
ルースはそれに笑って、2人はその店に向かって歩く。
あれから数日が経っているが、彼女の様子に変わったところはない様に見えて少しホッとする。
その背中に向かってフェルが声を掛けた。
「よぉ、食べに来たぞ」
その声に振り返ったソフィアは、2人を見留めると満面の笑みを浮かべた。
「あら、本当に来て下さったんですね。ありがとうございます」
嫌味ではなく、自分が言った事を本当に実行してくれたのかという表情だ。
「ああ、誘ったからには旨いんだろう?期待してる」
と、いつになくフェルは饒舌に言葉を紡いでいる。
そしてその表情もいつになく嬉しそうで、ああそうか、とルースは微笑みを浮かべた。
ソフィアは、公園で言われていた言葉にもあったように可愛いと言える容姿で、銀の髪も紫の瞳も珍しい色だが、それはとても彼女に合っていて“可憐“とも表されるものになっていると思う。
しかし、話をしてみれば彼女はとても芯の強い女性であることがわかり、自分の境遇にも腐らず今を頑張って生きている女性だと気付くだろう。きっとフェルは、この可愛らしく強い女性に好感を持っているのだろうと、ルースは微笑みを浮かべたのだった。
「どうぞ入って下さい、まだ少し席はありますから。今日のお勧めは、私の好きなお料理です。とっても美味しいんですよ」
ルースとフェルにそう声を掛けてから、ソフィアは2人を連れて店の中に入る。
「お二人様です!」
「いらっしゃい」
ソフィアの声に応えたのは、ここの女将であろう女性だった。
お団子にまとめた髪にパリッとした白いエプロンをかけた、30代位の人物が笑みを浮かべてルース達を向かえてくれた。
「こっちに座ってください」
ソフィアがカウンター席に2人を案内してくれる。店内を見れば、言われた通り他の席は殆どが埋まっており、あと数席を残す位となっていた。明るくてきれいな店の中は、女性客も多くいるようだ。
その雰囲気に落ち着かないのか、フェルはソワソワとしつつも早速メニューを見ている。メニューを見ずとも、頼むのはソフィアに言われた“お勧め“だろうと、ルースは口角を上げた。
少しすれば、水の入ったカップを持ったソフィアが来て、それを2人の前に置いた。
「お決まりですか?」とソフィアが定型文を言えば、「お勧めですよね?」と確認するルースに「おう」とフェルが頷いてそれを頼む。
「では少々お待ちください」
ソフィアが注文を受けて離れて行けば、その姿は奥の厨房らしき場所へと消えていった。
それから少し待てば、2人の前に“お勧め“の料理が運ばれてきた。
「お待ちどうさまです」
そう言って目の前に出されたものは、深紅色のスープに白いソースが添えてある煮込み料理だった。それにパンとサラダがついていて、香辛料の香りなのか、スープからは食欲をそそる香りが立っている。
フェルはその料理を見て、目を瞬かせる。
「これって何だ?」
そしてソフィアに、深紅の料理を指さして尋ねた。
「それは、赤いビーツという根菜を煮込んだ料理で“ボルシー“っていいます。その根菜から溶け出た色で赤くなってますけど、今日はボアの肉をたっぷりと入れてあるし、食べ応えもあって味は保証します」
にっこりと笑みを浮かべたソフィアが、そう言って料理の説明をしてくれる。
「こっちのサラダはソースを濃厚なものにしてあるので、そのパンの切れ込みに挟んで食べても美味しいと思いますよ」
言われてみれば、パンには切れ込みが入っていて、そのサラダをパンに挟ん食べれば美味しいのかもしれないと頷いた。
2人はソフィアのお勧めの食べ方を試してみる事にして、パンの切れ込みを開き、少量のサラダをその中に挟んで食べてみた。濃厚と言われたソースだが、それがパンに浸み込んで美味しい…とルースもフェルも顔を見合わせる。それを見つめていたソフィアは、そんな2人に笑顔を残して他の客の下へと移動していった。
ルースはスプーンを深紅の海に沈め、こちらも口に入れた。
独特の色合いだが、口の中に入れたものはスパイシーな香り立つ旨味の詰まったもので、白く添えてあるソースを絡めて再度口に含めば、先ほどより少しの酸味のあるものへと変化し、食欲を増進させるものになった。
「これ、とける…」
煮込み料理のゴロゴロとした具を口に入れたフェルが、美味しそうに食べながらポツリと言った。
ルースもビーツを口に入れれば、よく煮込まれたそれは口に入れた途端、溶けるようにして舌の上に消えていく程に柔らかいものだった。
ルースとフェルは初めて食べた珍しい料理に舌鼓を打ちながら、いつになく楽しい時間になったと自然と笑顔が溢れていたのだった。